またもや連載しました。
明香の行脚は止まりません。何故ならば、彼女には止まる理由が無いからです。キャラ造形的にも彼女が足を止める所が想像できないのですよね。ともあれ、お楽しみ頂ければ幸いです。
ゆっくり連載していきます。多分ペースはかなり落ちると思います。できれば月一くらいで投稿できれば良いなぁ。
因みに、東方酔蝶華第28話における萃香の最後の微笑みに胸を打たれたので創作熱が復活しました。あの無言の表情は卑怯です。酔蝶華にこれまで登場してきた伊吹萃香というキャラクターの断片が一繋ぎとなって完成した一コマでした。なんて美しい……。
偽天棚
私は早朝から妖怪の山嶺に踏み入っていた。お目当ては、秘天崖で開かれるフリーマーケットだ。最近は金欠気味なので顔を出そうと思い立ち、背負い鞄に商品の写真を詰め込んで登山中なのだ。
「涼しいねぇ、里とは大違いだ」
日が顔を出したばかりの朝方の山中はとても冷涼だ。穏やかな風が、身を撫でるように着物と肌着の間をすり抜けていく。後もう少し冷たければ、涼しさではなく肌寒さを感じさせるであろう境界線上の絶妙な塩梅だ。
朝特有の澄んだ空気の中で、心地よく足を進めながらチラシに目を通す。山童たちが届けてくれたそれには、開かれるマーケットの概要が書かれていた。目を通した限りでは闇市に近いものに思える。
「さて、後少し……」
辛うじて道らしく見える山道を行くこと暫く。ようやく秘天崖が遠目に見えてきた。その屹立する断崖絶壁の袂へ辿り着くと、普段は閑静なそこに沢山の妖怪達が集まっている。彼らは互いに交渉しながら物品をやり取りしていた。とても怪しい雰囲気だ。天狗や河童もいるし、山姥や化け狸まで目につく。
「アングラだねぇ」
その怪しさと排他性に私は気圧された。市場に入ると警戒の色濃い刺々しい視線を向けられる。やがて、それは手にしていたチラシに集まってから霧散した。入り込んだ異物が内側のものとなるように、辛うじて受け入れられたようだ。
私は彼らに混じり適当な場所で商品を並べていく。すると、見覚えのないカードが荷物に紛れ込んでいた。巨大な目玉が描かれている不気味なカードだ。そこはかとなく、不思議な力を感じる。
「まぁ、いっか」
カードをアルバムに入れて一息つくと、周囲に煙の香りが仄かに漂っているのに気付いた。辺りを見回すが火の手は見えない。この香りは線香……いや、煙草だろうか?
秘天崖の袂は日陰で仄暗く、漂う空気は爽やかだが陰気だ。煙草を吹かしたり酒を口にしている妖怪も少なくない。商品も里では滅多に見られない薬草や山菜だらけだ。刻み煙草なんかも並べられているので、恐らくその香りが漂っているのだろうと目星をつける。
するうち、市場を彷徨く妖怪達と視線が重なる。しかし、彼らは目を逸らして通り過ぎていくのみである。写真も自由に見てもらっても構わないのになぁと思っていると、一人の少女に声をかけられた。
「もしや貴方は……人間かい?」
扇子と煙管を手にした雅な少女が問うていた。彼女は目線を合わせるようにしゃがみ込み、じっと私の目を見る。
「どうしてこんな闇市場に来たのだ。人間が来るような場所ではないぞ」
「知人の山童からチラシを貰いまして」
「それでも不用心と言わざるを得ないな。せめて妖怪のフリをして変装ぐらいして来たらどうだい」
「良いか、妖怪の集まりに人間が顔を出せば碌なことにならない。特に山の天狗は排他的で、余所者には滅法厳しいのだ」
山の天狗と聞いて思い浮かぶのは射命丸文さんだろうか。一時期写真の売買でやり取りがあったが、紳士的で素敵な方だった。但し、それは売り手と買い手という関係性が結ばれたやり取りの中であったからで、人間と妖怪としてならば話が違ってくるのだろう。
「しかしこの写真は、かなり珍しいものばかりだね」
アルバムの写真の一つに目を向けた駒草さんは、難しそうな顔をして唸っていた。彼女が目にしていたのは、畜生界に林立するビル群の写真だ。それを手に取った彼女は、あからさまに見せびらかすようにして言う。
