物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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茸の判別は、その道で論文をしたためる専門家が図鑑を片手に睨めっこしても間違えることがある、なんて都市伝説を耳にします。

茸は見るものであり食べるものではないのです。

ダメ、キノコ、絶対。


魔法の森

 深い森の中にいた。木漏れ日に照らされた木々の陰影が際立つ。真昼間だと言うのに、木々や岩場の影には夜よりも暗い闇がある。一方、紅葉した落ち葉が地面一面に散乱しており、色彩豊かな(きのこ)たちがそこかしこから顔を覗かせていた。

 

「カラフルだろ? ここは茸の群生地で私もよく足を運ぶんだ。土が良くて、腐敗した落ち葉や木々が多く、湿度も絶妙で茸が良く育つんだぜ」

「魔法の森にこんな場所があったなんて。てっきり暗くて湿気(しけ)てて瘴気(しょうき)(まみ)れた不浄な森だと思ってましたよ」

 

 魔理沙さんは物色した茸をバスケットに()みながら答えた。

 

「そういう場所もあるにはある。だがそれが全てじゃない。魔法の森はとても多様な面を持ってる。この森に暮らしてる私も、まだ見ぬ風景に出くわしたりだってするんだぜ」

 

 霊夢さんから紹介されたのは、普通の魔法使いこと霧雨魔理沙さんだった。私は霊夢さんに紹介料を支払い、そのうちのいくらかが魔理沙さんにも渡った。魔法の森の案内料というやつらしい。

 

「霊夢から聞いたが、写真を撮るんだってな。撮りたい場所は『人跡未踏(じんせきみとう)の地』だそうだが、間違いないか?」

「はい。人間が誰も見たことが無い場所で写真を撮りたいのです」

 

 考え込んだ魔理沙さんは、(しばら)くして懐から古びた手帳を取り出した。

 

「ふむ、そうなると私も見たことが無い場所だな。実は魔法の森をある程度マッピングしているんだ。まあ、自分が住んでいる場所の地理を把握しておくのは当然のことだからな」

 

 魔理沙さんの隣から手帳を覗き見た。霧雨魔法店を中心として、各方位毎に雑多な文字と数字が記されている。

 

「地図というよりはメモに近いがな。私の店からどの方位にどれだけ進めばどんな場所があるか、という具合だ」

 

 方位磁石を手に、魔理沙さんはしばらく手帳と睨めっこを繰り返し、意を決したようだった。

 

「そもそも魔法の森は瘴気と胞子の所為(せい)で妖怪さえ寄り付かない秘境ではある。だが人跡未踏であることに万全を期すなら……ここだな」

 

 魔理沙さんが指さした場所には、ただ一文字が記されていた。

 

「谷だ。深い谷がある。化け物茸が盛大に繁茂していて、一目見て引き返した。だが丁度良い機会だ。一緒に谷底を拝みに行こうぜ」

 

 

 

 

 

 魔理沙さんと一緒に霧雨魔法店に引き返し、装備を整えてから谷へと向かった。スカーフのように口元に巻けと言われた布はどうにも息苦しいが、絶対に外しては駄目らしい。

 

「化け物茸の胞子や瘴気を吸い込まないための魔法の布だぜ。ちゃんと鼻まで隠せよ。それからこのゴーグルもだ」

「魔理沙さんは?」

「私は魔法使いだから、そんな道具は必要ないのさ。それにしても、降りられる場所が中々見つからないな」

 

 谷に沿って暫く歩いていたが、斜面には私の背丈と同じぐらいの巨大な化け物茸がびっしりで、胞子を濃霧のように散布している。無風であることも相まって胞子が停滞しており、谷底をハッキリと見通すことができない。

 

「まるで胞子のヴェールだ。それに見てみろ、絵に描いたようなV字谷だぜ。斜面が険しいったらありゃしない」

「魔理沙さんなら飛んで降りられませんか?」

「できなくもないが、お前を抱えては無理だな。それに見通しが悪すぎる。あんまりこういう場所で飛びたくはない、危険だからな。だが、仕方ない」

 

