正直な話、俺がエア子について覚えていることはほとんどない。
何故なら、彼女は作中でもほとんど出番がないキャラだったからだ。
ストーリー上ではみかみん達と同行しているはずなのに姿が映らず、逆に姿がないと思ったら突然現れて無言の棒立ち。
いるのかいないのかも分からない。やがて彼女は空気ヒロインと呼ばれるようになり、そこから『
俺もずっとエア子って呼んでいたから、彼女の本名なんてすっかり忘れてしまっていた。そうか。エア子の本名って井上未来だったのか。
どうして彼女がみかみんのチームにいたのか納得したよ。あの時は気が動転していて気が付けなかったけど、みかみんのチームってヒロインで固めたイロモノチームだったもんな。そりゃあ、居てもおかしくない。
井上未来さん。まったく、君ってやつは……。
どうしてそんな普通の性格なんだ! ヒロインなら一癖二癖あってもいいだろ!
そしてその髪色! なんで暗い茶髪なんだ! ヒロインならもっとカラフルな色じゃなきゃダメだろ!
おかげで完全にモブだと勘違いしちゃってたじゃないか! なんも考えずに普通に自分から近づいちゃったじゃないか! 綺麗なフラグ回収決めちゃったじゃないか!
主役一派と関わらないようにするどころか、主役一派とがっつり絡む羽目になっちまったよぉぉぉ……。
「……ああもう。今は余計な事考えんな」
俺は頭をぶんぶんと振って雑念を振り払った。右見て、左見て……よし、人影はないな。
外灯が点々と灯る學園の敷地内を、俺は一人でひっそりと歩く。現在時刻は午前四時半。人が活動を始めるにはまだ早い時間だ。
空を見上げると、輝きが均一の星空が見える。アニメの話が始まる日なのに作画がいまいちなあたり、普段の作画とストーリー中の作画のクオリティが逆転するのも時間の問題だろう。
え? どうして俺がこんな朝早くに校内をうろついているのかって?
本日は実践訓練当日で、集合時間の午前七時。となれば、おのずと答えが見えてくるだろ?
逃げるんだよぉ!!!
いやね、俺も参加しようか迷ったんですよ? でもや、やっぱりあの巨大怪鳥を見た時の迫力が忘れられないんですよ。あの殺意マシマシの突進が。あんなのと面と向かって戦えって言われても無理に決まってる。
それに先日の顔合わせの時の雰囲気。もう完全にトラブルが起きる匂いがプンプンしたね。
『どーでもいいけど、私とマサトの邪魔だけはしないでよね』
こんなこと普通初対面の奴に言うか? これ完全にチームプレイしませんって宣言してるようなもんじゃん。
まあ、こんな具合にシェリルの後押しもあって、俺はサボりを選んだのだ。
しかし、若さってすごいな。確認したら病欠が有りだっていうから体調を崩すために不健康な生活を続けたんだけど、若い体はそんなもん関係ないと言わんばかりに健康そのものだった。
怪我もヴァンガードの頑丈な体はまったく受け付けなかったから、こうして違反的サボりをせざるを得なくなってしまった。
皆、すまんな。次からはちゃんと参加するから、今日の一回だけ休ませてくれ。罰としてBBAのお仕置きはちゃんと受けるから。
ああでも、サボったって両親に報告されるのかな。これまで授業サボったことなんてないし、二人共急にどうしたって心配するのかな……。
「何をしている」
「ぎょえぃ!?」
突然の声に驚いた俺は思わず声のした方へと振り向いた。
「まったく。余計な仕事を増やしてくれる」
そこにいたのは、俺が今最も会いたくない人物だった。BBA何故ここに!? 集合時間はまだ先だろうが!
「いや、あの、これは……違うんですよ」
「ほう。何がどう違うんだ?」
違いません。どこからどう見ても現行犯です。
これはあれか? 大魔王からは逃げられない的なヤツなのか?
「……毎年、お前のような考えを持つ者が何人かいる。人間だった頃の常識に囚われ、勝手に想像を膨らませて恐怖する者がな」
「へ?」
「奴らは見た目だけで大したことない。お前でも十分戦える」
「あ、はい」
な、なんか真面目な顔で急に語り出したぞ。その諭すような感じ、まるで教師みたいだ。
ああそうか。BBAは俺が実践訓練にビビッて逃げ出す生徒に見えてるんだな。いや、確かにその通りなんだけど、今回は事情が違うんですよ。
「や~……今日はちょっと、調子が悪いので病欠という事で……。前に聞いた時は、病欠は有りって言ってましたよね?」
「ほう。その割には元気そうだが」
「今日が終わる頃にはズタボロになっているはずなんで、予防的病欠という事で何とかなりませんか?」
「ならん」
ですよね。
「まあ、相応の理由があれば考えてやらんこともない」
「あー……」
相応の理由? 理由なんて一つしかない。でも、それ言ったってどうせ信じてもらえないだろうしなぁ。
「取り繕う必要はない。お前の考えをそのまま話せ」
話せって、そのまま話したら訓練をサボりたいために作られた与太話になっちゃうじゃん。ふざけるなと言われるのがオチだ。
という訳で……全力ダッシュ!
