物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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緑のサナトリウム

「これは運命ね!」

 

 目を輝かせて少女は笑顔を見せていた。しかし、私は全く状況が飲み込めない。東京で結界の切れ目を閉ざそうと悪戦苦闘していた私は、うっかり境目に落ちて地面に投げ出された。そして、顔を上げてみると一面ジャングルの光景が広がっていたのだ。

 

「あの、此処は何処ですか? 私はさっきまで東京に居たのですが」

「此処は信州のサナトリウム(療養所)よ。私はマエリベリー・ハーン。言いにくければメリーと呼んで構わないわ」

 

 メリーさんは、興奮冷めやらぬ様子で捲し立てる。

 

「私はサナトリウムで療養していたの。でも、何もない山奥に隔離されて退屈で堪らなかったから、気晴らしも兼ねて脱……散歩をしていたら貴女が降ってきたって訳よ」

「えぇと、私は雲見明香と申します。東京観光をしていたら迷ってしまいました。信州だなんて、凄い遠くまで来ちゃったなぁ」

 

 私の言葉に頷き、メリーさんは訳知り顔をして教えてくれた。

 

「それはね、明香ちゃんが結界の境目に触れてしまったからよ」

「えっ?」

 

 メリーさんは疑われていると思ったのか、自信たっぷりに胸を張って断言する。

 

「明香ちゃんが境目から落ちてきたのをしっかり見たもん。私の目はそういうのが見えるのよ」

 

 話を聞くと、メリーさんはオカルトスポット巡りや結界暴きをしていて、こうした不思議現象にも慣れたものらしい。結界を暴き回る彼女と、結界を封じて回る私の邂逅には、彼女が言うように確かに運命的なものを感じる。

 

「此処がサナトリウムですか? どう見ても森の中ですよ?」

「此処は一面緑だから、緑のサナトリウムって呼ばれているのよ。でも、天然の植物は一つもない人工のジャングルなの。行き過ぎた環境保護主義の末路だわ。気軽に散歩出来るけれど、刺激もなくて退屈よ」

 

 人工のジャングルと聞き、私は成る程と納得した。此処に広がっている風景が、工業製品のように規格に則った無機質な有様だったからだ。

 かつて訪ねた鳥船では、人の手を離れた動植物が栄華を極めていた。しかし此処では、あらゆるものに人の手が入っている。木立は等間隔に植えられていて、枝葉の間から日が差すように枝打ちされていた。地面は歩きやすく岩や石が除かれていて、雑草も生えていない。

 

「確かに退屈ですね。あからさまに作り物である事を見せつけるような風景は……風情がないです」

「でも、明香ちゃんが此処では一番不自然よ。さて、お話をしましょう。隠し事はなしよ。()()()()()()()()

 

 隠しても無駄だと言わんばかりに、メリーさんは私のリボンを指差した。彼女はこれが尋常な品ではない事に勘付いているのだろうか? 好奇心に満ちた瞳が私を貫いていた。

 

「何が望みですか?」

「先ずは、明香ちゃんが空から降ってきた顛末を知りたいわ」

「もし嫌だって言ったら?」

「私は結界の境目が見える。だから、そこにある境目を開いて明香ちゃんが元居た場所に帰してあげられるわ。けれど、話したくないなら仕方がない。私は退屈な散歩に戻るとしましょう」

 

 意地悪い笑みを浮かべたメリーさんは、態とらしくゆっくりと踵を返した。仕方なく私は、彼女を呼び止めて東京での一部始終を語る。でも、私が幻想郷出身な事はバレないようにしないとね。

 

 

 

 

 

「ふーん、成る程ねぇ」

 

 私たちは、二人して木陰に座って雑談に興じていた。話を聞き終えたメリーさんは思索に耽り、耳にした情報を端的に纏めて語る。

 

「つまり、明香ちゃんは結界を封じて回っているのね。まるで物語の主人公みたいだわ。神社の巫女さんだったりするのかしら?」

「フリーのアマチュアカメラマンですよ」

「わぁ、骨董品」

 

 私が取り出したカメラを見て、メリーさんは驚いたようだ。彼女は興味深そうにそれを目にしている。

 

「レトロなカメラねぇ」

「えっと、そういう趣味でして。メリーさんは療養中と聞きましたが、病気なのですか?」

「そうよ。ウイルス性の譫妄(せんもう)らしいわ。地球上には存在しない未知のウイルスなんだって」

「……」

 

 私は無言で距離を取った。けれど、それを見たメリーさんは大笑いする。

 

