ヴァンガードに覚醒した時点で、俺の進路は異能教化學園に決まってしまった。
必死こいてやった受験勉強も全部無駄になったし、進学先では命がけの戦いに参加なんて最悪だ。
特にひどいのが、主人公一派と同じ学年ってとこ。
物語の都合上、主人公とヒロイン達は劇中で何度もイレギュラーに見舞われる。そのイレギュラーを協力して乗り越えてゆくことで、主人公とヒロイン達の仲が進展してゆく。
いい話だ。感動的だな。だが無意味だ。
俺みたいなモブポジションからすれば、主人公一派は毎度毎度騒ぎを起こすはた迷惑な奴らでしかない。
「うー……」
情けない唸り声を上げながらノロノロと昼飯を啄む。この良作画のカレーが綺麗さっぱり無くなれば、いよいよだ。
「いい加減にしなさい竜史。もう出発前なんだから」
「そうそう。そんな不機嫌顔じゃあ友達もできないぞ」
「……だってさぁ。嫌じゃん戦うなんて危ないし。死んだらどうすんの」
「ヴァンガードって体が頑丈なんでしょ? この間テレビでやってたわよ。ヴァンガードの人がトラックを素手で受け止める番組」
「戦力も整ってきてるらしいよ。この間も前線が最深部手前まで進んだってニュースになっていたし、竜史の出番はないかもしれないよ」
二人は明るい話題で俺を元気づけようとしてくる。
まあそうだよな。何も知らない二人からすれば、今の俺の立場は終戦間際の勝ち戦に乗り込む新米兵士だ。
でも、俺は知っている。これから先、前例のないワイルドが立て続けに出現することを。
他国から持ち込まれた怪しい薬のせいで強化されたワイルド、
今年入学する一年生、つまり俺は、こいつら全員と鉢合わせする機会があるわけだ。遭遇するシチュエーションの大半がクラスの野外実習中なんだからタチが悪い。
「……はぁ。とりあえず頑張ってみる」
「その意気よ。為せば成る!」
「そろそろ行こうか。お金払っておくから、二人は先に出ておいて」
現在地は前線直通駅『フロントゲート』。
そこの三階にあるちょっとお高い食事処で最後の晩餐を終え、今から學園に向かいますという状況だ。
あ、フロントゲートっていうのは學園直通のリニアが発着する駅のことな。
基本的に隕石落下地点、旧群馬県の爆心地周辺八十キロメートルは危険区域に指定されている。立ち入りも禁止になっているから、危険区域内にある學園には専用のリニアを利用しないと行けないのだ。
そういえば、主人公とメインヒロインが初めて出会うのもリニアだったような……。あれ、第一話ってどんな感じだったっけ?
「えーと、最初は主人公が高台かどっかで學園を眺めていて、オープニングが始まって、場面が切り替わってフロントゲートでリニアが映って、それで――」
「ちょっとちょっと竜史。なんかやってるわ」
「え、ん? なに?」
いつの間にか、構内にいる人達がどよめいている。思い出すことに集中していたから気が付かなかった。
「何かあったのかい?」
「さぁ?」
支払いを終えた父さんが俺に聞いてくるが、生憎俺も何が起きているのかさっぱり分からない。
母さんが指をさすのは駅構内の一階みたいだ。手すりから一階を見下ろすと、スゴイ人だかりができていた。皆揃ってスマホを出している。あれって、もしかしてカメラを構えているのか?
そして、その人だかりを遮るようにガードマンが並び立ち、改札へ向けての一本道を作っている。
「皆さんお待たせいたしました。シェリル・ローグレス・ローザリアさんが今、ゲート前に到着いたしました!」
スピーカーで拡張された女性の声が駅構内に響き渡る。
シェリル・ローグレス・ローザリアって、SSSのメインヒロインじゃないか!
シェリルは大企業のご令嬢で紅髪の炎使いっていう、ラノベのテンプレ的なヒロインキャラだ。
彼女の義理の両親が経営するローザリア社は結構早い時期から異能教化學園に融資だか技術提携だかしていて、ヴァンガードに関する研究が進んでいるんだよな、確か。
で、その集大成がシェリルだ。
シェリルは元々スラムの孤児だけど、ローザリア社の極秘人体実験の実験体として拉致された。
そこで才能を見出されて、そっから成り上がっていった結果が今の立場だ。だから負けん気とかハングリー精神がすごい強い。
劇中でも主人公に何度も勝負をしかけていた。そうやって何度も手合わしていくうちに、初めて出会った対等な存在が徐々に気になりだして、最終的に恋に落ちるわけだ。
「シェリルって今朝のニュースに出てた人じゃない!」
「海外のすごいヴァンガードなんだってね。僕も記念写真撮っておこうかな」
母さんが手すりから身を乗り出す勢いで入口を見つめ、父さんはスマホを取り出して写真を撮ろうとしている。
はしゃぎたくなる気持ちはわかるよ。二人からすれば、彼女はちょっとした有名人だしね。
でも、俺からすれば奴は面倒を運んでくる疫病神でしかない。
お前が独断専行する度に、クラス全員が連帯責任でお前の捜索をする羽目になるんだぞ!
