芦毛の誇り高き妹 作:室星奏
「他の皆は座学ですか?」
「ああ。高等部は午前中で座学は終わるから、チームに所属する高等部のウマ娘は早めに練習を始めるんだ。出るレースも後輩たちより多いからな」
「成程」
チーム・スピカのトレーナーと合流し、学園内での基礎知識をあらかた説明してもらう。時間も限られているため今日は高等部のメンバー(といっても一人だけだが)の練習のみの見学だ。
といっても、今の所
トレーニング器具運びをあらかた手伝い終わり、今はそのメンバーを待っている時間だ。
「理事長から聞いたが、まさか地方から有名になったオグリキャップの兄貴さんとはねぇ。驚きだよ」
「血はさすがに繋がってないっすけど。かれこれ数年の付き合いですから」
「羨ましいねえ。いつもウマ娘と一緒にいられるっていうのは」
「沢山の人がそう言いますけど、実際はかなり大変っすよ。ははは」
ウマ娘は世界中の憧れ、そんな憧れの子と一緒に過ごせると聞けば、誰もが憧れたり妬んだりする事だろう。
だが
なれた自分が怖い、いつしかそう思うようになってしまっていた。
「だが、そんな大変な期間を乗り越えたっつー事は、アンタも相当トレーナーとしての腕を持っているってことだな」
「多くのウマ娘を担当するってなったら、さすがにキツいかもしれないっすけど」
「いやいや、一人を集中的に管理できる技倆さえあれば、後は簡単なもんさ……っと、長話はここまでだな」
話を切り上げ、彼が振り返るとその先から一人のウマ娘がやって来る。
「あ……」
それは、俺の知っている顔のウマ娘だった。いや、実際には今日出会った子と言うべきだろうか?
朝の連絡通路、そこで衝突したウマ娘。まさか彼女がチーム・スピカのメンバーだったとは、思いもよらなかった。だがこれは都合が良かったというべきだろうか?
「すみません、トレーナーさん。色々あって遅くなりました」
「いいってことよ。秋の天皇賞まで少し期間はあるからな。今は気楽にやっていこうぜ。おっと、今日限りだが見学者を紹介しておこう」
「……ぁ、貴方は朝の」
「挨拶するのは今が初めてだな」
互いに名前を名乗り、挨拶を交わす。サイレンススズカ――成程、どおりで初めて見た時、どこかで見たことがあったわけだ。
宝塚記念に前回の毎日王冠。数多くのウマ娘がいる中、その逃げ脚で差を大きく広げ優勝を掻っ攫う
「なんだ、知り合いか?」
「今日の朝で少し。膝はもう大丈夫か?」
「はい、ただのかすり傷でしたので。……あの、本当にありがとうございました」
「大丈夫だから気にすんな。……って、あれ? ハンカチはどうした?」
気づくと彼女の膝から、結んだ筈のハンカチは消え去り、絆創膏だけが張り付いていた。
絆創膏に切り替える時に外して置いてきたか? いや一見落ち着きの見える彼女に限って、それはないだろう。
「ああ。同じクラスのオグリキャップさんに返しておきました。知人、なんですよね?」
「え? あ~……ああ、そうだな。了解した」
「知人じゃなくて兄貴だろ?」
「ちょっ」
「え、お兄さんなのですか!?」
恐らく
だというのに、この人と来たらサラッと……。過ぎてしまった事はしょうがないが、バレたら
怒って拗ねる
「血は繋がってないけどな」
「成程、だからあの時――」
「? 何かあったのか?」
「あ、いえ、何でもありません」
「……良し、それじゃあ早速練習と行くか!」
トレーナーの声を聞いた彼女は『はい』と頷き、所定の位置へと行く。
準備は事前にあらかた済ませたので、あとはトレーニング中におけるトレーナーの姿を見学して、その流れを覚えるだけの勉強会だ。
こうやって生で見学しながら勉強する機会など、普通じゃ考えられないだろう。良い機会として捉え、ちゃんと覚えておく事にしよう。
「良し、少し休憩だ」
かなりの時間走り込んだのか、スズカの額から垂れる汗の量は尋常ではなかった。昔、
俺は傍らにあった水のペットボトルをひょいっと投げ渡す。
「あ、ありがとうございます」
「これくらい気にすんな」
俺の横に座り、渡された水を凄い勢いで喉につめる。俺は何故か、その時のウマ娘の姿を見るのが好きだった。
頑張りの結晶、というのだろうか。そういうものは、こういう場面でしか確認する事が出来ない。頑張っていなければ、水なんて必要ないのだから。
自然な流れでスルーしてしまったが、平然と俺の横に座ったな彼女、ちょっと近い。……バレないように少し横へズレよう。
「……あの」
「? どうした?」
「その、オグリキャップさんとは、どうやって知り合ったのですか?」
「どうやってって言われてもな。あいつの両親が亡くなって身よりが無くなったから、俺の所に来たってだけだ」
「そうですか。ふふ、ウマ娘を引き取るなんて、凄い勇気ある事しますね」
「当時は大変なんて知らなかったからな」
その言葉通り、俺は引き取って数日後、少しその行いを後悔した。日々の健康管理、夕飯作り、その他もろもろが全て引き受け人である俺の仕事だと知った時、かなり驚愕したよ。
鍋が3つあっても足りないような量のごはんを毎日作らなければならないんだ。それだけでも大変だというのに、健康にまで気を遣わなければならないとなると、やってられないと思ってしまうのは当然の理屈だ。
だがそれでも、俺が諦めればまた彼女は孤独となってしまう。もしそうなったら、俺が後々後悔する事になる事は確定で目に見えていた。故に俺は、諦める事なくその日々を耐えぬき続けた。その結果今の俺だ、全てが当たり前だと、平気にこなすようになってしまった。人から見たら化け物だと言われるくらいに。
「それでも、乗り切った事は凄いと思いますよ」
「そうかい。それはどうも」
「ふふ、もしよかったら、もっとお話聞かせてください」
「やけに興味持つじゃないか」
「ええ。実際貴方に興味を持ったので」
出会ってまだ1日もたっていないというのに? と驚いたが、彼女の笑顔はうそをついている様子ではなかった。
スピカのトレーナー曰く『アンタはウマ娘に懐かれる体質なのかもな』と冗談交じりに言われたが、さすがにそれは勘弁願いたかった。もしそうなら、俺は今後どれだけのウマ娘を相手しなければならないんだ?
しかしここで無視してしまえば、それこそ後味が悪い話だ。仕方ない、ここはスズカの興味が尽きるまで付き合ってやるとしよう。話をするくらいなら、別にどうって事は無い。
「つまらなくても後悔するなよ?」
「ええ、しませんとも」
その会話は、休憩時間丸々一本使い切るまで長く続いた。その時の時間は平穏そのものでもあり、心地よい時間だけが流れて行った。
――尤も、影でその光景を見ていた子にとっては、苛立ちが募るだけの時間でしかなかったのだが。