物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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骨は埋めておこう。


無縁塚

「僕としては気が乗らないね」

 

 無縁塚に行きたいと聞いた時、森近さんは私を見てそう断言した。魔理沙さんはツケで頼むと口に出したが、完全に無視されている。

 

「だけど、もうお彼岸の時期だ。この時期にはいつも無縁塚に用事があるんだ。手伝ってくれるなら君を案内してあげても良い。結構な重労働なんだが、構わないかね?」

「さすが香霖、話が分かると思ってたぜ」

 

 私は頷いて同意を示した。もとよりお小遣いは底をついていたので、対価が金銭でないのは渡りに船だ。

 

「分かった。なら明日の早朝にまた香霖堂を訪ねてくれ。準備に少し時間が欲しい。それと、動きやすい格好で来てくれ。それ以外は僕が全て用意するから、心配無用だよ」

 

 

 

 

 

「僕はこれを背負う。君はそっちを頼む」

 

 翌日の早朝に香霖堂を訪ねると、まず無縁塚までの荷物運びを頼まれた。森近さんが指さしたのは、(むしろ)が積めるだけ積み込まれた背負子(しょいこ)だ。一方、彼の背負子にはスコップと木箱が積み込まれていた。

 森近さんが背負子を背に負うと、仄かな香りが鼻に届く。線香の匂いだ。なぜ線香なんて持っていくのだろうか。それに敷物としてなら一枚で事足りるはずなのに、大量の筵も奇妙だ。

 

「さて、出発しようか。昼までには無縁塚に着いておきたい。僕が先導するから、付いてきてくれ」

 

 森近さんは、魔法の森の外周を辿るように歩を進めていった。かなりの道のりだ。彼は全くペースが変わらないが、私は30分毎に足を止めないと息が上がってしまう。

 

「すいません、体力不足なもので」

「いや、半人半妖の僕の体力が異常なだけだよ。気にしてくれなくて構わない」

 

 一時間と少し程ひたすらに歩いていくと、辺り一面が彼岸花に囲われた平野に出た。真っ赤だ。急な風景の転換に面食らってしまう。

 

「驚いたかい。ここが再思の道だよ。彼岸花に覆われてしまっていて分かり辛いかもしれないが、ほら、ここに道の痕跡があるだろう」

 

 風に(そよ)いでいる彼岸花をじっと見ていると、不思議と胸がざわめいた。

 

「これはちょっとした蘊蓄(うんちく)なのだが、この道が再思の道と呼ばれている由縁は、死を望むものが思い直し生きる気力を得ることから来ている」

「生きる気力を得る、ですか?」

「彼岸花を見るうちにね。彼岸花とは書いて字の如く彼岸の花だ。そうした強く死を思わせる花が視界一面に映ることで、彼岸の対でもある此岸(しがん)を思わされるのだろう」

「葉が華を(おも)い、華が葉を惟うようにですか?」

 

 私の言葉を聞いた森近さんは、その通りだと上機嫌に相槌を打ってくれた。私は彼岸の花が咲き誇る風景を今一度見た。

 

 きっとこの仄かな死臭は写真には写らないのだろうな。そんな風なことを思いながら、シャッターを切る。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、到着だよ。此処が無縁塚だ」

 

 異質な場所、それが第一印象だった。周囲は木々で囲まれており、彼岸花は季節柄場所を選ばす節操なしに咲き乱れている。青空が見えていて日が差しているのに、なぜか薄暗く感じる。

 

「君はここで昼食を食べていてくれ。この博麗のお札を渡しておこう。それと鈴もだ。お札は君を守ってくれる。鈴は何かあったら鳴らすんだ。僕が駆けつけよう」

 

 森近さんからお札と鈴、それからお結びと水筒を手渡された。筵は一枚を残して彼が運んで行ったので、最後の一枚を敷いて腰を下ろす。

 昼食を取りながら周囲を更によく見回すと、外来品も目に入る。奇天烈な形をした品が多いが、その機能も役割も知らない私から見ればただのオブジェクトでしかない。

 

「おや、君は外来人かい? いや、格好を見るに里の人間かな? こんな所で生きている人間と出会うなんて珍しいね」

「あなたは……ネズミさん?」

 

 茂みから現れたのは大きなネズミの耳を持った少女だった。明らかに人間ではない。だが、彼女は至って平常な様子のまま話を続けた。

 

「そうだよ。妖怪ネズミのナズーリンという。君は?」

「私は里の人間です。名は雲見明香といいます」

「ふむふむ、それで君は何故こんな場所でお結びを食べているのかね。ここは無縁塚だ。まさか危険を知らない訳ではないだろう」

「ここには写真を撮りに来たのです」

「無縁塚の写真を? それだけの為に此処に?」

「うん」

「ははは、そうか。君は中々ユニークな人間のようだね」

 

 乾いた笑みだ。呆れられているのだろうか。

 

