俺のクソアニメ世界での日常   作:お暇

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学園物では先輩ヒロイン派でした。


俺のクソアニメ世界での先輩

 あの戦いから数日。俺は充実した日々を送っていた。

 

 授業やBBA組手にも真面目に取り組んだ。みかみん達とも以前より積極的に会話ができるようになったし、これまでは何を考えるにも後ろ向きで乗り気じゃない事が多かったけど、今では何事も前向きに捉えられるようになった。

 

 原因はやっぱり熊ワイルドの戦いを乗り越えたからだろう。

 自分は狩られるだけの存在じゃない。抗う力を持っている。そう認識できたのは大きな収穫だった。

 そして、今は新たな目標に向かって努力を続けている。

 

 打倒・伊万里源次(いまりげんじ)

 

 ぴんと来ない人向けに言うと、打倒・カマセ犬。

 

 思い出すだけでムカムカする。人のことを勝手に虚弱扱いしやがってあの野郎。

 熊ワイルドと戦った後にエア子の肩を借りて歩いてただけで、どうして虚弱扱いされにゃならんのだ。

 俺がひ弱なんじゃない。お前らが異常なんだよ! どいつもこいつも一瞬で服も怪我も戻っちゃってさ。どうして俺だけ怪我が戻らないんだ。服はちゃんと元に戻ったのに。

 

 それからというもの、伊万里はことあるごとに俺を虚弱扱いしてきやがる。あんちきしょうめ。

 でも、悔しい事に、今の俺じゃあいつを黙らせることはできない。俺の実力が伊万里と同等かそれ以下だっていうのは、熊ワイルドとの戦いでわかっている。それじゃ説得力がない。

 

 黙らせるには、やっぱり示すしかない。俺の力を。虚弱じゃないって事を。

 

 ここからが本当の意味での、ヴァンガード『白神竜史』のスタートだ。

 伊万里は初めに越えるべき壁。ヤツを真正面からぶちのめしたその時、改めてカマセ犬と呼んでやる!

 

 そのためにも、まず目の前の敵をなんとかしないと。

 

「…………」

「後ろぉ!」

 

 咄嗟に振り返った勢いそのままに裏拳を叩き込む。手ごたえを感じた俺は、ここでようやく後ろにいる人物へと視線を向けた。

 

「そうだ。それでいい。いかなる時もTPSを維持し続けろ」

 

 現在は既に放課後。學園の敷地内にある実戦場で、俺はBBAと二人きりで訓練をしていた。

 あ、勘違いしないでくれよ。これはやる気に満ちた俺がBBAに頼み込んだとかそういうのじゃない。発案者はみかみんだ。

 力不足を実感したみかみんが個人でBBAに頼み込んだ結果、何故かみかみんチーム全員がBBAの特別訓練を受ける事になったんだ。

 

 まあ、俺も打倒伊万里を掲げてるから、この訓練は渡りに船だと思ったけどさ。思ったんだけれども、何事にも限度ってものがあるじゃん。休みなしでずっと殴り合うのは流石にしんどいって。BBAもBBAでこっちの事なんかお構いなしだし。

 今日はやけに遅いなみかみん達。いつになったら来るんだろう。

 

「生憎だが、御神代達は来ないぞ」

「え?」

「今日は別の用事を任せているからな。あと一時間、私と二人きりだ。うれしいだろう?」

「……嫌です」

 

 次の瞬間、BBAの拳が飛んできた。実力行使は止めろぉ!

 

 BBAが繰り出す高速連撃を、俺はやっとの思いで捌く。

 しかし、こうして真面目に戦ってみると、みかみん達との力の差がよくわかる。みかみん達はこんくらいの連打なら普通に捌くし、肉弾戦に加えて固有魔法(ユニークマジック)も使えるから攻めの機会も多い。俺が五分しかもたないとするなら、みかみん達は十分~十五分もつ。エア子はいなくなるからノーカウントな。

 

 いいなぁ。俺もみかみんみたいに天然のヴァンガードだったらチート能力を身につけられたのかなぁ。むしろアニメの世界に転生したって生い立ちなんだから、俺だって特別な力を持っててもいいはずなのに。

 幼いころから最強の固有魔法(ユニークマジック)を宿す俺は、偶然巨悪と出会ってしまう。しかし、俺はそいつらをたった一人で叩きのめ――。

 

 ……ん?

 

 ちょっと待て。なんかおかしくねえか?

