物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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旧都

「すまないけど、このガキが何て言ったかもう一度教えてくれない?」

「彼女は旧都に行きたいって言ったのよ」

 

 霊夢さんの言葉を聞いた彼女は、信じられないものを見るように私を見た。彼女は伊吹萃香さん。そうは見えないが、鬼の四天王だとか言われて酒呑童子なんて名で呼ばれたこともあるらしい。

 

「つまり、あの嫌われ者達の溜まり場に行きたいって事? 一体何の為に?」

「こいつはカメラマン──()()()。まあ、観光客か何かみたいなものよ。そう言う訳で地底観光一名様ご案内よろしく頼みたいわ」

「ふーん。構わないよ。私もちょっくら地底に顔を出そうかと思っていたところだからね」

 

 存外意外にすんなりと話が通った。霊夢さんから聞いていた話だと、もう少し厄介な相手だったはずなのだけど。

 

「私はあんたの事をよく知ってるよ。幻想郷の至る所を節操もなく踏破していたね。よくこれまで無事でいられたもんだ。妖怪にとって食われるか野垂れ死ぬのがオチだと思ってたよ。放浪癖でもあるのかい?」

「まあ、そんな所です」

 

 旧都──それは幻想郷の地底世界に存在する旧い都。地上から追放された者、落伍した者、忘れ去られた者達が集う地底の明るい都。辿り着く為には、地上に空いた深い縦穴を潜らないといけなかった筈だ。

 

「忘れ去られた者達の楽園である幻想郷で、更に忘れ去られた者達の集う場所。是非ともこの目に写したくなりまして」

「ははーん、さてはあんた馬鹿だね」

「否定はしません」

「馬鹿正直だね」

「嘘をつく理由も無いですから」

「気に入った。正直者は嫌いじゃない」

 

 伊吹さんは私の肩を叩いて微笑んだ。

 

「さて、一つ聞いておきたいんだけど、あんた酒は呑めるのかい?」

「え……まあ、それなりには」

「そうかい、そりゃあ楽しみだ」

 

 嬉しそうに、彼女はにっこりとしていた。嫌な予感がして霊夢さんを見てみると、仏にするように合掌されてしまう。念仏でも聞こえてきそうなのだけど……。

 

 

 

 

 博麗神社で伊吹さんとの話を終えた私は、妖怪の山にある深い深い縦穴まで連れ去られた。

 

「私は鬼だからね。人間を地底に攫うって方が観光案内ってよりも箔がつくでしょ」

「だからってこんなぐるぐる巻きに縛らなくても……」

 

 身体中を縛られている。伊吹さん曰く、私という人間を彼女という鬼が拐ったと言う体で地底を訪ねるらしい。

 

「地底には妖怪や亡者や怨霊しか居ない。だからあんたは私の獲物だってことにしておく。そうすりゃ大概の奴は手を出さないからね」

 

 まるで散歩に連れられる犬さながらだなぁ。とは言え彼女なりの気遣いなのだろうから、殊更に口出しはしないようにしよう。

 

「さて、地底への道のりは簡単さ。ここを降りれば良い。じゃ、行くよ」

 

 なんと言う風もなく彼女は大穴に飛び降りる。つまり縄で彼女に引かれている私もまた、後を追って大穴に落下した。周囲をよく見ると、この大穴はまるでトンネルか何かのように滑らかで円形を描いている。

 

「ようこそ、地底へ繋がる幻想風穴へ。とはいえ殺風景だろ。ひたすら落下するだけだ。退屈しないように気を付けな」

「どれぐらいで地底に着きますか?」

「このまま落下しておよそ2〜3分ってとこかな」

 

 私は瞬時に計算した。自分の体重と空気抵抗、そして重力加速度を考慮して至極大雑把に落下時間から地底の深さを推し量る。

 

「それなら地底はおおよそ地下7〜8kmですね」

「へえ、そうなのかい。それはどれくらいの深さなんだ?」

「地球からしてみれば地上と見分けもつかないでしょうね」

「じゃあ浅いのか?」

「まさか、人間からしてみれば信じられない深さですよ」

 

 そんな風に言うと伊吹さんは浅いのか深いのかハッキリしろと不機嫌になってしまった。

 

「浅いとか深いとか曖昧な言葉を使うから正しい答えを得られないのだよ伊吹さん。こう言う時は結局の所、自分がその数値をどう思うかの主観に委ねるしかないのです。霊峰富士の二つ分より深く地の底に在る世界をどう思うかです」

