物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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後戸の国

「どうですか?」

 

 私の問いかけに、霊夢さんは首を横に振る。

 

「さっぱり分かんない。力になれなくて悪いわね」

 

 私は解かれていた包帯で目を塞ぎ直して布団に包まった。ミイラみたいだねと冗談めかして見せると、霊夢さんは黙り込んでしまう。

 ここ数日の間で、激しい能力の暴走が私の身に起きていた。視界が急にぼやけたまま治らなかったり、逆に見え過ぎてしまったりするのだ。

 

「でも何か引っかかるわ。前に似たようなことがあった気がするのよね」

 

 能力を制御できていない今の私と目が合えば、互いの視界が混ざり合ってしまう。霊夢さんは出来の悪い万華鏡(カレイドスコープ)みたいだと揶揄していた。

 その為、最近は外出も出来ずに自宅に篭りきりだった。まさか私が人目を避けないとならないなんてね。その上、目に負担を掛けないように包帯で光も遮っている。お陰でとても楽になったけど、盲目というのは凄く不便だ。

 

「あれは四季が滅茶苦茶になった時だったわ。もしそうなら此処にある筈なんだけど」

 

 霊夢さんは私の背に触れる。

 

「違ったみたい。あの時は傍迷惑な二人組のガキが手当たり次第に他人の潜在能力を引き出してたのよ。お陰で妖精達まで可笑しくなって自然のバランスが崩れていたの」

「あの四季の異変ってそんな原因だったのですね」

「首謀者もろとも全員ぎたぎたにしてやったから懲りた筈よ」

 

 全員ぎたぎたかぁ。うん、異変解決中の霊夢さんの前に立ったらそうもなろう。普段は優しい人なのだけどね。

 

「いいえ、霊夢の見立ては間違っていないわ。彼女達は懲りて、そして更に巧妙になったようね」

「変なとこから出てこないで。あんたは普通に訪ねるって事が出来ないの?」

「能力柄、一番楽な方法を選んでいるだけですわ」

 

 天井付近から紫さんの声がする。かと思うと、今度はすぐ隣から声が届く。神出鬼没の体現だなぁ。

 

「ちょっと失礼するわよ。ほら、見てなさい霊夢」

 

 上着を脱がされて背に手を置かれる感触がした。やがて、まるで酷い日焼けをしたみたいに急激に背中が熱を持つ。

 

「これはあの時と同じ──扉ね」

「私の背中に扉があるの?」

「大・正・解。全くその通りよ」

 

 どうやら誰かが勝手に勝手口を取り付けていたらしい。背中に手を伸ばしてみると、朽ちた木のような不思議な感触がする。

 

「しっかりと隠蔽されているし戸締りも万全だわ。前回の失敗から大いに学ばれたようね」

「じゃあどうすんの?」

「どうもこうも、私相手に戸締りだなんて滑稽ですわ」

「不法侵入はあんたの十八番だったわね」

 

 仲良さげに談笑している二人。紫さんは朗らかに言う。

 

「全く隠岐奈にも困ったものだわ。もっと他にやりようはあったでしょうに、目立ちたがりねぇ」

「隠岐奈?」

「そう言えば明香は知らなかったわね。まあ、嫌でも直ぐ会う羽目になると思うから気にしなくて大丈夫よ」

 

 気にしなくて良いと言われると気になるよね。でも、聞いても答えてもらえないのだろうなぁ……。

 

「仕方ない。霊夢、貴女は明香と二童子を止めに行きなさい」

「明香は空も飛べないお荷物よ。此処に置いて行くのが一番でしょ」

「彼女は隠岐奈に目を付けられているのよ。何処に居ようと、貴方の側に居るのが一番安全なのだと思わないかしら?」

 

 霊夢さんは面倒そうに溜息を吐いて報酬の交渉を持ちかけていた。今回の報酬は米一ヶ月分らしい。現物支給なのかと恨めしそうな表情をしている霊夢さんは完全に無視されていた。紫さん曰く、彼女に金を渡すと必ず身に付かないとか何とか。

