「明香ちゃん──だ、大丈夫?」
縁側で空を眺めていた菫子さんが、心配そうな様子で声をかけてきた。多分、私が昼間から泥酔して帰ってきたからだろう。
「ダメ。水飲んでくる」
「気を付けてね。あれ、これは?」
菫子さんの側に打ち出の小槌を置いて、私は台所へ向かって水を探す。それで、酩酊後特有の四肢の倦怠感や胸がムカつくような気持ち悪さを一気に飲み込んだ。そうして、私は寝室まで這うようにして戻り、外行きの冬着を脱ぎ散らかして布団に倒れ込む。
「うわぁ、血の気の引いた顔」
菫子さんは、気が引けているようだ。けれど、私には気遣う余裕もない。それに、お風呂に入って着替えたい気分でもあった。そこで、一先ず水浴びでもしようと私は身体を起こす。すると、菫子さんが小槌を見せつけてきた。
「ねえ、この小槌って小人ちゃんのだよね? もしかして会ったの?」
「小人ちゃん?」
「ほら、 少名針妙丸って言う可愛い小人よ」
「会ってないよ。これは、行きずりの縁で貰ったの」
「なら、元の持ち主に返しに行かないと」
「いや、そこで焼くつもりなんだけど」
私が火鉢を指差すと、菫子さんは首を横に振って小槌を抱きしめた。
「ダメだよ、人の物を勝手に焼いたら」
「今は私の物なのだけど」
「小人ちゃんは、博麗神社で飼われてた事があるらしいの。霊夢に聞いたら居場所もきっと分かるわ」
「先ずお風呂に……そう言えば、博麗神社に露天風呂があったね」
私は首を捻って考える。確かに、菫子さんの言葉には一理ある。それと言うのも、この小槌の所有権が私にあるか曖昧なのだ。何故なら、正当な契約書がある訳でもない口頭での譲渡であるから。その上、果たして正邪さんが小槌の所有者であったかも定かではない。
「分かったよ。先ずは、博麗神社に行って露天風呂に入る。それから、市場で千亦さんを探して小槌の所有権を見てもらおう。結果如何によって、小槌を焼くか小人さんを探すか決めるよ」
「わーい! 小槌を出しにすれば今度こそ私のペットになってくれるかしら」
それはさておき、菫子さんはいつの間にか普段の制服姿になっていた。それで、どうしたのか話を聞くと、私が鯢呑亭にいた間に一度目覚めて仮眠を取って来たらしい。
「さあ、博麗神社に行きましょ」
床に伏す私に手を差し伸べる菫子さん。次いで、私はその手を取り、ぐいと背負われた。
「ちゃんと背負ってね。私もう、手足に力が入らないから」
「だいじょーぶ。テレキネシスで固定するから」
「そりゃ安心。なら、ちょっと寝てるね」
「着替えは要る?」
「あ〜……箪笥の中だよ」
「じゃあ、私が選んであげよう」
「魔理沙さんから貰った洋服が一着あるはず」
「洋服ね。了解!」
学生鞄に洋服を詰め込んだ菫子さんは、鞄も背負って空に飛び上がる。そうして、上空から眺めた里は様変わりしていた。というのも、紅雪が緩やかに溶け始めていたからだ。するうち、疲労困憊の私の意識も微睡み始める。最後に、ふと曇天の切れ目から差し込む光の帯を見つけて、このままだと晴れそうだな、なんて思うのだった。
「ふぅ……」
私は、博麗神社の温泉で一人一服していた。それと言うのも、湯治客が予想よりも数少なかったからだ。きっと、市場に人が惹かれているのだろう。お陰で、穏やかで孤独な時間を過ごせていた。
耳を澄ますと、神社で開かれている市場の賑わいがする。それから、衝立の向こう側に目を向けると、境内の雑木林が広がっていた。いずれしても、こうした他者を自然と感じられる孤独は良いものである。
「心地良い場所で一人ぼんやり。最高だね」
貸切同然の温泉で、私はゆっくりと羽を伸ばす。むろん、体調も快方に向かっていた。既に、心身共に本調子間近である。そればかりか、立ち上がる湯気や丁度良い温度のお湯に浸かり、眠気に抗えない程であった。けれど、温泉特有の異臭が睡魔を退けてくれている。
「少しばかりの油と硫黄──地獄の匂いかな」
この露天風呂は、境内の間欠泉から湯を引いている。そして、その間欠泉は地底から湧き上がっているものだ。そう考えると、心なしか旧地獄の温泉に湯加減が似ているようにも思える。