「ぐぇっ」
逃走時間一秒。俺はあっさりBBAに捕まった。
俺の襟首を左手でがっちり掴んだBBAは、黙って俺を見下ろしている。ひいぃ……ただ黙っているだけなのにすごい圧力だ。これが無言の圧力って言うヤツか?
「話せ」
「い、いやだって――」
「話せ」
「いでででっ! 話します! 話しますからやめてください!」
自由な右手で俺の頭を掴み握りつぶそうとするBBA。暴力に屈した俺はたまらずBBAの腕をタップした。
くそぉ、何かあったらすぐ暴力に訴えやがって。そういやどっかで聞いたことあるな。「暴力ほど効率のいい指導法はない」って。日頃から実践してるのはBBA以外に見たことないけど。
「強いワイルドが出るんですよ! その辺の奴らとは比べ物にならないくらい強いヤツが、今回の訓練でっ。そいつはシェリルの攻撃でもビクともしないし、
「当然だ。
「そりゃそうでしょっ……あいつはっ……特別、ですからっ。でも、他の奴らは特別じゃない。そんな戦いにっ、巻き込まれたら、絶対タダじゃすまない!」
「……」
「いくら、体が、頑丈になったからって言っても、死ぬ時は死ぬでしょ! そんな危険な所に行きたくありません! はい言いました! 全部言いました! だから手を放してください!」
早く、早く手を放して! マジで頭が潰れちゃうから!
俺の言葉が届いたのか、BBAは右手の力を抜いた。うえぇ……後頭部がじんじんしてる。
「なるほど。要は危険が分かっているから回避したいということか」
「ええ!」
「だったら何故、お前はその危険を伝えない。戦いに巻き込まれてただじゃ済まないというなら、何故その危険を周囲に伝えてやらない」
「だって、言ったところで信じてもらえないでしょう」
伝えろって、簡単に言ってくれるなあ。他の人達が見えない、知らない光景を口で伝えるのって繊細でデリケートな作業なんですよ? 言い方をミスったらやべー奴だの不思議ちゃんだの言われるんですから。作画崩壊の件で実際に経験しているから信憑性は高いですよ。
「だったら結果で黙らせろ」
「け、結果で?」
「そうだ。最初は嘘だと言われようが、最後にお前の言った通りになれば、いずれ皆信じるだろう。お前の言う事は正しいと」
あ、そっか。作画崩壊と違ってストーリーは皆の目に見える形で現れるんだから、別に言っても問題ないのか。SSS関係の情報は言っても通じないって勝手に思い込んでた。
いや待てよ。それだと俺の知ってるSSSのストーリーと変わっちゃうんじゃないか? そうなると、せっかくの原作知識が役に立たなくなる。そう、こういうのを原作ブレイクって言ったはずだ。
ん? でも、そういうのは元々才能に恵まれてたり死ぬほど努力したりして、本人が強い力を身に付けたから成立するものであって、俺みたいに一ヵ月ちょっと訓練しただけのド素人が介入したところで結果は変わらないのでは? あれ?
なんか頭がこんがらがってきた。
「もっと自分に自信を持て」
そう言って、BBAはようやく俺の襟首から左手を離した。俺は首をさすりながらBBAの方へと振り返る。BBAはいつもの無表情で俺を見ていた。だけど、何故かその表情には哀愁を感じた。
「お前はおかしくない。お前は人より優れているだけだ」
「……? はあ」
「自分は特別だと胸を張れ。そうすれば、自然と前向きに考えられるようになる」
な、なんだ急に。これってもしかして、俺を励ましてるのか? あのBBAがみかみん以外の人間に情けをかけるなんて、なんか悪いモンでも食ったのかな。
でも、悪い気はしない。SSSで最強だったキャラに応援してもらえると、なんか自分はできる奴なんだって思えてくる。
「話は以上だ。さっさと自室に戻って準備をして来い」
「はい。わかり……ってそうじゃない!」
あぶねぇ! いい話みたいな感じで流されるところだったけれど、俺の目的は実践訓練をサボる事。ここで戻ったら意味がないじゃないか!
