「シェリル! 今どこにいるんだ!?」
『さあ? そんな事よりマサトも早く来なさいよ! どっちが多く倒すか競争よ!』
「シェリル? おい、シェリル!」
みかみんがアシスターで何度も声をかけるが、シェリルの応答はない。
みかみんの言う事を聞かない辺り、既に彼女はハイになっているようだ。まだ来たばっかりだってのに、お前は公園にやってきた犬か。
「焦ってもしょうがない。シェ……ローザリアの技は派手だし、すぐに見つかるだろ」
「……そうだな。俺達も早く追いかけよう」
俺の言葉に同意したみかみんはピョンとひとっとびで近くの廃墟の屋根に飛び乗り、そのまま廃墟の向こうへと消えていった。
ちょっ、早いよみかみん。俺はまだそういう動きに慣れてないんだから。
俺は助走をつけて屋根に…………っと、いけね。エア子のこと忘れてた。
エア子の
「井上さん。俺達も早く――」
振り返ったその先に、エア子の姿は
「なんでいないの!?」
えっ、ホントになんで? ちょっとみかみんの方を見ていただけなのに。いつの間に居なくなったんだ?
「井上さん? 井上さーん。井上未来さーん。……エア子ー?」
その場で何度もエア子に呼びかけてみるが返事はない。周囲を見渡してもエア子の姿はない。
俺より先にみかみんを追いかけたりしてなかったし、もしかして帰ったのか? いや、性格的に仲間を置いてどこかへ行く奴じゃないし……まさか。
「……お前、ガチで消えるのか?」
嘘だろ。画面外で何か別なことをしてましたって感じじゃなくて、本当に存在そのものが消えるんかい。これじゃあ比喩じゃなくて本当に空気じゃないか。
ん? てことは今、俺って一人? ワイルドがうろつく場所で?
ったく冗談じゃねえよ。こんな所に一人でいられるか。さっさとみかみんと合流して……あ。
「ブルルル……」
噂をすればなんとやら。俺の目の前に軽自動車サイズのワイルドが現れた。目が真っ赤なことを除けば、見た目は完全に猪だ。
ふざけんなよお前。ここは俺達の集合地点だぞ。拠点に直接乗り込んでくるなんて卑怯じゃんか。
猪ワイルドは既に俺に狙いを定めているみたいだ。涎を垂らしながら、じりじりと迫って来ている。
ううっ。画面の向こうから見ているだけなら何ともなかったけど、いざ対面すると中々迫力があるな。特異型ほどじゃないけど十分脅威を感じる。
あんな巨体で突っ込まれたりなんかしたら、絶対にタダじゃ済まないぞ。
「ちょっと待って。せめてみかみんと会うまで――」
一応待ったをかけてみるが、当然、俺の言葉など届くはずもない。猪ワイルドは本能に任せて勢いよく駆け出した。
「うひぃ!」
俺は真横に飛び跳ねて猪ワイルドの突進を避けた。動きが直線的だったおかげで思ったよりも簡単に避けられた。
「あっぶねぇ。あの野郎……ってもう来るのか!?」
振り向けば、猪ワイルドは既に方向転換を終えて俺に狙いを定めていた。巨体に似合わず俊敏だなおい!
「うおおおおおおっ!」
再び迫る猪ワイルドの巨体を、俺は全身を使って思い切り横に飛び跳ねた。勢いが強すぎたせいで地面を転がってしまったけど、突進を避けることができた。
「おおうっ!」
俺は猪ワイルドの突進を思い切り真上に飛び跳ねて避け、両足で着地した。
「……おお?」
俺は猪ワイルドの突進を横に軽く跳んで避けた。
あれ? なんか、思ってたほどすごくないような……。BBAの動きに比べたらずっと遅いし、動きも単調だからか、よーく見ていれば簡単に避けられるぞ。
『奴らは見た目だけで大したことない。お前でも十分戦える』
今朝聞いたBBAの言葉を思い出す。もしかして、あれって俺を実践訓練に参加させるためのテキトーな嘘とかじゃなくて事実だったの?