「地底の温泉街を思い出すなあ」
乳白色のお湯に浸かりながら、昔日の思い出に浸った。しかし、違いがあるとすると温泉の作りだろう。それと言うのも、此処は霊夢さんや気の良い友人達の手に依る露天風呂なのだ。つまり、入浴施設というよりは、簡素に整備された温かい泉である。それこそ、正に温泉という概念の原型であるかもしれないが。
「呑気ねえ。前に石油が湧いた時は、大変だったのよ」
掛けられた声の方を向くと、湯気の向こう側で霊夢さんが入浴していた。それから、彼女は私を手招きして語る。
「あの時は油塗れだったわ。魔理沙やあうんを手伝わせて大掃除する羽目になった」
「ご愁傷様です」
「他人事みたいな態度ね」
隣に腰掛けた私の腕を、霊夢さんは優しく掴んで引き寄せる。
「明香も大変だったんでしょ。紫から聞き出したわ。あんた、少しは怒りなさいよ。言いにくいなら、私を頼っても良い。あいつは、断られない限り際限なく無理を振ってくるわよ」
私の腕の焼けて爛れた跡を見て、霊夢さんは表情を歪める。それは、怒りと嫌悪がない混ぜになった表情であった。
「あいつ、マジで一回退治してやろうかしら……」
「怒るような事じゃないですよ。私が頼まれて、自分の意思でやった事ですから」
「紫にとっては、人の意思を操るなんて朝飯前なのよ。明香がそう望むように思考を誘導された、とか考えないの?」
「納得してますから」
霊夢さんは、呆れた双眸で私を見つめて溜息を吐いた。
「一歩間違えたら死んでたのよ。私には、悪い妖怪に誑かされた少女が都合良く使われてるようにしか見えないわ」
「嘘ですね」
「へえ?」
「霊夢さんは、紫さんを信用してるのでしょう?」
「まあ、そうね」
「それに、
「……」
霊夢さんは、きまり悪そうに閉口した。どちらにせよ、彼女は私を心配してくれているのだろう。素直に、有難い事である。するうち、温泉に肩まで浸かって空を仰いだ彼女は、ぽつりと話を切り出した。
「でも、また厄介事を背負い込んだみたいね」
「小槌ですか」
「菫子が、針妙丸を探してたわ。輝針城に帰ってると伝えておいたけど」
「先ずは、千亦さんに小槌の所有権を見てもらいたいのですが」
「それなら、あいつはこの市場に首っ丈だから良いタイミングね。後で引き合わせてあげる」
「ありがとうございます」
「で、どんな願いを叶えるの?」
「え?」
にやりとした霊夢さんの言葉に、私は面食らってしまった。それで、暫く呆然としてから私は問う。
「それは、小槌を使ってと言う意味ですか?」
「当然よ。折角便利な道具があるんだから、使わないと損でしょ。私なら、先ずは賽銭箱が一杯になるように願うわね。それから、信仰も集めたいし、妖怪共に屯されないような神社にしたいわ」
「小槌は、願いの代償に破滅を振り撒く欠陥品ですよ」
霊夢さんは、キョトンとして沈黙した。そして、口元を塞いだものの、耐えられずに吹き出している。
「あはは、明香ったら、本当に変な所でお堅いわね。いや、寧ろ年相応なのかしら?」
意味が分からずに首を傾げていると、霊夢さんはまるで幼子に言うように優しい口調で教えてくれた。
「願いを叶える為に代償が要るのは、当然でしょ」
あっけらかんと言われたその言葉に、どう答えて良いものか考え込む。けれど、霊夢さんは構わず畳み掛けた。
「賽銭を増やす為に、里で妖怪退治をしたり。ご飯を食べる為に、お金を稼いだり。異変解決の為に、空を飛び回って妖怪をしばき回ったり」
霊夢さんは、指折り数えて上げ連ねる。それは、願いと代償の詰め合わせだった。
「小槌は関係ないわ。重要なのは、願いには代償が伴うと理解しておく事よ」
「しかし、小槌は」
「便利でしょ? それを使えば、自分の願いを叶える為にどんな代償を支払うべきか考える必要がない。だって、勝手に取り立ててくれるから」
道具に善悪はない。使い方次第だと。そう、霊夢さんは私に説いた。大いなる願いを叶えて、代償で破滅するも良し。或いは、ささやかな願いを込めて、ちょっとばかし懐を寒くしても良いと。
