俺のクソアニメ世界での日常   作:お暇

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アニメやゲームの世界に転生するなら、クソゲーやクソアニメの世界に転生することだってあるかもしれない。


俺のクソアニメ世界での日常

 『異能教化學園魔法帖』というアニメをご存じだろうか。

 ちなみに読みは『スペシャル・スクール・スクロール』だ。読めないだろ? 俺も初見の時は「いやそうはならんやろ」とツッコんだよ。

 

 このアニメは一人で見るのはきついけど、皆と一緒に実況しながら見れば超楽しいってタイプ、いわゆる『笑えるクソアニメ』だった。

 当時、俺もSNSで『SSS(スペシャル・スクール・スクロール)』の実況をしながら同好の士とアニメを楽しんだもんだ。

 

 でもまさか、そんな世界に自分が転生することになるなんて。

 

 最初は「かっこいい固有魔法(ユニークマジック)使ってみたい!」とか「キャラ達と会えるかも!」とか考えてテンション上がってたんだけど、よくよく考えてみれば、キャラ達と出会う=怪物と命がけで戦うということ。

 俺も条件を満たせば怪物との戦いに身を投じることになってしまう。

 そのこと実に気づいてからは日に日に迫る『運命の日』が気になって、心労が加速していく毎日だ。

 

竜史(りゅうし)。これも買うからカゴに入れて頂戴」

 

 ああ、あともう一つ。

 俺の心労を加速させる要素があった。

 

「……母さん。これって何?」

「何って、どこからどう見てもキャベツじゃない」

 

 俺の目の前には、母さんがキャベツと言い張る『黄緑色の球体』があった。

 

 

 

 

 SSSが何故クソアニメと呼ばれたのか。

 理由は二つ。作画とストーリーだ。

 作画は顔面崩壊、瞬間骨折、巨大化などなど作画崩壊のテンプレを踏襲していたけど、特に笑いを誘ったのがSSS特有の作画。

 

 『制作陣の犯行予告』だ。

 

 簡単に説明すると、壁の破壊や地面の爆発が起こる前、その部分だけが決まってベタ塗りになるんだ。

 周囲は影や色の濃淡があるのに、そこだけべったりと単色塗りだから違和感丸出しで誰が見ても一発でわかる。

 露骨に質感が違う壁や建物が現れると、視聴者達から「今日の爆発」「犯行予告」「先読み演出」と総ツッコミを食らっていた。

 

 ストーリーは尺の都合で圧縮されていた。それは他のアニメでもままあることだったけど、SSSのストーリー圧縮は度が過ぎていた。

 Aパート終わりで主人公と険悪だったヒロインが、Bパート開始時には主人公に惚れているなんて誰が予想できたか。

 視聴者達から「ヒロインは催眠にでもかかったのか」と総ツッコミが入ったせいで、界隈では『主人公ヤング催眠おじさん説』が提唱され、主人公が作品の壁を飛び越えて他所のヒロインに催眠をかける薄い本が大量生産されたそうだ。

 

 まあ、作画とストーリー(そのへん)は当時感覚が麻痺していたせいか異常だなんて思うことはなかったんだけど……。

 

「竜史。そろそろ準備しなさい」

「ッ……もう準備できてるよ」

 

 食器洗いを終えた鼻のない母さん(・・・・・・・)がそう言ってくる。

 この世界に生まれて十五年。既に日常となりつつある光景だが、これだけははっきりと言える。

 

 これは異常だろ!

 

 なんで現実になった世界でも作画が崩壊してるんだよ! なんで作画崩壊が世界の法則に組み込まれてるんだよ! 物理的に形が急変するって明らかに異常だよ!

