物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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ダークになりそうと言いました。
ダークになりました。


人間の里

「ここで食い止めろ! 穢らわしい畜生どもだ!」

 

 霊長園の木々は火に包まれていく。美しく茂っていたそれらは、不完全燃焼特有の大量の黒煙を吐きながら禍々しく空を染め上げていた。

 

「私に任せて、お前達はアトリエへ行きなさい。袿姫様をお守りするのよ!」

 

 杖刀偶磨弓は剣を抜いて動物霊を切り捨てて行く。しかし、如何に相性が良く鍛錬を積んでいようとも多勢に無勢であった。彼女は右腕を砕かれ、半壊しながらも動物霊の群れを排除しつつアトリエへと後退していった。

 

 そこで彼女が見たものは、地獄だった。

 

「……袿姫様」

 

 火の手の回るアトリエと、その前で呆然と立ち尽くしている埴安神袿姫が目に入った。周囲の動物霊は皆、一様に血溜まりに沈んでいて、霊長園の豊かな土を生臭く赤茶色に染めている。埴輪兵達もまた皆砕かれてしまっていて、乱雑に撒き捨てられていた。

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 譫言を漏らしながら袿姫は、動物霊の血に塗れてしまっている埴輪達の欠片を拾い集めた。彼女は自分のエプロンと彫刻道具が血で汚れてしまうことも厭わずに、それらを抱きしめてやまない。

 

「何度砕かれても、私が元通りに造り直してあげるから。みんなに愛されるような……素敵な埴輪に……」

 

  磨弓は絶句し、砕けんばかりに拳を強く握りしめる。

 

「袿姫様、また動物霊どもが来ます。霊長園の墳墓内部まで退きましょう。各地の埴輪兵達の戦力を集結できれば、奴等を退けることは難しくありません。ですからどうか」

「ダメよ」

 

 両手いっぱい、抱え切れぬ程の欠片を抱えて、袿姫は磨弓に言う。

 

「みんなを置いていけない」

「行くしかありません、袿姫様」

「でも……」

「全て置いて行くしかないのです!」

 

 ぐいと磨弓は袿姫を引っ張った。パラパラと、彼女の手から欠片が零れ落ちていく。

 

 

「残るのは、痛みだけです」

 

 

 まるで頬に涙が伝うように、磨弓も砕ける寸前だった。今、袿姫を安全な場所まで護衛できるのは自分しかいないという覚悟が、彼女を辛うじて稼働させていたのだ。そのことを察した袿姫は、彼女までも失うまいと決意し、欠片を抱き抱えていた両手を降ろした。

 

 

「ごめんなさい、みんな……」

 

 

 

 

 

 オオワシは霊長園の上空から戦場を俯瞰していた。饕餮尤魔が得た霊長園のアトリエに関する情報を元に立案された、勁牙組・鬼傑組・剛欲同盟の巨大畜生組織合同による霊長園急襲作戦は順調に進行していた。

 集まった動物霊達は嬉々として血湧き肉躍る闘争の渦の中へと身を投げ入れていく。オオワシは地上から放たれた埴輪兵達の矢の雨を掻い潜っていくが、何匹かの見知った顔はそれが出来ずに撃墜されていた。

 

「なんとまぁ、無駄な犠牲よ」

 

 オオワシは、地上から連れてきた奇妙な少女と共に過ごした事で、人間の心というものを僅かばかり理解できていた。少し前までならば、彼はこの闘争の中で生を実感し生きる糧としていただろう。

 争い合うことに辟易し、限界でありながらも、しかしそうすることでしか生きられない哀れな存在。なるほど私たちは地獄に堕とされるに相応しい畜生だとオオワシは得心しながらも倦んでいた。

 

「そもそも埴輪兵に我ら動物霊は敵わぬ。それを覆すだけの物量とは恐れ入る。饕餮様、これも貴方の謀でしょうか。この戦を終えた後に優位に立つ為の……それだけの為の?」

 

 動物霊達は皆、その牙、爪、嘴でもって埴輪兵に襲い掛かる。しかしそれは難なく躱され、防がれ、弾かれる。対して埴輪兵達の武器は容易く動物霊達の命を奪える鋭さを持っていた。

 しかし、死を恐れず戦い続ける畜生の群れは、積み上げられた骸の山と引き換えにその差異を凌駕して行く。オオワシはその様を見て恐怖した。それと同時に、あんな少女のお守りをしなければこんな恐怖も感じなかったに違いないと心中で毒づく。

 

「やっていられるか、こんな馬鹿げた戦い」

 