アニメだと雑魚は基本ワンパンだったから強さがよくわからなかったけど、もしかして雑魚が相手なら俺でも結構いい勝負できたりする……?
ちょっと試してみるか。
猪ワイルドが性懲りもなくこっちに突っ込んでくる。
俺は猪ワイルドの突進を避けた。そして、そのまま脇腹を正面に捉え、力任せに右拳を叩き込んだ。
「ギャブッ!?」
「ええっ!?」
まさかの結果に驚きを隠せなかった。
俺の拳が突き刺さった瞬間、猪ワイルドの巨体が軽く地面を離れた。今のホントに自分でやったのか?
鼻息を荒くした猪ワイルドが再び俺に迫る。俺は突進を避け、拳を叩き込む。短い悲鳴と共に猪ワイルドの巨体が跳ねた。
間違いじゃない。俺がやったんだ。自分よりも数倍大きいワイルドの体を、俺の拳が跳ね上げたんだ。
「ギャウッ」
「……ふふふ」
俺は拳を叩き込む。
「ピギュゥ!」
「ふふふふふ」
俺は拳を叩き込む。
「プギュウ!?」
「ふはははははははは!」
見事な三段笑いをキメた俺は、猪に拳の乱打を叩き込んだ。
なんだ雑魚じゃん! 『ワイルドは危険』って漠然とした不安があったけど、そうか。雑魚が相手なら俺でもちゃんと立ち向かえるんだ。
達成感を感じた俺は思わず自分の拳を握りしめた。
俺の猛攻が堪えたのか、猪は突進を止めてじっとその場で俺を睨み始めた。
「どうした。攻撃しないのか? ほらかかって来いよ」
俺は佇む猪に向かって右手で手招きをする。もはやこんな猪など恐れるに足りず。こんな戦いさっさと終わらせてみかみんを追いかけよう。
猪が突進の予備動作を見せて、再び駆け出した。
「よーし来い来い……ん?」
なんだ? なんか違和感があるな。今までと比べて速さが上がっているのか? まあ、速くなっているくらいなら全然……いや待て違う!
速くなってるんじゃない。ワイルドが
俺は咄嗟に両手を前に出し、猪の鼻先を受け止めた。
「ふんぬぅぅぅぅ!」
両腕に力を込めて猪の鼻先を押し、両足で踏ん張り体を支える。
猪は必死に四本の脚を動かしてるけど、足は地面を滑るだけで体は一切進まない。どうやら俺のパワーが上回っているみたいだ。
くくく……。さて、どう料理してやろうか。
じりじりと猪の体を押し返しながら先の展開を考えていると……どこからともなく声が聞こえてきた。
「白神!」
こ、この声はみかみん!
俺は周囲を見渡しみかみんを探した。お、廃墟の上にいるじゃん。いつの間に戻ってきたんだ。
屋根から高く跳んだみかみんは、勢いそのままに猪を横から蹴り飛ばした。
「はっ!」
「ブギイィイイイイイイ!」
すげぇ。俺のパンチじゃ軽く体を浮かせられる程度だった猪の巨体を簡単にぶっ飛ばしやがった。これが主人公の実力なのか。
みかみんに蹴っ飛ばされた猪はわたわたと慌てた様子で俺達に背を向けて逃げていった。
「大丈夫か?」
「ああ。ローザリアは?」
「いや、まだだよ。白神がいないから一旦戻ってきたんだ」
そうだったのか。戻ってきたから、てっきりシェリルを見つけて連れ帰ってきたもんだと思ってた。
「井上も無事か?」
「うん。大丈夫」
「うぇえ!?」
エア子、お前いつの間に現れた!? さっき何回呼んでも返事しなかったじゃん!
「ど、どうしたの白神君」
「……井上さんはいつ戻ってきたの?」
「え? 私はずっといたよ?」
「御神代。井上さんってずっとここにいた?」
「あ、ああ。俺が見た限りではいたと思うけど」
「そっか……」
「もう白神君。変な事言わないでよぉ」
変なのはお前じゃい!
