作画の怪しい在校生が見守る中、俺達新入生の入学式はつつがなく行われた。
ていうか、世界レベルで検査して見つかったのがたったの三十九人って少なすぎない? まあ、物語の都合なんだろうけど。
教室に戻って早々、クラスメイト達は「授業楽しみ」だの、「どんなイベントがあるんだろう」だの、これから始まる學園生活の話題で盛り上がっている。
そんな事を言っていられるのも今のうちだぞ。今後、お前らが退屈することなんてないんだからな。悪い意味で。
「はぁ……」
この後早速授業が始まるわけだけど、その内容がいきなりヘビーで気が重い。
初日の授業と言えばオリエンテーション形式の説明とかが定番だろう。でも、このクラスは違う。
我らが一年生の担任は傍若無人の破天荒。常識を期待してはいけない。
……今更だけど怖くなってきた。サボるか? いや、でも初日から授業サボったなんて両親に報告されたら困るな。小学校も中学校も授業をサボったことなんてないし、急にサボりって聞いたら二人共心配しそう。でもなぁ……。
一人うんうんと頭を悩ませていたけれど、俺の思考はすぐに打ち切られることになる。
「あ、始まった……」
俺の空しい呟きは始業の鐘にかき消された。
談笑をしていたクラスメイト達はいそいそと自分の席に着き、そして、それとほぼ同時に教室のドアが開いた。
「全員揃っているな」
吊り目、眼鏡、タイトなレディーススーツ、濃い口紅。『いかにも』な見た目からファンの間ではBBAだの、年増だの、ア〇ル弱そうだの散々な言われようだったが、これでもれっきとした二十代。
彼女こそ、俺達一年のクラス担任――。
「私がこのクラスの担任になる
初登場は確か第二話。入学式の後、一年の担任として教壇に立っていた部分は覚えている。
入学式の日、つまり今日がアニメ本編の第二話と見て間違いないだろう。作画も比較的安定してるし。
「早速だが君達には授業を受けてもらう。全員更衣室で体操服に着替えてグランドに集合するように。以上」
BBAはそれだけ言い残し教室を出ていった。
そして案の定、クラスは困惑に包まれていた。そりゃそうだ。まずは自己紹介とかやるよな普通。いきなり体操着着ろなんて訳わかんねえよな。
でも、俺はその内容を既に知っている。だからテンション低いんですよ。
はぁ、仕方がない。今からバックレてBBAに目を付けられるのも嫌だし、素直に参加するか。どうせまともに殴り合うのは主役達だけだろうし、俺は隅っこでおとなしくしてよ。
担任に言われた以上無視するわけにもいかないと思ったんだろう。クラスメイト達は戸惑いながらも教室を出ていく。俺もその後に続いた。
幸いなことに早いうちから寮に入って敷地内を熱心に探索している奴らがいたから、そいつらの先導で難なく更衣室へとたどり着けた。
包装から取り出した新品の体操着に袖を通し、裏手にあるグラウンドへと向かう。
BBAはジャージに着替えて既にグラウンドで待っていた。
「遅い」
「ああ? いきなりグラウンドに来いなんて言われ――げぶぅ!?」
カ、カマセ犬ゥー!
そんなのありか!? BBAの今の体勢を見るに、多分バトル系作品でよくあるパンチで衝撃を飛ばすような攻撃だと思うんだけど、最初の棒立ちの体勢から拳を突き出すモーションが全然見えなかった。
……いや、待て。そういえば、一時期話題になったぞ。BBAの攻撃モーションは中割りがまったく無い時があるから、BBAの
でも、公式が生配信でBBAのヤバさを際立たせる演出だって明言したから
そういえばBBAの
って、そんな事呑気に考えてる場合か! あんなの食らったら死んじまうぞ。早いとこ端の方に移動しないと。
「これからお前達の実力を見る。全員かかってこい」
というわけで、始まりました。これが俺のテンションだだ下がりの理由。
『地獄のBBA組手』です。
内容は至極単純。BBAが俺達をボコる。以上。
いや、初日で新入生をボコすって、お前何考えてんだ。
確かにヴァンガードは命がけの戦いを強いられるわけだけど、だからって
つーかそもそも、なんだよ「かかってこい」って。お前昭和の不良か?
今の時代、見ず知らずの相手からそんな事言われて素直に乗っかるバカがいるわけないだろ。
「ふぅん。面白いじゃない」
いたわ。
BBAの雑な挑発に乗ったシェリルが、好戦的な目つきで前に出る。
「来い、小娘」
「後悔しても遅いわよ!」
シェリルは自分の目の前に火球を生み出しBBAへ放つ。巨大怪鳥をぶっ飛ばしたのと同じ攻撃だ。当たればひとたまりもないだろう。
「
「嘘っ!?」
BBAは右手を軽く払い、火球を消し飛ばした。
そして、一瞬でシェリルの目の前に移動したBBAは、右拳をシェリルの胴体に叩き込む。
「ぐうっ!?」
シェリルは腕を体の前に滑り込ませ、BBAの拳をガードした。でも威力までは殺しきれず、ザザザと地面を滑りながら後退した。人を片手でぶっ飛ばしたり、一瞬で移動したり、どうみても教師がやっていい動きじゃないだろそれ!
