物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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季節は巡り、終わらぬものでしょう?

またそのように巡り終わらぬものとして

この言葉は戦争を意味しますわ。

人は過ちを繰り返す。(War.. War never changes.)

終わりなき季節のように。


なんて某ゲーム風の言い回し。お話しに区切りが付きましても明香の右往左往には終わりが見えませんので、徒然なるままに書き連ねる事にします。

場所に紐付けられてラベル付けされた物語。時間ではなく空間に依拠するそれは歴史ではなく民俗の範疇に片足を踏み込むのかもしれません。何にせよ、明香が単なる流浪者に過ぎないのは相変わりません。


終わりなき季節
旧地獄温泉街


「ふう……」

 

 心地良く一息吐いて穏やかに寛ぐ。乳白色の湯は熱すぎもせず温くもない絶妙な加減だ。周囲に漂う特徴的な硫黄の香りはこうした場所に特有のそれで、本来は忌避すべきものだがそれもまた気持ち良かった。

 

「良い湯だね」

 

 私は旧地獄温泉を訪れていた。冬も深まり寒さに凍えていた所、地底の温泉街が人気だという知らせを天狗の新聞で目にしたからだ。文さんに話を聞く限りは鬼がこの場所の元締めらしく、ならばさぞかし良い温泉なのだろうと期待していたのだよね。鬼が我が物とせんとする温泉ならば生半なものではないだろうと思っていたけれど、期待的中で嬉しい限りだよ。

 

「それに景色も良い」

 

 実は私はこういう公衆浴場は好きではない。他人と同じ風呂に入るという行為に対して形容し難い嫌悪感があったからだ。一人きりで入る風呂というものが、どれだけ立派な温泉よりも心が安まるものだと私は思っている。

 

「でも、好きだなぁ」

 

 この温泉の利用客は私とは種族が異なる究極の他人ばかりだ。他者性も極まれば無人というものであって、皆それぞれが一人孤独を嗜んで入浴を楽しんでいる。流石は地底の住人たちである。

 見上げれば地底の天井には源泉らしき裂け目が散在しており、湯気を纏いながら瀑布の如く温泉が湧いて降っている。こうした落下の最中に冷却される事で、直接湯を取り入れるだけで人肌に丁度良い温度になっているのだろう。流水が岩に砕かれる水音が響いてきていて、雑多な物音を掻き消し個々人の孤独の深まりを助けている。他人の声や息遣いが耳に入らないということもまた私の心を癒してくれた。

 

「良い場所だ」

 

 互いに関わりなく一人一人が己の行いのみを通して心を安らげる素敵な場所。しかし、それなりに目を惹くお客さんもいる。

 例えば、白髪の中から赤色の山羊の角を伸ばしていてギザギザの歯を覗かせている少女。しかもその目は鮮血のように赤くて水平方向に伸びた四角の瞳孔をしている。これは山羊の妖怪じゃな? なんて思っていると不意に目が合ってしまった。

 目があってから視線を逸らすのってなんだかバツが悪いよね。暫くぼうっと彼女を見つめていると、向こうさんが立ち上がりこっちにやって来る。

 

「以前に会ったことでもあったかい? そんなに見つめられると気になるじゃないか」

「いえ、初対面です。雲見明香と申します。個性的な方だなと思って。その……角とか目とか歯とか」

 

 往々にして妖怪達は幻想郷では人間の形を模していた。一方地底では人間が極端に少ないこともあって妖怪の姿を色濃く現している者が多い。しかし、彼女は人間の形をしながらも獣に近い姿でもある。人間の狡猾さと獣の野蛮さを兼ね合わせたようなその有様は強く目を惹くものだ。そんな風に説明すると彼女は納得してくれたようだった。

 

「それはそうだろう。私は弱肉強食と暴力こそが正義である畜生界の住人であり、剛欲同盟の長でもある饕餮尤魔なのだからな。しかしお前も大概変だぞ。地底の住人にしてはやけに丁寧な物腰だし人間の真似も一級品じゃないか」

「え〜と……人間です」

「人間特有の仄かな香りが食欲を掻き立てて止まない訳だぜ。しかも幼くて健康的な身体じゃないか。骨まで旨そうだ」

「ここの元締めは鬼ですから、騒ぎを起こせばお互いにタダでは済まないですよ」

「安心しろ、私は無駄な争いを好まない。最低の労力で最高の結果を掻っ攫うのが一番だからな。それに今は石油で腹いっぱいだ。運が良かったな」

「石油?」

 

 その鋸のような歯を見せてニヤけた饕餮さんは、私の隣に腰掛けて語り始めた。

 

「それは世界の在り方を変える黒い水さ。この地底のもっと地下深く、今は捨てられて久しい旧血の池地獄を満たす血がそれだ。生命の恐怖、哀楽、憎悪、怨嗟の全てを煮詰めて合わせた血液だ」