「ここは外来品が多く、外の世界と重なり合っている。おまけに墓地でもあるが故に冥界とも近い。つまりだ、幻想郷、外の世界、冥界の三つの世界と重ね合わされた領域なんだ」

「へぇ、なら良い撮影スポットとかありますか?」

 

 私の反応を見て、彼女は暫く無言になってから答えてくれた。

 

「春ならば世にも珍しい紫の桜が見られる。だが何分と今は秋だからね」

 

 昼食を取りながら雑談を続けた。隣に腰を下ろした彼女には、敵意も害意も無いようだ。するうち、煙が狼煙のように立ち登るのが目に映った。

 

「気になるかい? あれは香霖堂の店主の仕業だよ。彼が無縁の仏さんを火葬しているんだ。人間の遺体は放置していると妖怪になったりと物騒だからね、ああやって処理するんだ」

「処理……」

「言い方が悪かったね。獣や妖怪の腹の中ではなく、せめて土に還れるようにと埋葬して弔ってるのさ。何の見返りもないだろうに、殊勝なことだよ」

 

 線香にスコップ、成る程そういう訳だったのか。筵もきっと遺体を包むのに使ったのだろう。火葬にするならば、一緒に燃やしてしまえるのも利点だ。

 

「私の手下のネズミ達は不満を漏らしてるんだ。折角のご馳走が灰に……いや、失言だったね、忘れてくれ。待ちたまえ、そんなあからさまに距離を取らないでくれ」

 

 ナズーリンさんへの警戒度を一段階上げる。博麗のお札を握りしめた。正に神頼みである。

 

「弁明させてもらうとだね、何をそう恐れることがあるのだい。例え妖怪や化物でなくとも、人間を食べる動物なんて山ほどいるだろう。それに比べたらネズミなど可愛いものじゃないか」

「……確かにそう聞くとそんな気もしますが」

「でも、ネズミを甘く見てると、死ぬよ」

 

 

 私は鈴を勢いよく振りまわした。

 

 

 

 

 

「君は……いつぞやの妖怪ネズミ君じゃないか」

「これはこれは香霖堂の店主殿、いつぞやは随分と吹っかけてくれたな」

「随分と根に持っているんだね。それで彼女に手を出したのか。私に含む所があるならば直接言いに来れば良いのに、流石はネズミだ、心までちっぽけなようだ」

 

 なかなか険悪な雰囲気であるが、嫌悪の情は感じない。口汚く言い合っているが、何処か親しげでもあった。

 

「見たまえ、博麗の札だ。手など出せていないよ。ただ少し口を出して楽しく会話していただけさ。怖がらせ過ぎてしまったようで済まないね。いやはや、愉快だったよ」

「まったく君は……」

「あの〜お二人は知り合いなんですか?」

「知らない仲ではない。彼女が探していたものが私の店で見つかった事があってね。その際の値段交渉にどうも納得を頂けていないようなんだ」

「もう過ぎたことさ、私は気にしていないよ」

「ならば結構、話は終わりだ。彼女にはちょっかいをかけないでくれ。今日の私の助手なんだ」

「そうなのかい? てっきり写真家か何かかと思ったんだが」

「そうですよ! 写真が撮れるスポットを探してるんです」

 

 なんだか話がちょっぴり噛み合わないが、兎も角未だにビビッと来るシャッターチャンスが見つかっていない。これはちょっと困った事態だ。

 

「なら私が手伝おう。探し物は得意なんだ。怖がらせてしまったお返しさ」

 

 ナズーリンさんは、ダウジングロッドを両手に周囲を見回して歩き始めた。

 

「ほら、ついてきたまえ。こっちだ」

 

 

 

 

 

 ナズーリンさんに付き従うこと暫く。私たちは大きな桜の木の下に出た。驚くべき事に、花が開いている。

 

「秋なのに桜が…」

「ふむ、これはちょっとした蘊蓄なんだが、これは恐らく四季桜だね。春と、それから秋にも咲く桜だ。毎年お彼岸の時期に無縁塚を訪れていたが、初めて見たよ。今年は暖かい日が多かったからか、開花の時期が多少早まったんだろう。見事な満開じゃないか」

「どうだい、私のダウジングは凄いだろう」

 

 私は息を呑んだ。彼岸花と紫の四季桜の組み合わせなど、言葉を失うほかない。これではまるで、葉と華(決して出会わないもの)が出会ったようではないか。時に推いは通じもするのだろうか。

 

 私は即座にシャッターを切った。

 

 

 

 

 

「それで君は、次は何処を目指すのかい?」

 

 埋葬された無縁仏に手を合わしている森近さんを他所に、ナズーリンさんは興味津々と言った様子で私に問いかけてきた。

 

「三途の川に行きたいのです」

「止めはしないが、まだ若い身空だろうに」

「違います」

 

 何か勘違いをされている気がする。

 

「違います」

 

 強く、断言しておく。

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