物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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霊長園

 饕餮さんの言葉に従い、私たちは霊長園へと向かっていた。オオワシ霊さんは今も翼を広げて空を飛んでくれている。

 

「なあ明香よ。そのオオワシ霊さんと言うのを止めてくれないか。そんなに行儀良い呼ばれ方をすると調子が狂う」

「分かったよオオワシ。砕けた感じで呼べば良いのね」

「そう、それで良い。そっちの方がしっくりくる」

 

 向かう先には、畜生界に似つかわしくない自然に溢れた森林が広がっていた。それは上空から見下ろすと鍵穴の形をしていて、人工的なものであることが分かる。

 

「あれが霊長園だ。元は畜生界で貧弱過ぎて絶滅の危機にあった人間霊達を保護する為の場所だった。饕餮様の狙いは分からないが、先ずは埴安神袿姫(はにやすしんけいき)を見つけないとな。霊長園の実質的な支配者である彼女に話を通せば全て上手くいくだろう」

 

 着地すると久しぶりの土の感触がした。何度も足を踏み締めて感慨に耽る。畜生界は舗装された地面ばかりで歩きやすかったけれど、やっぱりこちらの方が落ち着く。

 

「それで、何処に行けばその埴安神さんに会えるの? あ、神様なら埴安神様かな」

「様付けなど不要だぞ。彼奴は人間霊達を自らの創造物である埴輪を使って支配している邪神なのだ」

「埴輪を使って?」

「ああ、奴の埴輪は壊されても直ぐに修復し、病気知らずで休息も不要な恐るべき兵隊だ。動物霊達も皆ほとほと手を焼いている」

「私が知ってる埴輪と随分違うなぁ」

 

 ともあれ、埴安神様に会う為には彼女の端末であり手足でもある埴輪を見つけるのが一番であるらしい。私たちは霊長園に勝手に混入した異物のようなものなので、そのうち埴輪達の方から見つけてくれるのだという。

 

「詳しいのだねオオワシ」

「霊長園の埴輪達と動物霊達は人間霊の支配権を巡って激しく争っているからな。敵を知るのは戦いの基本であろう」

 

 それから暫く私たちは腰を落ち着けていた。何せ今は夜の森の中だ。夜景の眩い畜生界とは違って一寸先も仄暗い。オオワシは夜目が利くようだけれど、集めた枝葉に火を付けていた。

 

「明かりがあれば向こうも見つけやすかろう。埴輪達に見つかった後は明香に任すぞ。私は奴らと敵対しているからな」

「悪い事しようとしてる訳でもないし、悪びれずにいるのは得意だよ。大船に乗ったつもりで任せてね」

 

 オオワシは私の意識の奥深くに隠れ、背中の翼や怪しい目もすっかり形を潜めて普段の私に戻った。長い間、腰を落として揺らめく焚き火をじっと見つめていると、不意に首に冷たいものを感じる。視界の端には両刃の剣が写っていた。

 

「動くな。動けば斬れるぞ」

 

 私は微動だにせず続きの言葉を待つ。オオワシが即座に目覚めて右手で剣を打ち払おうとしていたが、私はぐっと手を抑える。

 

「よし、ゆっくり立ちなさい。それから両手を上げながら振り向いて」

 

 指示に従って振り向いた私を見て、その少女は信じられないといった表情を浮かべていた。

 

「生身の……人間?」

 

 

 

 

 

 少女は剣をしまって私と共に焚き火を囲っていた。彼女は 杖刀偶磨弓(じょうとうぐうまゆみ)と言う名で、埴輪兵団の長であるらしい。

 

「驚いたわ、まさかまた生身の人間が霊長園までやって来るなんて」

「私も驚きです。埴輪というにはあまりにも人間らしい。人間と全く見分けがつきませんよ」

 

 私たちは互いに驚きの視線を向け合いながら語り合う。

 

「どうやって霊長園まで?」

「一応は熟練のトラベラーなので」

 

