「噂に違わず賑やかだねぇ」
中有の道では、屋台が道沿いに所狭しと並びお祭り騒ぎであった。人の多い場所はあまり好きではないけれど、それでもこうした祭りの雰囲気は心地良い。そこかしこで祭りの一幕を写真に撮りながら私は見回っていた。
「明香じゃないか。なんでこんな所に居るんだい?」
ごった返す人混みの中から声がする。振り向くと、小野塚小町さんが酒瓶片手に手を振っていた。
「お久しぶりです」
「久しぶりだね。でも、あんたはこんなとこに居ちゃダメじゃないか。早くあの世に帰らないと閻魔様に叱られるよ」
小町さんは困り顔で私の手を掴む。しかし、彼女は驚愕の表情を浮かべてその手を握りしめた。
「……生きている」
思えば小町さんと最後に別れたのは彼岸だった。あの時は実際に私は死んでいたのだから、彼女の驚きもむべなるかな。とはいえ何と説明すれば良いか困ってしまう。
するうち、小町さんは人気のない道の片隅まで私の手を引いて連れ込んだ。死神の手帳を凝視しながら彼女は眉を顰めている。
「あんた一体どうやって生き返ったんだい?」
「えぇと、私にもよく分からないのです。なんか生きてました」
「そうか……それは良かった。生きているなら儲けもんだよ」
小町さんは一転して笑顔を見せて私の背を叩いた。彼女は中有の道の人集りを指差して言う。
「見てみなよ。この道では生者も死者もごた混ぜだ。だけどね、人間は生きてるうちが花ってもんだし、花見にはコイツが付き物だろう?」
小町さんは岩場に腰掛けてこれ見よがしに一升瓶を置く。
「あんたも結構イケる口だと聞いてるよ」
酒瓶を開けた小町さんは、杯にそれを並々と注いで口に運ぶ。私もまた手渡されたそれに口を付けた。清酒特有の香りと味わいが口内に広がる。これは良いお酒だけど、なんだか普通のお酒とは違うような風味がする。
「口に合わなかったかい?」
「まさか。美味しいお酒ですね」
「それは良かった。コイツは鬼の酒なんだ」
鬼の酒、それは味の良し悪しを超越している代物だ。何せ酒虫の分泌液混じりで、米の酒であるかさえ怪しい代物である。私はゆっくりと腰を下ろして酒臭い息を吐く。成る程、これは地底で飲んだ酒に似ているのだ。
「しかし何故そんな酒を私に?」
「酒呑みなら分かるだろ? ちょっとは利き酒してみなよ」
言われてもう一度、酒を口に運び味わいを確かめる。鬼の酒らしく度が強くて乱暴だ。ざっくばらんで大らかで、個性的で雑多な味が沢山入り混じって喧嘩している。けれどそれでバラバラになることもなく均衡が保たれており、美しい味わいを醸し出していた。
「これはまるで──」
私は途中で口を噤む。この先を言葉に出すことは無粋だと思ったからだ。ニッコリとした小町さんは、博麗神社の酒祭りに鯢呑亭が出店していた際に振る舞われた酒がこれだと教えてくれた。
「里の人間向けの大衆酒場にこれ程のものがあったなんて驚きです」
「知らないのかい? あの店は妖怪の──いや、忘れてくれ。何でもないよ」
仄かに酔いが回るのを感じる。身体が火照って熱を持っていた。祭囃子を耳にしつつ雑踏を眺めていると、ぴゅうと冷たい風が吹いた。もうすっかり晩秋で、夜は涼しさと冷たさの狭間で私たちを翻弄している。
夜空に浮かんだお月様を肴に二人で黙々と酒を進めた。酒を飲んでいる間は誰も口を開かぬ故に、美禄はいつも人を無口にするものだ。
「身体はこんなに熱いのに、頭はとても冷めていて奇妙な感じです」
「それもまた酔い方の一つさ」
身体が熱をもって堪らない。こんなにも熱いのだから風がもっと吹いてくれても良いのに。私は酒瓶を取ろうとしたが、同じくそうしていた小町さんと手が重なる。
「あ、冷たい手」
「あんたは随分とお熱いね」
「生きる物は皆この熱に浮かされて生きているのですよ死神さん」
「そうかい、道理で死んだ奴らが浮かばれない訳だ」
すっかり夜に冷やされてしまった酒を杯一杯に注いで飲み干す。続けてもう一杯飲もうとしたところ、小町さんに酒瓶をひったくられてしまった。
「あんた大した飲みっぷりだが、強かに酔っちまったら里まで帰れないだろう」
「まだまだ大丈夫だよ」