 

「このスキマを使いなさい。後戸の国へ繋がっているわ。それとこれは処分しておかないといけないわね」

 

 背中の焼けるような痛みが突然治まった。振り向くと、朽ち果てた後戸を手にして紫さんが溜息を吐いている。

 

「後は任せたわよ霊夢」

 

 

 

 

 

 霊夢さんに背負われて私は後戸の国へやってきた。彼女からは絶対に目を開けないようにと言い付けられている。曰く、この国の風景はたいそう()()()()()であるらしい。

 ずっと空を飛び続けていたけれど、霊夢さんは何かを見つけたらしく声をかけていた。耳を澄ますと、聞こえてきた声は二人の少女のものだった。恐らく彼女達が二童子なのだろう。

 

「見つけたわよ。明香の目を可笑しくしたのはあんたらでしょ。今すぐやめなさい」

「うわぁビックリした。一体何処から入って来たの?」

「もー、舞ったらお師匠様の話を聞いてなかったの? 今回は八雲紫が直々に向こうの味方なのよ。何処から現れたって不思議じゃないわ」

「そうだったね里乃。じゃあ、お師匠様の指示通りに博麗の巫女を追い払おう。あ、その人間は置いて行ってね」

「全く話が通じないわね」

 

 話し合いは打ち切られ、霊夢さんは激しく飛び回っている。きっと弾幕ごっこをしているのだろうけど、霊夢さんからは激しい苛立ちが感じ取れた。時折舌打ちも聞こえて来る。

 

「あんたら私を怒らせたいの?」

「人一人背負って二対一ぐらいで丁度良いハンデでしょ。それとも不公平なのは嫌いかしら?」

「はっ! そんなハンデ大した事ないわ。ムカつくのは、あんたらが明香を狙ってることよ」

「当たり前じゃん。お師匠様の攻撃を避け切るような人間に弾が当たる訳ないでしょ」

「だから明香を狙うの? 当たったら死ぬかもしれないのよ」

「それは困ったな。お師匠様からは博麗の巫女が連れてくる人間は傷付けるなと言われてるんだ。だから──しっかり避けてね」

 

 え、当たったら死ぬの? 弾幕ごっこって弾幕の美しさを競うものだって紫さんは言ってたのだけどなぁ。花火みたいなものでしょ? でも考えてみれば花火って当たったら死ねるわ。なるほどー。

 

 

 え、何それ怖い。

 

 

「しっかり掴まってなさい明香。飛ばすわよ」

 

 更に霊夢さんは加速していく。恐らくこれまでは私を気遣っていたのだろう。風が頬を切って行く。急停止、急加速、急旋回。激しいアクロバティック飛行だ。幾たびか直ぐそこで弾が掠る(グレイズ)音さえする。

 紙一重であらゆる弾幕を躱している霊夢さんの身のこなしは正に神業なのだろう。私という重荷を背負いながらも彼女は一切の被弾を許さない。けれど一つの不運があった。

 何かが、恐らく霊夢さんが見切り躱した弾幕の一つが、私の目を隠す包帯に掠ったのだ。被弾とさえ言えないそれが形勢を流転させた。

 

「あっ……」

 

 不意に光に包まれた世界に驚き、反射的に目を隠そうとして霊夢さんにしがみ付いていた手を離してしまう。

 

「明香!」

 

 叫び声がする。見上げると、霊夢さんが真っ青な顔をして手を伸ばしていた。瞬間、互いの視界が混濁する。その致命的な隙に私たちは弾幕に取り囲まれてしまっていた。

 

「霊符『夢想桜花封印』」

 

 私が目にしたのは、桜の花弁が空間を埋め尽くしていく光景と、遠ざかって行く弾幕の応酬だった。

 

 

 

 

 

 私は落下し続けていた。ここは紫さんのスキマのような異空間であった。違いがあるとすれば浮かぶ目の代わりに無数の扉が漂っている点だろう。それらは開閉を繰り返しながら異界の風景を覗かせている。

