物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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筆が動いたので投稿します。月一とは何だったのか……。


外世界の憂鬱
蓮台野


 外の世界に行きたい。博麗神社で霊夢さんにそう伝える。幻想郷から外の世界に向かう為に、彼女に協力してもらおうと考えたのだ。紫さんも偶然に博麗神社に居たので一緒に話を聞いてもらったのだけど、反応は芳しくない。

 

「紫〜? 駄目ねコレ、壊れちゃったみたい」

 

 石のように固まった紫さんを無視して、霊夢さんは私に問い詰める。

 

「迷い込んだ外来人を送り返すように、明香を外の世界に送り出して欲しいって事かしら?」

「その通りです」

「つまり……何時もの放浪癖ね。どうせ外の世界を見たくなったとか言うつもりでしょ」

 

 私の心中をさとり妖怪みたいに言い当てた霊夢さんは、少し思案するような間を置いて答えてくれた。

 

「出来る出来ないで言えば出来るけれど、私にそれをする理由が無いわ。因みに、明香はお賽銭を入れてくれる敬虔な参拝客だったりするかしら?」

「今は金欠です」

「話にならないわね」

「でも、外の世界で撮った写真を文さんに流すつもりなのです。上手くいけばお金が貰えます」

「ならその儲けの半分を寄越しなさい」

「分かりました」

「物分かりがいいわね。それなら、明香が外に向かいたい日時を教えなさい」

 

 話が進んでいく中で再起動した紫さんが、血相を変えて私に詰め寄る。

 

「一体どうして外の世界に行きたいの? 彼処に見るべきものなど殆ど無いわよ。明香の目はこの幻想郷に向けられるべきだわ」

 

 断言した紫さんは、私の目を真っ直ぐに見つめる。目力に押し負けて視線を逸らすと、霊夢さんが我関せずとでも言うように茶を啜っているのが見えた。

 

「幻想郷は美しい。ならば、それを見つめていれば良いのではなくて? 手間をかけてまで外の世界に目を向ける必要など無い」

「それは違います紫さん。外の世界にもきっと美しいものがあります。私はそれを見つけに行きたいのです」

 

 取り付く島もなく、紫さんは首を横に振る。

 

「もし貴方が外の世界を旅すれば、幻想郷に帰って来れなくなる可能性もあるのよ。結界が貴方を外界の住人だと見做して排除するかもしれない」

「紫さんは、結界を越える事を許してくれないのですね」

「そうよ。けれど……こうやって頑なに否定しても逆効果でしょうね。きっと、どれだけ止めても貴方は勝手に外へ出ていってしまう。なら思い切って、私が貴方を外の世界へ連れて行くわ」

 

 今度は霊夢さんが固まる番だった。彼女は硬直し、暫くしてお茶に咽せて蹲る。けれど、紫さんは完全に無視して私を凝視していた。

 

「外の世界に用事が幾つかあるから、そのついでに連れて行ってあげる。だから、勝手に外へ行ったりはしないで」

「明香に頼まれたのは私よ。勝手に話を掻っ攫うなんて良い度胸ね。大体、人間を攫う算段をつける妖怪を私が見逃すとでも?」

「信用が無いのね。私は明香とお出かけしたいだけですのに」

「無理。胡散臭過ぎる」

 

 霊夢さんと紫さんは互いに睨み合った。そして、幻想郷の流儀に則って問題を解決する事にした。即ち、弾幕ごっこによる決闘である。

 

「本当に楽しそう。羨ましいなぁ」

 

 弾幕ごっこは決闘でありながら遊戯でもある。霊夢さんと紫さんは、真剣に戦いながら心底楽しんでいるように見えた。それはジャンケンに似ている。勝ち負けに一喜一憂するけれど、互いに傷付け合う事はない。

 

「平和だね」

 

 弾幕ごっこは互いの友誼を示す遊戯でもある。握り拳と握手はできないし、振り上げられた拳に手を差し伸べる者もいない。けれど、差し伸べられた手にチョキを突き付けて笑い合える仲が其処にはある。

 

「ほんと、仲が良いなぁ」

 

 二人の事が少し妬ましかった。私も空を飛べれば、あの遊びに混じれただろうか。ま、私にはこっちの方が向いてるね。一緒に遊ぶよりも、遊んでいる子たちを離れた所から眺める方が好きだし。

 

「早く降りてきてくれないかな」

 

