物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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(書き始めるまでが)遅(い)筆


地獄(畜生界隣接暴風区域)

 私は霊長園を去り、ごうごうと風が吹く地獄を彷徨っていた。どうしても、埴安神様の事を饕餮さんに伝える気になれなかったのだ。

 

「女々しいな、とは……もはや言うまい」

 

 オオワシは私を気遣って言葉を濁す。

 

「埴安神袿姫、なるほど大した神であったな。私はこれまで彼奴を打ち倒すべき恐ろしい敵だとしか思わなかった。それに私は、彼奴や埴輪兵達にとっては排除すべき畜生の一匹としか見えなんだろうしな」

 

 その声は僅かに憂いを帯びていた。きっとオオワシも知りたくなかったのだ。殺し合う相手の素敵さなど、誰が好き好んで知りたいものだろうか。

 

「見る目が変わるとこうまで変わるのか。根無草として畜生界を彷徨っていた時に出会ったのが饕餮様でなくあの神であったなら、私が饕餮様にそうしたように彼奴に仕える道もあったのだろうな」

 

 そのオオワシの言葉は、彼の表し得る最大の讃辞であろう。それきり彼は黙り込んだ。邪神だなんだと罵詈雑言を並べても、その実、彼は埴安神袿姫の事を敵としてしか知らなかったのだ。知らなかったからこそ、悪く言えたのだ。けれど、もうそれはできない。

 相手の素敵さや優しさを、信念や矜持を、決意や意思を、知った上で害す。そんな残酷なことをするのは、とても難しい。

 

「アトリエは埴安神の兵器工房だ。私たち動物霊は埴輪兵の生産拠点を血眼になって探した事もあったが遂に見つけられなかった。この情報を得れば饕餮様は争いを煽るだろう」

 

 畜生界に争いの火種が撒かれる事になるとオオワシは確信していた。だが、彼はそのことを気に病むことはないと言う。

 

「私たちの身から出た錆なのだ。手先が器用で便利な人間霊を力が弱いからと奴隷扱いして虐げてきたからな。例えお前がどんな選択をしようと、それとは関わらず畜生界と霊長園の争いは必至だ」

 

 お前の所為にはならない。そう断言したオオワシは、とても親身だ。

 

「あまり気負うな。畜生に身をやつした極悪人か、本物の畜生しか此処には居ないのだ。寧ろ全員死んでしまった方が世の為になる悪人ばかりだぞ」

「でもオオワシは優しいよ」

「ふん、饕餮様の友人に胡麻を擦っておけば覚えもめでたくなるかもしれんからな」

「嘘吐き。オオワシって悪びれるのは苦手なんだね」

「……」

 

 私が意を決して答えようとした瞬間、暴風の向こう側から翼のはためく音がした。真っ直ぐ私たちへと向かって来るそれに、オオワシは警戒を強くする。するうち、風の中から声が響いた。

 

「懐かしい匂いがするな。微かだが()()()の匂いだ」

 

 風の中に溶け込んでいた人影が顕となっていく。艶やかな黒髪、それと同じく真っ黒な翼が背から伸びていた。その装束は外の世界のカウボーイと見紛う格好であり、野生の色濃い凶悪な笑みが浮かべられている。オオワシは驚愕して硬直してしまっていたが、その少女は気にせず語りかけて来た。

 

「お前は饕餮のとこのオオワシか。それに見たところ地上の人間だな。まさかこんな地獄の暴風区域に先客がいたとはな」

 

 

 

 

 

 勁牙組(けいがぐみ)組長、驪駒早鬼(くろこまさき)。オオワシがそう呼んだ少女は、力こそが全てである勁牙組の中にあって頂点に君臨する最強の存在であるらしい。

 

「おっと、逃げるなよ。少し話をしよう」

「何を話す事がある。我らは敵同士だろう」

「オオワシにではない。その少女に言っている」

 

 驪駒さんは私を指差す。

 

「お前からは太子様の匂いがする。一体何故だ?」

「太子様?」

「豊聡耳神子様と言えば分かるか?」

 

 唐突に豊聡耳様の名が語られる。私はそれに困惑しつつ答えた。

 

「豊聡耳様には良くしてもらってるの。彼女曰く妹弟子で同志らしいけれど、私からすると畏れ多いかなぁ」

「成る程、太子様の同志ならば私の同志ともなろう」

 

 驪駒さんは私の手を取り、その甲に口付けたまま鼻息を荒くしていた。少し、くすぐったい。やがて彼女は私の手を名残惜しそうに離すと、うっとりとした上機嫌な様子で嘆息した。

 

「ああ、懐かしい香りだ。それにしてもお前はしょげた顔をしているな。悩み事でもあるなら聞いてやろうか? なんなら同志のよしみで悩みの種を粉砕してやらんこともないぞ」

 

 どうやら驪駒さんは豊聡耳様と深い縁がある方のようで、同じく彼女に縁のある私に対して態度を軟化させているようだ。

 

「畜生界は争いばかりです。どうすれば平和になるのかなぁって思ってまして」

「平和!? 待て待て、冗談じゃないぞ。そんなの良い迷惑だ」

 

 驪駒さんは慌てた様子でオロオロとする。

 

「良いか、私たちは腕っ節自慢の動物霊なんだ。吉弔の奴は頭も使うが根っこは一緒だ。つまりだな、畜生界の者はみんな争いの中でしか生きられないのだ」

 

 驪駒さんは必死だ。彼女は平和を口にした私に恐々としていた。いや、彼女は平和に恐怖していたのだ。

 

 

「私は今の畜生界が好きなんだ。争いの絶えないこのシンプルな世界が好きだ」

 

 