「チッ」
「なんで舌打ちしたんですか!?」
前言撤回。BBAはやっぱりBBAだ。油断も隙もありゃしない。
「私に見つかった時点でお前の策は失敗している。おとなしく諦めろ」
「ぐっ」
「次はないぞ。私はしっかりと視ているからな」
「……わかりました」
「話は以上だ。七時までは自由にするといい」
「はい」
くそっ、これ以上粘っても仕方がない。素直に引き下がろう。
俺は素直に寮へと向かって歩き出す。時々後ろへ振り返ると、BBAがしつこく俺の事を見ていた。大丈夫ですよ、言われなくてもちゃんと帰りますから。
…………………………。
………………。
…………。
……よし、行ったな。
油断しやがって。ここですんなり帰るわけがないだろ。全てはBBAの油断を誘うための芝居。俺の脱出作戦は未だ継続中なんだよ。
へへへ、言われた通り自由にさせてもらいますよぉ先生。
「次はないと言ったはずだ」
「……どうして後ろにいるんですか?」
俺はBBAに引きずられて自室に戻った。
◇
「全員揃っているな。時間が押している。早くバスに乗り込め」
現れて早々そんな事を言うBBAに、生徒達はざわざわと騒めいた。
いや、多分この騒めきはBBAじゃなくて俺のせいだな。
「あの先生。その……白神君なんですけど……」
「ああ、こいつか。準備があまりにも遅かったから無理やり連れてきた」
エア子が恐る恐る声を上げると、BBAは右手に掴む俺の体をぽいっと投げ捨てた。
いや、違うんですよ。無駄な抵抗とかした訳じゃなくて、普通に準備をしていただけなのに、こうして服を掴まれて引きずられてきたんですよ。なんでなのかは俺にも分からん。
クラスメイト達が俺を横目で見ながらバスへと向かっていく。誰も何も言わないからとても居心地が悪いんだけど。
服を叩きながら立ち上がると、ちょうど俺の前を通り過ぎていくみかみんと目が合った。
みかみんは俺を見て穏やかな笑みを浮かべた。何故に?
謎の笑みを浮かべたまま、みかみんはバスの方へと歩いて行った。
「何をしている。お前も早く乗り込め」
「……はい」
BBAに催促され、俺もしぶしぶバスへと向かった。
おお、ワイルドの生息区域を走るだけあって装甲がかなり分厚い。そしてのこの銀の光沢。表面のグラデーションがめっちゃギラついてて目に刺さる。作画すごいなぁ。
……いや、作画っつーか、このバス完全にCGだよね。景色から浮きまくってる低クオリティのやつ。中のシートまでカッチカチだったらどうしよ。
俺はバスに乗り込み、空いている席に着いた。あ、普通だ。
苔は生えているのに全然ひび割れていない道路を車で進むこと約三十分。駐車場から徒歩で進むこと約二十分。俺達一年生がたどり着いたのは、一部が自然に侵食された元市街地だった。
ここは異能教化學園が所有する訓練区画。放棄された市街地を丸ごと訓練場として整備したらしい。
ここで、我々の装備をご覧ください。恰好はワイルドの攻撃から身を守るために作られた専用の活動着。支給は食料含むサバイバルグッズ一式のみ。武器は無く、己の肉体と
ふざけてんのか? 百歩譲って「甲エリア、乙エリアのワイルドに銃器重火器が通用しないから今のうちから素手での戦い方を学ぶ」って言い分に納得しよう。
でも、後で転移装置なんていうトンデモ科学の産物ができるのに、ワイルドに特化した武器が一切ないなんてありえないだろ。そういうヤツの使い方を学ぶのも訓練の一環じゃないの?