 アニメで見てた時は疑問に思わなかったけど、この世界で知った知識と照らし合わせると、みかみんの設定ってどうなんだ。

 

 アンノウンは限られた範囲内でしか作用しない。みかみんが天然のヴァンガードって言うんなら、子供の頃に立ち入り禁止区域内に行ってなきゃいけないはずだ。

 みかみんは東京生まれの静岡育ちって言ってたし、感染する機会なんてないんじゃ……?

 

「遅い」

「ごふっ!?」

 

 痛っ! めちゃクソ痛えぇ! 余計な事考えてたせいで顔面にモロに食らっちまった!

 

「私を相手に考え事とは偉くなったものだ」

「ず、ずびばぜん……」

「ふん。まあいい。一度休憩だ。ついでに例の件も済ませよう」

「例の件?」

「武器だ」

「っ!!」

 

 その言葉を聞いた俺は、痛みも忘れて跳び起きた。

 マジか。ダメ元だったんだけど、まさか本当に実現するなんて!

 

 頼んでいた件っていうのは、ワイルド用の武器についてだ。

 以前にふと思った疑問。ワイルド戦に特化した武器があるのかどうか。あるならどうすれば手に入るのか、BBAに聞いてみたんだ。

 

 その時は「少し待て」と言って返事がもらえなかったんだけど、どうやらその返事を今くれるらしい。

 

「それで、どうすれば手に入るんですか!?」

「慌てるな」

 

 BBAはベンチにあった荷袋を持つと、俺に向かって放り投げた。

 

「それをやる。大事に使え」

 

 ぼすんと胸に当たった荷袋を、俺は慌ててキャッチした。

 ……え? 使えってどういう事? 言葉の意味が分からないまま、俺は恐る恐る荷袋を開ける。

 中には白銀色のガントレットが入っていた。……これって、もしかしてマジもん? 

 

「あの、これって」

「お前が欲しがっていたものだ」

 

 まさかの展開に頭が追いつかない。俺はどうやったら手に入れられるかって情報を知りたかったんだけど、まさか実物が出てくるなんて……。

 

「……現物が出てくるのは予想外でした」

「遠慮は不要だ。貰えるものは貰っておけ」

「っ……!」

 

 BBA……いえ、春夏冬(あきなし)先生! この白神竜史、あなたの行動に感銘を受けました。この御恩は一生忘れません。今後もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!

 

「では早速使い方を教える。それを装着しろ」

「え? 今休憩に入ったばかりじゃ――」

「取り上げられたいか?」

「準備します!」

 

 早速ガントレットを装着した俺は、春夏冬(あきなし)先生から使い方と戦い方説明を受けた。

 ふむふむ。なるほど。それは確かに素晴らしい。でもね先生、それって本当に実現できるんですか? 聞いてる限りだと、正直、実践できるとは思えないんですけど。

 

「できるまで付き合ってやる。感謝しろ」

 

 ア、ハイ。

 

「よし。早速実践だ。今言った通りの動きをやって見せろ」

「へ?」

「武器の扱いも固有魔法(ユニークマジック)の扱いも体で覚えるのが一番だ。構えろ」

「や、あの、殴りかかって大丈夫なんですか? というか、今日ちょっとペース早すぎません?」

「明日からしばらく出張なのでな。気晴らしの時間は長くとっておきたい」

「私的な理由ですね!?」

 

 結局、やる気に満ちた春夏冬先生にボコボコにされた俺は、全身にあざを作って訓練を終えた。

 歩くたびに全身が痛むけど、これも明日の朝には全部治ってるっていうんだから、ヴァンガードの体ってホントすごい。

 

 茜色に染まる空を眺めながら寮へと続く道を歩く。夏が近づいてきているせいか、明るい時間も随分と伸びた。あと一ヵ月もすれば、みんな大好き夏休みだ。

 夏休みになったら家に帰れるみたいだし、しばらくはアニメ云々を忘れてゆっくりできそうだ。

 

 ……ああ、その前に最後の戦いがあるな。確か、アニメ最後の敵は夏休み前のサバイバル演習という名の遠足キャンプで登場するんだったっけ。確か名前はリ……リンス? リンスでいいか。

 全力じゃなかったとはいえ、あのみかみんを一度倒すんだからリンスの強さは相当なものだろう。

 

 ただ、この世界は作画崩壊だけじゃなくて、熊ワイルドのワイルドダンスみたいにアニメでの動きも反映されているって事が分かった。

 リンスもそれが再現されているなら、ヤツの攻撃が当たることはないだろう。

 

 ただ、俺自身の攻撃じゃリンスを倒せないだろうから、攻撃面はみかみん達に頼らないといけないけど。

 

「お、噂をすればなんとやら」

 

 みかみんの事を考えてたら、前から荷物を持って歩いてくるみかみんの姿が見えた。隣にいるのは女子生徒だ。結構小さいな。後輩か? この時期に制服の上からロングコートなんて独特な……いや、もしかしてアレ、白衣か?