 私は一人寂しくお茶をしながら、彩られる昼空を眺めたのだった。

 

 

 

 

 

「寂しい場所ですが、素敵な場所ですね」

「そうかしら? 見る限りは不気味で恐ろしい場所のはずよ」

「……皮肉ですよ紫さん」

 

 見慣れない外の世界の服装をした紫さんが、私の手を引いて案内をしてくれていた。彼女は私の言葉に頬を引き攣らせている。でも、皮肉を言いたくなる気持ちも分かってほしいなぁ。

 

「私は好きですよ。外の世界へのお出かけで墓地を選択する紫さんの感性が」

 

 一面に広がる深夜の平野には墓石が散在していた。此処は、蓮台野として知られている外の世界のオカルトスポットらしい。正直な所、墓地と言うよりは墓石のある荒野と言った方がしっくりくるね。墓には参るものもなく荒れ放題で、平野には雑草が生い茂っている。

 

「ごめんなさいね。でも、此処にはどうしても解決しておかないといけない用事があるの。許して頂戴」

「無理を言って外の世界に連れて来てもらっているのは私ですから、謝る必要なんて無いですよ」

「優しいのね。ありがとう」

 

 笑顔を見せた紫さんは、寂れた墓石に腰掛けて夜空を見上げた。彼女は何かを測るようにその目を眇めてじっと星と月を見つめている。冬の澄んだ空気と人里離れた暗闇のお陰で、夜空は見事なまでに明瞭だ。

 

「もう少し時間があるわね」

 

 スキマから取り出したマフラーを私に手渡して、紫さんは白い息を吐く。

 

「貴方には探偵さんになってもらいましょう」

 

 紫さんは卒塔婆を引き抜き、標識を突き刺し、墓を荒らし始めた。深夜の月明かりに照らされながら浮世離れした美人が卒塔婆を肩に担いでいるのはかなり現実離れした光景だ。現実離れした……盗掘者かな?

 

「墓荒らしの間違いでは?」

「なら、考古学者さんね」

「鞭とフェドーラ帽は何処でしょうか?」

 

 口元に手を当ててクスクスと微笑みながら紫さんは語り始めた。

 

「この蓮台野は、顕界と冥界が重なり合ってしまっている。昔はそうでも無かったのだけれど、お行儀の悪い人が結界を暴いてしまったのよ」

 

 紫さん曰く、この蓮台野はかつてデンデラ野などと呼ばれていたらしい。ただの墓地ではなく、生きながら死んだものとされた老人達が捨てられた姥捨山でもあったそうだ。故に、元より顕界と冥界が密接な場所であり、それに目を付けた何者かに結界を暴かれたのだと言う。

 

「結界とは、在るべき場所からずらされた世界。ずらされたものは、私たちと重なり合う事ができずにその姿を失う。けれど、その存在が失われた訳ではない。ラジオをチューニングするように、ズレを合わせてあげれば浮かび上がって来るのよ」

 

 釈迦が説法をしている。私は紫さんの有り様を見て二重の意味でそう思った。抹香臭い卒塔婆を担ぎ、スキマを弄っている彼女は、墓地についても結界についても第一人者に見える。

 

「結界を暴くために必要なのは、断絶し出会うことのない領域を結び合わせる為の手法。それは時に儀式的に伝わっていたり、あるいは単なる口頭のお呪いのようなものであったりするわ。さて、問題です。この蓮台野にあって結界を暴くためのお呪いとは何でしょうか?」

 

 流石にヒントが少なすぎて見当も付かない。首を傾げて見せると、私が首に巻いていたマフラーを奪い取られてしまう。

 

「はーい。探偵モードは終了ね」

「ちょっと、返してくださいよ紫さん」

「あら、寒い? ごめんなさいね」

 

 紫さんは悪戯げに微笑みながら、自らの首元にマフラーを巻いて見せた。私がムスッとして視線を逸らすと、不意にとある墓石が目に入る。それは、他の墓石とは異なってキッカリ4分の1回転されていた。

 

「紫さん、あの墓石が怪しいです」

「へぇ?」

 

 近付いて良く見てみると、人の手が当てられたように苔が剥がれてしまっている痕跡がある。それに、規則正しい墓石のズレは人の作為を感じさせた。

 

「やっぱり、貴方は良い目をしている」

 

 私の頭を撫でた紫さんは、胸元から取り出した古風な懐中時計と夜空を何回も見比べて目を細めていた。

 