「好きにすれば良い。だって、小槌は明香のものなんだから。おっと、それを千亦に聞かないといけないんだったわね」
霊夢さんは、湯船から上がって私に言う。
「ほら、早く千亦に会いに行きましょ。で、その後に私にちょっと貸してくれないかしら?」
「霊夢さんは、小槌を使いたいのですか?」
「当然よ。叶えたい願いは山程ある。便利な道具があるなら、使わない手はない」
笑顔の霊夢さんを見て、私は思った。彼女には物事の本質を見抜く勘があると。それは、数多の経験の蓄積から生まれた、思考に依らずに真実に至る反射のようなものだ。けれど、人間がみんな彼女のようになれる訳ではない。それに、彼女でさえ時には誤る。
道具に善悪はない。しかし、子供部屋に刃物を散らかす親が居ないように、扱い切れぬ道具を人々の側に置いておく訳にはいかない。少なくとも、小槌はこの世の殆どの人間には扱い切れない道具だ。
「私は、小槌を焼く為に──」
霊夢さんの後を追って立ち上がる。途端に、立ち眩みに襲われた。少し、のぼせ過ぎてしまったかもしれない。或いは、まだ微かに酔いが残っていた所為か。それとも、その両方か。
「おっと」
私は、倒れてしまわないように、ゆっくりとへたり込んで俯いた。
「そう、焼く為に来ました」
「勿体無いわね。まあ、何事もなく済むように、願っておいてあげるわ」
「あはは……ありがとうございます」
呆れ顔の霊夢さんに肩を貸され、私は露天風呂を後にした。なんだかちょっと、デジャヴだねえ。
賑やかな市場を脇目に、私は博麗神社の縁側に腰掛けていた。それと言うのも、霊夢さんが千亦さんを連れて来るまで、此処で待つよう言い付けられたからだった。
「すっかりピンクだねえ」
既に溶け始めている紅雪を前にして、私は人々の往来に目を向けた。やっぱり、人間は珍しい物に目が無いようだ。何故なら、彼らはみんな珍品を求めて彷徨っているように見えたから。どちらかと言えば、買い物よりも物見遊山に近い楽しみ方をしているのだろうか。
「市場とは、それそのものが聖地のようなもの。巡礼巡行大いに結構。楽しみながら親しんで貰いたいものだわ」
それこそ、恐らく、この場を最も楽しみとしているであろう神様が隣に腰を下ろした。尊大な笑顔を見せている彼女は、天弓千亦さんその人である。
「お久しぶりです。私を探していたようですね」
「この小槌が誰のものなのか、それを教えて頂きたく」
畏まって小槌を千亦さんに差し出す。すると、彼女はその笑顔を崩して硬直した。やがて、彼女は困り顔で語り始める。
「所有権とは、暴力で移ろうものではありません。つまり、これは鬼のものでなく、一寸法師のものでなく、その末裔のものでなく、貴女のものでもない」
「ならば、一体誰のものなのですか?」
「それは、私にも分かりません。けれど、誰のものか分からないなら、誰のものでも無くしてから、誰かのものにすれば良い」
神性を感じさせる不敵で得意げな微笑みを浮かべて、千亦さんは打ち出の小槌を私に押し付けた。
「少し狡いかもしれませんが……此処は開かれた市場であり、並べられた商品は誰かの手に渡るまで無主物となります。露店を開いて、小槌の買い手を待ちなさい。そうすれば、無主物となった小槌に主を与えられる」
千亦さんから提言を受けた私は、霊夢さんに断って露店を開いた。それも、借り受けた茣蓙を敷いて小槌を置いただけの簡素なものだ。さらに、途中からの出店である為に確保できたスペースは市場の片隅である。
「怪し過ぎる……」
霊夢さんは、表情を引き攣らせてそう評した。なにせ、座り込んでいる私も、洋装をしていて奇特な有様である。
「小槌、売れると良いわね」
「いえ、そんなつもりはないのですよ。だって、こうやって小槌が並べられた時点で、これはもう誰のものでもない。だから、私が──」
私は、にやりとして小槌に手を伸ばした。
しかし、その手は空を切る。
「良い小槌ね。素敵な意匠だわ」
意地悪な笑みを浮かべた、八雲紫さんが其処に居た。加えて、彼女は商品の小槌を手にして弄んでいる。けれど、その目はまるで笑っていなかった。
「これ、頂けるかしら?」