「ふふふ、そんなにあからさまに避けられると悲しくなるわ。でも、私はこの病気が好きよ。見たこともない素敵な風景の幻を沢山見せてくれるの。明香ちゃんも感染してみない?」

 

 ずいと近付いてきたメリーさんは、私の目を覗き込むようにして顔を近付けてきた。彼女の言葉にはとっても興味を惹かれるけど、病気にはなりたくないなぁ。

 

「遠慮しておきます」

「残念。それじゃ離れておきましょう。ソーシャルディスタンスって奴ね。明香ちゃんと私の境目はこれぐらいかしら」

 

 身を引いて離れてくれたメリーさんは、憂鬱げに愚痴を漏らした。彼女は病人とは思えない程に元気で、だからこそサナトリウムでの生活がとても退屈なのだろう。

 

「病気になるとする事が無くて暇よね。体調は絶好調なのにずっと隔離されて発狂してしまいそうだわ」

「私なら本を読むか外の景色を楽しみますよ」

「私物は持ち込み禁止だから本は読めないわ。この作り物の退屈な景色を楽しむのも少し難易度が高いわね」

「それなら、私の目を見てみますか?」

 

 バー・オールドアダムでそうしたように、私の能力を使えばメリーさんの退屈を潰せるかもしれない。私は自らの目を指差し、屋台が立ち並ぶ中有の道のお祭り騒ぎを彼女に見せた。彼女は暫く硬直していたが、やがて悩ましげに唸って言い切る。

 

「白昼夢ここに極まりって感じね。まさか、こんなにも素敵な幻覚を見ちゃうなんて重症だわ」

「えっ?」

 

 メリーさんはその風景を幻覚だと結論したみたいだ。私にとっては都合が良い勘違いだけれど、目にしてきたものを空想の産物のように扱われるのは少し寂しい。

 

「よくできてるわね。まるで明晰夢みたい。蓮子に良い土産話ができたわ」

 

 彼女は空間を抱きしめるように両手を伸ばした。まるで精巧な人形やぬいぐるみを撫で回すような仕草である。

 

「えぇと……」

「あら、そう困る必要はないわよ。私にとっては現実も幻想も共に目に見えるもの。例え幻の存在であっても対応は変わらないわ」

「でも、幻じゃないです。この風景は私がこの目で写した形在る本物なのです」

「縁日のお祭りなんて直に見たのは初めてだわ。資料として記録は残っているけれど、今や廃れているものね。私はこの風景が好きよ。みんな生き生きとしていて、屋台の店主も商魂逞しそうだわ。きっと商品もお祭りらしくボッタクリ価格だったりするのかしら?」

「……」

 

 にこやかなメリーさんは、イマジナリーフレンドを相手にするかのような気安さで優しく言う。

 

「明香ちゃんが東京から此処に迷い込んだ理由が分かる気がするわ。貴方は異物なのよ。社会は不思議なものを認めない。貴方は排除されて此処に流れ着いたのだわ。社会の管理外にある不思議を集めた此処にね」

 

 同時に、メリーさんは物憂げな様子でもあった。憂いと喜びが入り混じったように揺らめく瞳が私へと注がれる。

 

「貴方はきっと素敵な世界に居たのね。どんな不思議も受け入れられる寛容な世界に違いないわ。此処はね、窮屈なのよ。私が生まれ持った力は否定され続けてきたし、結界を暴く事も許されない」

「私もあんまり暴いて欲しくはないのですが……」

「私には普通に見えて触れられるものが、普通ではないらしいわ。だから隔離療養ですって。笑えるわよね」

「笑えませんよ」

「ええ、ちっとも」

 

 額に手を当ててメリーさんは俯く。その陰鬱な有様を見るに、彼女は隔離されたサナトリウムでの生活で精神的に参っているようだ。何とか元気付けてあげたいな。気が滅入って良いことなんて一つもないからね。

 

異物(わたし)は排除される──この世界から」

「そうでしょうか? メリーさんは私を排除された異物だと言いました。けれど私には、寧ろ手を引いて招かれたようにも思えます」

 

 顔を上げたメリーさんは苦笑していた。

 

「ロマンチックな考え方ね」

「だって、私は貴方に会えて嬉しかったですから。境目に落ちて迷い込んだ異界で、同じ人間の、それも私を送り返せる能力者と遭遇するなんて奇跡でしょう?」

「それなら、サナトリウムを抜け出した山中で、結界から落ちてきた女の子に異界の風景を見せてもらえるのも奇跡的だわ」

 

 メリーさんは、私に身を寄せて手を握る。しかし、手に込められたその力はやや暴力的だ。逃さないって事かな?

