物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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どうも、お久しぶりです。

60話を越えましたので、ぐるっと廻って色々と再訪したりする事になりそうです。

季刊並みにゆっくり更新していければ良いなあと思います。気長にお楽しみ頂ければ幸いです。


還暦閑話のダイアリー
再廻:魔法の森


 さくりさくりと音が鳴る。それは、降り積もった雪が踏まれる音である。季節は冬、時は朝、私は厚着をして魔法の森の野道を歩んでいた。それと言うのも、魔理沙さんに霧雨魔法店に呼ばれた為である。

 

「寒いねえ」

 

 白い息を吐きながら、私は木々の合間を縫う。目線を上げてみると、落葉を終えた樹木たちに、雪化粧が施されていた。その有様は、普段の枯れ木じみた様子から様変わりしていて、衣替えしたような新鮮さを感じさせる。

 

「清々しいなあ」

 

 昨晩から今までは、凍えるような寒さで殆ど無風だった。雲の隙間に澄んだ青空が見えるが、今もなお大粒の雪が降っている。周囲は物静かで、生き物の気配も無い。遠景には、樹氷のできた木立も見える。

 

「冬らしいこと」

 

 雪が、私の衣服にも積もっていた。そのままにすると、体温で溶けて服を濡らすので、身震いして振り落とす。踏み出す度に足が雪に深く沈み込むので、慎重にゆっくり進む事にした。膝まで届く長靴を履いてきたが、それ以上に足が沈みそうで不安である。

 

「空を飛べれば……上はもっと寒いか」

 

 するうち、どさりと重い音がした。枝に積もっていた雪が落ちたのだ。傘を被ってはいるが、頭の上に落ちて来たら痛そうだ。一息吐いて立ち止まり、気を引き締めた。

 

「静かだなあ」

 

 華やかな春や、生き生きとした夏や、実り豊かな秋とは異なり、冬は静謐だ。獣達も巣穴でひっそりしていて、木々も一様に沈黙した有様で──

 

「あゝ……」

 

 道端に背の低い木が生えていた。常緑の葉を付けているが、そのうちの幾つかは紅葉のように赤みがかっている。更に、赤朱色の小さな果実が粒々と付いていた。

 

「ナンテンだ」

 

 その実は、今まさに冬鳥に狙われている所であった。そこで、私は息を殺してひっそりと成り行きを見守る。すると、果実近くの枝にちょこんと止まっていた鳥は、素早く嘴を動かした。次の瞬間には、もぎ取られた果実一粒が嘴の間に挟まれている。

 

「器用だなあ」

 

 鳥は、白黒の羽衣をしていて、明るい茶色の模様も混じっていた。恐らくツグミだろうと思う。彼は、嘴に咥えたナンテンを飲み込むと、再び何粒か果実を喰らってから飛び去っていった。

 

「オオワシは、ナンテン食べるかな?」

 

 庭木としてナンテンを植えておけば、オオワシは喜ぶだろうか。いや、彼は肉食だったはず。すると、冬は飢えているに違いない。何か食べ物でも差し入れてあげようかな。

 

「う〜ん……また今度考えよう」

 

 最近オオワシは、風神の湖を餌場にしていた。湖面が凍っていなければ、今もまだ獲物にあり付けているのかもしれない。彼の野生の為にも、過度な餌付けは止めておこう。

 

「さて、魔法店はこっちかな」

 

 磁針で方角を確かめて、私はナンテンの茂みを後にした。

 

 

 

 

 

「雪下ろしですか?」

 

 私は、霧雨魔法店の屋根上に魔理沙さんを見つけて尋ねた。彼女は、昼過ぎの空に浮かぶ雪雲越しのぼやけた太陽の下で、スコップ片手に積雪と格闘していた。するうち、彼女は私に気付いて笑顔を見せる。

 

「ああ、そうだぜ。よく来てくれたな。こんな天気だから、来れないと思ってたぜ。道中大変だっただろ?」

「それなりに。やはり寒いです」

「そりゃ、この有様だからな……」

 

 魔理沙さんは、額の汗を拭うような素振りをして周囲を見まわした。霧雨魔法店は、冬の景観に溶け込むように雪に埋もれている。しかし、魔理沙さんの努力によって、出入り口と屋根上の一部は除雪されていた。

 

「朝起きて驚いたぜ。膝下辺りまで雪が積もってたからな。普段の調子で外に出ようと玄関のドアを開いたらさ、積もってた雪が崩れ込んできたんだぜ」

「ドア、開いたんですね」

「内開きだからな。外開きだったら窓から出入りする羽目になってたぜ。私はもう少し雪を下ろすから、明香は店内で……」

 