で、そのまま全員揃ってイレギュラーに見舞われる。
やっぱり、俺の提唱した『シェリル人型ワイルド説』は間違っていないと思う。設定的には間違ってたけど。
「皆さんご覧ください! シェリル・ローグレス・ローザリアさんです! 次世代を担うヴァンガード、ローグレス家のご令嬢が今、フロントゲートへ足を踏み入れました!」
シェリルの姿が現れた途端、構内で歓声が巻き起こった。
うおっ、カメラのフラッシュがすごい。この場にいる誰もが、彼女へ向けてパシャパシャとシャッターを切っている。
ていうか、フラッシュの描写すげえな。ちゃんと点々と光ってるぞ。小学校の学芸会の時とか、視界全体が真っ白に点滅するだけだったのに。なんか今日の作画クオリティ高くね?
「うげっ、すっげぇ眩しい」
「そうだね。ちょっと移動しようか」
「せっかくだから観光しましょ。こんなすごいトコ滅多に来ないもの」
という訳で、フラッシュ地獄から脱出した俺達は構内をしばらく散策することにした。
駅といっても半分ショッピングモールと化しているから、ウインドウショッピングをするにはうってつけだ。おしゃれなカフェから雑貨店まで勢ぞろい。右を見ても左を見ても物ばかりで、ついつい目移りしてしまう。
ていうか、今日の作画マジでヤバくね? いい意味で。店の間取りや小物一つ一つが、まったくと言っていいほど変形しないぞ。
久しぶりに見るまともな風景に思わず見入ってしまった。
「竜史、そろそろ時間じゃない?」
「あ、ほんとだ」
しまった。良
「乗り遅れるのはマズいよね。改札は……あっちか」
父さんの案内で改札前まで向かう。
エレベーターを使って一階に降りると、既に騒ぎは収まっていた。マスコミが何組か改札を撮影しているけど。
えーと、学生証は……あった。こいつはICカード乗車券も兼ねてるから、これがないと改札を通れない。
「元気でね。たまには連絡頂戴ね」
「辛くなったらいつでも帰ってくるんだよ」
「うん」
少し悲し気な表情で両親が手を振るので、安心させるように手を振り返し、改札を通った。
「いってきます」
この世界に生まれて十五年。両親は真摯に向き合ってくれた。
世間一般の目線で見れば、俺は明らかに変な子供だった。
だってそうだろ。急に何もない所でツッコミを入れるんだぞ。普通なら頭の病気を疑われているところだ。現にクラスの同級生からはやべー奴扱いだったし。
でも、両親はそんな俺を受け入れてくれた。ツッコミを入れる度に「今日も絶好調だね」と褒めてくれた。
普段から作画が怪しいこの世界で、俺が正気を保っていられたのは両親のおかげだ。
だから、こっそり決めたんだ。二人には必ず恩返しをしようって。恥ずかしいから面と向かっては言えないけど。
その日が来るまで、俺は何が何でも生き残ってみせる。
「絶対帰ってくるよ」
しめっぽいことを考えたせいだろうか。
寂しさを覚えた俺は最後にもう一目両親の顔を見ようと振り返った。
「お母さん。息子さんはどういった子でしょうか?」
「あ、え、その、ちょっと変わった子なので、學園でちゃんと友達を作れるか心配です!」
「お父さんも寂しくはありませんか?」
「寂しいですけど、息子にもそろそろ親離れしてほしいと思っているので我慢します」
「息子さんは学校ではどんな感じでしたか!?」
「周囲の反応はいかがでしたか!?」
「自分の息子が戦地へと赴くことについて一言お願いします」
「与党の超常野外生物対策法案は野党から大バッシングを受けておりますが、やはり現総理大臣は辞職をするべきであると――」
振り返ると、父さんと母さんがマスコミから質問攻めにあっていた。
空気読めよマスコミ! 両親の姿が見えないじゃないか! 感動の別れが台無しだよ!
