物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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異変石の祭壇

「こりゃあ、凄いね」

 

 私たちは、聖域の洞窟に飛び込んで進み続けた。その内部は広い空洞で、凹凸な壁面はやや湿潤で苔むしている。地上からの明かりが届く範囲では、まるで沢の川辺に囲まれているようだ。

 

「どんどん暗くなるぞ。気をつけろ」

 

 地上から離れるにつれて、周囲は暗くなり、日光を必要とする雑草や苔の姿もまばらになっていく。地上から流れ込む風雨による侵食も弱まり、壁面も滑らかな形へと移り変わっていた。

 

「この洞窟は……奇妙だね」

「奇妙? 何がだ?」

 

 地上からの風雨の侵食だけで、長大な洞窟ができるとは考えにくい。それに、聖域で大規模な地殻変動や火山活動があった記録も無い。そう考えると、風雨の侵食で出来た竪穴が、石灰を含む地層に到達し、そこから先は流水で石灰岩が溶解されることで鍾乳洞のように生成されたのかと考えた。しかし──

 

「鍾乳洞にお馴染みのつららが無いでしょ? それに、洞窟の奥には風雨も届かないし、地下水も湧いてない。一体何がこの洞窟を作ったのか、まるで分からないよ」

「いいや、私には分かったぞ」

 

 オオワシは、ある一点を見つめていた。その視線の先には、壁面に空いた穴がある。人が簡単に通れる程に巨大な穴だが、何より目を引いたのは、その穴の向こう側に薄らと姿を覗かせている、巨大な四角錐状の建造物だ。

 

「あゝ、成程……人工洞窟だ」

 

 さながら虹龍洞のように、誰かが何かの為に、この洞窟と地下空洞を作り上げたのだ。私たちは、茅の輪を潜るように穴を通り越え、地に足をつけて巨大建造物を見上げたのだった。

 

「しかもこれ、ピラミッドじゃん……」

 

 

 

 

 

 さて、全く予想外の現実に打ちのめされて、私たちは岩に腰掛けて意見を交わし合い、現状を整理しようとした。

 

「八雲紫曰く、聖域地下の浅間浄穢山に祀られている神を頼れと言う話であったな」

「うん。洞窟に神が祀られているなら、立派な洞窟が信仰の対象になって、神の御座す聖地になったのかと思ってたのだけれどね」

「実際は、人工的に生成された地下空間にピラミッドがある。不自然だな」

「考えられるのは、そもそも神を祀る為に用意された洞窟だって事だね」

「それもまた、不自然だぞ。神を祀るためにこんな手の込んだ場所を作るのは信心の成せる技としても、参拝するにも信仰するにも不便すぎる場所だ。神も不満を漏らすだろう」

 

 私たちは、互いに意見を出し合いながら、やがて一つの推察に辿り着いた。即ち、此処は神を封じる場所であると言う予想である。

 

「つまりだ、おっかなくて厄介な神が居ったから、丁重に祀りながらも人の寄り付かん場所に押し込んだという訳か?」

「結論を急ぐ必要は無いけど、現状だとそれが最有力かな」

「ならば、洞窟から漏れ出しておった、何なら今もあのピラミッド擬きから流出しておる幻覚はなんだ?」

「封印が解けかかってるんじゃない? それか、神様が出てこようと四苦八苦してるとか?」

 

 私たちが頭を捻っていると、呼び掛けてくる声がした。

 

「何を考え込んでいるんだ? 謎かけを出した覚えは無いぞ」

 

 声のした方に目を向けると、少女が私たちを見て不思議そうにしている。しかし、私たちは彼女の奇天烈な格好に困惑した。彼女は、茶色を基調とした洋風のジャケットやショートパンツを着ていて、一見すると探検家の装いである。しかし、頭部には形容し難い抽象的な模様が描かれた金の冠を被っており、その他にも古代エジプト文明を思わせる金の杖やピアスなどの装身具を身につけている。

 

「勝手に悩まないでよ。訳が分からないわ」

 

 少女は青い長髪を棚引かせており、目元には青い顔料でフェイスペイントが描かれている。その有様は、探検家が古代エジプトの貴婦人のコスプレをしたような、或いは、その逆でもあるような、判断が付かない格好である。

 

「貴方は──探検家の方ですか? それとも、古代エジプトのお嬢様でしょうか?」

「どちらも違う。私は道神馴子。この浅間浄穢山を見張る道祖神だ」

 

 いや、嘘でしょ。どう見ても道祖神じゃないでしょ。私は疑念の眼差しを道神さんに注いだ。すると、彼女は不機嫌そうに口を尖らせながら、頭上の冠を指差したのだった。

 

「ほら、道祖神の冠。分かるでしょ?」

「う〜ん……まあ、はい……」

「うわ〜納得してなさそう。ともあれ人間よ、出会ったからには謎かけを解いていけ!」

「スフィンクスじゃん」

「道祖神だってば」

 

 いや、無理でしょ。どう見てもエジプト要素が強過ぎるでしょ。振り向いてみなよ道神さん。貴方の背後にはピラミッドもあるんだよ?