 私はその美麗さに心を奪われた。目からは涙が溢れ出て止まらない。この後戸の国に存在する扉全ては、その一つ一つでさえ私を感動させ得る光景を写している。

 

「幻想郷のヴンダーカンマー(驚異の部屋)

 

 暴走していた能力は弱まりつつあり、何とか制御が可能だった。きっと二童子が霊夢さんに倒されたのだろう。運が良いなぁ。だってそうじゃなきゃ、きっと失明してしまう程の莫大な情報の洪水が目の前にあるからね。

 四方四季の庭どころじゃない。全方位にあらゆる光景があり、全てが一望できた。まるで神の視座だった。そしてそこには、それらの光景の主たるものが在った。

 

 

「神様?」

「如何にも」

 

 

 落ちるということは、巨大な質量が歪ませた空間の中心に向かうという事である。私は落下を続ける事で、莫大な数の扉に取り囲まれている後戸の国の中心に辿り着いていた。

 

「私は摩多羅隠岐奈、後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、この幻想郷を創った賢者の一人でもある」

 

 彼女は無数の神格を列挙した。その言葉が本当ならば信じられないほど多面的な神様なのだろう。その中の一つの肩書きに、私は耳を奪われる。幻想郷を創った──

 

「全く紫も変な人間を囲い込んだものだ。だが彼奴が見込んでいるならば、さぞかし有望なのだろうな。丁度私は使える人間を探していたところでね」

 

 荘厳な椅子に腰掛けている神様は、品定めするように私を見つめた。使える人間を探しているというからには、私がそれに適う人間かを見定めているのだろう。しかし、これは私の疑問を解決する絶好の機会だ。

 

「奇遇ですね神様。実は私も探していたところなのですよ。私の疑問に答えられる相手をね。貴女はとってもピッタリな気がするのです」

「ほう、神相手に不遜な奴だな。だが人間如きの疑問に答えられないなどと思われるのも癪だ。さあ、言ってみろ」

 

 自信たっぷりに威厳を見せながら不敵な笑みを浮かべている神様に、私は大いなる期待を抱きながら問うた。

 

「神様、この幻想郷は一体誰のものなのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 神様は目を丸くして閉口していた。暫くして彼女は、うんうんと唸り、ひとしきり悩む素振りを見せていた。その悩ましげな姿は、答えが分からないから悩んでいるのではないと私には分かっていた。

 それは、ある道を修める専門家が全くの素人に答えを求められた時に、相手が理解できる答えを選び出そうとする、そうした悩みであろう。

 

「私達が創った幻想郷は無事に機能している。機能しすぎて、もはや誰にも制御出来ない。しかし、それも私達が望んだことだ。幻想郷は私達の手から離れ、誰のものにもなりはしない」

 

 私はその答えが信じられなかった。創造者である賢者達の一人が、あっけらかんと幻想郷は制御不能だと宣ったのだから。しかし、神様は胸を張って言う。

 

「制御不能、実に結構じゃないか。自分が創ったものが自らの手を離れて自律するなど、実に創造者冥利に尽きる話だ。だが、もしも楽園たり得ない何かがこの幻想郷に見出せたならば忌憚なく教えなさい。検討の後、善処させてもらおう」

「いいえ、そんな事はないです。私は幻想郷が大好きですから」

「それは良かった」

 

 神様は破顔して、穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「人の手で組み上げられた時計が、人の手を離れて時を刻むように、幻想郷もまた私達の手を離れて移ろうのよ。だから私達は、時には油を差してやったり、部品を交換してやったりしながら、自分達が組み上げた楽園が楽園たり得ているかをじっと見ている」

 

 神様は愛おしそうな目付きで後戸の向こう側に広がる風景を見つめていた。彼女のそんな姿を見て、私の胸中でも同様の思いが想起される。

 

「お前の問いへの答えとしては、()()()()()()()()だ。幻想郷は完全に素敵に自律している。そもそもこの世に生きる人間は、大地を吹き抜けて行く一陣の風のようなものだ。その中途で土塊(つちくれ)を巻き上げて共に行くとしても、それで大地を手に入れたとはとても言えぬだろう。幻想郷とは人の手に負えるものではない」