 

「そうよ。この出会いは奇跡的だわ。はいサヨナラなんて勿体無い。秘封倶楽部のメリーさんとしては、貴方の秘密を暴きたいわね」

「それは困ります。誰だって人に知られたくない秘密はあるでしょう?」

「悪いけど、隠された秘密を暴くのが私らのやり方なのよ。明香ちゃんを元の場所に帰す駄賃代わりとでも思って、質問にいくつか答えてね」

 

 メリーさんは興味津々と言った様子で多様な質問を投げかける。その中には、秘密の核心を突くものもあった。

 

「明香ちゃんの故郷は何処?」

「此処ですよ。この惑星、その島国。天文学的尺度で見れば凡ゆる土地が近隣であり故郷なのです」

「なるほど、答えたくないって事ね」

「……」

 

 答えられない問いには、言葉を濁しつつやり過ごす。けれど、答えをはぐらかす度に目付きが鋭くなるメリーさんを見るに、誤魔化すだけ無駄かもしれないなぁ。

 

「その、あんまり困る質問はやめて下さいね」

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

 結界を越えると、そこは東京の寂れた広場だった。私は呆然として地面を踏み締める。戻って来れた事への驚き半分、メリーさんの能力への嫉妬半分だね。あれではまるで結界を操る妖怪だ。

 

「羨ましいなぁ」

 

 妬まずにはいられなかった。メリーさんの能力は、時代が違えば崇拝の対象になっても可笑しくないものだ。幻想郷でも、彼女はユニークな人間の一人として人の目を引く存在になっただろう。

 

「異能だなぁ」

 

 メリーさんは社会に受け入れられず、サナトリウムに隔離された。けれど彼女は、結界の境目を操作する力を持ちながら、それでも外の世界で生きる事を選択している。その自由な選択も、私は素敵だと思った。

 私たちは生まれを選ぶ事はできない。けれど、生き方を選ぶ事ならできる。メリーさんが選んだ生き方は、自分の能力を使って精一杯この世界を楽しんで生きる事だ。境目が見えるのだから、触れて暴いて何が悪い。向こう側を垣間見るのはとっても面白いのだと、彼女は笑って言っていた。

 

「分かるなぁ、その気持ち」

 

 人の気持ちを分かったつもりになるのは好きじゃない。それでも、メリーさんの思いに共感してしまう。私も多分、彼女の同類に違いない。この目にこの世を写す事、それが私の生き方だから。

 

「さて、此処は東京の何処なのかな?」

 

 地図を広げて首を傾げる。紙の地図では、目立つランドマークから現在地を割り出すしかない。途方に暮れて空を見上げた時、背筋にゾクリと何かが走った。

 

「15時32分19秒。北緯35度39分29秒15、東経139度44分28秒88?」

 

 青空なのに、天球全面に星と月を結節点とした幾何学模様が浮かび上がって見える。

 

「わぁ、便利」

 

 頭痛が酷く、額が熱っぽいけど、何はともあれ上手くいった。饒舌に語りかけてくるようになった空を見ていると、旧友の意外な一面を見たような気持ちになる。

 

「空って、こんなに雄弁だったのね」

 

 倶に天を戴く限り、メリーさんと私は同じ空の下にいる。幻想郷と外世界もまたそうなのだろう。この多弁な空は、何処にいようと私たちに寄り添っているのだ。彼女の問いをはぐらかした私の答えは、或る意味では私の真意でもあったのかな。

 

「世界は一つだ。だから私たちは線を引く」

 

 手に持ったリボンで、私を通したスキマを縛り付けた。まるで、傷口が縫合されて治癒していく過程を目にするみたいだ。リボンを抜糸すると、後には何も残らなかった。うん、これで良い。万事疎漏無い。

 

 

 

 

 

fin. 2023/01/22




Extra 外世界の青(Outer World Blue)

「それでね、これが彼女のリボンよ」

 蓮子は、サナトリウムから退院してきたメリーの体験談に目を丸くする。

「羨ましい。異世界からの迷子だなんて、私も話してみたかったわ」

 蓮子は少し寂しかった。メリーだけが遠くへ行ってしまったような、先を越されてしまったような、複雑な思いをかき混ぜた感情が彼女の胸中に渦巻いていたからだ。

「あら、案外普通の女の子だったわよ。格好も普通だったし、話し方も丁寧な日本語だったわ。でも……」
「でも?」
「とても綺麗な目だったわ。彼女がその目に写していた光景の奔流は、ヒロシゲで見たカレイドスクリーンの何倍も美しかった」
「あぁ、妬ましい! 私にも見せなさいよそれ! メリーだけ狡いわ!」

