「衛星ゼアとの接続を確認しました。セットアップを開始します。しばらくお待ちください。」
街を見渡す社長室の一角。無骨な階段を下った先の実験室。システムボイスがよく響く部屋の中心で、天井努はそのアンドロイドを怪訝に見つめていた。
無機質な素体の表皮に、人間の見た目が再現されていく。一昔前にスマホが流行っていた時期とは、いい意味で似ても似つかない。あの頃のアンドロイドは人間に近しい一方で、絶妙に生物らしさのない、生理的嫌悪感を覚える見た目をしているのがデフォルトであったというのに。
「どうしましたか、天井さん?ビジュアルの設定に不都合でもありましたか?」
「いやいや、そんなことはありませんよ社長さん。むしろ本物の人間なんじゃないかと、怪しんでいたところです。技術って進歩するものなのですなぁ」
「お褒めいただき光栄です。お言葉ですが、技術の進歩というのは常に、やりすぎるということがありません。ヒューマギアでもできないことはたくさんありますから。俺・・・違った、ワタクシも更なる進歩のために最善を尽くす所存です」
「ははは、無理をしなくてもいいんですよ社長さん。ヒューマギアよりぎこちない喋りじゃ格好つかないじゃないですか」
「すみません。慣れない喋りだったもので・・・じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
「それがいいでしょう。お笑い芸人からいきなり上場企業の社長と来た。慣れなくて当然でしょう」
「ははは、全くその通りです」と、若者ははにかむ。
出会った当初に社長をやっているとは聞いていたが、いつになっても違和感を覚える。オーラがない、と言えばいいんだろうか。白い歯を覗かせる彼の笑顔は、大企業の社長の踏ん反り返ったイメージよりかは、甲子園を目指す野球少年のそれであった。
「右も左も分からないままで乗り込んでしまいましたから。経営するにも、仲間に頼り切りになっちゃってます」
「初めはそんなものですよね。私だって勢いで起業してしまいましたから、わかりますよ。いまだに社員は実質私だけ。アルバイトが一人いるだけです。人に頼れるだけ、かなりいいと思いますな」
説教臭くなってしまったな、と言いながら後悔した。どちらかといえば、私の方が説教されるべきだ。
「それは・・・だいぶ痛感してます」
それでも若者なりに思うところがあるのか、視線を外して彼は呟いた。初めてのことばかりで戸惑うのが社会人の洗礼。私もこんな時期があったな、と自分を重ねていると、カツカツという階段を下る音が聞こえてきた。
「或人社長、起動実験の調子はどうです」
「おかえりなさい。セットアップは順調ですよ、マキゾエさん」
「フクゾエだよ!間違えんなクソガキ!・・・って、申し訳ありません、お客様がいらしてるときに取り乱してしまって・・・レンタル契約者の天井様で間違い無いですか?」
ようやく私に気が付いたのか、男は攣りそうなほど急に背筋を伸ばした。
「はじめまして福添さん。天井努です。生前は是之助さんにはお世話になりました」
「先代に!?それはまたどうしたことで・・・」
「是之助さんには起業の資金援助をしてもらったんです。あのときの助けがなかったら、今頃どうなってたかわかりませんよ」
「さすが先代。アイドル事務所にまで支援の手を伸ばしていたとは」
「ええ、本当に頭が上がりません。この後、お線香をあげてから事務所に戻ろうと思います」
「先代も天井さんの夢、応援してると思いますよ」
「あの、ちょっといいですか」
「なんだよ、話の腰折って」
「俺の爺ちゃんってどんな人だったんですか」
「ーー夢のある人、でしたよ」
そんなに話したかったのかと、自分でも驚く。少し食い気味に喋り出してしまった。来たばかりの副社長の方がよく知ってるだろうに、構うことをしなかった。
「夢、ですか」
「自分の夢、他人の夢を区別しない。皆がそれぞれの夢に向かって飛んで行ける未来を作ろうと必死だったんです。だから学生に返済不要の奨学金を出したり、私みたいな起業家にもお金を援助してくれたんですよ。ヒューマギアもその一環のはずです。人々のサポートをし、負担を減らすことで、より多くの時間を自分の夢、目標に費やすことができますからね」
「よく、ご存知なんですね」
「講演会でたくさん語っていただきましたから。或人さんは何も聞いてないんですか?是之助さんのこと」
「ほとんど何も。この飛電インテリジェンスの社長をやっていたことくらいしか分からないんです。俺を育ててくれたのは父さんただ一人、でしたから」