まさか、SSS本編に登場しなかったから存在しないなんてオチじゃないよな。
ちなみに甲エリア、乙エリアっていうのは隕石落下地点の周辺のことね。木の年輪みたいな層分けでワイルドの分布を示してて、中心が一番ヤバくて外が一番弱いって感じ。
訓練場があるのは一番外の丁エリア。アンノウンの効果がガクンと下がるエリアだから、生息するワイルドも弱いらしい。弱いっつっても、巨大化した野生動物だから、普通の人間が相手をするのは骨が折れる。
基本的にワイルドは自分の生まれたエリアから出ないらしいけど、稀にそういうのを無視して暴れまわるヤツもいるらしい。今回の熊ワイルドもそういう類なんだろうか。
この辺の設定はアニメ本編では詳しく語られなかったから、授業を聞いてて素直に驚いた。
「――説明は以上だ。まずは一人で戦おうとはせず、チームで協力して戦う事を意識しろ。危険だと判断した場合は迷わず逃げるように」
並ぶ俺達の目の前には、俺達と同じ活動着を着たBBAが腕を組んで立っている。元本職なだけあってすごい様になっている。
「よし、全員アシスターをつけろ」
BBAが合図すると、生徒全員が手に持っていた太い腕輪『アシスター』を自分の腕に着けた。
「使い方は以前授業で教えたとおりだ。仲間同士での連絡、非常事態が発生した場合の連絡に使うが、訓練終了の合図にもそれで行う」
こいつは長い開拓期間を経てあちこちに設置された専用のアンテナを使って、無線で会話とか拠点の方角を示したりできるお助けアイテムだ。
厨二心をくすぐる赤黒いデザインは装甲リニアの『フォワード』を連想させる。
「最後にもう一度言うが、そのアシスターは訓練用だ。訓練区域を出ると使用できなくなる可能性があるので、決して出ないように。それでは訓練を始める。一同、行動を開始しろ」
そう言ってBBAは10チーム、カマセ犬達を引き連れて訓練場の中へと入っていった。唯一三人組だった彼のチームには人数合わせという事でBBAが加わったようだ。ご愁傷様。
BBAがいなくなると同時にクラスメイト達がざわざわと騒ぎ出し、各チームが行動を始めた。当然、うちのチームもだ。
「よし、行くぞ皆!」
「ええ!」
「おおー!」
「……おぉ」
みかみん、シェリル、エア子が元気よく声を張る中、テンションだだ下がりの俺は一人やる気のない声を上げた。
見ての通り、今の俺は他の生徒と変わらない格好だ。とても授業をサボろうとしたようには見えないだろう?
でも、仕方がないんだ。BBAがずっと俺の部屋周りをうろついてたから脱出もできなかったし、着替えなかったら部屋着のまま引きずって訓練場まで連れていくって言うから……。
BBAは「本当に危なくなったら助けに入る」とか言ってたけど、正直信用できない。アニメでは熊ワイルドと戦うみかみんを助けなかったし。
「大丈夫か白神? 師……先生と何かあったみたいだけど」
「ああ、うん……まあね」
俺の雰囲気を察したのか、みかみんが心配そうに声をかけてきた。
俺を気遣って声をかけるなんて、ホントいい奴だよな。もういっそのこと、このままみかみんに媚び売って守ってもらおうか。
「悪いな。いや、俺が謝ってどうかなるってわけじゃないけど。でも、これだけは言わせてくれ。先生は見込みのある奴には厳しくなるってだけで、別にお前の事を嫌ってるわけじゃないんだ」
「ええぇ……?」
そうなると、俺に見込みがあるって事になるじゃん。流石に信じらんねえよ。
「もしかして揶揄ってる? さっきバス乗る前も俺を見て笑ってたし」
「いや、それは誤解だ! あれは昔の自分を見てるみたいでつい……」
昔って、みかみんがBBAの弟子だった頃の話か?
「俺、子供の頃
「へぇ。あのスタイルは昔から変わってないんだな」
「ああ。自分の考えを通すための実力行使は先生の常套手段だ。あの時も逃げ出そうとする俺を無理やり捕まえて……」
ああ、みかみんの目がどんどん死んでいく! この話題はもう終わりにしたほうがよさそうだ。なにか別の話題を探そう。えーと、えーと……あ、そうだ!
俺はみかみんに近寄って、こっそりと耳打ちした。
「御神代。シェリルを頼むぞ!」
「……え、なんだ?」
「シェリルだよ。あいつを頼むって言ったんだ」
「シェリル?」
「ああ。あいつの事だ。戦ってるうちにテンション上がって暴走するのは目に見えている。訓練場を勝手に飛び出したりとかもありえるぞ」
「た、確かに」
シェリルはみかみん以外の言う事を聞かない。逆にいえば、みかみんの言う事なら聞くってことだ。
みかみんにマンツーマンでシェリルについてもらっていれば、シェリルが勝手な行動をすることもないだろう。ワンチャン、シェリルが熊ワイルドに遭遇しなくなるかもしれない。
「頼むぞ。シェリルの手綱を握れるのはお前だけだ」
「……そうだな。ああ、まかせろ」
そう言って、ニッと笑うみかみん。この絵になる顔、ヒロイン達が惚れるのも無理はない。男の俺でもさわやかオーラ感じるもん。
この様子だと、掘り返されたトラウマは完全に吹き飛んだようだ。
俺とみかみんと揃ってエア子の方へ振り返る。みかみんに目配せすると、みかみんも視線を合わせて頷く。意志の疎通はばっちりだ。そして、問題のシェリルを見ようとして、俺達は視線をさまよわせた。
あれ? シェリルは?
「未来。シェリルはどこだ?」
「ご、ごめん。シェリルさん先に行っちゃった」
なにぃいいいいいいいいいい!?