「それって食べられるのですか?」

「栄養満点だし意外と美味いんだぜ」

 

 石油と聞くと香霖堂にあった石油ストーブなるものを思い出した。外の世界では燃料として広く活用されていた筈だ。その起源は生物由来のものが殆どであると言われており、血液という言い回しは秀逸だなと思う。

 結局のところ生きていた物は良く燃えるという事であり、命を糧としていることに変わりはない点で業が深い。しかしならばこそ美味いという話もそうは否定し難くて。

 

「美味しいなら食べてみたいです」

「すまん、冗談だ」

「え〜……」

 

 あらら、冗談だったかー。

 

「本気にするとは思わなかったぞ」

「でも元は生き物だったのですよね?」

「なんだ、知っていたのかHomo sapiens(賢いヒト)め。知らぬが仏だと思うがな」

「薪も炭も良く燃えます。元まで辿れどそれと似たようなものでしょう?」

「クックック、違いない」

 

 旧血の池地獄を満たす石油の海。それはとても奇特な風景なのだろう。そう思うとまた欲が渾々と湧く。

 

「血の池地獄かぁ。一目見てみたいですね」

「ほう、お前も石油の魅力に惹かれたのか?」

「いいえ。莫大な生物の死骸が積み重なり石油へと転じた海は、地獄に相応しい有様でありながら羨望の的でしょう? 死や骸を穢れと結び付けて忌み嫌いながらも、それらを燃やし糧として生きる事を厭わない。そうした人間の倒錯の一端を目にできるのではないかと期待しているのですよ」

「その期待は裏切られるぞ」

 

 饕餮さんは真白い歯の並ぶ口に指を当てながら語った。

 

「命を喰らって生きているのだから、命を燃やし糧とすることもまた同じだ。倒錯など何処にもない。強者が弱者を殺して食らうように至極自然の成り行きだ。穢れだの何だのはもっと高慢ちきな神々が気にする事さ」

「弱肉強食……しかしそれではまるっきり畜生ではないですか」

「え──?」

 

 目を白黒させた饕餮さんは呆気に取られたかのように言葉を詰まらせた。彼女は驚愕しているようであったが、私にはその理由がまるで分からなかった。何をそんなに驚いているのかと尋ねようとした時、彼女から逆に問いかけられる。

 

 

 

「いつから人間は畜生でなくなったのだ?」

 

 

 

 投げかけられたその言葉に私は絶句した。人間の醜さを何より嫌っている他ならぬこの私が、人間と畜生の狭間に幻想の境目を引いている事実を突きつけられたからだ。だが何故か、ほんの少しだけ救われたような気がした。

 

「それならば──許してしまえそうです」

「許す?」

「人間の醜さというものを」

 

 所詮は人間も畜生なのだからと、そう一拍おけばその醜さもこんなに簡単に許してしまえるようなものだったのだ。巨頭で無毛な猿に私は一体何を高望みしていたのだろう。晴れやかな心持ちで気分良く温泉の浮力に身を任せて脱力した。

 

「お前は……人間に何か酷いことでもされたのか?」

「いいえ、ただ学んだだけですよ」

 

 獣と化物の象徴である角と目をした人の形に私は語った。

 

「生まれながらにして他人を憎む者はいません。私たちは他人を憎む事を学ぶのです。同じように私は人間について学びました。人間がどのような生き物なのかという事実をです」

「だから人間の醜さとやらが許せなくなったわけか?」

「いいえ」

 

 首を傾げてしまった饕餮さんに対して、尚も言葉を連ねる。

 

「人間は他人を愛し慈しむ事ができる生き物ですし、自分を犠牲にして他者を救う事さえできる生き物ですよ。その中に悪意や醜さがあったとしてもそれに絶望するなんてナンセンスでしょう。私たちは少しずつ善く成っていると私は考えています。畜生同然だった時代から進歩して人に成って来たと思えるのです」

「ならば何故」

「だからこそです」

 

 人と獣の目が混じる。

 

「私たちは他人を愛し尊重することを学んだだけであって、この進歩は可逆性を有しているのですよ。()()()()()()()()()()()()()()。私はそれを知識と歴史の半獣から学びました。私たちは自ら学び育んだ複雑性を何度もリセットしてきたのです」

「リセットしてきた?」

 

 

 

「戦争」

 

 

 

 地底(アガルタ)の風が耳元を吹き抜けていった。此処は地の底の楽園であり地上の喧騒からは離れた世界だ。故にその言葉は余りにこの場にそぐわず浮いているようにさえ聞こえる。

 

「その度に複雑性は失われて死と骸だけが残りました。破壊と復興は須く発展の礎? 自分で壊して自分で直すマッチポンプをそう呼ぶのならばそうなのでしょう。戦争が人類の科学技術の発展に寄与してきた? そのお陰でますますリセットの規模は拡大していますよ。次の戦争ではその発展した科学技術とやらでどれだけ効率良く殺し合えるようになるのですかね?」