 言い淀んだ魔理沙さんが、箒に乗って飛び降りてきた。彼女曰く、室内の暖房を消していたらしい。彼女は、扉を開いて店内に入った。部屋の様子を見てみると、確かに底冷えを感じる冷たさである。

 

「悪い。留守中に火を付けると危ないからな」

 

 魔理沙さんは、日用品や錬金術の器具が散在する店内を進む。床上や卓上に散らばる物品は乱雑だが、無秩序ではない。やはり、人が生活する場所には独特な秩序が生まれるのだろう。

 

「散らかっていますが、しっかり掃除されていて、綺麗な家ですね」

「当たり前だぜ。自分が生活する家だからな」

 

 するうち、卓上の星座早見盤と魔法瓶に目が止まった。そこはかとなく、仄かな珈琲の香りも漂ってくる。

 

「昨日は夜通しで天体観測ですか?」

「その通り。お陰様で寝不足だぜ」

「生活リズムを崩しちゃダメですよ」

「雪夜だったが、澄んだ星空が雲の隙間から顔を覗かせてたんだ。つい、ずっと見ていたくなっちまってな」

 

 魔理沙さんは、暖炉傍に積まれていた薪と新聞紙を炉室内に入れ、ミニ八卦炉で火を付ける。やがて、火勢が強まってきたタイミングで幾らか薪を足してから、彼女は金網で暖炉を閉した。火の粉が飛ぶのを防ぐ為であろう。

 

「雪下ろしに戻るから、火の番をしながら寛いでてくれ。薪が燃え尽きてきたら、そこらの薪を適当に足しても良い。頼んだぜ」

 

 魔理沙さんは、雪が積もる屋外へと出て行った。私は、上着を脱いで寛ぎ、時折り薪を暖炉に焚べて火が絶えぬように見守る。

 

「消えると寒いし──」

 

 実のところ、暖炉に部屋を温める能力はあんまり無い。それは、その熱の殆どが煙突から外に逃げるからだ。私が暖を取れているのは、炉室内の火が発する熱に直に当たっているからである。その為、火が消えると屋外と変わらぬ極寒になってしまう。

 

「寒いのは、怖いからね」

 

 私が幼い頃は、寒さとは単なる不快な刺激の一種でしかなかった。けれど、一人きりの寝室で布団にくるまって震えたり、暗い夜道で一人寒風に吹かれると、底知れない虚無や恐怖を感じる事が増えた。

 

「暖かくしないと」

 

 何故かと自問し、私は頓悟した。それは、私がいつか死ぬ時に、この冷たさに身体の芯まで犯されると気付いたからだ。冬の冷たさは、否が応でも死と虚無を感じさせる。

 

「お彼岸を越えたら、あの世みたいだ」

 

 私は、窓を通して白銀の風景を見つめる。しかし、深々と降り積もる雪が土を隠して草花一つ現さず、鳥獣の鳴き声も届かない。この変わり映えしない風景は、四季の終末を色濃く感じさせた。

 

「冷たくて、静かで、動かない。端正な死に顔みたいな──弔意を抱かせる風情があるね」

 

 暖炉で揺らめく火と、炭化してゆく薪だけが、この場所で生きているような気がした。するうち、屋根裏が軋み、雪の塊が地面に落ちる。そうして、何度も降ろされた雪がなだらかな山になった時、魔理沙さんが其処に着地して、笑顔で私に手を振った。

 

 あゝ、なんて元気な人だろうか。

 

 窓の向こうの魔理沙さんは、霜焼けで仄かに頬を赤くして、白い息を吐いていた。彼女が首に巻いている紺色のマフラーにはポツポツと雪模様ができていて、深く被られたとんがり帽子もぐにゃりとしなだれている。

 

「寒そうだなあ」

 

 けれど、魔理沙さんは溌剌としていた。乱れた呼吸と共に上下する胸や、一歩動く度に衣服から振り落とされる雪や、杖代わりにされたスコップが鋭利に雪を突き刺す音が、静的な風景の中で生き生きとして引き立っている。

 

「おっと、お帰りで」

 

 魔理沙さんが玄関へ向かうのを見て、私は扉を開けに向かった。ぴゅうと寒気の吹き込んでくる外界から帰還した彼女は、苦笑しながら開口一番に言うのだった。

 