思った通り、エア子消失は言っても通じないみたいだ。今後はエア子がいなくなっても黙っておこう。指摘したら今みたいに微妙な空気になるだけだろうし。
「俺の勘違いだったみたいだ。悪い。それよりも今はローザリアだ。あいつを探しに行かないと」
「そうだな。早く合流しよう」
そう言って、俺達は三人揃って訓練場の奥へと向かおうと一歩踏み出した。
その時だった。
『御神代。監視員から訓練区域外でローザリアの炎が見えたと連絡があった。どういうことだ?』
地獄の使者から
俺とみかみんは顔を見合わせた。みかみんはこの世の終わりみたいな顔をしている。そして多分、俺も同じような顔をしてると思う。
てか、シェリルのヤツ早すぎだろ! まだ訓練始まって一時間も経ってないのに、こんなハイペースでストーリー進めんなよな!
「すみません師匠。実は――」
みかみんが事情を説明するとBBAは「そうか」と短く返事をし、そして、すぐにアシスターからBBAの新たな指示が聞こえてきた。
『全チーム、一度集合地点に戻れ。繰り返す、集合地点に戻れ』
集合地点に戻れって事は、いよいよ始まるわけか。シェリルの捜索が。
「集合って、師匠は何をするつもりなんだ?」
「今に分かる」
「師匠!?」
「ひぃっ!?」
みかみんのつぶやきに対し、突然現れたBBAはしれっと答えた。そういう心臓に悪い登場はやめてくださいよ!
俺達の前から再びBBAの姿が消える。それからしばらくして、クラスメイト達が続々と集合地点に戻ってきた。皆、突然の招集命令に首をかしげているみたいだ。
全員が揃ったところでBBAが戻ってきた。その手に一つの荷物を持って。
荷物の中に入っていたのは色違いのアシスターだった。訓練用とは違ってこっちは質素な銀色だけど、大きさは一回り小さい。
「これは実戦で使用するアシスターだ。各チームのリーダーはこれを付けろ」
なるほど。訓練区域外じゃ俺達のアシスターは使えないから、本チャンの物に替えるのか。
クラスメイト達は要領を得ないのか、いまだにざわざわしている。
「緊急指令を伝える。諸君にはこれより訓練区域外でシェリル・ローグレス・ローザリアの捜索を行ってもらう。喜べ、早速実戦だぞ」
◇
ついにやってきた。特異型ワイルドとの戦いが。
今は皆で仲良く山登りの最中だ。チーム同士ギリギリ姿が見える位置を保ちながら、ドゴンドゴンと鳴り響く爆発音に向かって走っている。
そして、この爆発音の先に待っているのは特異型の熊ワイルドだ。
熊ワイルドの武器はシェリルの炎を何発食らっても倒れないくらい頑丈な体と、範囲攻撃もできる土の
最後はみかみんとシェリルの合体技がさく裂して倒すんだけど、それまでは熊ワイルドと真正面からの殴り合いをすることになる。
「皆、シェリルは見えたか?」
『いや、全然見当たらない』
『こっちもだ』
『メンドくせえ。さっさと終わらせるぞ』
みかみんがアシスターで呼びかけると、他のチームから返事が返ってきた。皆声色からは硬さが取れて、カマセ犬なんかは愚痴まで零す始末。気が抜けているのがありありと感じられる。
まあ、気持ちはわかるよ。いくら実践と言っても、この辺に出てくるワイルドは訓練区域で戦ったヤツらと変わらない。
自分達の力が通用するってわかったから、今もこうして気楽にシェリルを捜索しているんだろう。
でも、これから戦う熊ワイルドは違う。特異型のワイルドはその辺のワイルドとは比較にならない程強い。
アニメでも、みかみんとシェリル以外のクラスメイト達が雑にぶっ飛ばされるのを見て「モブに厳しい世界だ」って思ったのは覚えている。今からその光景が完全再現されるっていうんだから、ご愁傷様と言わざるを得ない。
まあ、そんな奴らに俺は追従しているわけだけど。
俺がここにいる理由はただ一つ。ワイルドへの恐怖心を払しょくするためだ。
これまで、俺は『ワイルドは危険だ』って漠然とした不安を抱いていたけど、猪ワイルドと戦って、ワイルドはそこまで怖い存在じゃないって知った。
BBAが奴らは見た目だけって言ってた理由も分かったし、熊ワイルドも見た目の怖ささえ乗り切れば後はなんとかなると思うんだ。
今後もワイルドにビクビク怯えて、フラグだのなんだのあれこれ考えながら生活するなんてまっぴらごめんだ。ここで熊ワイルドに真正面から立ち向かって、ワイルドへの恐怖を完全に乗り越えてやる。
で、あわよくば。これはあわよくばの話なんだけど――いろんな奴らから一目置かれる存在になって規格外扱いされるようになってちやほやされて敵をワンパンして偉くなって金持ちになって超次元の存在になって別世界に移動できるようになったりとかして世界を救ったりできるような活躍ができたらいいな。
もう一度言うけど、これはあわよくばの話だから! 本気でそう思ってるわけじゃないから!
