物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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格好をつけよう、くどいぐらいに。そうしなければきっと、取って食われてしまうだろうから。


紅魔館

「雲見様、ようこそお越しくださいました」

 

 紅魔館の門前で顔馴染みのメイド長が、ひどく丁寧な口調と物腰でそう言った。その余りに事務的かつ畏まった態度は、私があくまで外様者である事を強く意識させる。

 

「それではご案内します」

 

 紅魔館を訪れるのは、もう数えるのも難儀な回数になる。始まりは私の家に小洒落た洋風の手紙が届いた事からだった。美しく流暢な日本語で、紅魔館の主からの依頼が記されていた。

 曰く、紅魔館の主の妹様の話し相手になって欲しいと。その当時私は幻想郷中を活動範囲とする手広いカメラマンとしてちょっとした有名人になっていた。きっとそうした噂も相まって私に依頼が転がり込む顛末となったのだろう。

 

「妹様は以前から雲見様とのお話を楽しみにしているようでして」

「それはありがたいこと、なのかなぁ? 話し相手なら私より長生きで物知りな射命丸さんなんかが適任かと思いますが」

「あの鳥天狗は口が軽いですし、妹様のことも記事にしてしまわれるでしょう。身内の人間をゴシップ記事のネタにさせるなどお嬢様がお許しになりませんので」

 

 妹様、フランドール・スカーレット、悪魔の妹。私の話し相手であり私が話す相手だ。少しばかり気が狂っていて、495年間紅魔館に引きこもっていたインドア派吸血鬼だ。浪漫を求めるアウトドア派カメラマンである私とは正反対の気質だろう。

 正直な話、初めて依頼の手紙を読んだ時は何の冗談かと思った。紅魔館と言えば吸血鬼の館として有名で、哀れな外来人たちを食糧にしているとか悪魔の館とか穏やかでない噂しかない。明らかに罠か何かの依頼で、ノコノコと出向かえばどうなるかは火を見るよりも明らかに思えた。

 

「本当に良く依頼を受けてくださいましたね」

「私も初めは無視する気だったのですよ」

「しかし受けて下さった。決め手はやはり例の報酬ですか?」

「カメラマンとして紅魔館の引きこもり吸血鬼が写真に写るかどうか試したかっただけですよ」

 

 報酬はワインだった。年代物の血のように紅いビンテージワインだ。かなりの高級品らしいが、あいにくと子供の私は酒に強くないし味も分からない。それに、不相応だとも思った。

 吸血鬼や悪魔の跋扈する館をか弱い人間の生身一つで訪ねて、気が狂っている魔法少女の引きこもり吸血鬼に幻想郷の広さを教える話し相手になること。報酬はワイン一瓶。普通なら首を縦に振る人間はいない。

 

「三途の川の淵から帰ってきたから、存外に怖いもの知らずになってしまったのか。或いは私はフランドールさんとは逆方向に狂ってしまっているのかもね」

 

 インドア派の気狂い吸血鬼と、アウトドア派の気狂い人間。正反対でありながら類が友を呼ぶように、私はこの依頼に『運命』を感じたのだ。

 地下室への階段の前で咲夜さんは立ち止まり、私は先へ進んだ。地下の深い暗闇はもはや馴染み深いものだ。私は暗闇の中で扉を開く。視界が光で満たされた。

 

 

「わぁ、明香ちゃん! また来てくれたのね!」

 

 

 ハイテンション吸血鬼。七色の宝石のようなものをぶら下げた翼。フランドール・スカーレットは笑顔で私の手を握った。無邪気な子供そのものだ。私も頬が綻ぶのを感じる。私というのは案外に単純な生き物で、嬉しそうな他人を見るとつい嬉しくなるものなのだ。自分がどう感じているかとは関わりなく、心は鏡のようなものだ。

 

「それで、今日はどんなお話?」

 

 

 

 

 

「今日のフランの様子はどうだったかしら?」

「何も変わりありませんよ、レミリアさん」

 

 フランドールとの対話を終えた私は、メイド長に引き留められて紅魔館の主と対面していた。できることなら一直線に帰りたかったな。レミリアさんの瞳は私の心を見透かすようで嫌いだ。

 

「引き留めてしまって済まないね。一応これでも姉だから、妹の様子は気にかかるんだよ。霊夢や魔理沙との交流でフランはようやく紅魔館の外の世界に興味を持った。でも、まだまだ幻想郷のことも人間のこともあの子は知らないからね」

 

 館には時空を操るメイド長。偶に交流がある人間は博麗の巫女と天才家出魔法使いだ。正直言ってフランドールさんの人間観はかなり狂っている。大多数の人間は空を飛べないし魔法も使えないし吸血鬼と喧嘩できないことを知るべき……なんだろうか?