「屋根上の雪が溶けて凍ってたぜ。危なっかしくてやってられん」

「そりゃ危ない。参りましたね」

「粗方下ろしたから、もう良いだろう。ゆっくりするさ」

 

 魔理沙さんは、帽子とマフラーをポールハンガーに掛けて、暖炉前に椅子を持ってきた。そうして、彼女は腰を落として手袋を脱ぎ、火の熱で指を温める。

 

「さて、彼処のアレだ。取って来てくれ。明香を呼んだ本題だ」

 

 にやりとした魔理沙さんが、戸棚を指差した。私は、促されるままに棚の戸を開く。すると、淡黄の液体で満たされたガラス瓶がズラリと並んでいた。

 

「これは一体?」

「蜂蜜酒だ。色々あって、かなりの量が余っちまってるんだ。捨てるのは勿体無いし、貰ってくれたら有り難い。勿論、タダで良いぜ」

 

 私は目を丸くした。まさか、お酒を頂けるなんて。それも、魔理沙さん曰く全て貰っても構わないようだ。

 

「ビックリです。味見させて頂いても?」

「ああ、好きなだけ呑んでくれ。今日呼んだのはその為だからな。ただ──」

 

 魔理沙さんは、言葉を詰まらせた。それから、彼女は頭を掻いてバツが悪そうな表情をする。

 

「口に合うかは分からん。取り敢えず、呑んでみてくれ。別に毒って訳じゃない。其処は保証する」

 

 ふむ、ともすれば珍味に仕上がったのかな? そこで、私は蜂蜜酒を一瓶手にして口を付けた。すると、お世辞にも美味とは言えない薄味な酸味が口内に広がる。私は、なんとか言葉を選ぼうとしたものの、諦めて率直な感想を口にした。

 

 

「これは、酢……ですか?」

 

 

 

 

 

 魔理沙さんは、はにかみながら教えてくれた。私が味見した通り、自作した蜂蜜酒は美味ではない。時々口にして量を減らしていたが、諦めて人に頼る事にしたそうだ。

 

「それなら、燗酒のようにしましょう。寒い冬ですし、温かなお酢だと思えば、悪くないでしょう」

「よし、任せとけ」

 

 魔理沙さんは、蜂蜜酒を陶器の鍋に移し、ミニ八卦炉で火に掛けた。暫くすると、蜂蜜の甘い香りが微かに漂う。

 

「これは中々悪くないのでは?」

「さあ、どうだかな。飲んでみてくれ」

 

 私は、魔理沙さんから差し出されたマグカップを受け取り、淡い期待と共に口を付けた。すると、なんとも不思議な感じがする。

 

「甘い香りがするのに酸っぱい味わいなのは、嗅覚と味覚が相反して奇妙ですね。けれど、人肌のような温かさは飲みやすくて好きです」

 

 椅子に背を預けて一息つく。するうち、体の芯にポカポカとした熱を感じ、心地良い倦怠感が四肢を脱力させた。

 

「魔理沙さん、このお酒って度数はどれぐらいかな?」

「しっかり発酵させた醸造酒だから、15〜20度ぐらいだぜ」

「マグで飲むお酒じゃなかったね」

 

 私は、お猪口で清酒を飲むように、ゆっくりと蜂蜜酒を口にする。そうして、小分けに何度もマグを口に運ぶ事で、立ち昇る蜂蜜の独特な芳香を度々味わう事になった。

 

「蜂蜜の香りを嗅ぐ機会は多くなかったのですが、これだけの蜂蜜酒があれば一生分楽しめそうです。魔理沙さんは、飲まれないのですか?」

「私はもう飽きる程飲んでるぜ。だが、一人酒させるのは無粋だな」

 

 魔理沙さんは、戸棚から新しいマグカップを取ってきた。そこで、私は彼女のマグに蜂蜜酒を注ぐ。すると、彼女は苦笑しながら酒を口にして、意外そうな表情を浮かべた。

 

「確かに、温めると多少マシな味にはなる」

「でしょ? あ、おかわりを」

「程々にな。真っ赤な顔してるぜ」

「こんなにも寒いのですから、これぐらいで丁度良いのです」

 

 蜂蜜とアルコールの匂いが漂う部屋で、私は暖炉の火に煽られる。熱からか酔いからか、火照った頬を火から逸らして、窓外の景色を呆然と眺めた。野外の風は弱まっていたが、降雪はどんどん強まり、ひたすら全てを真白く塗り潰している。

 

「凄い雪だな。この冬一番だぜ」

「ですね。里の方も大変でしょう」

 