 

「あらそう。なら先に車乗っておいて。母さんもすぐ行くから」

 

 いつの間にか元に戻った母さん(・・・・・・・・)に車のカギを渡されたので、素直に車へと向かう。

 作画が安定しないところまで完全再現とか、いくらクソアニメが土台だからってそんなとこまで再現しなくていいんだよ。

 前世ではツッコミを入れながら視聴していたせいで、作画崩壊を見たら反射的にツッコミを入れてしまうんだよこっちは。

 この世界の人達は誰も作画崩壊に気づいていないから、俺が一人でいきなり意味不明なツッコミを入れるっていう謎の光景が大量に生み出されたんだぞ。

 

「おまたせ。じゃあ行きましょうか」

 

 母さんが運転席に乗り込み、時々ワゴン車に変形する軽自動車(・・・・・・・・・・・・・)が動き出した。

 今から向かうのは市民体育館だ。そこに設けられた臨時の検査場で受ける『適性検査』の結果が、俺の命運を分ける。

 そう、今日こそが俺の『運命の日』だ。

 

「検査なんてまだ先だって思っていたけど、竜史ももうそんな歳になったのねぇ。時の流れって早いわぁ」

 

 ハンドルを握りながら、母さんがしみじみとそう言う。

 そうなんだよなぁ。毎日あれやこれやにツッコミを入れている間に、アニメ第1話の時期がすぐそこまで迫っていたなんて、時の流れは本当に早い。

 数日前、海外にいるメインヒロインが来年異能教化學園に入学するってニュースを見た時は、漫画みたいにジュースを吹き出してしまった。

 メインヒロインと同い年ってことは、必然的に主人公とも同い年。つまり、今回の検査の結果次第では俺もアニメ本編の激闘乱舞に巻き込まれてしまう訳だ。

 怪物と戦うなんて勘弁してくれ。俺は安全に出世したいんだ。

 

「はぁ~……。適性あったら嫌だなぁ。『ワイルド』との戦いなんてやりたくねえよぉ」

「仕方ないじゃない。そういう決まりなんだから」

 

 そう。決まりだから仕方がない。

 この世界の日本は狂暴な怪物との戦いを余儀なくされる国。わかってはいるんだけど、前世で平和を満喫していただけにどうにも落ち着かない。

 

 はぁ……。アニメの設定でも思い出して気を紛らわせるか。後々使うかもしれない知識だしね。

 

 詳しい年号は覚えてないけど、確か俺がこの世界に生まれる三十年くらい前に、群馬県に隕石が落ちてきたんだよな。

 それだけでも十分大変だっていうのに、隕石そのものに未知のウイルス『アンノウン』を生み出す力があったからさぁ大変。

 アンノウンに感染した植物は爆発的な異常進化を起こして、爆心地は瞬く間に樹海化。しかも、アンノウンは周辺にいた野生動物にまで感染して、動物達は漫画に出てくるような怪物に変貌した。

 

 怪物は総じて『ワイルド』と呼称され、問答無用で人類の敵認定された。

 

 で、リアルモンスターハンターが始まったわけだけど、ワイルド相手に重火器は効果がいまいちで、人類は即行で押され始めた。

 このままじゃヤバイってことで、いよいよ核レベルの兵器の出番では、と議論され始めた頃。

 人類の救世主とも呼べる存在が現れた。

 

 それが、アニメ本編に登場した戦士達『ヴァンガード』だ。

 

 アンノウンは人に対して無害だけど、実はごく稀に人にも作用することがある。その結果、誕生したのがヴァンガードだ。

 ヴァンガードになった人間は超人的身体能力と固有魔法(ユニークマジック)を手に入れた。その力でヴァンガード達は瞬く間に前線を押し返したけど、ワイルドの繁殖力はすさまじく拮抗状態へ突入。

 幸いなことにワイルドは隕石から離れれば離れる程弱体化するらしく、都心に迫る強敵はヴァンガードが、その他の雑魚は重火器のごり押しで対応。

 その間に研究が進み、ヴァンガードは人為的に生み出せることが分かった。

 

 そこから始まったのがヴァンガード適性検査。俺がこれから受ける検査だ。

 

「はぁ~……。検査受けたくねぇ」

「我がまま言わないの。大丈夫よ、検査だって普通の注射と変わらないし、お母さんも昔検査を受けたけど何ともなかったわよ? 竜史だって同じよ多分」

「母さんが受けたのは成人してからでしょ」

 

