物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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完結してからの方が筆が進むのは何故なのですかね?


霧の湖

「うわぁ──これは良い景色ですね」

 

 霧の湖。それは妖怪の山の麓にある霧に包まれた湖である。普段は濃霧が立ち込めて視界不良なのだが、本日の早朝は比較的良好な景観に臨む事ができた。まさに絶好のシャッターチャンスであり、私は何の躊躇もなくカメラのシャッターを切っていた。

 さて、事の顛末は至極単純である。日傘を片手にぶら下げたレミリアさんに散歩に誘われたのだ。態々彼女が従者も付けずに紅魔館から我が家まで訪ねて来るなんて仰天したね。

 

「霊夢さんなら博麗神社ですよ」

「あら、そう」

「ええと、魔理沙さんなら魔法の森で」

「知ってるわ、貴方を訪ねてきたのよ」

 

 そんな頓珍漢な問答をする程度には気が動転して、玄関口で朝日が燦然と輝く中レミリアさんを暫く待たせちゃった。けどまあ何とか気を落ち着けて今に至るという訳なのです。

 

「ふふふ、そうでしょう。私も早朝の霧の湖の景色は好きなのよ」

「意外です。てっきりレミリアさんは朝日なんて目にする事さえ苦痛なのかと思っていました」

「太陽は大嫌いよ。けれど例えどれだけ大嫌いでも何百年もずっと同じものを嫌い続ける事が出来るほど私は執念深くないだけ」

「しかし、紅霧異変では霧で太陽を覆い隠していましたよね?」

「好き嫌いはさておき、無くなってしまった方が都合が良いのは確かだからね」

「それを嫌いと言うのではないでしょうか?」

 

 湖畔を朝日に照らされながら歩くレミリアさんの横顔に、私の目は釘付けになった。その端正な顔立ちと立ち振る舞いに合わせて、日を拒絶した白磁の如き肌と上質な服飾が相まうそれは、あまりに高貴で美しかった。

 

「熱烈な視線ね。太陽すら厭わない私に見惚れてしまったのかしら?」

「ええ、一目惚れですよ」

「素直ね」

「偽る必要がありますか?」

「無いわね。でも普通は恥じらわないかしら?」

「美しいものに見惚れる事を恥じなければならないなら、私は恥知らずで結構ですよ」

「あら、気障な台詞。でも本心からのようだし、褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 ともあれ、何故レミリアさんが私を散歩に連れ出したのかは謎のままだ。聞いて仕舞えばすぐ分かるのだろうけれど、単刀直入に聞くのも無粋というものだと分かる。少なくとも彼女が纏う幽玄な雰囲気にそんな愚直な問いをぶつける気にはなれなかった。

 

「さて、霧の湖を一周する迄には伝えておきたい事があるの」

 

 レミリアさんは懐中時計を取り出して時間を確認した。霧の湖はそこまで広大ではない。周囲を一周するだけならば小一時間と言ったところだろう。

 

「貴方がフランに何を見せているのかを聞いたわ。美しい世界。彼女はそう言っていた」

「その通りです。ただフランちゃんも最近は外を出歩いているらしくて、寧ろ私が教えられたりもしています。例えば彼女は石油の海を訪れたこともあって──」

「それは重畳、嬉しい限りよ。でも少し危ういと私は考えているわ」

 

 レミリアさんが何を言わんとしているのかを推し量る事が出来ず、私は沈黙する。

 

「フランは良く外出するようになった。彼女は未知の世界に目を輝かせている。それはとても素敵な事だわ。けれど彼女は貴方のように世界の清濁を併せ呑んでいるわけではない。いつか世界の醜さを知る時が来るのよ。私はその時が恐ろしくて気が気でないわ」

「心配のしすぎですよ」

 

 レミリアさんはフランさんの事となると本当に過保護だなぁ。

 

「心配ではなく明確な懸念よ。貴方は世界の醜さを人間に押し付けて見識を保っているようだけれど、フランにはそんな器用なことはできないでしょうから」

「それは聞き捨てならないですね」

 

 おおっと、これにはちょっと異を唱えたいです。

 

「世界に醜さなんてないです」

「それよ。そういう強固な強がりがフランにもできれば」

「確かに世界には汚いものがあります。糞便や死肉や血液……しかし私はそれらを醜いとは思いません」

「それは可笑しいわ。醜いものは汚いものと結び付くのが道理でしょう」

「いいえ、美醜と清濁の間には何の関連もないのです。美しくて汚いものや、醜くて綺麗なものが世界には溢れているでしょう?」

「ふむ、言われてみればそうかもしれないわね。咲夜が淹れたトマト入りの紅茶は醜悪だけれど不衛生では無い。一方雄大な海は美しく映えるけれどその実はこの世のあらゆる穢れの吹き溜まりでもある」

 