 

「4、3、2……02時30分ジャスト」

 

 

 その瞬間、冬だと言うのに一面桜の世界が広がった。舞い散る花弁を手にしてみると、月で見た立体画像みたいに存在が希薄だ。

 

「これ、冥界の幽霊桜です」

「良く分かったわね」

「何時ぞやに白玉楼で目にした桜にそっくりです」

 

 懐中時計を懐に戻した紫さんは、取り出した扇子で桜の花弁を掬う。彼女はそのままズレた墓石に手をかけ、4分の1回転させてそのズレを直した。すると、世界は目まぐるしく様変わりし、幽霊桜は姿を消して蓮台野の景色が広がる。

 

「上手くいった。完璧よ」

 

 紫さんは扇子に目を向ける。彼女が掬っていた幽霊桜の花弁は、夢幻であったかのように跡形もなく消え失せていた。

 

「暴くのは百歩譲って構わないけれど、後片付けはしっかりして欲しいものだわ」

 

 嘆息しつつ遠い目をした紫さんは、地平線の間際にある明るい都市を見つめていた。夜だと言うのに煌々と輝くその都市は、私には冥界の桜並木よりも異界染みて見える。

 

「夢で見た事はありますけど、直に見ると違うものですね」

「感想はどうかしら?」

「中途半端ですね。畜生界程生々しくはなく、月の都ほど潔癖な訳でもない。何とも曖昧で奇妙な……紫さん好みな世界ですね」

 

 紫さんは否定も肯定もしなかった。多分、私の言葉が皮肉か否か分からなかったのだろう。外の世界には境界が形骸化した場所が数多あり、故に万物が出会う混沌の坩堝でもある。果たして紫さんは、境界と混沌のどっちをより好いているのかな。

 

「紫さんって、境界で区切り別けられた秩序だった世界と、滅茶苦茶な混沌の坩堝と何方が好きですか?」

「抽象的な質問ね。私は両方好きよ。それに、両方必要だと思ってる。肝心なのはバランスなのよ。秩序と混沌はバランス良く存在する必要がある」

 

 紫さんの答えはどっち付かずだった。それは極めて境界的(マージナル)で彼女らしい答えだ。人は、YesとNo、最高と最低、成功と失敗のように物事を二つに別けて考える事に長けている。けれど、だからこそ時にその狭間を無いものとして考えてしまう事がある。

 

「紫さんの考え方、私は好きです。まるで、人々が無いものとして見落とす物事の隙間に根差しているみたいです」

 

 紫さんの答えを得て私はカメラを構えた。向ける先は荒涼とした寂しげな平野で、その遠景に無機質で明るい混沌とした都市が写り込むようにしてシャッターを切る。

 

「あら、桜は撮らないのに荒野は撮るのね。鴉天狗みたいに撮れ高を気にしないの?」

「はい。私は人々の都市と荒れ果てた墓地の境界(ギャップ)の方が好きです。あんなにも人の手が入って整備された都市があるのに、この墓地は忘れ去られて寂れ果てています。まるで人の魂が、狭間の荒野を越えてあの明かりの元に囚われているみたいです」

 

 幻想郷は忘れ去られた者たちの楽園だから、外の世界にはそうではない者たちが暮らしているのだと私は思っていた。けれど、外の世界にも人々に忘れ去られたものはある。考えてみれば当然の事だけど、それは私を憂鬱にさせた。

 

「ねぇ、紫さん。外の世界で忘れ去られて、幻想郷にも来れなかったらどうなるの?」

「……」

 

 紫さんは何も答えなかった。或る意味ではそれが答えなのだろう。

 

「私の用事があるのは、いつもそういう場所なのよ」

 

 私の思いを感じたのか、紫さんは問いかける。

 

「外の世界からも、幻想郷からも忘れ去られた何処にもない場所を巡る事になる。それでも私に付き合ってくれる?」

「勿論です。顧みられる事も無く忘れ去られた誰の目にも留まらないもの。それは、正に私が目に写すに相応しい秘境ではないですか」

 

 微笑んだ紫さんは、私に手を差し伸べた。

 

「そうね、正にそうだわ。ならば、忘れ去られたものたちの寄る辺が密やかに在れるように、封じて秘する旅を続けましょう。私と一緒に」

 

 私はその手を、ぎゅうと掴んだ。


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