『今の音、かなり近いな』
『多分すぐそこにいるよ』
「ああ。早くシェリルを連れ戻そう」
近くでひときわ大きい爆発音がした事で、皆がせわしなく周囲を見渡し始めた。
俺はTPSで上空に視点を作り、上からシェリルの居場所を探す。
木々の隙間から天に上る火の粉が見えた。あの独特の色合いはシェリルの炎だ。間違いない。この斜面の向こうに熊ワイルドがいる!
「白神。どうだ?」
「いた。この斜面のむこうだ」
「そうか。皆、シェリルが見つかったぞ! こっちに来てくれ」
みかみんがそう呼びかけると、クラスメイト達が俺達のいる場所へと集まり始める。そして、全員が揃ってから一斉に斜面を駆けあがった。
「な、なんだあいつは!?」
斜面の向こうには、アニメで見た光景が広がっていた。
山の中にある平らな広場、通称『謎バトルフィールド』で戦うシェリルと熊ワイルド。シェリルは炎を撃ち込むけど、熊ワイルドはものともせず、異様に発達した長い腕を勢いよく振るう。シェリルはそれを後ろに跳んで避けた。
やっぱり熊ワイルドの見た目は怖い。熊の原型が若干崩れていて、異様さがより際立っている。
でも、動きはそこまで速くない。大きさだってシェリルの二倍くらいだし、付け入る隙は十分あるはずだ。
「シェリル!」
みかみんが一人でシェリルの元へと向かう。確か、最初はシェリルを説得しようとするんだっけ? で、こいつは絶対に倒すって聞かないシェリルに付き合っているうちに、クラスメイト達がみかみん達を助けようとなだれ込んで、そのままなし崩しに熊ワイルドと戦う事になる。
「危ない!」
「くそっ、俺達も戦うぞ!」
「御神代に続けー!」
言ったそばから、闘志に燃えたクラスメイト達が謎バトルフィールドへとなだれ込む。そして、そのまま一斉に熊ワイルドへ飛び掛かった。
よ、よし。俺も行くぞ。ジャンプ、そして着地。さあ、開戦だ。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
あ、あれ? おいお前。さっきとサイズ違わないか? 今度はシェリルの五倍くらいになってるけど……。
「グオオオオオオオアアアアア!!!」
「え?」
クラスメイト達を薙ぎ払った腕が、着地したばかりの俺に迫る。
腕長っ! ちょ、やばっ。避けられ――。
「危ない!」
俺が何もできないまま棒立ちしていると、熊ワイルドの腕が半透明の何かにぶつかった。
驚いた俺は辺りを見渡した。そして、俺のすぐ後ろにこの現象を引き起こしたであろう人物――エア子を見つけた。
「白神君大丈夫!?」
「あ、ああ。大丈夫。あの、これって……」
「これは私の
エア子の
「まだまだ!」
「負けるか!」
クラスメイト達が熊ワイルドの背中に迫る。
振り向いた熊ワイルドは咆哮と共に右腕を振るい、近づこうとするクラスメイト達を吹き飛ばす。
続けて左腕が振るわれ、遅れて近づこうとするクラスメイト達を吹き飛ばす。
……ん?