 

「何となくお前が考えている事が分かるぞ人間。私の後ろにあるのはピラミッドではない。これは、浅間浄穢山だ」

「ほう、これが? とても山には見えないが」

「怪しいでしょ? だから、私は此処でずっと見張りをしてるのよ」

 

 私とオオワシは、見つめ合って頷いた。道神さんに話を聞いた方が良さそうであると。

 

「なら、道神さんに聞きたいことがあるの」

「ならば、私の謎かけを解くが良い!」

 

 漸く自分のペースになったとばかりに、胸を張って自信満々になった道神さんは、私たちに出す謎かけをニヤニヤしながら勘案し始めた。分かりやすくて可愛い人だなあ。私は、苦笑しつつも謎かけの出題を待つ。やがて、彼女は芝居がかった調子で語り始めた。

 

「さあ、神聖なる謎かけの時間だ! 朝は四本足、昼は二本足 夕方は三本足の生き物は何でしょう?」

 

 有名過ぎる謎かけである。私は、悩まずに即答した。すると、道神さんは目に見えて喜びだす。

 

「残念、答えはそういう妖怪よ。そんな訳で答えられなかったお前はここで死ぬ運命にある! って痛い! やめなさい、この鳥!」

 

 オオワシは、道神さんが手にしていた杖を奪い、コツコツと彼女の頭を軽く突いていた。彼は、態とらしく首を傾げながら嘯く。

 

「ふむ、奇妙だな。脳みそは詰まっているようだ」

「何が奇妙よ、神聖なる謎かけを冒涜しやがって!」

「冒涜しているのはお前だろう。少しはその頭を捻ってマトモな謎かけを考えたらどうだ?」

 

 オオワシは、呆れた様子で道神さんを見つめていた。私もなんだか馬鹿らしくなってきて、彼女が元気良くオオワシに突っかかっていくのを暫く傍観する。するうち、身軽に飛び回るオオワシを追うのに疲れたのか、彼女は溜息を吐いて動かなくなった。

 

「分かった。分かったわ。もう謎かけの時間はお終い。聞きたい事には答えてあげるから、さっさと杖を返しなさい」

 

 オオワシが杖を返すと、道神さんは疲れてグッタリした様子で最近の出来事について教えてくれた。

 

「少し前、巫女とか魔法使いとか変哲な人間が押し寄せてきた事があった。私は道祖神として永らく此処を見守っているが、目ぼしい出来事はそれくらいよ」

「なら、この幻覚についてはご存知ですか?」

「幻覚? 何それ? 知らないわ。前に来た人間は異変がどうとか言っていたけど、今度は一体何? 急に忙しなくなってきたわね」

 

 多少の事情は知っているものの、道神さんも核心は分からないようだ。一通り話を聞き終えても、事態の全貌は見えてこない。とは言え、私たちは神に願いに来ただけなのだ。例え全てが謎のままでも、私の好奇心が不満を漏らすだけである。

 

「何とも謎めいておるな」

「謎々だねえ」

 

 私たちは、明かせぬ謎を抱えながら、浅間浄穢山を見上げた。それは、正に金字塔と言える真正ピラミッドである。緻密に積み上げられた石材による造形は、高度な造営技術によるもので、ピラミッドの壁面は四方何れも滑らかな斜面となるように化粧板が施されており、建造当時から不変であるような完璧な保存状態だ。

 

「それに、壮観だよ」

「確かに、見事な建造物だ。人間という生き物は、本当に器用なものよ」

 

 私は、少し観光気分になった。思えば、ピラミッドの探検だなんて、子供が夢見る冒険物語の鉄板である。まさか、私がそんな経験を出来るだなんて夢にも思っていなかったけれど、嬉しい誤算だ。

 

「幻想郷にはピラミッドも有っただなんてね。私もビックリだよ。さて、入り口を探さないと」

「それなら、見ての通り四方に一つずつあるわよ。貴方達は、南の入り口から進むのが良いでしょう。私は、あんまり得体が知れない場所に踏み込むのはお勧めしないけどね」

 

 道神さんが、得意げに入り口について教えてくれた。道祖神としての面目躍如といった所だろうか? ピラミッドの周囲を見て回ると、彼女の言う通り東西南北に一つずつ入り口があり、その全てから判然としない情報の濁流が流出していた。

 

「酷いね。中はどうなってるのかな?」

「分からん。しかし、危険ではないか?」

「大丈夫だよ。だって、私は人間だからね」

 

 情報や信仰で、己の存在を歪まされる神や妖怪と違って、私は血と肉と骨で出来た人間である。例えどんな幻に晒されても、精々が困惑する程度だ。

 

「人間の強みだよ。賢くて、器用で、肉体を持って世界に存在する。短命で脆弱だけれど、私たちこそが情報の産みの親なんだよ」

 

 私たちは、南方の入り口から先へ進んだ。今や、旅程も佳境である。果たして、この先に神は居て、願いを聞き届けてくれるだろうか。全ては分からない。けれど──見知らぬ場所を見て回れるのは、それだけで楽しいものである。

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