「これらの写真を撮ってこられたのならば、貴方には闇市場も大したものには写らぬのでしょうね。お見それしました。さぞや名のある神だったのでしょう」
「え?」
「かつての天弓千亦のように、零落した神は時に人間と区別がつかない。どうか不信心をお許しください。私のこの節穴では、どうしても貴方が人の子にしか見えなかったのです」
駒草さんは微笑みながらウインクした。つまり、
「お気になさらず。私は雲見明香と申します。よろしくね、駒草さん」
話を合わせつつアルバムを捲って見せていくと、その最後のページを目にした駒草さんは声を上げる。
「へぇ、これはアビリティカードだね」
私のアルバムの最後に挟んでいたそれは、いつの間にか荷物に紛れ込んでいた目玉のカードである。駒草さんはそれについて詳しく教えてくれた。なんでも、様々な妖怪や人間達の能力が込められたカードらしい。
「こんなカードは初めて見たわ。ふむ、本物ではあるようね」
駒草さんがカードを振り翳すと、巨大な眼球が出現する。彼女は、シューティングゲームのオプションのように目玉を操って見せた。市場の妖怪達はギョッとした様子で唐突に現れた巨大眼球に目を奪われている。
「これを頂きたい。いくらかな?」
「値段は考えていないのです。言い値で構いませんよ」
商品に値段が無いなんて、売るつもりがあるのかと疑われるかもしれない。ただ、私はアビリティカードの相場など分からぬ人間なので、相手の良心に縋る以上の方法を知らない。それに、今すぐ金が入りような訳でもないのだ。カード一枚程度ならタダで譲っても構わないしね。
「貴方の良心を
「妖怪を信じるなんて奇特な」
「信じられたければ、信じることが肝要ですから」
「そのうち足を掬われるぞ」
「かもしれませんね」
くつくつと、駒草さんの口元が三日月に歪む。
「おろかものめが。信じると言う事は騙されたがっている事と同義だぞ。そんな事すら分からないならば、ここでカモにしてやろうか?」
駒草さんは懐から取り出した小銭を私の前に投げ捨ててニヤニヤと笑っている。見てみると、かなりの金額で目が丸くなってしまう。
「こんなに貰っても構わないので?」
今度は駒草さんが目を丸くした。煙管の煙が一層濃く辺りに漂い始め、周囲の物音が疎遠になる。まるで私と彼女しか此処に居ないかのようだ。
「本気で言っているのか?」
「うん、だってこれだけあればお腹いっぱいご飯が食べられますよ。久しぶりに蕎麦屋さんに行きたいなぁ」
「……何故私を信用する? 龍珠から造られたアビリティカードは山でも絶好の賭けの対象だぞ。少なくともこんな端金でやり取りされるものではない」
「それは私が、貴方に信じられたいからだよ駒草さん。私は神なのだから、信じられるに越したことはないの」
私は胸を押さえて俯く。
「かつて私たちは人と自然とその狭間にあって、人々の語りを自然へと届ける窓口でした。しかし、今や私たちは人と他人とその狭間にあって、人々の手を取り合わせる為の象徴です」
「なっ……」
神様になりきって語ってみると、面食らったのか駒草さんは言葉を詰まらせて黙り込んでしまう。
「神が人と自然の橋渡しをやめて、人と他人の間に橋をかける時、そこに国が産まれるのです。例え見知らぬ相手であっても、同じ神を信じる者同士ならば信じ合うことができるでしょう?」
私は紫さんの語り口を無意識に真似していた。その仕草、声音、全て胡散臭く聞こえているのだろうなぁ。しかし、神と妖怪の差異は人に祀られるか否かという一点のみだ。妖怪ごっこは、神様ごっこでもある。
「神が実在せず、神に仕えるものが在るだけであったように、国も実在せず、国に仕えるものが在るだけです。そして何よりも、神は神話において正に国の産みの親でありました。国とは神の末裔なのです」
幾人かの妖怪達が私に視線を向けていた。神様の真似事はこれぐらいで十分かな? 程々にしないとボロが出てしまいそうだし。
「私はそれを見守りたい。神々が産み遺した
話し終えた私はウインクするが、駒草さんは表情を固くしていた。方や巨大眼球は、その鏡面のような拳大の瞳孔で私たち二人を見つめてその姿を消す。