 この検査のミソは検査する年齢が決まっているということだ。

 検査を受ける年齢は基本的に十五歳と決まっている。その理由はこれまでの統計からヴァンガードに覚醒する確率が一番高いから。

 まあ、十五歳以降も覚醒する可能性はゼロじゃないから、高い金払って再検査を受ける物好きもいるらしい。

 逆に十五歳未満でも検査を受けることはできる。でも、致死率が跳ね上がるから十五歳未満の検査は推奨されていない。

 

 ホント、學園バトルラブコメをやるには都合のいい設定だよな。

 

 ちなみに二十歳以上が覚醒する確率はゼロだ。ゼロにしないと少年少女達の学園バトルラブコメできないからね。仕方ないね。

 

「はい到着。お母さんは車を止めてくるから、先に受付を済ませておいて」

「あーい……」

 

 ああ、気が重い。背中を丸めながらとぼとぼと歩いていくと、市民体育館の入り口に簡素な受付を見つけた。

 白衣の中年天使が座っていたので、手に持っていた整理券を渡した。

 

「57番。白神竜史(しらかみりゅうし)さんですね。……はい、確認しました。七番の検査所へ向かってください」

「……わかりました」

 

 新しく整理券をもらった後、車を停めてきた母さんと合流し『7』と書かれた検査所前のパイプ椅子に座る。前に数人並んでいるから、俺の順番が来るまでに少しかかりそうだ。

 

「學園は嫌だ……學園は嫌だ……學園は嫌だ」

 

 ヴァンガードに覚醒した奴らは漏れなく全員異能教化學園に叩き込まれる。

 日本だけに限らず、他国でヴァンガードになった人間も同様だ。

 

 ねえ、知ってる?(豆しば) 海外のアンノウンへの関心は高いんだって。進化の新しい可能性がどうとか言っていた。戦力や融資と引き換えにアンノウンの情報を要求する国もあるんだって。ニュースで言ってた。

 

 ちなみに、異能教化學園は純粋な学校ってわけじゃない。

 新米達からすれば高校兼ヴァンガード養成施設。ベテラン達からすれば前線で戦った疲れを癒すホームベース。

 學園はワイルドとの戦いにおける前線基地であると同時に、新米を育成する教育機関でもあるんだ。

 最年少は十五歳、最年長は三十路だったかな? 

 個性豊かなキャラクター達が集う異能教化學園は、まさに学園バトルラブコメをやるには最高の舞台と言えるだろう。

 でも冷静に考えると、わざわざ最前線に未熟な新米を集める必要ないだろ。どうして危険地帯に学校を作ったんですか?

 

「57番の方、お入りください」

 

 ……ああ。どうやら現実逃避もここまでらしい。

 母さんは大丈夫だって言ってたけど、もうそれフラグでしかないんだよなぁ。

 SSSと同クールでやっていた、クソゲーの世界に転生したアニメの主人公も「面倒ごとなんて御免だ!」とか言いながらなんやかんやで面倒ごとに巻き込まれてたし。

 クソアニメの世界に転生した俺も似たような経緯辿っちゃってるでしょこれ。

 

「竜史。いってらっしゃい」

「……はい」

 

 俺は重い足取りでパーテーションの向こう側へと足を踏み入れた。

 

「こんにちは。整理券を拝見してもよろしいでしょうか」

「あ、はい。どうぞ」

「はい。では、こちらへ掛けてお待ちください」

 

 あれ、意外と普通だ。レイアウトは普通の診察室と変わらないし、担当医の人も普通だ。違いがあるとすれば三脚に乗せられたビデオカメラみたいな機械があるくらいか。

 台車の上に作画が怪しい注射器が置かれているけど、もしかして本当に注射だけで終わり? 母さんが俺の不安を紛らわせるために言った嘘だと思ってたんだけど。

 

「では袖を捲ってください」

「はい」

「これまでアルコール消毒でかぶれたりしたことはありますか?」

「ないです」

 

 この辺のやり取りも、注射で腕がちくっとするのも、普通のワクチン接種と変わらない。

 え? 本当にこれで終わり? 特に何ともないし……なーんだ平気じゃん。

 あーあ、心配して損した! ま、フラグだなんだって言っても所詮創作の中の話だし、現実で同じようなことが都合よく起こるわけないよな。

 

「反応出ました! 覚醒しています!」

 

 だよね。


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