 驪駒さんの言葉にハッとさせられる。平和が良いものであるに違いないと思っていたけれど、それは私の正義(秩序)に過ぎなかったのだと。

 

「私は聞いた事があるぞ。平和な世界では自分より弱い奴に頭を下げたり、気に入らない奴に気を遣ったり、役立たずを養わないといけないらしいな。だが、私の勁牙組ではそうではない」

 

 胸を張って驪駒さんは誇る。

 

「私の勁牙組は完全実力主義だ! 弱い奴は下、強い奴が上だ。気に入らない奴はブン殴り、役立たずは切り捨てる。力こそが全てだ」

「力だけで生き方に誇りも無い脳筋風情がよくもまあ舌を回すものだ」

「黙れオオワシ、力こそが誇りなのだ」

 

 驪駒さんは毅然としていた。

 

「だから少女よ。私たちは欠片も平和なんて望んでいない。私たちは争いを望んでいるのだ。故にもしも畜生界を支配してしまって争いが絶えたならばその時は、地上界、地獄界にも手を伸ばして更なる争いを望むぞ。夢は広がるわね、胸が熱くなるわ」

 

 溌剌とした驪駒さんに対して、私は胸が冷たくなるのを感じる。

 

「地上にも手を出すのですか?」

「そうだ、先ずは幻想郷だな。畜生界から地獄を通じて部下を送り込める事は確認済みだ。きっと太子様もお喜びになられるだろう。実力を重視し弱者を切り捨てる方法を私は彼女から学んだのだ。今こそ教えを示す時さ」

 

 豊聡耳さん何教えてるの……。けれど考えてみれば、彼女は為政者としては世襲に囚われず実力を重視した采配が有名だった。その教えを受ければ実力主義に傾くのもむべなるかな。

 そして私は今この瞬間、明らかに驪駒さんを敵視した。私は畜生界に平和を押し付ける気はない。けれど畜生界が幻想郷に争いを齎すと言うのならば無視はできない。

 

「それはちょっとやめて欲しいなぁ」

 

 驪駒さんは私を睨む。先ほどまでの上機嫌な様子は鳴りを潜めて、鋭い獣の眼光が放たれていた。

 

「確かに争いは必要だけれど、血を流す必要はないでしょう? だから幻想郷では血が流れない決闘法を編み出したの」

「知っているぞ、弾幕ごっことかいう遊戯だろう。私はあまり好かん。力を競わない争いに何の意味がある?」

 

 苛立ちを見せ始めた驪駒さんに対して、オオワシは警戒を強める。心の中で彼はとても喚いていた。畜生界最強の暴力集団において最強の動物霊に喧嘩を売っているのだ。馬鹿らしいから止めろと彼は言う。思うところがあったとしても面と向かって言うことはないと。

 

「それでも私は今の幻想郷が好き。争いと平和や、美しさと残酷さが両立することを教えてくれる不思議な世界だから。だから、もし驪駒さんが地上に手を出すというのならその時は……弾幕ごっこに付き合ってくれたら嬉しいな」

「そうか、考えておこう。私に怖じずに物を申すその度胸に免じてな」

 

 そうとだけ言った驪駒さんは、風と共に去っていった。一人残された私は、呆然と彼女の言葉を思い起こす。争いの中でしか生きられない──畜生達について。なんて考えていると、突風に煽られて体勢を崩してしまう。ああ、考え事も考えものだなぁ。

 

 

 

 

 

 私は骸骨に埋もれて大の字で倒れていた。別に死んでいる訳ではない。ミキサーにかけられたように骸骨と一緒に暴風に攪拌され、最終的にそれらと共に埋もれてしまったのだ。骨の隙間から外が遠くに見えるが、禍々しい真紅の風を覗かせるばかりだ。

 私たちの周囲の骨はひんやりとしていて冷たく、風もそれらに遮られていて吹き込んではこない。表層からは遠く、組み上げられた骨組みは存外にしっかりしていた。

 

「骨の下って案外快適だね」

「分かったぞ。お前さては馬鹿であろう」

「いや、本当にちょっと快適でしょ」

「そんな訳が……一理あるな」

 

 オオワシも周囲を見回してから私と同じ結論に至ったようだ。

 

「しかし暴風区域で気を抜くな。命が惜しくないのか」

「大丈夫だよ。オオワシが居るから」

 

 私はオオワシの言う様に気負う事を止めることにした。郷に入っては郷に従えという。今の私は畜生界の私で、その上オオワシ憑きだ。

 

「助ける私の身にもなってくれ……」

 

 私はそこで考えた。畜生界は争いが絶えない。しかし、動物霊達は自らそれを望んでいる。その争いが水面下のものであれ、頭脳戦であれ、或いは正面切っての殴り合いであれ、どのような形であっても彼らは争いの中でしか生きられないからだ。そうした血みどろの闘争の中で生きる糧を得る彼らの生き方に善悪はない。

 

 

 理解しよう、その生き方を。共感は、できないけれど。

 

 

 大地や空が、善く、或いは悪しく在ろうとする事がないのと同じだ。神がその神髄に自然を仮託されたように、獣はその骨髄まで自然たっぷりだ。

 そして自然とは心無きものだ。ともすれば残酷にも見えるだろう。しかしそれらは、ただ在るがままに在るのみである。心は心無きものに惹かれる。自らに無いものを求めるように。そうして私たちはまず自然から、原初のSystem(神話)を見出したのだ。だからこそ思う。

 

 

 獣は人より自然に近い。驚く程にsystematic(神話的)だ。

 

 

 一際強い風が吹いた。吹き込んできた風が骨身に染みる。人と獣のスキマ風は、このようにずっと吹き止むことは無いだろう。何故なら私が──そう望むからだ。

 

 

「決めたよオオワシ。饕餮さんに会いに行こう」

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