「どうした。これで終わりか?」
「くっ」
流石に脳筋でも実力差を感じ取ったのだろう。シェリルは身構えたままその場を動かず、両者睨み合いが続く。そんな中、一人の男子が生徒の列から歩み出た。
我らが主人公、みかみんだ。
「お願いします。師匠」
「ここでは先生と呼べ。バカ弟子」
みかみんと言葉を交わしたBBAが、ここで初めて笑みを見せた。
ああ、そうだ思い出した! みかみんとBBAって師弟関係だった。そうだそうだ。
みかみんは天然のヴァンガードってことで国から監視されていて、監視員として派遣されたのがBBAだった。
自分も昔から国に監視されて生きてきたってことでみかみんに共感を覚えたBBAは、みかみんに過酷な環境でも生きていける術を教えたんだ。
確かBBAだけなんだよな。今の時点でみかみんの真価を知っているのは。
「行きます!」
「来い」
「私の事も忘れないでよ!」
みかみんはBBAと同じ徒手空拳で、シェリルは至近距離の砲撃でBBAに立ち向かう。
おお、動く動く。作画はちょっと怪しいけど、第二話だからそこまでひどく崩れていない。これなら迫真のバトルシーンとして十分通用するだろう。唯一気になるとすれば、あれだけ動いてるのにBBAのメガネが一切落ちない事くらいか。接着剤でも使ってんの?
「うわあー!」
「きゃあー!」
あ、二人が吹っ飛ばされた。
「そら、お前たちも突っ立っていないで動いたらどうだ」
ん? なんでこっちを向いて――マズい、地面がベタ塗りになった。範囲攻撃がくる!
「いくぞ」
一瞬で俺達の前に移動したBBAが右足を力強く踏みつける。次の瞬間、衝撃が俺達を襲った。
「きゃあああああ!」
「わああああああーっ!?」
「のぉおおおおおおお!」
ボケっと突っ立っていた俺達は全員揃ってぶっ飛ばされた。
その衝撃出すやつ、足でも出来んのかよ!
くそっ、予告のおかげで他の奴らよりは早く動けたけど、衝撃までは流石に避けられなかった。
勘弁してくれよ。こういうのは主役だけで勝手に盛り上がってくれればいいのに。
俺は寝転んだまま周囲の状況を確認した。
砂ぼこりひどっ。周りの景色が茶色一色だぞ。そして、砂ぼこりのスクリーンに映し出されるのは、一つのシルエットがその他大勢のシルエットをぶちのめす姿。
うわぁ、人がピンポン玉みたいにバウンドしてるよ。あれ本当に生きてんのか?
「いつまで寝ている」
BBAと思われる人影がこっちを向いた。なんだあのポーズ。ん、予告!? よくわかんないけど、ここにいるのはマズい!
「うおおおおおお!」
ヴァンガードの身体能力を使った会心の横っ飛びだ! 間に合えっ!
うひぃ、靴の裏を何かが掠めた。でも直撃はしていない。回避は間に合ったみたいだ。助かった!
束の間の喜びを感じていると、俺を現実へと引き戻す爆発が起こった。
ドカン! とベタ塗りの地面が弾けて、俺は再び砂ぼこりに巻き込まれた。
「うわっぷ!?」
さっきの砂ぼこりがまだ晴れてないのにまた砂ぼこり。ずいぶんと乾燥したグラウンドだなおい。おかげでシルエットすら見えなくなった。BBAの動きが全然分からない。地面の様子も分かりにくいし、今みたく遠距離攻撃をされたら今度こそ対処のしようがないぞ。
とりあえずここから離れるか? でも、闇雲に逃げてBBAの目の前に出るようなことにはなりたくないし……そうだ。
「TPS!」
おおよその位置は戦闘音とか悲鳴でわかる。音を頼りに『視点』を設置だ。まずはこの辺から……ん? いないな。もうちょっと先か。……まだいない。もっと先となると、もう砂ぼこりの外だ。
まさか。
俺は『視点』をグラウンド上空に設置した。
やっぱり。BBAは今、砂ぼこりの外で他の生徒を殴っている。つまり、俺はBBAのターゲットになっていないってことだ!
逃げるなら今しかない。
俺がちょろちょろとグラウンドを移動する間にも、クラスメイト達はどんどんBBAにぶっ飛ばされていく。
残り人数は俺を含めて半数を切った。このままだと俺にも攻撃の手が回ってくるだろう。頼む、誰でもいい。誰かあのBBAをなんとかしてくれ!
「……ん、あれはっ!!」
みかみん、みかみんじゃないか! BBAに一度
そして、主人公についていくのはヒロインの特権! 同じく復活したシェリルも炎を滾らせながらBBAに迫る。
頑張れ主人公! 頑張れヒロイン! 君達が俺の希望だ!
「はぁああああああ!」
「やぁああああああ!」
今度はみかみんも
二人共、初めての共同作業とは思えないくらい息ぴったりだ。その証拠に、二人の怒涛の攻撃を避けきれなくなったBBAは両手を防御に使い始めた。
流石は主役だ。そのままBBAを食い止めてくれ!