「今のは……」
どういう訳か、俺は今の一連の動きに既視感を覚えた。いや、一度アニメで見ている光景のはずだから既視感を覚えてもおかしくはないんだけど。
なんていうかな……既視感ていうより違和感? クラスメイト達が熊ワイルドに挑んで、それを熊ワイルドが跳ねのけるってだけなのに、今の光景を見て何故かツッコミたくなるような違和感があった。
俺が疑問を抱いている間も戦闘は進む。
至近距離はマズいと判断したのか、クラスメイト達は
数の暴力に押された熊ワイルドは後ずさる。このまますんなり倒せたらいいんだけど、そうは問屋が卸さない。
熊ワイルドの目が赤く輝く。そして地面がベタ塗りになった。くるぞ!
「皆、下から攻撃が――!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
俺は叫んだけど、その声は届かない。ベタ塗りの地面が爆発し、飛び出した鋭い土の棘が次々とクラスメイト達に襲い掛かった。
土の棘の範囲攻撃はクラスメイト達の大半が餌食になった。でも、そんな中でみかみんとシェリルだけは完璧に棘を回避した。
「食らえ!」
「はぁっ!」
上空に高く跳びあがった二人は空中で
怒りの咆哮をあげた熊ワイルドは地面から土の砲弾を生み出し、落下するみかみん達へ飛ばす。
空中で
熊ワイルドは少しのけぞったけど、すぐに体勢を立て直して右腕を振り、続けて左腕を振った。みかみんとシェリルはまたしても空中で
……二人共、どうやって空中で進行方向変えてんだろ。
「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
距離が空いた瞬間、熊ワイルドは
近づけばあの太い腕が襲い掛かって、離れれば
クラスメイト達も既に復帰して
でも、
うーん、あの動き……。さっきから感じる違和感の正体はなんだ? 最初にクラスメイト達をぶっ飛ばした時といい、今のみかみん達をぶっ飛ばした時といい、俺は何にツッコミを入れようとしているんだ?
「白神君。どうやってあいつを倒すの?」
ん? エア子、お前まだいたのか。
倒すって言ったら、やっぱりアニメと同じみかみんとシェリルの合体技だろう。炎の竜巻で熊ワイルドを消し炭にするんだ。どうやって合体させたのかまではわかんないけど、とにかくみかみんとシェリルが全力を出せば合体技が発動して熊ワイルドを倒せる。
でも、どうしてそんなことを俺に聞いてくるんだろう? このまま無視するわけにもいかないし、とりあえず無難な答えを返しとくか。
「そりゃ、みかみんとローザリアがなんとかするんじゃないの?」
「そうなんだ。わかった」
わかったって、今の返事で何を分かったって言うんだ。
「真人君! 白神君があいつをやっつける方法があるって!」
はぁ!? いきなり何言ってんだこいつ! やっぱりなんも分かってねえじゃんか!
俺はみかみんとシェリルならなんとかするだろって意味で言ったのに、どうして俺が打開策を見つけたみたいな話になってるんだ。
そもそも、こんなドッカンドッカン戦闘音響かせてる中で遠くにいるみかみんに声が届くわけないだろ。距離感考えろよ。
「本当か!?」
届いたよ。つーか、みかみんの声もやけにはっきり聞こえたな。みかみんのいる場所からここまで結構距離があるはずなんだけど。
戦線を一旦離脱したみかみんが俺の傍に寄ってきた。
「教えてくれ白神。あいつを倒すにはどうすればいいんだ」
「え、あ、おー……」
くそっ、エア子の奴めテキトーなこと言いやがって! 急にそんなこと言われても何言っていいか分かんねえよ。
『だったら結果で黙らせろ』
その時、BBAの言った言葉が頭をよぎった。
そうだ。どうせ勝利方法は決まってるんだし、それを俺のアイデアっぽく説明すれば変に思われずにみかみん達を答えに導けるんじゃないだろうか。
「……合体技だ」
「合体技?」
「前に……そう、テレビで聞いたことあるんだ。ヴァンガードの
我ながら怪しい説明だ。でも、これでみかみんは合体技の存在を知ったわけだし、なんか都合よく技を思いつくような展開にならないだろうか。
「そうなのか? そんなの聞いたことないけど……」
みかみんが懐疑的な顔を見せる。まあ、当然だよな。合体技なんて見たことも聞いたこともないだろうし、やっぱり原作知識を披露するのは得策じゃなかったか。
選択肢を間違えたと一人悔しさを噛み締めていると――
「できるよ!」
突然、エア子が大声を上げた。
急に大声を出すなよ! びっくりしたじゃんか!