「あの富士よりも深いのかい。そりゃ大したもんだ」

「そうですね。ならば大したものなのです」

「成る程分かりやすくていいね。だが人間、まさか地底が真っ当な尺度で測れる場所にあると勘違いしちゃいないか?」

 

 彼女がそう語り、私たち二人は地に足が付く。

 

「此処は地底、旧地獄跡地。かつてあの世だった場所。あんたが潜った大穴は尋常なもんではないんだよ」

 

 

 

 

 

 深い縦穴から地底に降り立つ。周囲は荒涼とした洞穴さながらだが、遠景には大きな都が見える。あれが旧都なのだろう。地底の旧都は暗闇の中にあって明るく、賑やかな活気に満ちているように見える。

 立派な作りの屋敷や整備された通り、碁盤の目のような区画の並びは正に都という感じである。地上の人間の里と同じかそれ以上に広大だ。

 

「明るいですね」

「そうさ。地底には日の光は差さない。本来は真っ暗闇さ。だからこそかな、明るいものがよく映えるんだ」

 

 道なりに目を向けると、旧都へ通る橋が目に入る。

 

「橋ですね。地底に川があるなんて驚きです。地下水脈か何かですか?」

「さあ、考えたこともないね。ただ、地底でも地上でも水が無いところには人も妖も住み着かないよ。水が無いと酒も作れないからね」

 

 ならば地底の泉や湖もあるのだろうか。まるで黄泉のようだなと思った。あの世は地底に在るという伝承も有る。もしここが黄泉ならば、あの縦穴は黄泉比良坂辺りだろうか。

 

「さあさ、さっさと行くよ。実は友人に頼んで宿を取ってるんだ。早いとこ休みたいだろ」

「随分と準備が良いんですね」

「言ったでしょ。元から地底には顔を出す予定だったんだよ」

「ありがたい限りです」

「礼はいらないよ。ただタイミングが良かっただけさ」

 

 縄で引かれて連れられる私。周囲を見回していると、気を利かせてか伊吹さんがガイドさながらに語ってくれる。

 

「旧都はかつては地獄の一部だったんだ。だけど経費が嵩むからって地獄をスリムにしようって話が持ち上がってね。昔のお偉いさんらは、なんと旧都一帯の地区を放棄したんだよ。だから元からある程度の施設や住居は揃ってたのさ。これ幸いと鬼達が地上からやって来て住み着いたってのが事の始まりだよ。住めば都ってのは至言だね」

「つまり、旧都はその始まりからして()()()()()()なのですね。捨てられた場所に、疎まれ忘れ去られた者達が流れ着いた。なのにあんなに華やかで美しいなんて」

 

 必要とされなくても、忘れ去られても、自分勝手に逞しく生き抜いていく。なんて強かで元気に溢れた有様だろうか。

 

「眩しく見えますね。地の底に在りながらにして底無しに」

 

 酒の香りがした。ふと見ると伊吹さんが瓢箪に口を付けている。彼女は私の手の縄を緩めて盃を勧めた。受け取ったそれを飲み干す。美禄であった。

 

「酔って行こうじゃないか。どうせ酔っ払いみたいに陽気な奴らしか居ない都だ」

「しかし、この道は随分と陰気ですね」

「当たり前だよ。地獄に向かう道が陽気でたまるものかい」

「それも過去の話ではないですか。昔はそうでも今は旧地獄なのですよね?」

「地上と地底は隔たれ、過去は今と離れていく。けれど此処は地上と過去(結ばれないもの)を結ぶ深道。時は此処では意味を成さないのさ」

 

 

 

 

 

 橋を越えて旧都に入ると、不思議な事に人通りは全くない。遠くからは賑やかに明るく見えていたのに、いざ足を踏み入れると虚しいほどに伽藍堂だ。

 

「ほらほら、あんまりキョロキョロするなよ。まるでお上りさんみたいだよ」

「そうですか。まあ、実際にはお下がりさんなのですが」

「ハハハ、そんな地理的な話をしてるんじゃないさ。だがまあ、確かにそうだね」

 

 周囲には誰もいないので、気を使う必要も無さそうなのだけど。とは言え、案内してもらっている立場であるからには大人しく彼女の言葉に従った。

 

「地底に居るのは脛に傷が有るような奴等ばかりだ。人間の目には見えぬ者も居るからね。ま、誰も他人のことを詮索したり深く知ろうとはしない。それがお互いへの礼儀に成ってるから安心しな」