 魔理沙さんは外套(がいとう)(ひるがえ)した。手招きされたので近づいてみると、きつく抱きしめられる。

 

「あ、あの……」

「仕方がないから、ゆっくり落ちよう」

「えっ…ひゃあっ!」

 

 次の瞬間、魔理沙さんは私を抱いたまま谷底へ飛び降りた。足が地を失い、心臓が身体の中で浮いているような感覚を味わう。私に出来たことは、目を固く閉じて必死に魔理沙さんに抱き付くことだけだった。

 

 

 

 

 

「明香、もう目を開けて大丈夫だぜ」

 

 恐る恐る目を開けると、魔理沙さんの顔が目の前にあった。

 

「よし、次は周りを見てみろ。凄い景色だ。カメラは壊れてないよな? 2枚ぐらい撮ってくれ、私も一枚欲しいんだ」

 

 周囲を見回して息を呑む。

 

 

「茸の森……」

 

 

 誓って、私の背丈の3〜5倍はある程の巨大な茸が、その傘を広げながら木々のように林立していた。

 

「信じられないだろ。私もだ。ここまで巨大な茸は見たことがない」

 

 空を見た。胞子のヴェールが太陽光を滅茶苦茶に散乱させていて、ぼんやりと白けた光が差し込んでいる。そしてそれは、霧雨のように降り注ぎ、地面は積雪したかのようにフワフワだ。

 確かめるように胞子の雪を何度か踏みしめてから、私はシャッターを二回切る。茸に夢中の魔理沙さんもまた、その風景の一部として収まった。

 

 

 

 

 

「うん、似合ってるぜ。サイズの合う服が見つかって良かった」

 

 霧雨魔法店に帰り着いた私たちはまず、服を捨てて風呂に入った。胞子に塗れた服は庭で魔理沙さんが焼いてくれた。その他の装備については、私のカメラも含めて暫く天日干しして様子を見るらしい。

 

「私が子供の頃に着てた服だ、貰ってくれ。大事にしてくれよな。思い入れがある品なんだ」

「はい、ありがとうございます」

 

 部屋着の魔理沙さんは、ホットミルクが入ったマグカップを口につけて寛いでいる。

 

「幻想郷で茸の森を見つけたとか言う話は聞いたことがない。きっと誰に言っても信じられないだろうがな。切り立った崖から谷底へ胞子のヴェールを突っ切って飛び降りた奴らだけが目に出来る光景って訳だ」

 

 胞子の詰まった小瓶が置かれた。恐らくはあの化け物茸の胞子だろう。それをどうするつもりなのかと問うと、予想外の答えが返ってきた。

 

「あの馬鹿でかい化け物茸って食えないかなって思ったんだぜ。一先ず胞子から育ててみようと思うんだ」

「毒茸かもしれませんよ?」

「食ってみるまでは分からん。心配するな、先ずは捕まえた鼠に食わせてから試すさ。それに、永遠亭印の解毒薬もあるからな」

 

 毒に効きます! そんな謳い文句と可愛らしい兎のロゴが印字された救急セットが目に入った。

 

「明香はどうする? その写真を阿求のとこにでも持ってくのか?」

「いえ、アルバムに閉じておきます。自分の秘密を他人に知らしめる趣味はないですから」

「そうだな。研究成果も知識も情報も、秘密にすると価値を持つんだ。神秘なことを見つけた端から喧伝(けんでん)だの周知だのしてたら、世の中全部陳腐(ちんぷ)で安っぽくなっちまう」

 

 神秘の秘匿(ひとく)ってやつだと、魔理沙さんは魔女のように微笑んだ。

 

「次は何処に行くつもりなんだ?」

「無縁塚に行きたいと思ってるんです」

「それなら詳しい奴を二人ほど紹介できるな。で、どちらを紹介するべきか判断する為の質問なんだが」

 

 間を開けて魔理沙さんは口を開いた。

 

 

「墓暴きはするか?」

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