私は、頭を捻って思考を巡らした。しかし、どれだけ考えても、ここから先が思い通り進む事はなかった。まるで、几帳面に描き進めた絵画を破き捨てられてしまったような理不尽である。
「私は、怒っている。理由は分かるかしら?」
霊夢さんは、私に目配せして一通行人のように立ち去っていく。だが、紫さんはそれを眼中にさえ入れずに見逃した。なんと、彼女は私にしか目が無いようである。やばいね。
「分からないのなら、端的に教えて上げましょう」
紫さんは、指を一つ立てて言う。
「まず、『明香が酔っ払いながら打ち出の小槌を振り回している』と萃香に寝耳に水を注がれたのが一つ」
続けて二本目の指を立てて、私に目線を合わせて屈んだ紫さんは、その美しい金髪を触手のように揺らめかせていた。それは、私の首を締めるように纏わりついて離さない。
「次に、明香が勝手に小槌を無主物にして売り捌いているのが二つ」
違います。実は、無主物にしてから自分の物にする算段でした。そう伝えても、多分怒られるし、そんな事は言うまでもなく紫さんは分かっているのだろう。
「最後に──私を頼らなかったのが三つ」
わあ、紫さんの金髪って蛇みたいですね。だって、くりっとした目も付いてますし……。ダメでしょこれスキマの目じゃん。
「さて、弁明があるなら聞きましょう」
首元に纏わりついていた金髪が離れ、紫さんも身を離してジッと私を見つめている。さて、此処で何を言うべきかは大事だ。そこで、私は下手に言い繕わずに平謝りする事にした。だって、怖いもん。
「ごめんなさい。ありません」
「……萃香から聞いた明香の考えには、一つ穴があった。例え小槌を処分できても、かつての持ち主が、必ず貴女に報復する事よ」
「報復?」
「打ち出の小槌を奪われた上に焼かれたとなれば、誰だって仕返しぐらいするでしょう? 後の始末が宜しくない」
やっぱり、紫さんは怒っているのだろうけれど、その感情が言葉に出る事はなかった。だからこそ、より恐ろしい。
「暗躍、計画、それらは、成就の暁には皆が手を叩いて受け入れられるものでなくてはならない。爪弾きにされたり、一方的に損失を押し付けられたり、不平不満を遺すものであってはならない」
ひとしきり語り、紫さんは一言を告げた。
「つまり、ハッピーエンドでなくてはならない」
「なら、もう一度チャンスをくれません?」
ふと、自然と言葉が飛び出した。やっぱり、小槌は関係ないのだろう。例えどんな形であれ、願いを叶えるには何かを差し出すしかないのだ。
「本気?」
「それなりには」
「……はぁ」
紫さんは溜息を吐いた。けれど、彼女は私に小槌を手渡す。
「やってみなさい。失敗しても後始末はしてあげる。でも、骨は拾わせないで」
あまりにも優しい判断だった。そうして、私は我が物となった小槌と共に茣蓙の上で呆然とした。だけれども、ずっとそうしている訳にはいかない。するうち、私は我に返って頭を下げた。
「ありがとうございます」
「今日は寒いわね」
「? そうですね。見ての通り早朝から雪が降ったものですから」
私が答えると、紫さんは私の隣に座り込む。するうち、空模様を見つめていた彼女は、私をゆっくり膝の上に載せた。それで、ふかふかのスカート越しに暖かい体温が伝わる。その上、背後から包まれるように抱き締められてしまった。
「あのー?」
「可愛い洋服ね。まるで蓬莱の人形のようだわ」
紫さんは、私の洋服の袖や襟などの細部に手を触れ、訝しそうにしてから胸元に手を突っ込んできた。そればかりか、何かを探るように弄る手付きで指を動かしている。それは、尺取り虫のように艶かしく肌を這い回っていた。堪らず、体が跳ねるように震えて吐息が漏れるが、彼女は気にする風もない。
「残念。ロザリオは無いのね」
「無遠慮ですね。嫌われますよ」
「あら、お肌がすべすべだわ。それに良い匂いもする。お風呂上がりかしら?」
「会話してくれません?」
一方通行である。こう言う時の紫さんは割と困ったちゃんだ。と言うのも、彼女には周囲の人を振り回す強引な面もあるから。
「さらさらの髪ね。私みたいに金髪にしてみない?」