 オオワシの存在については言葉を濁しつつ当たり障りのない会話を続ける。杖刀偶さんは警戒を解いて接してくれているようで、寧ろ気遣いや優しささえ感じるほどだった。彼女はひとしきり私の身の上話を聞いてから、今度は自らのことを教えてくれた。

 

「私は埴安神袿姫様に造り上げられた埴輪であり、その使命は人間霊達を守る事です。私の体もその為に造られていて、剣術、馬術、弓術、武術全てお手のものです」

「凄いですね」

「そのように造られたからね。凄いのは袿姫様なのよ。私はこの力を使ってみんなを守る。その為に、いつ動物霊共が攻めて来ても大丈夫なように見回りをしていたの」

「その埴安神様はどんな神様なのですか?」

 

 おっと、これは聞き方を間違えたかな。私が問うや否や、杖刀偶さんは滔々と言葉の濁流を放ち始めた。曰く、彼女は霊長園の守護神であり、人間霊の庇護者であり、孤立無援が誂えた造形神であり、埴輪達の生みの親であり、人間霊達の祈りに応じて彼らを救う為に顕現した救いの神であるらしい。

 

「袿姫様は動物霊共との共存すら模索しておられましたが、彼らには人間霊達を尊重する気などありませんでした。結局今も霊長園と畜生界は睨み合いの最中です」

 

 やはり敵対関係にあるだけあって、動物霊達には並々ならぬ敵意を抱いているようだ。或いは神に、そのように造られたのだろうか。私は背筋が冷えるのを感じた。戦う為に造られたのだとすれば、それはまるっきり兵器ではないのか。

 

「ねぇ、杖刀偶さん。畜生を倒すには何が必要でしたか?」

「先ずは武力ですね。力が無ければやっつけられませんから。後は……憎悪ですかね。憎んでもいないものを傷付けるなんて残酷な事は出来ないので」

「それは……そうですよね」

 

 戦う為に造った物に心を与える。それはなんと残酷な所業であろうか。埴安神袿姫という神は、ともすれば本当にオオワシが言ったように邪神なのかもしれない。

 

「そうだ! 袿姫様に会ってみませんか? 実はこの森の中にあのお方のアトリエの一つがあるんです。今はそこで埴輪を焼成されているはずです」

「へぇ、構わないのですか?」

「勿論です。新たな出会いは袿姫様の創作の糧にもなりましょう。最近は退屈されておられたので良い刺激になるのではないかなと」

 

 元々、霊長園を見て回る為に話を通そうとしていた相手なのだから是非もなく、私は二つ返事で了承した。

 

 

 

 

 

「袿姫様、御客人です」

「あら、どちら様かしら?」

 

 霊長園の森の中で、一際物静かで寂れた場所にそのアトリエは存在した。沢山の埴輪が所狭しと並べられている廊下を通り、濃厚な粘土特有の匂いが漂う一室に通される。

 開け放たれた窓からは朝日が差し込んでおり、まるで後光のように少女を照らし出していた。青い髪、エプロンと頭巾、勾玉の首飾りにポケットに一杯の彫刻道具。まるで古代の巫女さんが彫刻家に転身したようなその有様は独特な神秘性を放っている。

 

「私は埴安神袿姫。天才造形師よ。あと、ついでに神様をしているわ」

「私は雲見明香と申します。凡才カメラマンでした。あと、ついでに人間をしています」

「お互いクリエイティブね。話が合いそうだわ。でもお話の前に野暮用を済ませておきたいの。少し失礼するわね」

 

 杖刀偶さんを手招きした埴安神様は、彼女に何事かを耳打ちした。すると、彼女は畏まった様子で一礼した後に、朝日が差し込む窓から飛び出していった。

 

「磨弓の力を必要とする仕事があったの。それだけよ、気にしないで」

 

 埴安神様は造りかけの埴輪を私に見せてくれた。

 

「これはまだ造形の途中なの。それが終われば、周囲の埴輪みたいに暫く放置して乾燥させる。後は頃合いを見計らって窯で焼成すれば完成よ」

「ここの埴輪全て埴安神様お一人で造られたのですか?」

「そうよ、時には磨弓に手伝ってもらったりもするけどね」

 

