物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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残無が人鬼で……その元ネタが残夢で……主人公が霊夢で……予測変換が──使おう、ユーザ辞書!


地霊殿

 勇儀さんに連れられて辿り着いた地霊殿は、西洋風のカントリー・ハウスのような邸宅だった。彼女に別れを告げて邸内に足を踏み入れると、おとぎ話然とした古典的な空間が私達を出迎える。

 

「これは──」

 

 私達が立ち尽くす玄関ホールでは、真っ先に巨大な階段が目に入った。更に、複数階を占有する広大な吹き抜けのような此処では、見上げた天井の高さに吸い込まれるような錯覚を感じる。各所に取り付けられたステンドグラスの大窓からは、仄暗い光が差し込んでいた。その上、彫刻の施された床や柱、アンティークと言える程に古めかしい家具が厳かな雰囲気を醸し出している。だが──

 

「独創的な……領域だな」

 

 オオワシは反応に困っていた。昔話の領主様でも現れそうな内装の玄関ホールに、野生溢れる動物達が寛いでいたからである。ざっと見ただけでも、犬猫から豹やライオン、見た事のない鳥類までもが自然溢れる密林のように犇いていた。

 

「あら、貴女は?」

 

 私達が異界極まる光景に釘付けにされていると、階段の上層から一人の少女が降りてくる。彼女の胸元には、無数の管に繋がれた異形の瞳があった。明らかに人間ではない。彼女は私を見て目を輝かせたが、次の瞬間にはすんとして平静を取り戻していた。

 

「失礼、お客さんでしたか。てっきり、私のペットが成長して人の形を手に入れたものかと」

「ペット?」

「そうです。ほら、此処に居るみんな、私の可愛いペットです。おっと、自己紹介が遅れました。私は古明地さとり。この地霊殿の主です」

 

 どうやら、彼女が私の探していた古明地さとりさん当人であるらしい。私も自己紹介しようとしたが、彼女はそれを制止した。

 

「いえ、不要です。私は覚妖怪ですから、貴女の心を見通せるのです。雲見明香さん」

 

 ならば、私が地霊殿を訪ねた目的についても説明不要なのだろうか。沈黙して佇んでいると、古明地さんは探偵のように何もかもを言い当てて見せた。

 

「一つの身体に二つの心が見えます。雲見さんは──動物霊と一緒なのですね。ふむ、日白残無の事を聞きに来たと」

 

 古明地さんは頷き、私を手招きする。

 

「ついて来てください。図書室で話しましょう。実は読書中でして」

 

 

 

 

 

 古明地さんの後に続いて暫く。舞踏会を開催できそうな広場や、抽象的な絵画や彫刻が所狭しと並べられた画廊を通り抜け、沢山の動物達の合間を縫うように進んで漸く、私達は図書室に辿り着いた。

 

「どうぞ、気兼ねなく寛いでください」

 

 図書室では、壁沿いに書架が設置されていた。その周囲には、高い位置の本を手に取る為の踏み台が配置されている。団欒の為か、ふかふかのソファーや心地良さげな腰掛けがあり、その内の一つに私は腰を落とした。古明地さんも安楽椅子に揺れている。

 

「適当な書籍を読まれても構いませんよ。読書はお好きで? 気が合いますね。私もです」

 

 古明地さんは、私の返事を先読みして会話を進めていた。何も言わなくて良いのは便利だけれど、普段とは一風変わった会話の形式には中々慣れない。

 

「心を読まれながら会話するなど滅多に無い機会でしょうし、当然です」

 

 いや、本来なら絶無な機会ですよ。

 

「もう小慣れてきたのでは?」

 

 それなりに。とは言え、古明地さんは親切ですね。アポもない訪問でしたから、門前払いも覚悟していました。まさか、客人のように扱ってもらえるなんて。

 

「私の可愛いペットを蹴散らしながらやって来る乱暴者なら話は別でした。そう、雲見さんの想像通り博麗の巫女の事です」

 

 残念そうな表情を浮かべて、古明地さんは言葉を続ける。

 

「本当に残念です。お空やお燐──私の自慢のペット達にも会わせてあげたかったのですが、丁度今は仕事を任せている所なのです。こいしは……何処をほっつき歩いているのやら」

 

 灼熱地獄跡地の温度管理や怨霊達の制御など、多くの仕事をペット達に任せているのだと古明地さんは教えてくれた。一方、こいしなる人物について彼女は言及しない。しかし、誰だって話したくない事はあるだろう。故に私は、詮索せずに聞き流した。

 

「お心遣いありがとうございます。こいしの事となると心労が絶えないもので。私の妹なんですが、本当に心配で──失礼、残無の事でしたね」

 

 古明地さんは、逸れかけた話を戻した。彼女は、木の軋む音を立てながら安楽椅子で幾たびか揺蕩う。

 

「ただ、そう急く事もないでしょう。折角の機会ですし、少しお話しに付き合ってくれませんか?」

 

 オオワシが口を開こうとする。彼は、出来る限り手早く目当ての情報を得たいようだ。しかし、古明地さんは先んじて答える。

 

「ではこうお考え下さい。貴方達は知りたい情報を手に入れて、私は話し相手を得ると。何事にも対価は必要でしょう?」

 

 オオワシが渋々頷くと、古明地さんは上機嫌そうな笑顔を見せた。図書室には暖かい光が差し込んでいて、微かな粒子が宙を舞っている。寛いで深呼吸すると、本特有の紙の香りがした。獣の匂いに満ちていた玄関ホールや画廊とはえらい違いである。

 

「図書室には入らないように、私のペット達に言い付けているんです。何せ、本は簡単に傷付きますから。それに、大半のペット達はまだ字が読めません。彼らには無用な部屋です」