 

 私は人間の醜さを憎んでいたが人間を憎んでいたわけではなかった。いつからこの二つを結び付けて考えてしまうようになったのだろうか。人間以外だって存分に醜いと言うのに。

 

「そして貴方たちもですよ饕餮さん。絶えることのない抗争をいつまでも続けているから、貴方たちはずっと畜生のままなのでしょう」

 

 饕餮さんは鼻で笑った。立て膝で手を胸の前で組んで笑みを見せている。強気な様子だった。私の言葉を受け止めて、それで構わないと無言で語っていた。

 

「積み石のようなものです。積み上げては突き崩す。また一から積み直す羽目になる。その繰り返しです。私たちは人間になったり畜生になったりするのを繰り返している」

「クックック、そいつは違うぜ雲見明香」

 

 饕餮さんはその指で私の髪を解き口に運ぶ。驚愕する私を他所に彼女はそれを何度も咀嚼して嚥下しているようだ。

 

「甘いぜ。お前の言う事が正しいなら、その積み石は積み上げるほどに崩れ難くなる筈だろ。学習によって博愛を知り賢い人間様とやらに成れるなら戦争なんてとっくの昔に無くなっているさ」

「それは……」

「人間は戦争を繰り返しているぞ。そう言えば繰り返しってのは喜劇の鉄板らしいな?」

 

 意地の悪い嘲りを浮かべて饕餮さんは私の手を取り指を舐めた。ざらついた舌と獣の歯が艶かしく触れる。その感触に驚いて反射的に手を引っ込めると、軽く指が切れて真っ赤な血が滴れた。

 しかし彼女は口内の血を妖艶な表情をして味わっていた。流石に気味悪くなり距離を取ろうとするが、腰に手を回されて離れられない。非難がましく見つめるものの効果無しである。

 

「クックック、悪いな。やはり人間とは味わい深い生き物だ。不思議な事に人間は人によって味がとても違うんだよ。美味い奴もいれば不味い奴もいるから食べてみるまで分からないんだぜ」

 

 比喩的な表現ならまだしもそんな直接的に人間の味わい深さについて語られても反応に困るよ。取り敢えず怖いので離れたいのですがガッチリ腰を掴まれてます。あれ、これ私獲物扱いされてない?

 

「つまりさ、人間はどんな味にも染まれるのさ。どんな事でも学ぶ事ができると言い直すと分かりやすいかな? だから結局は何を望み学ぶかという一点なんだと思うぜ。今のところ人間は戦争に首ったけのようだがな」

 

 獣が人の味を覚えるように、人は戦争の味を覚えたのだと饕餮さんは言った。これも学びの一つだと彼女は皮肉たっぷりだ。

 

「分かるよ。戦争ってのは美味だからな」

「食べたことがあるのですか?」

「ちょっと依存性があって、定期的に腹一杯食いたくなるような味なんだ」

「度し難い」

「人の好みにケチをつけると嫌われるぜ? 因みにその度し難い私の好みによるとお前は結構珍味だったぞ」

「えぇ……」

 

 ケラケラと笑う彼女はその手の血を舐め取りながら私を離した。空を切る羽音がして、何処からかやって来た大鷲が彼女の肩に乗る。

 

「血の匂いがします。何事ですか饕餮様」

「消毒薬、それから血止め薬と包帯を持ってこい。あのお嬢ちゃんが指を切っちまったのさ」

「饕餮様、目が変です。まるで人間のようですよ」

 

 その時、饕餮さんの瞳孔が人間のそれになっている事に私は初めて気が付いた。

 

「気にするな、暫くすれば元に戻るぜ」

「悪食も程々にした方がよろしいかと。せめて食らうならばもっと力強い物にしませんか?」

「いや、良い目だぞこれは。意外な掘り出し物だ」

 

 話しぶりを聞く限り饕餮さんの部下なのだろうと思う。その大鷲は随分と彼女を慕っているようであった。素直に羨ましいと思う。自らを慕ってくれる者というのは得難いものだし、慕われるに足る者であることはそれ以上に大変な事だからだ。

 剛欲同盟の長であると言うにしては根無草か風来の獣のような自由な方だとは思っていたが、成る程この気風もまた一種のカリスマなのだろう。

 

「さて、随分と長風呂になってしまったな。此処を血の池地獄にするのも気が引ける。そろそろ上がろうじゃないか」

 

 温泉に血を垂れ流すのは確かに気が引けるし不衛生極まりない。饕餮さんの言葉に応じて立ち上がると、しかし酷い立ち眩みに襲われた。白黒の明滅と渦巻き模様が歯車のように蠢くのを目にし、大きく揺らいだ私は転倒しかけて彼女に慌てて支えられた。

 

「おいおい、危ないな。人間ならちゃんと二足歩行してくれよな」

「ははは……」

 

 私は、その痛烈な言葉に苦笑する他なかった。

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