「ぐはっ!」
「きゃ!?」
くっ、やっぱり駄目だったか。
劇中でもみかみんがBBAに勝った描写はなかったし、主人公が師匠を超えるのは基本的に物語の後半だ。時期的に考えて、今のみかみんがBBAを倒せなくても仕方がない。
くそっ、授業はあと何分だ?
体感だと時間は結構経っていると思うし、授業の終わりまでそう長くはないはず。
あともう少し、BBAをやり過ごす事が出来れば……お、なんだ? BBAに一人で向かっていく奴がいるぞ。みかみんでもシェリルでもない。あれは……。
「うぉらああああああ!」
カマセ犬! カマセ犬じゃないか!
いいぞ、いいタイミングだ。ここで復活とはありがたい! そのままうまいこと時間を稼いでくれ。
カマセ犬は両手に炎を纏わせて肉薄する。あ、駄目そう。みかみんやシェリルと比べて手数が圧倒的に少ない。
BBAはカマセ犬の拳をひらりと躱し、お返しと言わんばかりに腹へ拳を叩き込む。カマセ犬の両足が地面から離れ、そのまま倒れた。
ああ、やっぱり今回もダメだったよ。
「やっぱり君はどこまでいってもカマセ犬なんだな……いでっ」
しまった。誰かにぶつかった。
カマセ犬に集中するあまり自分の動きが疎かになってしまったみたいだ。今のでうっかりTPSも解除しちゃったし、早いとこ謝って再発動しよう。
「ごめん。よそ見してた」
「ほう、いい度胸だ」
「っ!? うおおお!!?」
戻った視界にでかでかと映るのは、ジャージを着たBBAの姿だった。
嘘だろおい! アンタは今までカマセ犬のところにいただろう! いつの間に一番離れたこの場所までやってきたんだ!?
「お前、私の攻撃を躱していたな」
ひぃいいいいいいい! 笑顔が怖い! みかみんには優しい笑顔を向けていたのに、なんで俺にはそんな凶悪な笑顔なんですか!?
「また避けてみせろ」
避けられるわけないだろ! あれは予告があったから避けられたんだ。体に直接飛んでくる攻撃までは避けらんねーっつーの!
俺の訴えなんぞ知る由もなく、BBAは大きく腕を振り上げる。
逃げる暇すら与えてくれないのか!
ああ、もうこうなりゃ自棄だ。腕を振り上げたって事は多分パンチ。狙いは顔面かボディだろ。とりあえずしゃがんどけばなんとかなるはず!
「い゛っ!?」
俺が咄嗟に体を屈めたと同時に風切り音が鳴り、頭を何かが掠める。痛っ! かすっただけなのにもう痛い!
危険はまだまだ続く。既に地面がベタ塗りだ。つまり、このまま屈みっぱなしは非常にマズい。
「ぬおおおおおおおお!」
「っ!」
屈んだ状態からそのまま横へジャンプ! かなり無理な体勢だったから膝とか足首が痛んだけど、鉄拳を食らうよりはずっとマシだ。
ドゴン! とヤバい音が鳴り、俺の体は衝撃で吹き飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がりながら体勢を立て直し、すぐにBBAへ目を向ける。
BBAは地面に拳を突き立てたまま、こっちをじっと見ていた。
こ、このBBA、隙だらけの背中を容赦なく殴りに来やがった! 素人相手になんて攻撃しやがる! 鬼! 悪魔! BBA!
「やはりお前……」
拳を引き抜いたBBAが俺を睨む。
なんだよ。攻撃を避けられたのが癪に障ったのか? 自分の思ったように俺を甚振れないから気に入らないのか?
ふざけんな! そんなの食らったら死んじまうわ!
くそっ、どうすりゃいいんだ。援護は無いみたいだし、このままサシでやれっていうのか?
冗談じゃない。こんな奴相手にしてたら命がいくつあっても足り――あ!
「……時間か」
ジリリリリリ! と地獄の終わりを告げるベルが鳴る。
ゆ、許された……。
「授業はこれで終わりだ。全員、グラウンドを整備してから休憩に入れ。午後はLHRがあるから遅れないように」
そう言い残し、BBAはその場を去っていった。
あなた、周り見えてますか? この状況を見てどうしてそんな事が言え……言う奴だったな。基本的にみかみん以外にはクッソ厳しいって感じだったわ。
辺りを見渡せば死屍累々。立っているのは俺を除いて数人しかいない。初日からこの有様なんて、この先本当に生き残れるのかな、俺……。肉体的には無傷だけど、精神的にはかなり摩耗した。
信じらんねぇよ。これでもまだ序の口なんて。
今後みかみん絡みのイベントが定期的に起きて、作画は一層ひどくなるんだから、肉体的にも精神的にも今以上に疲弊するのは確定だ。本当に嫌になる。
唯一の救いがあるとすれば……。
「グラウンド……綺麗になってる」
くそっ。癪だけど、今回ばかりは手抜き作画に感謝しよう。これで整備する必要がなくなった。