 春が来るまで、厳しい寒さが続くだろう。積雪は、眺める分には風情があるが、暮らす分には不便極まりない。しかし、私は呑気に感慨にひたった。

 

「まるで窓枠が額縁のようです。里の画廊に飾られていても不思議じゃない」

「風景画だな。ほんの数秒だけ人の足を止めてから、過ぎ去られていく作品だぜ」

「けれど、降雪の日に思い出しそうな作品です。あゝ、題名も分からないけれど、あの時見た絵みたいだ。綺麗だなあって」

「そんな風に想われたら、絵描き冥利に尽きるだろうぜ」

 

 私たちは、他愛の無い雑談に暫し興じた。話題の種には事欠かなかった。積もる話は山程ある。それこそ、降り積もる雪のように。

 

 

 

 

 

 魔理沙さんと歓談しながら蜂蜜酒を楽しんでいると、いつの間にか日が暮れ始めていた。冬だけあって、日が沈むのも早いものである。

 

「しまったな。この積雪で日が暮れたら帰れないぜ」

「ですねえ。私はもう結構酔ってますし、参りました」

「酔ってるかどうかは関係ないぜ。凍死しちまうだろ。泊まってけ。そもそも、魔法の森は夜に出歩ける場所じゃなかったな」

 

 魔理沙さんの強い勧めで、霧雨魔法店に泊まる流れになった。そこで、私は部屋の片隅に在った安楽椅子を暖炉の側まで運ぶ。それから、彼女に頼んで箪笥から毛布を頂いた。長居する準備である。

 

「気付けなくてすまん。一人暮らしが長くてな。関わる相手も霊夢やら早苗やら……普通の人間ってのを忘れちまうんだなこれが。暗くなったから飛んで帰るとか──奇跡的に都合良く雪が止むとか──ないんだよな明香は」

 

 バツが悪そうに頭を掻く魔理沙さん。そこで、酔いで気が大きくなっていた私は、少しばかり彼女を揶揄ってみた。

 

「いやいや、あるかもしれませんよ? 例えば、都合良く神隠しに遭って記憶喪失で里に転がってたり」

「遭難してるぜそれ」

「運良く紫さんが迎えに来たり。まあ、冬眠してるから多分来ないかな〜」

「来ないのかよ。ダメじゃん」

 

 実際、手詰まりであった。私は、肩を竦めてはにかむ。

 

「泊めさせてもらいます──命大事なので」

「それが一番だぜ」

 

 魔理沙さんは、横になれる場所を作ろうかと言ってくれた。けれど、私は丁重に断って安楽椅子に揺れる。暖かな毛布を被って、ハンモック染みて揺れる椅子で微睡むのが、心地良かったからである。

 

「寝るには早いぜ。飯と風呂がまだだろ」

「いや、そこ迄して頂く訳には」

「言いたかないが、酒臭いんだ。風呂は沸かしておくから、さっさと入ってくれ。着替えは私のお古で良いだろ。前にも似たような事があった気がしてきたぜ」

「キノコの胞子まみれになった時に」

「懐かしいな。よく覚えてるもんだぜ」

「瞼を閉じれば、今でも明細に。あの胞子はどうなりました?」

「育ち過ぎたんでお帰り頂いた。霧雨魔法店の付近一帯がキノコの森になっちまうとこだったからな」

 

 それから私たちは、お風呂に入った後に、簡素な夕食としてパンとキノコのスープを口にした。身体が温まって腹も膨れれば眠くなるのが人間というもので、魔理沙さんは横になってすっかり熟睡している。私も、間の抜けた欠伸一つして涙を流した。

 

「眠いなぁ……」

 

 驚く程に短い冬の夕暮れは、忙しなくあっという間に過ぎ去って、代わりに穏やかで長い夜が訪れていた。日が暮れるのが早くなり、日が昇るのが遅い冬は、睡眠時間も自然と伸びる。ふと、浮かんだ独り言を呟いた。

 

「明けるまで、長引く冬の、夜眠る」

 

 窓辺から這い寄る冷気と、暖炉から照りつける熱。魔理沙さんのいびきと、燃えさしの薪が崩れる音。仄かな灰と、箪笥から引き出された毛布の香り。全てに囲まれて揺蕩い、薄く結露した窓から差し込む蒼白な月明かりと、無音で降り積もる雪に私は目を向ける。

 

 

 果たして、どれだけ積もるだろうか。

 

 明日が少し楽しみである。

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