「礼儀ですか」

「ああ、そうだ。あんたにも誰も詮索してはこないだろう。だからあんたもそうしな。間違っても知りたがりには成るんじゃないよ」

「それは──私にとっては難しい話ですね。ただ、郷に入っては郷に従えとも言います。少し我慢します。例えばあの大きな盃を片手に酔っ払って宿屋に大穴を開けている鬼のお姐さんとか凄い気になるのですが」

 

 私が指を差した先には、酔った赤ら顔で伊吹さんに陽気に手を振っている鬼が一人。頭を抱えた伊吹さんはちょっと困り顔をしながらも微笑んで彼女に声を掛けた。

 

 

「あー……やあ、久しいね勇儀」

「そうだねえ。先ずは酒でも飲みに行くかい? お互い積もる話もあるだろう」

「分かったよ。明香は先に宿で待っていてくれるか?」

「分かりました。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 伊吹さんと分かれて、宿屋の妖しい主人に案内された部屋で私は寛いだ。通りに面した障子を開けると旧都の景色が目に入る。室内も中々乙な雰囲気だ。古錆びているが寂れてはおらず、よく手入れされている。

 机の上には酒瓶が山のように積まれていた。宿泊するのが鬼であることを見越したサービスなのだろうか。適当な酒瓶を一本手に取って窓辺の椅子に腰掛ける。こう見えて私は意外に酒が嫌いではない。景色を眺めながら酒を口にする。

 

 清酒特有の香りを嗅ぎつつ、昔を思い出した。酒臭かった父の思い出だ。父は酒好きだった。酒を飲むと聡明で思慮深い父は姿を消し、代わりに呪詛を呟く男が現れる。

 

「人間らしさなんて碌なもんじゃないぞ。人間が碌なものじゃないのと同じようにな。人間離れしたものほど美しく見える。いいか、決して人間らしく生きるな。神のように、いっそ妖怪のように、人の理想を自らに体現しながら生きるんだ」

 

 思うに私の父は人間が嫌いだったのだろう。自分自身が人間であることも了解した上で、この世界に集るしかない自分たちをどうしても認められなかったに違いない。その気持ちが、幻想郷中を遍歴してようやく理解できた。

 

 妖怪や神々は美しく恐ろしい。幻想郷は底無しに奥深く幽玄であり、私たちは糞便が詰まった肉袋だ。幻想郷を巡る旅で、ある感情が私の胸の内で鎌首をもたげていた。

 

 この美しい世界に在って、私たちはこんなにも醜い。

 

 そして父には、世界さえも醜く写っていた──

 

 私は頑として父のようには成らない。私たちが醜いからこそ、世界が映えるのだ。暗闇の地底に在って浮かび上がる明るい都のように、醜い私たちが跋扈するからこそ、世界は美しさを増す。その美は一層増すばかりだ。見つめる程に心が騒めいて目が渇く。

 

「ああ──何だ。居たんだ。何処から付いてきたのさ」

 

 カメラの付喪神が酒瓶の山の中で蠢いていた。酒が崩れても困るので、慎重に彼を山から掻き出して取り出す。

 

「見なよ、良い景色だ。雪も降ってきた。……雪?」

 

 地底に雪とはこれ如何に。まあ、冬だし雪だって降るだろう。

 

「あはは、地底で雪見酒なんて乙じゃないか。こういうお洒落なのは嫌いじゃないねぇ」

 

 雪見一人酒、ほろ酔い心地良い。酒なんて幾らでも呑めてしまいそうだ。

 

「あゝくそ、お前も呑むかい?」

 

 酒瓶を傾けると付喪神には慌てて逃げられてしまった。何だ、下戸だったのか。酔いが深く回り始めたようだ。旧地獄街道の景色に目を釘付けにされる。次から次へと酒を口に運びながら、旧都に降る雪が旧地獄に雪化粧を施すのをずうっと見ていた。

 

「美しきこともなき世を美しく住みなすものは心なりけるか?」

 

 ふいに酔った調子に頭の中に浮かんだ滅茶苦茶な言葉のサラダを口に出して、意識を手放す。

 

 

 

 

 

「参ったね。酒が全部無くなってるじゃないか。この娘は鬼か何かか?」

「いや、私が地上から連れて来た人間なんだけど……。もうちょっと寝かしておいてあげよう。相当潰れてるねこりゃ。寝てるんじゃなくて気絶してるんじゃないか。風呂場で裸にひん剥いて口から水でも流し込んでやろうか」

「地獄の責苦じゃないか」

「なあに、本人のためさ」




水飲め水。
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