 私は意を決して聞いてみる。

 

「埴安神様。貴方は埴輪兵を造っていますが、それは動物霊達を殺す為の道具としてでしょう。何故、心などを与えたのですか」

「随分と直球ね貴方。仮にも神に向かってその物言い、よっぽど畏れを知らぬと見える。けれど……」

 

 ぞわりと総毛立つ威圧を感じる。しかし、それは幾許かの沈黙の後に消失した。

 

「構わない。貴方は神としての私ではなく造形師としての私に問うているのだろうから」

 

 埴安神様は私の問いに真っ向から答えてくれた。

 

「アレに心などないわ。私はそんな機能は実装していないから。もし心あるように見えるのならそれは、 磨弓自身が不断の学習の果てに得たものよ」

 

 絶句する私を前にして、埴安神様は語る。

 

「私は埴輪兵を作っているわ。それは勿論、畜生界の動物霊達と戦うための武器、兵器としてよ。でも彼女達は私の道具である以前に作品でもある、と言えば理解できるかしら?」

「造形師としての矜持をかけて、生半な作品は造れない、ですか?」

「明答。やはり貴方はクリエイティブで知的なお嬢さんなのね」

 

 にっこりと朗らかな笑顔を見せて、彼女はアトリエの雑多なガラクタの中から手頃な椅子を引き出して来た。私に座れと言うことなのだろう。立ちっぱなしでいる理由も無いので腰を下ろすと、彼女は鉛筆を手にデッサンを始めた。

 

「私が造るものは全て私の作品よ。用途に寄らず美しくなければ、それは作品足り得ない。だから私は磨弓を造る時もそうした。精一杯精巧な人の形を、見るものに親しみを持たれるような外見を、あらゆるものを学べる空っぽの器を造った」

 

 埴安神様はデッサンを終えると粘土を手に取って造形を始めた。

 

「素晴らしい作品とはどんな作品だと思う?」

「見るものを惹きつけてやまないような、人の心を動かすような──人から愛されて(見つめられて)やまないような作品でしょうか?」

「……やっぱり貴方とは本当に気が合いそうだわ」

 

 造形されてゆく粘土は、一つの形を見せ始めていた。それは、椅子に座っている私だった。

 

「私もそう思うの。だから先ずは──」

 

 手のひらの上に乗せられた、ミニチュアサイズの私。片手間に造られたとは思えない程に精巧で写実的なそれは、正に神業を感じさせる逸品だった。

 

 

 

「自分の作品を、自分で愛せなきゃダメよ」

 

 

 

 美しい赤紫色の瞳が、宝石の如く燦然と輝いていた。埴安神様のその目に、私の目は釘付けになった。

 

「だから私は、私が造った埴輪達みんなを愛しているの。そして、どうかこの埴輪達がみんなから愛されるようにと願っているわ」

「愛されるように願う……」

「そうよ。みんなから頼りにされて、助けになって、優しくて、立派で、素敵な埴輪になれば良いなって思ってる。そうすればきっと愛されるでしょうから」

 

 閉口するほか無かった。アトリエとは名ばかりの兵器工房で、戦う為に造り出された伽藍堂の土人形達が無機質に並ぶ悍ましい有様を私は予見していた。なのにその実そこにあったのは、一人の造形師の矜持を賭した作品達だった。

 

「勿論それは造形師としての私の話よ。神としての私は、土から不滅の兵団を造り上げ、動物霊を皆殺しにして人間霊を支配し、糧となる信仰心を得なければならない。あんまり美しい話ではないけれど、どっちも私よ」

「私は造形師の埴安神様の方が好きです」

 

 私は耐えられず、口から言葉を漏らしてしまう。

 

「埴安神様には、人間や畜生なんかの争いなんて似合いませんよ。貴方はこんなくだらない事に巻き込まれてはダメな神様です。貴方は……平和なアトリエでずっと作品を造っていられるような、そんな場所に居るべきなのです」

「あら、ありがとう。そうね、なら貴方も私の作品になってみないかしら?」

「え?」

 

 唐突な話の飛躍に変な声が出てしまう。

 