「強いお父さんだったんですね。」
「ヒューマギアでしたから。疲れという概念すらなかったと思いますよ」
「え?」
一瞬、言葉に詰まった。或人は遠くを見るように視線を上げた後、壁際の素体までゆっくりと歩いて行き、口を開き始めた。
「父さんは、爺ちゃんの子供に似せたヒューマギアだったんです。今はそんなこと禁止なんですけど、まだ法整備も進んでいなかった時期だったのもあって、俺のことを心配して作ってくれたみたいなんです。まあ、誰が作ってくれたのかもわかりませんが・・・」
「そうでしたか・・・」
「はい。だから本当の父親じゃない。けれども本当の家族なんです。10年前に死んでからもちゃんとお墓参りに行ってます」
「10年前・・・ということはアレ、ですか?」
「そうです。デイブレイク、です。」
デイブレイク。山を切り開いたヒューマギア運用実験都市で発生した、大規模爆発事故。地方の一学生だったときに発生した事故だ。なんでもヒューマギア工場の整備ミスによる爆発が原因とのことで、ぽっかりと穴の空いた街の映像が連日報道されていたのを覚えている。何だったら年に一回は今だに特集が組まれている。
「あの日は父さんの仕事を見学しに行ってました。わざわざ時間を空けて俺と遊んでくれていたんですけど、急にものすごい音が聞こえて。爆発音だと分かる前に炎が目の前に来たのを覚えてます。そのときに父さんは俺を庇って死んじゃいました」
「当時はあのニュースで持ちきりでしたしね。まさか当事者だったなんて」
「ヒューマギアの父さんを心から笑わせるのが俺の夢だったんだけど、それを叶える前に父さんは逝ってしまいました。そのくせ死ぬ時は『夢に向かって飛べ』、なんて言ってきたんです。おかしいですよね。どこに飛べっていうんでしょう」
遠くを見る目。
どこへでも飛ぶことはできますよ、などと言ってみたが、届いた気はしない。そもそも届かせる気があったのか、自分でも疑問だ。
「結局フラフラして、お笑い芸人です。まあ人の笑顔は好きでしたから、楽しくはありましたよ。売れないまんまでいきなり社長になっちゃいましたけど」
「そこで社長、というのがまた不思議ですな」
「爺ちゃんの遺言ってことで、半分無理やり。でもーー」
「そうなんです!!そうじゃなきゃこんなペーペーを社長の座に置いておくわけないでしょう!!もう、先代ったら・・・」
「いたんですか?魔改造さん」
「フクゾエだっつの!さっきからいるわ!喋ってないだけで・・・」
「すいません、影が薄くて・・・」
「お前そろそろ社長辞めさせてやろうか!?」
「ハハハハ、仲がよろしいですな二人とも」
「誰がこんなのと!見てろぉ、すぐに私が社長の座に上り詰めてやるからな」
「ええ、副添さんはすごく頼りになります。もしかしたら、その方がいいのかもしれません」
「今度は何だ、急に真面目になりやがって」
吐き捨てた彼は、ばつが悪そうに下を向いた。やはりこの二人はなかなか相性がいい様である。
「でも、今は譲れません。人の笑顔のために、俺なりに精一杯やってみたいんです、飛電のみんなと。社長じゃなきゃ、もしもの時にみんなを守れない」
「まあ経営権がほぼ一任されてるのは事実だし、実際そんなに文句はないが・・・ケッ、一丁前なこと言いやがって」
トイレに行ってくる、と残して副添さんは去ってしまった。
「もう立派な夢を、お持ちじゃないですか」
「はい。無理矢理、とはいいましたが、自分で望んだことでもあります。社長にならなきゃ、あのときの笑顔を守れなかった。」
「戦い、でしたか。これはまた大層な表現だ」
「例えじゃないですよ。俺は戦います。弱いけど、それでも」
「本当の戦い、か」
「確かに戦っている、のでしょうな。私とて、人の笑顔のために躍起になっている。形は違えど、戦っているといえましょう」
「天井さんの戦いは、どんなものですか」
「私ですか?私はーー」
「セットアップ完了しました。起動します」
男性型のボディから、女性のシステムボイスが響き渡った。起き上がったヒューマギアは、澄んだ空色の瞳で周りを見渡し始める。
「おはようございます。いや、はじめまして、でしょうか。アイドル育成特化ヒューマギア、天野カケルです!」
「おお、起動しましたよ社長さん!」
「ええ、成功です!天井さんの発案のおかげですよ。ありがとうございます!」
「起動しただけですよ。照れるじゃないですか」
そう、まだ始まったばかり。
私の戦い。
私の夢。
自らが輝き、それで以て光を灯す存在を、アイドルを育てること。
そのために、彼の力が必要だ。