 レミリアさんは笑みを浮かべて語りの続きを促す。好奇心を露わにする彼女が私には美しく見えた。

 

「こうした美醜と清濁の境界はその実在性に依るのだと私は思います。汚いものや綺麗なものは形を持って実在しますが、美醜はそうではありません。人間が一人残らず居なくなれば法律が存在しなくなるのと同じ事です」

「美醜は人が定めた法と言う訳ね。これを美しいのだと()()()()()()。あれが醜いのだと()()()()()()。だから美醜は法のように実在しないと」

 

 レミリアさんは私の言わんとする意図を正しく理解したようで、考えを確かめるように言葉を連ねた。

 

「人間達が世界から一人残らず死に絶えれば、それらがどれだけ美しいと謳い誉めそやしてきた春の桜であろうと、何者を感動させることさえできはしない。美醜は人間が定めたルールなのだから、人間と共に消え去り、人間以外のものには関係が無い。成程そうだわ」

 

 頬に手を添えてレミリアさんは考えを咀嚼している。

 

「では清濁はどうか? 人間が死に絶えても不衛生による病がなくなったりはしない。人の存在とは関わりなく清濁は存続して世界に影響を与えられる。成る程確かに実在しているわね」

 

 納得した様子でレミリアさんは頷く。ただ、その後にジト目で睨みつけられた。

 

「けれど私は永らく人と共に暮らし彼らの美醜()に染まってもいる。それにフランでさえ世界の美しさを貴方()から学んだ」

「だから大丈夫なのですレミリアさん。私はフランさんに世界の美しさを教えました。そして世界に醜さは実在しない。それこそ人間から学びでもしない限り彼女がその非実在の存在を知ることなど出来ないのです」

 

 私の言葉を聞き、レミリアさんは胸に手を当てて何かに想いを馳せていた。

 

「しかし美醜が人の法であるならば、それは何者が定めるのかしら?」

「毛の無い猿のアルファ個体です」

「うん? え?」

 

 こういう皮肉屋な所が私の悪い所なのだと自嘲する。

 

「つまり人間のリーダーです。法と同様に群れの中で最も権力を有する個体が定めるのですよ。おっと、法は神の名の下に於いてでしたか? まあ、神の名を騙る王が語るのですからそうでしょう?」

「貴方そのうち刺されるわよ。神様はもっと大事にしなさい。神の名の下に刺された事がある私が言うのだから間違いないわ」

 

 中々身に染みる一家言を頂いて反省していたところ、更にレミリアさんの口撃が心を抉る。

 

「それに、美が人の法であり人からのみ学び取る事ができるものだとすれば、貴方が語る世界の美しさもまた人間から学んだものなのでしょう? 確かに貴方が常々言うように人間は醜いのかもしれない」

 

 レミリアさんは私に向けた言葉を区切り、朝日を背に風に吹かれていた。彼女の言葉の続きは容易に想像がついた。だから私はどうかその言葉が耳に届かないようにと祈った。ただ神は不信心な私に応えるつもりはないようだ。

 

 

 

「けれど、世界を美しく思えるのはその醜い人間だけなのでしょう」

 

 

 

 

 

 私は胸にしこりを感じながら布団に包まった。レミリアさんの言葉が目を閉じても耳を塞いでも頭の中で反響してやまない。私は自らを宥めながら考えを巡らせる。

 

 例外だ。

 

 醜い人間の中にも世界から美を感じ取る美しい人が現れることもある。それに世界が醜悪な肥溜めであるとするよりも、一層美しく素敵な場所であるとした方が、そこに生きる人々にとっては都合が良いじゃないか。

 世界が醜悪ならば、皆がこの世を去っていくだろう。人間をできるだけ多くこの世に蔓延らせたい神々とアルファにとっても、人間が世界に美を感じるようになった方が都合が良かった。

 

 

 だからそのように美醜()を定めたのだ。

 

 

 この世は美しい。だから此処で、産めよ増えよ地に満ちよという訳だ。ふざけるな。私はむしゃくしゃして布団から飛び起き中庭沿いの縁側に腰掛けた。肌寒い夜風が身体を冷やして目が急速に醒めていく。

 見上げるとそこには冬特有の澄んだ星空があった。幾つか星座も目に留まる。確かに美しかったし感動した。心が澄み渡るような気持ちさえした。

 けれどこうして美しく感じることを何者かに定められているのだと思うと、気味が悪かった。この感情をどうにかしない限りは手放しで美に耽ることは最早できまい。

 

 私は翌日直ぐに便りを出した。分からないこと、思い悩む事があれば他人に打ち明けるのが一番なのだ。私の疑問に答えられる可能性のある人物は一人だけだった。

 

 太古のアルファであり、また人であり、神でもあり、人を支配し、法を敷き、世を治め、そして美しいもの。

 

 

 

 

 

「豊聡耳様、お話ししたいことがあるのです。人と世界とその美について」

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