 

「私としてはフランドールさんの歪な人間観に救われているところもありますけど。はっきり言いますと、彼女は馬鹿ですから」

 

 ムッとしたレミリアさんが怖いので補足しておく。

 

「馬鹿を馬鹿にしているわけではないのですよ。彼女はまるで箱入り娘のようで、私の言うことを疑うことがない。きっと誰からも嘘を吐かれない優しく美しい世界が彼女の全てだったのでしょうね」

「そんなことは無いと思うが」

「では、次来た時は庭先の蟻の写真を見せて、世にも珍しいお喋りをする蟻さんの話をしましょう」

「ははは、勘弁してくれ」

 

 初めてフランドールさんを見た時は、なんて可愛らしい少女なのだろうかと思った。嘘も知らない無邪気な女の子だ。ちょっと力が強い我儘な子供そのものだ。この世のあらゆる残酷さから離れて、495年間ずっと家族に守られてきたのだろう。

 取りも直さずそれは、彼女が495年間ずっとなんの成長もなくガキのままであったことを意味する。

 

「心中お察し致します」

「やめてくれ、胸が痛い」

 

 レミリアさんは顔を歪めた。私の言葉と態度から、言わんとするところを察したのだろう。

 

「霊夢と魔理沙のお陰でフランが外の世界に興味を持ったのは大きな前進なのよ。彼女はこれからようやく一端の吸血鬼として、一人の少女として世に出ようとしている。そのための手助けを姉として疎かにすることはできない、というだけなの」

「貴女は優しいのですね、レミリアさん」

「身内に限りだ。これでも悪い吸血鬼なんでな」

 

 495年、私からは想像もつかない時間だ。

 

「では、私は怖がりな人間なので失礼させていただきますよ」

 

 席を立ち館を去る私に背後から声がかかる。

 

「そう言えば、貴女は処女かしら?」

「……は?」

「答えによってはフランに壊されてしまった時に助ける方法が増えるから」

 

 親しき仲にも恐れあり、そう言うことなのだろう。一応はただの人間として私は彼女たちを恐れておかねばならない立場ではある。それとも本当に私の身を案じてくれているのか。

 

「仰る意味が分からない程度には純朴な少女ですよ私は」

 

 私の答えに彼女は笑った。それを見て私は無意識にシャッターを切っていた。ポカンとした様子のレミリアさんは困惑の色濃く首を傾げている。私もその行為の理由を理性が後付けするのを待つ為に一拍の時間を必要とした。

 

「レミリアさんの素敵な笑み。今度フランドールさんに見せてあげようと思いまして」

「フランとは何百年も顔を付き合わせてきたわ。笑顔だって飽き飽きする程に互いに眺めてきたのよ」

「人は人に向ける笑顔を人に合わせて選びます。きっと私に向けたレミリアさんの笑顔は彼女にとっては未知のものでしょう。それに、壊れた人形を転がしておくよりは笑顔の家族の写真がある方が彼女にとってはちょっとした救いになるでしょうから」

 

 格好を付けて部屋を後にした。とんと私らしくないが、私の癖なのだ。自分を超越していて強大なものには、格好をつけて騙し騙しでないと関われない。そうでもして自分を隠してしまわないと、いつ取って食われてしまうか怖くてたまらないから。

 

 自分は隠して秘しておくに越したことはない。秘密は多い方が良いのだ。大事なものはしっかり隠す。子供だって自分の宝物は隠すし、大人はより巧妙に隠し通す。世界にはどうでも良い上辺だけが明かされていて、秘密はいつも胸の中だ。

 

 だからこそ私はそうした秘密を写し撮りたい。悪趣味な墓暴きのような下劣な感情かもしれないが、これもまた浪漫だと言い繕う。目に見えるものなど高が知れているが、だからこそ目に見えぬものが姿を現す一瞬に価値がある。場所でも人でも物でもそれは変わらない。

 

「お帰りですか?」

「うん。出口まで案内して欲しいです。紅魔館って本当に入り組んでますよね」

 

 咲夜さんに案内してもらい、ロビーに出る。振り返るとフランドールさんが手を振っていた。引きこもりとはいえ館の中ぐらいは自由に出歩いている。彼女が世界の美しさと残酷さを知る未来もそう遠くはないだろう。

 

 私は手をふり返し、紅魔館を後にする。館の外では雨が降っていた。背後では騒がしい喧騒と破壊音がしている。どうやら紙一重で助かっていたらしい。メイド長さんの手間を思い、助かった幸運を思い、雨の道を1人行く。外に出たいだとか散歩したいだとか、そんな喧騒は雨音が掻き消してくれている。私には聞こえないね。

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