物を見ては真を写す   作:Iteration:6

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禁足地に足付かず。


天界

 私は博麗神社の鳥居をくぐって、境内で立ち尽くしていた。人を待っているのだ。霊夢さんに無理を言って仲立ちを頼み、とある少女と此処で顔を合わせる予定だった。

 

「身勝手な奴だからね。約束や時間を守るような律儀さなんて期待しちゃ駄目よ」

「例えそうであっても、元来無茶な願いですから仕方ありませんよ。霊夢さんにも随分と手間をお掛けしました。礼は必ず」

「気にしないで。御百度参りなんてされちゃ張り切らずにはいられないわ」

 

 御百度参り、書いて字の如く博麗神社へ百回お参りをして祈願したのだ。私も本気である。お小遣いはもはや無くなったのでカメラマンとして写真を天狗に流したり、茶屋のお手伝いさんをしたりと難儀したが、無事に成し遂げることができた。百回目の参拝を終えてから、私は願いを告げた。

 

 つまり、比那名居天子、かの非想非非想天(ひそうひひそうてん)の娘との邂逅(かいこう)を願ったのだ。天人は天界に住まい、滅多なことでは下界に降りてくることはない。だからこそである。

 

「噂をすれば影ね」

 

 博麗神社の鳥居をくぐり、一人の少女が境内に現れた。どう見ても尋常でなく、地上のあらゆるものよりも優れたオーラを放っている。本来地に足つけることもない天上人、比那名居天子その人である。

 

 

 

 

 

「生意気にも私に会いたい地上人がいるらしいわね! 霊夢、そこにいる貧相な女の子がそうかしら?」

「そうよ。私はお茶でも淹れてくるから、あんたら二人で話してなさい」

 

 天子さんは品定めするように私を眺め回した。するうち彼女の視線は私の胸元に向く。私の御守りを凝視しているようだ。

 

「地上の娘よ、初対面だな。私は比那名居天子だ。さて、私から少し聞きたいことがある。その御守りについてだ。神仏の加護を一切感じないどころか、幽明の境が揺らいでいるように見える。呪物だな。その解呪に私の手を借りたいのか?」

「いいえ、天人様。貴女様に頼みたい願いはそうではありません」

「ほう、言ってみなさい。私は地上の下賤(げせん)な妖怪や人間とは違って寛大な心を持っているから、どんな願いでも耳に入れてあげましょう」

「どうか、私を天界に連れて行って欲しいのです」

 

 天子さんが凍りついたように動かなくなる。暫くしてから彼女は首を傾げ、顎を(さす)り、頰を掻いて腕を組んだ。それからうぅんと唸り声を漏らして、困惑して私を見つめるといったことを数回繰り返した。やがて無限とも思える沈黙を経て、淡白に彼女は言葉を捻り出す。

 

 

「さてはお前、頭がおかしいな?」

 

 

 

 

 

「天界に足を踏み入れて一体何をしようと言うの? 天界には金銀財宝も不老不死の秘儀もない。ちょっとばかし体が丈夫になるだけの味気ない桃があるだけの、限りもない何もない桃源郷、それが天界よ。争いなく悲嘆もまたなく、悪く言えば退屈で、良く言えば世に並べて事もなき世界よ。考え直しなさい。お前如きちっぽけな小娘が天に昇ろうと得られるものなど何もない」

 

 威圧的に有無を言わさず、まるで魔が差した子供を親が叱るように、天子さんは真摯(しんし)に私に説教をした。が、どうやらすこし彼女は勘違いしているように思う。

 

「違います天子様。私は天界に昇って天人になりたいだとか、不老不死になりたいだとか、そんな事を考えているのではありません」

「ならば、一体お前は何の目的があって天界を目指す?」

「写真を撮りたいのです。きっと素敵な景観でしょうから」

「写真撮影? えっと、あの、カメラで撮るやつ?」

「はい」

 

 天子さんはまたもや閉口してしまった。が、直ぐに吹き出して大笑いをした。腹を(よじ)って苦しそうにして、目から涙を滲ませている。

 

「人間が生涯をかけて厳しい修行を積み、人を超えて仙人と成り、更に修行に明け暮れ、ごく一握りの仙人のみが至れる境地、それが天道であり天界よ。お前みたいな(よわい)(とお)つと少しの地上人が写真を撮りに行く? ははは、気に入った」

 

 ひとしきり大笑いした天子さんは、私を抱きしめた。すると、地面がぐらりと揺れて浮かび上がる。驚いて足元を見ると、要石が目に入った。

 

「目を瞑っていろ、そして離れるな」

 

 ああ、以前にもこんなことがあったなぁ。あの時は真っ逆さまだった。今度は──見上げた空に落ちていく。

 

 

 

 

 

 雲を突っ切ったのだと思う。雲海が眼下にあって、屹立(きつりつ)する峰を立ち登る雲が霧のように隠していた。無数の山と見紛う要石が至る所に浮遊していて、険しい峰がさながら鋭利な破片の如く漂っている。

 天頂を見ると雲一つなく、真昼間のはずなのに星空が目に入った。あり得ない風景だと思う。青空が星空へと移り変わってゆく色彩の帯が縞瑪瑙(しまめのう)のように頭上にあった。いや、あれは星空ではなく宇宙という奴ではないのだろうか? そう思ってふと視線を向けると、月が見えた。太陽と月が空の彼方と此方で昼と夜のせめぎ合いをしている。

 

「まだだぞ。天界を撮るのだろう。世界を撮るからにはここではまだ駄目だ」

 

 天子さんは私の耳元でそう呟くと、更に高度を上げた。天頂にあった星空は私たちが高度を上げるに従って帳を下ろす。やがて極光が星空を彩り始めた。天界はもはや風景の一部になり、地上の縁が緩やかな曲線となって空と接する。掴めはしなかったが、手を伸ばすと星々に手が届いた。

 眼下では雲は地上に描かれた蠢く紋様であり、天界は空に浮かぶ要石であった。雲と極光が地と空を彩り、刻一刻と揺らめいてゆくのを見た。私は今この瞬間天に立ち、地上のもの全てが目に入った。地の色は黄色かった。

 

「地上も天界もちっぽけでしょ。こんなつまらない世界に」

「天子様、地上ってこんなにも美しかったのですね」

「……」

 

 私の眼下にある美しい景観を写真に収めた。しかし写真はあくまで一側面の一瞬を切り取ることしかできない。揺らめく極光も流れゆく雲も瞬く星々でさえ捉えることはできない。

 この目に写して脳裏に焼き付けるしかないのだ。私はそう頓悟(とんご)した。カメラを思い切り下界へ放り捨てる。未練はあったが抵抗はなかった。

 

「天子様、私はこの目に写して見せます」

 

 天子さんの目蓋に私の手のひらを重ねる。私の脳裏にある風景を、彼女にも見せたかったからだ。まるで人に夢を見せるようにその時、私は確かに私の見た風景を彼女にも見せた。

 

 

「ただの地上人、ではなかったのか。明香、こんなに綺麗な世界を見ていたなんて、(ずる)いじゃないか」




『目に写したものを見せる程度の能力』
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