 オオワシは血の匂いの薄い、火の手も未だ回っていない森の中へ着地した。既に埴安神袿姫のアトリエを攻め落としたという報告を彼は耳に入れていた。これ以上戦う必要も理由も彼には無かったのだ。しかし、焼かれていく森と絶えていく命の熱の幻覚が彼の翼を煽る。

 

「暑いなぁ。全く嫌になるよ」

 

 少女の口調がうつってしまい、オオワシは辟易した。しかし彼は、少女の事を思い出す度に背に冷たいものを感じていた。それが罪悪感である事に、彼は気付かない。

 

 

 

 

 

「暑いなぁ。全く嫌になるよ」

 

 幾度目かの夏、自宅の縁側で胡座をかいて昼下がりの庭に目を向ける。冬には枯れ木のようだった老木も、今や青々と枝葉を茂らせている。人間の里は退屈なまでに何事もないけれど、こうした小さな発見がいつも私を楽しませてくれる。

 

「やっぱり枯れてなかったのだね。生きていたのだ」

 

 私はよく独り言を漏らすようになった。霊夢さんや魔理沙さんには気味悪がられたけれど、何故かやめられない。

 

「多分だけどさ、誰かが答えてくれるような気がするんだよね。例えば、オオワシとか」

 

 私がオオワシと過ごした時間は僅かだったけれど、それでも私たちは深く互いに爪痕を残していた。最後は少し残念な別れ方をしてしまったけれど、今でも彼のことを時折思い出す。

 少しの異変と弾幕ごっこ。夏空を彩る弾幕が目に付く以外には平和そのものな人間の里から、畜生界の事を思う。今もまだ彼らは争い合っているのだろうか。

 

「オオワシは優しいから、気にしているのだろうなぁ」

 

 私は祈った。どうか人と獣の間に境が造られて、その間を隙間風が吹き抜けますようにと。それぞれが望まれぬ邂逅を遂げずに幸せに生きていけますようにと。どんな神様に祈れば良いのかも、どの神社に行けば良いのかも分からなかったから、人間の里の自宅から祈っていた。

 

 

 畜生達は争いを望む。しかしその意思そのものを尊重することよりも、正しい意思を持てるようにしてやることが大切なのだ。けれど、意思を、秩序を押し付けることは争いの種にしかならない。だから私たちは──ただ平和を祈る事しかできないのだ。

 

 

 

 

 

fin. 2022/08/07




Extra 人と獣の塞の神

 ただ、偶然、彼らは出会った。

「オオワシ霊か。何故こんな所に!」

 杖刀偶磨弓は歯噛みした。埴安神袿姫を連れて墳墓内部へと向かう道中で動物霊と遭遇してしまったからだ。もしこのオオワシ霊が仲間を呼び寄せれば、度重なる戦いで半壊している磨弓は勿論、神である袿姫も無傷では済まないだろう。だが彼は何をするでもなく、ただじっと二人のことを見つめていた。

「貴方のその目には見覚えがあるわ。以前、私のアトリエを訪ねて来た人間にそっくりだもの」
「そうだ。私はあの少女の中にいた。お前達のアトリエの場所が割れたのもその所為だ」

 磨弓は剣に手をかけながら叫ぶ。

「畜生が。生身の人間と手を組んで私たちを騙したのか! あの小娘もお前も、私が始末してやる!」
「それは違うぞ。彼奴はお前達のことを饕餮様には言わなかった。私が言ったのだ。あの少女の意識を乗っ取ってな。後悔はしていない」
「ゴタゴタと訳の分からないことを。今ここでその首を」

 袿姫は逸る磨弓を抑える。彼女はオオワシの言葉を促した。

「それで貴方はどうしたいの?」
「彼奴は人と獣の間に境が造られれば良いと言っていた。獣は獣同士で争い、人は人同士で助け合い、そのお互いが望まれぬ邂逅を遂げる事なきように仕切り遮る境が在れば良いと。山と海や、天と地の狭間にあるような、人と獣を別つものが要ると」

 オオワシは二人を尚も見つめる。

「多分だが、彼奴が言っていたのはお前の事だ、埴安神袿姫。私は饕餮様に忠を尽くした。だから今度は、ただ私の友の為だけに目を瞑る」





 動物霊達は袿姫のアトリエを攻め落とすことに成功したものの、肝心の造形神を取り逃し、集結した埴輪兵によって討ち払われた。畜生界では、ほぼ全ての巨大組織が痛手を被ったことによって、皮肉にも均衡が保たれる。

 そして──





「なんだ、枯れてはいなかったのか」
「久しぶりだねオオワシ。畜生界は最近どう?」
「何も変わりない。地上の方は何かあったか?」
「何にも。驪駒さんも来ないのだよね」
「そうか。何とも気が抜ける、平和な話だな」


 すべて世は事も無し。
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