「真人君ならできる!」
「俺なら?」
「うん。真人君は昔からどんな時も諦めずに挑戦して、最後は必ず成功してたでしょ。今回もきっとできるよ!」
「……そうだ。ああ、そうだな!」
おお、流石幼馴染。みかみんの事よくわかってるじゃん。悩む主人公を導くなんて、なんだかんだでちゃんとヒロインやってんねえ。
エア子に激励されたみかみんは自信に満ちた顔で俺を見た。
「それで、その合体技っていうのはどうやって出すんだ?」
「そこまではわからん。とりあえず、全力の
俺が言えるのはここまでだ。ここから先は当人達にしか分からない世界だから、主人公補正でなんとかしてくれ。
「わかった。なんとかやってみるよ」
そう言って、みかみんはシェリルの元へと向かった。よし、これでフィニッシュまでの道のりか近づいた。
みかみんとシェリルが戦線を離脱して、離れた所で話し込んでいる。
あそこで主役特有の長話が展開されてるんだろうけど、果たして何分かかることやら。
って、呑気に言ってる場合か! 恐怖を払しょくするだのなんだの言っておきながら、ずっとなんにもしてないじゃん!
俺は改めて熊ワイルドへと目を向ける。
大きさは最初に巨大化してから変わっていない。大きさが変化する作画崩壊は一時的なものだから、あの大きさを維持してるって事はあれが本来の大きさなんだろう。
俺の攻撃については殴るか蹴るかしかできないけど、そもそも熊ワイルドには合体技以外の攻撃はあまり意味ない。俺達の勝利に必須なのはみかみん達の合体技。だから、俺のやるべきことは合体技発動までの時間を稼ぐことだ。
だから――。
「うわああああああ!?」
熊ワイルドが右腕を振るう。クラスメイトが数人吹き飛ばされた。
「ぐわあああああっ」
熊ワイルドが左腕を振るう。クラスメイトが数人吹き飛ばされた。
ああもう、その動きやめろ! その動きを見てると違和感に襲われて考えに集中できないんだよ。
くそっ、もやもやする。この違和感の正体、すぐそこまで出かかってるんだけど中々思い出せない。
熊ワイルドが右腕を振るう。クラスメイトが数人吹き飛ばされた。熊ワイルドが左腕を振るう。クラスメイトが数人吹き飛ばされた。
熊ワイルドが右腕を振るう。クラスメイトが数人吹き飛ばされた。熊ワイルドが左腕を振るう。クラスメイトが数人吹き飛ばされた。
右、左、右、左。馬鹿の一つ覚えみたいに腕を振り回す熊ワイルド。その姿はまるで――。
「……ああ!!」
そうか思い出した! これか違和感の正体は! 道理でツッコミたくなるし、既視感もあるわけだ!
それに、この違和感を利用すればみかみんとシェリルが合体技を使うまでの時間稼ぎができるかもしれない。
やるべきことは決まった。これを成功させるには俺の反射神経が肝になって来るけど……そうだ。エア子がいればより確実に実行できるじゃないか。姿が消えてなければいいんだけど……。
「お、ちょうどいい位置にいるじゃん!」
エア子を探すと、彼女は既に熊ワイルドの前でシールドを張っている最中だった。
その位置こそ俺の考える最適の場所だ。ナイスな展開だ。
後は俺が恐怖を乗り越えて、あそこまで行けるかどうかだけど……いや、行けるかどうかじゃない。行くんだ! 今ここで踏み出せないと、俺は一生ワイルドにビビッて暮らしていくことになる! 行くなら今しかない!