私はその消えゆく瞳の中に、アビリティカードの元となった龍珠が存在していた世界を見た。それは、天地が創造され国が産み遺されるまでの神代の風景であった。
どうやら、このカードは弾幕ごっこでは使えそうにない。自らが存在した時代を人に垣間見せるだけの鏡でしかなかったようだからね。
「っ……待って下さい!」
駒草さんは私が小銭に伸ばした手を掴んだ。彼女は首を横に振って取引を取り止める。
「賭けをしましょう。そのアビリティカードは賭場で人気の懸物です。それは金にするものではなく、遊ぶ為の物なのです」
弾幕ごっこは言わずもがな、賭けもまた遊戯である故、このカードは遊ぶ為のものであると駒草さんは言う。
「もし貴方が金を欲しているならば申し訳ありません。しかし、このカードの使い道はそれなのです。見たところ貴方は弾幕ごっこはできないのでしょう? ならば賭けるしかありません」
駒草さんは私に向けて手を伸ばす。その仕草も言葉遣いも、何故か凄く丁寧だ。
「私の賭場へご案内しましょう。久しく見ぬ神よ」
私は駒草さんに負ぶわれて秘天崖を飛び越した。その断崖絶壁の向こう側に辿り着いた瞬間、直立する岩肌に遮られていた視界が開けて、一面に広がる高原が目に写る。
「偽天棚を見るのは初めてですか?」
「いえ、山頂まで登る途中で目にした筈ですけど……悪天候で遭難してましたからねぇ」
朝と昼の狭間の高原は、日差しに照らされて澄み渡っていた。そこでは、花畑と草原の丁度中間のように疎に花が咲いている。秘天崖を囲んでいたような高木は森林限界を超えている為に存在せず、地面に密着してクッションのようになった植物が繁茂していた。目に見える花々も地上の花とは違って奇異な風貌をしている。
「素敵な花ですね」
「地上とは一風違うでしょう? 此処で煙草を吸うと美味いのですよ」
今の時節には、高原の植物は地上より短い夏の間に結実できるように、大きく彩り鮮やかな花を開かせる。まるでその美しさを競うかのように咲き誇るそれらは弾幕ごっこを彷彿とさせた。高嶺の花は比喩でなく地上のそれよりも美しい。そうでない花は、既に絶えて久しいのだ。
「この偽天棚に賭場があるのですか?」
「そうです。直ぐに着きます。そんなに遠くはありませんから」
なだらかな高原から雄大な妖怪の山嶺を見上げると、山頂付近の積雪が目に写る。その万年雪は、此処では地上とは異なる季節が巡っている事を雄弁に物語っている。夏に積もる雪なんて、地上ではあり得ない。私は白い息を吐きながら、もう少し厚着してくるべきだったと後悔した。
「ちょっと寒いですけど、ゆっくり見て回りたい気分になりますね」
「私も丁度一服したい気分です。少し歩いて行きましょうか?」
駒草さんは地に足をつける。彼女は私を降ろして、自らの羽織を貸してくれた。煙管を口にしながら煙を吐く彼女と、白い息を吐く私は、遠景に万年雪と険しい峰を目にしながらゆっくりと歩む。
ちょうど良いと思い立ち、カメラを手にして写真を撮る。植生が地上と異なる高原は、目に見えて際立つ写真になるだろう。シャッターを切ろうとした瞬間、一陣の風が吹き抜けていく。
「あっ」
これまで物静かだった高原の草花が一斉に戦ぐ。静謐から一転して動的に転回した色彩は、生き生きとして写真に写った。吹いたり止んだりする事を不定期に繰り返す突風は、その度に視界に写る風景を様変わりさせて、私の触覚に尾を引く冷たさを残していく。
「あぁ、好きだなぁ……」
この、これだ。風景というものは生きている。この果てしなく低い地上には命が満ちていて、それはこの高山であっても変わらない。だからこそ、それは変化に富み見る者の目を惹いてやまないのだ。写真一枚にすら思い通りに写ってくれない風景は、私にその神秘を絶えず説いてくれる。
思い通りにならない、私の手を離れた、どうしようもないスケールのものが此処には在ると。神は姿を隠して久しいが、いまだその神秘を明かそうと語りかけてくるものはある。
「まるで神々の語らいが、聞こえてくるようです」
この尊き高原に私は頭を垂れた。此処に鳥居を建てれば、きっと様になる事は間違いなしであろう。