 

 私はその言葉を噛み砕き、呑み込んだ。

 

「そういうものですか」

「そういうものだと、私は思っているがね。さて……では語らいも程々にして今度こそ見せてもらおうじゃないか。お前の性能を!」

 

 神様は今度こそとばかりに立ち上がった。その不敵な笑みは期待に満ち溢れている。ならば私も答えてあげないといけない。神様だって答えてくれたのだから、私が答えないのは不公平だからね。

 

「私にできることはただ、貴方を見つめることだけです」

 

 

 

 

 

「悪くは無い。悪くは無いが、何だかなぁ」

 

 私が目を拭っていると、神様はがっかりした様子で語り始めた。

 

「ミスマッチングだ人間よ。私は荒事もこなせる力を持った人間を手足としたいのだ。お前は悪くないが、少し弱過ぎるな。という訳で不合格だ。不採用だよー」

 

 お眼鏡には敵わなかったようだが、神様は急に馴れ馴れしく砕けて接してくる。

 

「でもまだちょっと聞きたいことがあるんだよねー」

「え……何ですか?」

「ちょっとした疑問さ。気を楽にして答えてね」

 

 私は困惑した。聞き間違いかと耳を疑うが、彼女は何処からか取り出したボールペンと手帳を手にずいと距離を縮めて言う。

 

「愛って何かしら?」

 

 神様はポールペンを突きつけながら、哲学的な問いを投げかけてきた。話の流れに困惑しつつも、何とか答える。

 

「人の夢は十人十色と言いますし、人の愛も同じく様々なのだと思います。その上で私のそれが何かといえば、きっとそれは眼差しでしょう。私はいつも愛するものを見つめてきました。見つめる以上に愛する方法を私は知りません」

「なるほどねー」

 

 神様は、手帳にボールペンでメモを取りながら頭を掻いていた。それで良いのか神様。貴女への畏敬の念が私の胸の中で幻想に成り果てようとしているのだけど。

 

「貴方は幻想郷を愛しているらしいけど、いつか貴方が幻想郷を愛せなくなったとしたら、その時はどうするの?」

「え?」

 

 唐突な問いかけに面食らってしまう。そもそもがあり得ない仮定から始まる問いである。それは非常に私を悩ませた。私が幻想郷に対する愛を尽かせるなど想像さえできない。ただ、そのあり得ない帰結を空想しながら答えを探し、口にする。

 

「その時は多分、この世界を愛せたその日々を愛するだろうと思います」

「……そっかー」

 

 神様はその表情をクシャクシャにした。悲しみを湛えながら、しかし笑顔だ。その目は今にも涙が溢れてしまいそうに潤んでおり、その底に優しさを秘めている。この表情は──痛惜。

 

 

「残念だよ。本当に」

 

 

 神様は目頭を押さえながら目を瞑り天を仰いだ。そのまま私に背を向けて、彼女は顔を合わせずに言う。

 

「さあ早く去ると良い。二童子も博麗の巫女にズタボロにされている頃だろうし、その目も元通りになる筈だ。貴女の部屋には上から6番目、右から23番目が良いね」

 

 神様は帰り道を教えてくれた。私の能力を暴走させた元凶として少しは警戒していたのだけど、蓋を開ければ雑談しただけでお開きであった。

 

「摩多羅様は、優しい神様なのですか?」

「いやいや、気まぐれな神様ですよー」

 

 扉が私の元へやってきた。手を伸ばして帰ろうとした瞬間、それは僅かに遠退く。

 

「おっと、すまない。一つ伝言を頼まれてくれないか?」

「なんですか?」

「八雲紫によろしく伝えてくれ」

 

 私は頷いて扉を潜る。その先は自宅の布団の上であり、後戸の国へ向かったスキマの目の前だった。

 

 

「さて、あの巫女の相手はどうしたものか……」

 

 

 摩多羅様の困り声が背後から聞こえて来る。振り向いたが、そこにはもう後戸は無かった。

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