「よし!」
俺は熊ワイルドに向かって全速力で駆けだした。
近づくにつれて熊ワイルドの姿が俺の目に鮮明に映り、恐怖心がより掻き立てられる。
くうっ……やっぱ迫力すげぇ。いや大丈夫、大丈夫だ。クラスメイト達は何度も熊ワイルドの攻撃を食らってるけどちゃんと立ち上がれてるし、俺だって大丈夫なはずだ。だから勢いよく突っ込め!
「うおりゃああああああああああ!」
俺は真正面から熊ワイルドに突っ込み、その広い胸板にドロップキックを叩き込んだ。
そのまま地面に着地し熊ワイルドの顔を見上げると、ヤツは何もなかったかのように鼻を鳴らし、俺を見ていた。
「白神君!?」
「井上さん。こいつを足止めするから協力してくれ」
「っ! いいよ。任せて!」
よし、エア子の協力は取り付けた。後は熊ワイルドの攻撃を凌ぐだけだ。
「井上さんは俺の後ろに立って。で、俺が指さす方にシールドを張ってほしい」
「わかった。タイミングは声で教えて」
俺達の打ち合わせがちょうど終わったタイミングで、熊ワイルドが動いた。
初手は予想通り右腕からの攻撃だ。なら、俺が指さすのは――。
「今!」
俺はすぐさま左上を指さした。エア子はすぐさまシールドを展開し、熊ワイルドの右腕がガツンと直撃する。
初手は防げた。次は……やっぱり左腕か!
「次!」
俺は右上を指さし、エア子がシールドを展開する。熊ワイルドの攻撃はシールドに防がれた。
そう、これこそが熊ワイルドの弱点。接近戦の攻撃パターンが右からの薙ぎ払いと左からの薙ぎ払いの二種類しかない。動きを繰り返す省エネ作画のせいで、定位置にしか攻撃が届かないんだ。
動きが露骨に繰り返しだったせいで、アニメ放送後にこいつがオープニング曲に合わせて左右に腕を振り回すクソMAD『ワイルドダンス』が一時期話題になった。
俺はこの動きにツッコミを入れたかったんだ。「なに踊ってんだ」って。
「グオオオオオオオ!」
「次左!」
「ギャオオオオオオオ!」
「次は右!」
「グオオオオオオオ!」
「左!」
「ギャオオオオオオオ!」
「右!」
次に来る攻撃が分かっているから対処は簡単だ。このまま近距離でヘイトを取り続けていれば
このままみかみんとシェリルが合体技を完成させるまで時間を……。
「ご、ごめん白神君! そろそろ限界っ……」
「え?」
その言葉の意味を聞く前に、事態は動いた。エア子の出したシールドが砕け、熊ワイルドの右腕が俺達に迫る。
エア子のシールドって耐久があったのか!? 俺は咄嗟にエア子を後ろに突き飛ばし、熊ワイルドの攻撃が届かない場所まで移動させる。
そして、俺自身も攻撃を避けるべく咄嗟に後ろへ跳んだ。ビリッと目の前で服が破ける音がした。
「やばっ」
体勢が崩れた俺は地面に片手をついてなんとか姿勢を維持した。
そのまま視線を熊ワイルドに向ければ、ヤツは既に次の攻撃態勢に入っていた。あれが振り下ろされる前に、後ろのエア子と一緒に離脱しないと!