 子供のように駄々を捏ねる蓮子を見て、メリーはくすくすと笑いながら思案した。暫くして、明香がビジョンを共有した方法を見様見真似で模倣して、メリーは蓮子の頬に手を添えてその瞳を凝視する。

「何、メリー? ちょっと、そんなに見つめられると恥ず……」

 蓮子は言葉を失った。メリーの瞳が揺らめく度に形を変える天地万象の風景の数々は、正しく幻想のファンタズマゴリアだった。その圧倒的なまでの情報の洪水は、蓮子の思考を完全に停止させる。


「あ、できた」


 ぽつりと漏れたメリーの言葉は、動かなくなってしまった蓮子の耳を右から左へと流れていったのだった。





「うぅ、隔離入院だなんて酷いです。ちょっと熱が出ただけじゃないですか」
「あんたねぇ、一体何処をほっつき歩いたらそんな起源不明の謎ウイルスに感染できるのよ……」

 防護服を着用している鈴仙さんが、困惑を感じさせる声音で言う。永遠亭に入院した私は、厳重な隔離措置を受けていた。病室から一歩出る事さえ御法度である。

「師匠が特効薬を作るまで退院は無理ね。さて、具合はどうかしら? 体温は平熱、目立った症状もなし、健康そのものに見えるけど」
「はい、元気ですよ。最近は病室の窓から見える空がとてもお喋りさんで、見ていて飽きないのですよ」
「……空がお喋り?」
「ほら、見て下さいよあれ」

 私は、陰圧の隔離病室ユニット越しに窓ガラスの向こう側を指差した。そこに広がっていたのは、外の世界と変わらぬ色彩と雄弁さでもって地上の時空を語り明かす空模様である。

「知ってますか? 外の世界でも幻想郷でも、空は青色なのですよ。月とは大違いですね」

 頭を抱えた鈴仙さんは、簡単な診察を済ませて退出していった。私は日がな一日中、移り変わる空模様を眺めるしかない。けれど、空を見つめる程にこの譫妄は洗練されていくように感じる。見上げた空は、星座の早見盤を遥かに精細にしたように無数の経絡が張り巡らされていた。

「っ……」

 じっと見ていると頭痛を誘う。私は視線を外して天井を見つめるように心がけた。病室の窓も、今度鈴仙さんに頼んでカーテンを閉め切ってもらおう。

「早く治して、空を見れるようになりたいな……」

 しかし、瞼を閉じればその裏で無数の幻が目に写る。脈絡なく立ち現れては消えるそれらの幻は、一つの一貫性を持っていた。そのいずれもが、()()()()()()()()()の下にある──まるで、遠く離れた故郷を思う郷愁の夢のように。





「私が付いていながら、申し訳ございません」

 八雲紫は、頭を下げる藍を慰めて言う。

「藍は悪くないわ。運が悪かったのよ。まさか病気に罹ってしまうなんて驚きだわ」
「二手に別れて作業していた際に、異界に迷い込んでいたようでして」
「藍は大丈夫?」
「はい、永遠亭で検査を受けました。問題ないとの事です」

 藍の言葉を聞き、紫は顎に手を添えて考え込んだ。特に危険な結界は紫自らが閉ざしており、今回の結界の切れ目は全て緊急性はあれど危険性はないものだった。少なくとも藍が居たならば、最悪裂け目に呑まれても容易に救出可能である。
 そう考えると、迷い込んだ先で地球上に存在しないウイルスに感染するなど、紫には信じられなかった。

「まさか異星にでも迷い込んだのかしら? 明香に話を聞くしかないわね」
「それが、面会謝絶の上に特効薬がいつできるかも如何とも言えないらしく……」
「気長に待つしかないわねー。直ぐにでも話を聞きたかったのに残念だわ。けれど、果報は寝て待てとも言う。私は冬眠に戻るから進展があったら起こして頂戴」

 夢の中で獏にも話を聞いてみようかと思案しつつ、紫は布団に身を横たえた。藍は退出し、縁側の廊下を歩みながら憂鬱な面持ちで空を見上げる。冬、青々しく澄み切った寒天であった。
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