「肉の体を棄てましょう。土と水とで新しい身体を作ってあげる。そうすれば飢えや病や怪我に煩わされる事も無くなるし、睡眠の必要もないわよ」

「ご遠慮させていただきます」

「理由を聞いても良いかしら? あ、アンケートにするから忌憚の無い意見でお願いね。実は人間霊達の身体も作ってみようかと思案中でアイデアが欲しかった所なのよ」

 

 埴安神様はデッサンに使った鉛筆片手に私の言葉を促していた。前にも摩多羅隠岐奈さんと話していた時にこんなやり取りになったなぁ。やっぱり神は変心が激しい。厳かで冒しがたく神秘的になったり、急に馴れ馴れしくなったりと、その心は山の天気のようでさえある。

 

「確かにその身体は便利なのでしょう。でも私はもう、この身体で長く生き過ぎました。私の身体にはこれまで生きてきた現実が堆積しています。なので私は、その現実を捨ててまで便利になろうとは思えないのです」

「その堆積とはつまり瑕疵でしょう? 老いさらばえた身体に刻まれた皺だったり、古傷だったり、痣だったりするようなものでしょう? 私はそんなものは何一つ無い方が良いと思うわ」

 

 これはもう私個人の嗜好なのですがと、そう断ってから言葉を紡ぐ。

 

「この瑕疵は全て、私が大好きな世界に刻まれたものですから、どうしても嫌いになれないのです」

「お熱いわね。嫉妬しちゃうわ」

 

 埴安神様が身を乗り出して、私の首にその手を回す。彼女はそのまま私の耳元で囁いた。

 

「私も貴方に刻みたくなったわ。大丈夫よ、痛くしないから。ちゃんと綺麗に痕が残るようにしてあげる。何度見ても私のことを思い出すように」

「っ……嫌です。離してください」

 

 

 埴安神様はもがく私を抱き止めて、そして──

 

 

「ただいま戻りました袿姫様」

 

 

 杖刀偶さんが戻ってきた。埴安神様は私から離れて笑顔を彼女に向ける。

 

「早かったわね磨弓」

「はい。畜生共を掃滅に向かいましたが、少し戦うと直ぐに奴らは逃げ出しました。狡猾な動物霊の事です、恐らくは威力偵察の類かと」

「成程、よくやったわ。立派よ磨弓」

「それでその……袿姫様は一体何をしてらしたのですか」

「創作活動に少し熱が入っただけよ」

 

 埴安神様の手に杖刀偶さんの視線が向けられていた。そこにあったのは彫刻刀。確かに彼女の創造に用いられる道具ではあるが、それが向けられていた先は粘土ではなかった。

 

「袿姫様、私は御客人を客室までご案内します」

「え、ええ。分かったわ」

 

 ひっ攫うように私の手を引き、杖刀偶さんは部屋を出た。

 

 

 

 

 

「袿姫様は悪い方ではないのです。ただ、創造に熱が入ってしまうと少し見境が無くなる方で、その……すみません」

 

 深々と頭を下げる彼女に、私まで申し訳ない気持ちに襲われて居た堪れなくなる。そもそも、もし本当に私に危害が及ぶのならばオオワシが出張っていた筈だし、あのままでも大事にはならなかったのだろうと思う。

 

「気にしないでください。大丈夫ですから」

「ありがとうございます。しかし、ああまで熱が入られるのは珍しい。きっと素晴らしい埴輪をお造りになられるに違いありません。やっぱり、貴方を連れて来られて良かった」

 

 掛け値なしの感謝を向けられてたじろいでしまう。実はオオワシに憑かれた畜生界からのスパイです、なんて知られてしまったらどうなるだろうか。

 実際、正直なところ、私は揺らいでいた。饕餮さんに与してオオワシと共に霊長園へ来たものの、埴安神様や杖刀偶さんの事も好きになってしまっている自分がいた。そこで私は、どうしようもなく甘ったれた思いを抱かずにはいられなかった。

 

 

 動物霊も人間霊も、喧嘩なんて止めてしまえばいいのに、と。

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