「はぁ。あほくさ」
幸いなことに、しんみりとした気分はすっかり吹き飛んだ。うわ、テレビカメラがこっち向いてる。さっさと行ってしまおう。
目の前にあるエスカレーターを急いで上り、駅のホームへとたどり着く。
「おお、すげぇ」
ホームへたどり着いて早々、目の前に派手なデザインの乗り物が見えた。
學園と市街地の間を往来する装甲リニア『フォワード』。天才系先輩ヒロインが転移装置を開発しちゃったせいで、アニメ本編での出番が一回しかなかった可哀想な奴だ。
「そうそうこんな感じだった。光沢がスゴい赤、黒、金の中二病カラー。もうホントいかにもアニメって感じだよなぁ」
見ろよ。このかっこよさに全振りした非現実的デザインを。
装甲の表面にはわざわざ彫刻みたいな模様が彫られたりとか、空力を無視したゴテゴテの装飾とか、それ意味ないでしょって感じのモノが多すぎるんだよな。
だが、それがいい。
「やべ、もう時間がない」
もう少しじっくり眺めていたいけど仕方がない。ええと確か、新入生が乗れるのは第一車両から第二車両だっけ。遠いな。
とりあえず第二車両へ行こう。……よし、間に合った。
乗って早々感じたのは高級感溢れるフレグランス。これはアニメではわからなかった情報だ。感慨深い。
そして、自動扉の向こうにはフレンチレストランを連想させるデザインの内装が。これは多分アニメで見たまんまだな。
流石、第一話に登場するだけあって作画がしっかりしている。……ん、第一話?
「あ、そうだ。そういえば第一話の内容思い出せてねえ」
シェリルの登場ですっかり忘れてた。原作知識は今後の危険回避に必要不可欠だし、思い出せる分だけ思い出しておきたい。
幸い學園に到着するまで少し時間があるし、時間つぶしがてら第一話の内容を思い出すとしよう。
発車の合図が鳴り響く。リニアがぬるりと進みだし、あっという間に景色が滲んで見えなくなった。
さて、いつまでも突っ立っていないでさっさと座ろう。てか第二車両は人多いな。もっと
お、こっちの方が
引き返した俺は第二車両の中で比較的
ん、シートも分厚くて座り心地がいい。さすが国の存亡がかかってるだけあって、金もかかってる。なんちって。
「ってそうじゃない。えーと、第一話だよな。確かフロントゲートで主人公が……てか、主人公の名前なんだっけ」
みかん? 違うな。フルーツ系じゃなかった。
みか……みかみん? いや、それは名前じゃなくて天才系先輩ヒロインが付けたあだ名だったか。
えーと、えーと……ダメだ思い出せん。もういいや、みかみんで。
「確か、フロントゲートでみかみんがカマセ犬に因縁をつけられて、その後フォワードに乗って、車内でシェリルと会って、そしたら特異型ワイルドが襲来して、カマセ犬とシェリルがボコられて、みかみんが倒す……だったよな?」
もう何十年も前の知識だからどこまで合っているかは知らんけど、だいたいこんな感じの流れだった気がする。
当たり障りのないというか、よく言えば王道な展開だったはずだ。主人公とヒロインが出会って、敵が現れて、ヒロインのピンチを主人公が救う……ん?
「ちょっと待って。シェリルがいたってことは、みかみんも今リニアに乗っている? こっちには居なかったし、もしかして第一車両の方に? てか、シェリルが今リニアに乗っているってことは、もしかして今日って――」
「ギャオオオオオン!」
俺の思考が核心に迫ったその時、いかにも怪物らしい咆哮と共にリニアが揺れた。
同じ車両にいた新入生達が悲鳴を上げる。もちろん俺も悲鳴を上げた。
「うぉおおおおおおおっ!!?」
急激に速度を落としたリニア。慣性の法則に従って前方へと投げ出された俺の体は床にべったりと這いつくばった。
「いてて……」
『緊急事態発生に伴いリニアの運行を一時停止します。安全が確認されるまで乗客の皆さまは車内で待機してください。繰り返します――』
車内に緊急事態を知らせる車内アナウンスが流れる。
マジか。これマジか。
立ち上がって近くの窓から空を見上げると、そこにはぐるぐると旋回を続ける巨大な怪鳥の姿があった。
アイツは第一話で登場した特異ワイルド! 確定だ。今日この日こそがSSSの第一話で間違いない。
くそっ、道理で今日の作画は良かったわけだ!