 

 そうだよ。熊ワイルドの話が終わったんだから、いよいよあの天才の登場じゃないか。

 

「なんだい? さっきからジロジロと。僕に何か用かな?」

 

 ぼさぼさロングの金髪。赤フレームの眼鏡。制服の上から纏う白衣。そして、この冷めた態度。

 間違いない。彼女はSSSにおける先輩ポジションのヒロインであり、みかみんというあだ名の名付け親。

 

 ニーナ・芹沢(せりざわ)。またの名を『即堕ち先輩』。

 

 異能教化學園の二年生。俺達の一つ上の先輩で、人間をそっくりそのまま遠くへ移動させる『転移装置』を完成させる天才。そして、そのあまりの即堕ぶりに視聴者全員が困惑した、作中でもリアルでも異端扱いされたキャラだ。

 

 とりあえず、知らない(てい)で話しかけよう。

 

「御神代。この人は?」

「この人は二年の芹沢先輩だ」

「ふーん。ローザリアや井上がいるってのに、また新しい女に手を出したのか」

「違う! これは師匠が勝手な約束をしたせいなんだ! 俺の意志じゃないんだ信じてくれ! というか、シェリルや未来とはそういう関係じゃないぞ!?」

 

 知ってるよ。春夏冬(あきなし)先生のおつかいか何かで先輩と出会うんだよな確か。

 先輩は春夏冬(あきなし)先生の狂信者で、弟子のみかみんに嫉妬していたから、いびるためだけにみかみんを自分の助手に任命するんだ。

 「春夏冬(あきなし)先生の弟子なのに情けない」とプライドを刺激されたみかみんもムキになって、先輩の言う事を律儀に聞く。そして、惚れられる。

 

 どうしてそうなった?

 

 当時は大混乱だったよ。時間が飛んだだの放送ミスだの色々言われたけど、公式からはミスじゃないと明言された結果、最終的にみかみんが『催眠おじさん』の系譜だって結論に落ち着いたんだから。

 

「そうなのか。なんか仲良さそうだったからさ」

「そんな仲じゃない。流れで手伝いをすることになっただけだ」

「なるほど。だから今日の訓練に来なかったんだな」

「そういうこと」

 

 納得した。今日がアニメの第……何話だ? とにかく、今日がストーリーの進む日だったんだ。そりゃ訓練に来ないわけだよ。

 

「白神こそ、その荷物どうしたんだ?」

「っ! ……フッ。よくぞ聞いてくれた!」

 

 流石みかみん、よく気が付いた。実は聞いてほしくて、それとなく目立つように持ってたんだよね!

 

「見ろ! 俺の対ワイルド用武器を!」

 

 俺は荷袋からガントレット取り出し、見せつけるように突き出した。

 ふふふ、二人共驚いてる。こういう反応、見ていてちょっと楽しいな。

 

「嘘だ!」

 

 突然の絶叫に俺とみかみんは体をびくつかせた。

 何事かと声の主である先輩へ目を向けると、先輩は顔芸と呼ぶにふさわしい凶悪な顔で俺を睨みつけていた。

 顔の影だけ極端に濃淡があるのがちょっと面白い。

 

「盗人猛々しいとはまさにこのこと。それは秋様がかつて使っていた対ワイルド用特殊攻撃装備『アヴェンジ』。君の物じゃない」

「ええ!?」

 

 これって春夏冬(あきなし)先生のおさがりだったの!? しかもアヴェンジなんてかっこいい名前まで付いてたなんて、先生はそんな事言ってなかったぞ。

 

「事の重大さを理解していないようだね。そもそもアヴェンジは、秋様が使う事で初めて真価を発揮する装備。君が持っていても宝の持ち腐れにしかならないよ」

「……そうなんすか?」

「アヴェンジは特攻装備の開発黎明期に造られ、性能も大幅に低く誰にも使われなかった旧型の装備。でも秋様はその装備に真価を見出した。付与魔法(エンチャント)の効果でパンチの衝撃を増幅させるだけのアヴェンジと秋様の『ハイパージャンプ』が組み合わさり必殺の一撃が誕生した!」

 