「酔っ払いの言う大丈夫はもう駄目だって意味さ。本当に大丈夫だってんなら立って歩いてみな」
試しに立ち上がってみる。
「あ……」
足腰が立たずに地べたにへたり込んだ。まさかここまで酔いが回っていたなんて驚きである。頭の方がまるっきり冴えていたので、酔いの深さに気付けなかったのだ。
「言わんこっちゃない」
返す言葉も無い。バツが悪くて頭を掻く。
「送ってやるよ」
「大丈夫です。一人で帰れますから」
「酔わせた少女を置き去りにしてきたなんて知れたら、どんな雷が落ちるか分からないからね。あたいの上司は部下のプライベートにまで口を出すお方なのさ」
ぐいと引っ張られて背負われる。他人におんぶされるなんて何時ぶりだろうか。安心感と酔いからくる心地良さに包まれて極楽な気分だ。
「連れて行く方向を間違えないで下さいね。私は生きてますから」
「バッカやろう、間違えるもんかい。そう言うなら六文銭寄越しな」
夜道を行く間、酔っ払いらしくケラケラと笑いながら私たちは語り合った。しかし、小町さんは何故か物悲しそうな表情だ。月明かりに照らされて陰影をクッキリと現したその横顔は、何処か鋭く険しさを感じさせる。
「どうしたのですか小町さん。顔が暗いですよ」
「夜だからな」
あらら、答えたくないみたい。詮索はせずに口を塞ぎ、夜空を茫と見る。けれど小町さんがそんな顔をしていると、何だか嫌な感じだ。
「そんなしょげた顔しないで下さいよ。貴方は良い人だし、私は感謝しているのですから、困った事があったら相談ぐらいしてくれても罰は当たらないのですよ」
「私が良い人?」
「だって、こうやって親切にしてくれているじゃないですか」
小町さんの背から落ちてしまわぬように、ぎゅうと抱き締める。
「でも私は死神だからねぇ。あまり良くは思われないだろう」
「例え死神やあの世が無くとも、私たちがこの世に生まれ、そして一人残らず死んで逝くことは変わりません。貴方達は死後の水先案内人であり死者達のマエストロなのです。その生業に感謝することはあっても悪しく思うことはありませんよ」
「ありがとよ。あんたはお世辞が上手いね」
小町さんは真に受けてくれなかったみたい。本心からの言葉なのだけどなぁ。しかし彼女はお返しとばかりに笑って訳を教えてくれた。
「あたいは、明日からの仕事が憂鬱だなと思ってただけさ」
「……心中お察し致します」
「よしな。益々辛気臭くなるじゃないか」
ともあれ、月明かりが差す夜道を進む。祭りから離れた夜道は物静かで、微かな虫の音と草木のそよぐ物音がするばかりである。遠くには人間の里が見えているが、それがいっそう道のりの果てしなさを思わせる。
「小町さんって距離を操る程度の能力がありましたよね?」
「夜風に当たりながら歩きたい気分でね。こんなにも良い景色なんだから、すぐ里についてお終いじゃ勿体無いと思わないかい?」
口笛を吹きつつ小町さんは歩いて行く。私は揺られながら幻想郷の夜景に酔いしれていた。見上げた視界一面の空に浮かぶ月と星々が、山々に囲われて広がる閉じた大地が、月影に仄かに照らされる深山幽谷が、美麗に広がっている。人間の手などまるで入っていないのに、まるで美しく整えられたジオラマか箱庭のように良く出来ていた。
「綺麗ですよね。まるで絵描きがそう描いたみたいに」
幻想郷は結界によって切り取られ、現世からはずれた裏側の世界である。果てしなく広大な外の世界から見れば、ちっぽけな辺境でしかないだろう。けれど──
そのものの果てしなさは、美しさとは一致しない。
ちっぽけで美しいものもあり、果てしなく醜いものもある。
「私は好きです。この果てしなき世界の片隅が」
「あたいも好きだよ。この世はあの世よりも美しい。極楽や天国なんかよりもずっと素敵だ」
ゾッとするほど透き通った声がする。
「だからあんた、黄泉帰った人よ、せめて生きている間だけは、あたいみたいにしょげた顔してサボったりしないで、しっかりその人生を楽しむんだよ」
私はそれに、はいと答えた。
fin. 2022/06/12
さあ、思いを馳せましょう。
この美しき世界の果てまで。
このちっぽけな世界の片隅より。