紫さんは、私の頭を撫でて髪に触れる。おまけに、彼女は櫛の歯で髪を解すように指を這わせた。加えて、彼女は髪を巻き取り、自身の口元に近付ける。やがて、後ろ髪を引かれる感触がした。
「明香みたいな、放っておくと何処までも行ってしまう子を、こうやって捕まえておくと、心が落ち着くわ」
「もしかして、これって何かのお仕置きですか?」
言うや否や、私を抱き締める力が増した。やっぱり、そうなのかと思ったが、身動きが取れずに息苦しさも増していく。しかし、紫さんは構わず首筋に顔をうずめてきた。
「明香がそう思うなら、そうなんじゃないかしら?」
「っ……」
紫さんの吐息が、首元をくすぐるように吹き抜けていく。
「明香の所為で、冬眠中に寝床から起きる羽目になったわ。それも、二度もね。貴女が、彼方此方で危なっかしい事にばかり首を突っ込むからよ。しかも、さしたる力もない無力な人間の癖に」
「紫さんだって、私を地底に」
私の言葉を遮るように、紫さんは口付けをして口を塞いだ。それで、私は驚いて身を捩り、顔を逸らす。しかし、彼女はクスクスと意地悪な笑い声を漏らしていた。
良いように──弄ばれている。
「あら、何か言いたげね?」
不敵な笑みを浮かべていた紫さんは、私の耳元で囁いた。どうせ、気に食わない事を話したら口を塞ぐつもりなんでしょ?
「紫さんのそういう所、私は嫌いです」
「そうなの? 精一杯の感情表現よ」
紫さんは、困ったと言わんばかりに首を傾けて微笑む。
「こういうのは、貴女達人間の親愛を伝える所作なのでしょう? 私は妖怪だから、本質的には人間を完全に理解する事はできない。だからこそ、貴女達から精一杯模倣して、人間なりのやり方で思いの丈を伝えるのよ」
なにせ、根っこはコレなのだから。そう、紫さんは人間の形を朧げにして言う。まるで、スキマが人の形をしているような禍々しい姿は、確かに超常のものだった。
「でも、何百年も、何千年も人間と同じ世界で生きてきたなら、下手な人間より人間らしくなれる筈ですよ。まず、こういった外の──公の場で人に親愛の情を伝える事は」
「明香の事を大切に思っている気持ちを、貴女だけでなく皆んなに知らしめる事、でしょう?」
確信犯である。つまり、手に負えない。やがて、私が閉口しているのをどう受け取ったのか、紫さんは自慢げに言う。
「しのぶれど、色に出でにけり、我が恋は」
「物や思ふと、人の問ふまで?」
いや、忍んでよ。そんな風に見つめると、紫さんは以心伝心で答える。
「明香の為にも、大切な事なのよ? だって、こうでもしないと、何処の悪い妖怪に取って喰われてしまうか分からないのだもの」
「脅しですか?」
「お互いに利があるという、単なる事実よ」
「持って回った理由なんて興醒めです」
キョトンとした紫さんを見て、少し愉快に思った意地悪な私がいた。
「愛してるって、とっくの昔に伝えた筈です」
抱き合うように向き直り、私からも紫さんを抱き締めた。そして、彼女を見上げる様に上目遣いで、目を逸らさずに見つめ続ける。すると、彼女は真顔になって私の太腿に手を伸ばした。
「なら、少しだけ──」
さっきとは違い、優しくゆっくりと紫さんの指が北上していく。それと同時に、スカートが捲られるように皺くちゃになって押し退けられていった。するうち、彼女は鼠径部付近で指を止めてから、私の下着を掴んでずらす。
「味見するわよ?」
「明香ちゃん、どったの?」
一人でグッタリしていると、菫子さんが声を掛けにきた。続いて、彼女は心配そうな表情を浮かべる。
「顔赤いよ。熱でも出たの?」
「そうかも。でも、大丈夫だから気にしないで」
「お大事にね。で、 小槌の持ち主だった小人ちゃんだけど、輝針城に帰っちゃったんだって。それで、明香ちゃんも一緒に行く?」
「あ〜……その前に、もう一回お風呂に入りたいな」
「え? あ、そう? なら、私も入ろっかな。市場を見て回って疲れたし」
首を傾げる菫子さんを見て、可愛いなと思ってしまった。もしかして、私は可笑しくなってしまったのかもしれない。いや、好きになった妖怪が偶然、女性の
……ないと言ったらない。