 ハイパージャンプ? 初めて聞いた言葉だ。文脈から察するに春夏冬先生の固有魔法(ユニークマジック)かな。

 つーか、先輩さっきからめっちゃ早口なんだけど。よく息続くな。

 

「秋様のハイパージャンプは色々な所でジャンプができるだけの固有魔法(ユニークマジック)だった。それを秋様は研磨しジャンプの速度を自在にコントロールできるようになったんだ! 自分の体を高速で撃ちだし拳に速度を上乗せすることでアヴェンジの破壊力を極限まで高める! 流星の如く駆け抜ける白銀の一撃はやがて『ミーティア』と呼ばれるようになり秋様の指す二つ名となった! わかるかな? このすごさが! 下位ランクの固有魔法(ユニークマジック)と下位ランクの特攻装備を駆使して秋様は最強の7人に名を連ねるまでになったんだよ!」

 

 へぇ~そうなんだ。全然知らない情報だから素直に聞き入ってしまった。

 

「さて、これでわかっただろう。それは君が持っていても意味のない物なんだ。君がどんな狡猾な手段でそれを手に入れたのかは知らないけど、今返すなら君の罪は黙っててあげるよ。さあ、それをこっちに渡すんだ」

「罪って、これは本人から貰った物――」

「嘘だ!」

 

 ぷぷっ。そのクワッて顔は止めろよ。変な笑いが出てきちゃうだろ。

 罪って言われたって、本人から直接手渡された物だし、俺が悪いわけじゃないからなあ。

 

「ほら。早く渡すんだ」

「嫌っすよ。これは春夏冬(あきなし)先生から貰った物です。アンタに渡す必要はないですよ」

「……死にたいのかな?」

 

 なんだ? 先輩の体からビリビリと電気みたいなモノが……。

 あ、そういや先輩の固有魔法(ユニークマジック)は雷だったな。戦う時はああして電気が体からバチバチと……もしかして今の状況ってかなりヤバい? 俺に向かってバチバチしてるって事は、俺と戦うつもりってこと?

 

「せ、先輩。ちょっと待ってくださいよ」

「もう遅い。君はここで私が裁く」

 

 二ィと凶悪な笑みを浮かべた先輩はひときわ大きな放電を見せた。

 痛っ! もうすでに肌にチクチクくるんだけど!? ちょっ、マジで待って。一度話し合いましょう。暴力で物事を解決なんて――。

 

「食ら――」

「止めんか馬鹿者」

 

 それはまさに鶴の一声だった。

 後ろから聞こえた声に思わず振り返ると、そこにはスーツ姿の春夏冬(あきなし)先生がいた。別れたのは30分くらい前なのに、キャリーバッグまで引いて出かける準備万端だ。

 

 放電を止めた先輩は俺を押しのけて春夏冬(あきなし)先生に近づいた。

 

「秋様!」

「先生だ」

「止めないでください秋先生。こいつは先生の特攻装備をかすめ取った大罪人です。でも安心してください。僕が今ここで――」

「必要ない。それは私がくれてやった物だ。既に所有者変更も終わっている」

 

 先生の言葉を聞いた瞬間、先輩の目がこれでもかというくらいに見開かれる。うわ、眼球のサイズすごい。

 

「そんな。でも、だって……」

「それのメンテナンスはお前に任せる。頼んだぞ」

 

 そう言い残して、春夏冬(あきなし)先生は姿を消した。

 先輩は黙ったまま俯いている。尊敬していた人が罪人(違うけど)の肩を持つなんて思ってなかったんだろう。心なしか、左右に跳ねた髪も心なしかしょぼんとしている。

 

 一人で勝手にキレて勝手に落ち込んで、忙しい人だ。

 

 おい、ヒロインが落ち込んでるぞ。こんな時こそ主人公の出番だろ。俺はみかみんへと視線を向ける。みかみんは黙ったまま、ふるふると首を横に振った。

 

「…………ふ、ふふ。秋様がそう言うのなら僕は従うさ。ああ従うとも。アヴェンジの所有者は君だよ。間違いなくね」

 

 なんだなんだ、急に身振り手振りを大きくして。アニメでこんなミュージカルパートみたいなのあったっけ? いや、後半の作画にしては出来が良すぎるから多分違うな。日常パートは髪も裾もなびかないのがデフォだったし。

 

「ただ、僕も人間だからね。このまますんなりとは納得できない」

 

 一人ミュージカルを終えた先輩は俺の目の前までやってくると、挑発的な顔で俺を指さした。

 

「だから、見定めさせてもらうよ。君がアヴェンジを持つにふさわしい人間かどうかを、ね」

 

 どうしてそうなった?


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