 

 古明地さんは本を脇に寄せ、私を凝視していた。その眼差しから窺い知れるのは、深い好奇だけだ。

 

「雲見さんの心からは、貴女が巡って来た幻想郷の光景が見えます。人の心からこれほど美しいものを見たのは久しぶりです」

 

 古明地さんは、額に手を当てて俯いた。彼女は、第三の目でじっと私を見つめ続けている。

 

「目を奪われます。残無にもこの光景を見せるのが目的ですか。成る程、あの胡散臭い妖怪の差し金だったとは」

 

 古明地さんは、何度も納得したかのように頷き、瞬きを繰り返す第三の目を抱きしめる。

 

「地底はどうでした? これで三度目の訪問でしょう?」

「少し陰鬱ですけれど、賑やかで、寂しげで……暖かい場所です。きっと地底に身を寄せる妖怪達は、追いやられて流れ着いた此処を初めは疎んでいたのだと思います」

「よく分かったわね。その目で私を覗いたのかしら?」

「けれど、次第に落着き、段々と馴染み、最後には好くようになった──ですよね?」

 

 安楽椅子が、ギイと大きな音を立てた。古明地さんが、目を細めて口元を歪め、しかし頬を緩めている。沢山の感情が、絵の具のようにかき混ぜられて、何とも言えない絶妙な色合いになっているようであった。

 

「私は地上なんてどうなっても良いと思っています。ですが、雲見さんを見ていると心が揺らぎそうになる。きっと日白残無もそうでしょう。八雲紫は、だから貴女を使ったのね」

 

 古明地さんは深い溜息を吐いた。彼女は心の整理を付けるように、目を閉じて暫く沈黙する。やがて、彼女は安楽椅子から立ち上がり、窓辺に立った。そこでは、窓を通して地底の旧都が一望のもとに眺められる。

 

「私は嫌われ者です。地底の民達からは心底疎まれています。私は恐れられている訳です。いや、不満はありませんよ? 恐れられる事は妖怪にとって本望ですから」

 

 強がり──ではないのだろう。しっかりとした、揺らぐことの無い口調である。

 

「私は、私を忌み嫌い、恐れてくれる皆が好きです。この仄暗い陰鬱でちゃらんぽらんな能無しどもが屯する地底が好きです」

 

 その言葉とは裏腹に、とても優しい声音だった。

 

「書店が好きです。私が来店する度に店員が苦手そうな表情をしてくれます。温泉が好きです。私が湯に入るとみんなスペースを譲ってくれます。街道も好きです。私が通りを行くと、誰も彼も道を開けてくれます」

 

 なんと返せば良いのか……。妖怪である事の本質を知り、私は言葉を失う。しかし、彼女は私に背を向けたまま首を横に振る。

 

「此処は心地良い。本当です。こんなに妖怪冥利に尽きる場所は無いでしょう。私はこの地底を守る為なら、家族とペット以外は賭けてしまえるでしょうね」

 

 窓辺に肘を掛けて、古明地さんは振り向いた。彼女は、同類を見る目をして私に微笑んでいる。

 

「雲見さんもそうでしょう? だから貴女は此処に居る。畜生達の戦争から幻想郷を守る為に」

 

 私は頷いた。私達は、確かに似た者同士かもしれないと。

 

「出来るなら、またいつか訪ねてください。その時は、茶菓子を用意して楽しみにしています。雲見さんがどうやって世界を救ったのか、後学のために教えてもらいましょう」

 

 古明地さんから差し出された右手を、私は握り返す。少しの間を置いて、彼女は名残惜しげに手を離した。やがて、卓上の本を書架に直しながら彼女は言う。

 

「日白残無は、かつてこの旧地獄を切り離し、新地獄を創ると提言した鬼でした。彼女は賢く、口の回る、所謂インテリという奴です」

 

 萃香さんや勇儀さんを思うと、インテリな鬼とは中々想像し難い。鬼というのは、剛毅で愚直な酒呑み達だと思っていたのだけれど。

 

「確かに貴女の想像は正しい。鬼とはそういう妖怪です。しかし残無は、かつて人間だった鬼です。彼女は、その賢しさ故に鬼に転じた元僧侶でもあります。雲見さんとは気が合うかもしれませんね」

 

 私は幾許かの驚きをもって、その言葉を受け止めた。元人間のインテリ鬼とは、なんとまあ常識外れな存在だろうかと。そもそも、鬼とは地上の幻想郷からも忘れ去られた種族である。そんな、あらゆるものから忘れられた種族に転じていた人間がいようとは。

 

「残無は──本当に貴女に似ています。彼女はかつて、戦乱の絶えない時代の最中に生き、この世の無情と矛盾、そして人間、いや、凡ゆる畜生の生き汚いしぶとさを目の当たりにしました」

 

 古明地さんは、手に取った書籍を私に突き付けるようにして、劇的な所作で語り始めた。

 

「文学とは、インテリをこの世の苦悩で殴り付けて生じる、一種の呻き声であるという者も居ます。そういう意味では、残無は文学的な鬼でもあるのかもしれません」

 

 文学的な鬼──全く、なんと不思議を極めた鬼であろうか。私の内心の驚嘆を読み取り、私が十分に平静を取り戻すまで待ってから古明地さんは口を開いた。

 

「残無の事を慕う黄泉醜女が、灼熱地獄跡地を彷徨っているとお燐から聞きました。今から向かえば、残無の居場所を聞き出せるかもしれません」

 

 礼を言って、私は図書室を後にする。背後からは、古明地さんの声がした。

 

「お熱いですよ。お気を付けて」

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