エア子を連れて逃げるべく、俺はすぐさま振り返った。
でも、振り返った先にエア子の姿は
「なんでいないの!?」
その一瞬が、咄嗟のツッコミが、明暗を分けた。
うっかり足を止めてしまった俺は、離脱の機会を完全に逃してしまった。
世界がスローモーションになる。
再び熊ワイルドへ視線を向けると、勢いよく振り下ろされる左腕が見えた。
がっしりとした腕から生える鋭い爪が飛び出し、俺を引き裂こうと迫って来る。
このまま爪の直撃を受けるか? いや、駄目だ。ワイルドとの戦闘用に作られた活動服を簡単に引き裂いた爪だ。直撃したら絶対にタダじゃ済まないぞ。
でも、このままの状態じゃどうしようも――――――手のひらの肉球だ。
俺は咄嗟に前へ踏み出した。同時に、バチンと肌を叩く大きな音が響いた。
「ぐっ……ぬうぅっ……!」
頭がぐらぐらする。耳がキンキンする。手足が軋む。息が苦しい。でも、生きてる。
俺は熊ワイルドの左手を受け止めていた。
自分でもどうしてそんな判断をしたのか分からない。ただ、どういう訳が自分が熊ワイルドの攻撃を受け止めるビジョンが浮かんだ。
その一瞬だけ見えたビジョンに突き動かされた結果、俺はこうして熊ワイルドの攻撃を受け止めていた。
熊ワイルドの左腕が俺から離れた。
咄嗟に滑り込ませた両腕はじんじんと痺れて力が入らず、だらりと垂れさがる。
足は固まったみたいに動かず、膝を曲げた状態のままを維持している。
俺の体は完全に動かなくなってしまった。
「ヤ、バ……」
ぼんやりとした視界には熊ワイルドが右腕を振り上げている姿が見えた。
もう手足は動かせない。今の俺は、熊ワイルドの攻撃が来るのを黙って見ていることしかできない。
「オラァ!」
でも、攻撃は俺に届かなかった。見ていることしかできなかった俺の前に厳つい顔をした大男、カマセ犬が割り込んできたからだ。
熊ワイルドの右腕を殴り飛ばしたカマセ犬は、着地した後にビシッと俺を指さした。
「一発貰ったくらいでくたばってんじゃねえ! 戦えねえならとっとと下がれ! 邪魔だ!」
「っ!」
その一言は、ぼんやりとしていた俺の頭を一気に覚醒させた。
そうだ。クラスメイト達は何度も何度も攻撃されてるのに、めげずに何度も立ち向かっていたじゃないか。なのに一発貰っただけで何死にかけてんだ俺は。
ふざけんなよ俺。お前はここに何しに来たんだ。恐怖を克服するためだろう。
一発殴られて、動けなくなって、そのままぼさっと突っ立ってたら恐怖を克服したことになるか? ならないだろ。
そんなの、俺自身が納得できない!
「うおおおりゃああああああ!!」
俺はその場で高くジャンプして、カマセ犬に振り下ろされる熊ワイルドの右腕を思い切り蹴り飛ばした。
「借りは返したぞ伊万里!」
「貸した覚えはねえ!」
カマセ犬こと伊万里が怒鳴りながら言い返す。そして、俺は続けて振るわれる熊ワイルドの左腕に備えようと身構えた。
でも、左腕は俺とカマセ犬の頭上を通り過ぎたカラフルなギザギザビームで弾かれた。このギザギザビームは……!
「お前らだけで勝手に盛り上がってんじゃねえよ!」
「私達にも活躍させてよね!」
「よそ見をするな! 来るぞ!」
そう言って、クラスメイト達は一斉に熊ワイルドへと飛び掛かった。
「チッ、余計な手出ししやがって!」
「まだまだ終わってたまるかああああああ!」
俺とカマセ犬も彼らの後に続いた。
冷静になって考えてみれば、この時の俺はだいぶハイになっていたと思う。いや、なってた確実に。
「全員ジャンプだ! 棘がくるぞ!」
「うおっ!? 本当にきた!」
多分この時初めて、本当の意味で、俺はワイルドに立ち向かった。
「右からくるぞ! 気を付けろ!」
「りょーかい!」
ストーリーだとかキャラだとか時間稼ぎだとか、そんな事は一切考えず自分にできることを全力でやった。
「白神君危ない!」
「サンキュー
そして、ついにその時がやってきた。
「皆離れてくれ!」
「一撃でぶっ飛ばしてやるわ!」
みかみんとシェリルがひときわ大きい輝きを放つと同時に、アニメで見た光景が再現された。
巻き起こる紅色の竜巻。絶叫する熊ワイルド。遠くに居ても感じる熱量は、肌を焼くのではと錯覚してしまう程すさまじく、その中心にいる熊ワイルドの体はボロボロと崩れ消えていく。
こうして、俺達の初めての実戦は幕を閉じた。
この戦いで本当に恐怖が克服できたのかは分からない。でも、俺の中にはこれまでにない確かな達成感があった。