気付いたら前回の投稿から一ヶ月過ぎていて、時の流れは早いなと感じました。主に他の事をやっていたので書く暇があまりありませんでした......
失踪の予定は今のところ全くないので、これからもよろしくお願い致します。
──そのときに得た感情のことは、今でも深く覚えている。
見慣れた景色が炎であぶられ、見知った人々が物言わぬ
終わっていく世界。閉じていた世界。報われない世界。
ただただ厳しくて、ただただ理不尽で、ただただ傷付けられるだけの、そんな世界。
手を伸ばし、指を動かし、唇を震わせて、それでも懇願する。
そんな救いのない世界であったとしても、自分にはそれしかなかったのだから。
ずっとずっと、目の前を塞いでくれる背中の後ろから、覗くだけだった世界。
その壁がふいに取り払われて、広がった世界の眩しさに目を細めて、肌を焼く炎の熱さと色を、焦げつく肉の臭いと色を、宙を舞う『角』の美しさとその色を、全てその眼に、開き切っていなかった視界に刻みつけて──。
もう、終わってしまうかもしれない世界の中で、自分が何を思っていたのか。
その時に得てしまった感情──そのことを、今でも深く覚えているから。
それから彼女の日々は全て、その感情への罪滅ぼしだけでできていた。
◇
「それじゃ、バルス。行きましょうか」
そう言ったのは、ロズワール直々にスバルの教育係を命じられたラムだ。妹のレムがテキパキと食堂の片付けを行う傍ら、手伝いもせずにラムは食堂の扉に手をかける。
「あ、呼び方はもう完全にそれでいく気なんだ」
「ええ、そうよ、バルス。ロズワール様のご指示だから、まずバルスに屋敷の案内をするわ。はぐれないでついてくるぐらいはできるでしょう?」
「エミリアたんじゃねぇんだから、物珍しさでふらふらしたりしねぇよ」
「ス・バ・ル!」
王都での迷子の件をからかわれて、エミリアが頬を膨らませる。
この後、王様候補として色々こなさなくてはならない執務や勉強があるエミリアとは別行動だ。
しばしの別れを前に、エミリアの美貌を目に焼き付けておくスバル。
「んじゃま、名残惜しいけど行きますか、先輩」
「そうしましょう。バルス。それではエミリア様、また後ほど」
スカートの端を摘んで、去り際にお辞儀するラム。スバルもその背中に続こうとして、
「スバル。私もだけど......スバルも頑張ってね」
「なにそれ、超嬉しい。やる気がモリモリ出たわ」
ラムを見習い、ジャージの裾を摘んでお辞儀。エミリアの見送りの表情を珍奇なものにしてから退室すると、通路で待っていたラムが顔をしかめていた。
「嫌そうな顔すんなぁ、姉様。ちょっとお茶目しただけじゃん。俺だって別に、メイドと下男を一緒くたにするほど、メイド文化に疎くないぜ? そだ、制服とかってあんの?」
さすがにジャージ姿のまま使用人生活スタート、というのも味気ない。
スバルの言葉にラムは口元に手を当てて、「そうね」と頷く。
「服装は大事だわ。ちょうどいいサイズの服が......ええ、確かあるはず」
「よっしゃ。じゃ、まずは着替えてからにしようぜ。俺って意外とフォーマル似合っちゃう気がすんだよね。優雅で、お上品に決めるぜ」
親指を立てて歯を光らせるスバルに、目測で体格を測っていたラムが上階を指差した。
「二階に使用人の控室があるから、着替えはそこね。バルスのサイズだと、きっと先々月に辞めたフレデリカの服が合うわ」
「おー、ちょうどいいタイミングで辞めてくれたなフレデリカ......女じゃね?」
「ガタイは大体バルスと同じくらいだったわよ」
「でも性別違いますよね?」
スバルの男として当たり前な指摘を足を止めずに華麗に無視したラムは、そのまま不満気に後を着いてくるスバルに屋敷の構造を案内した。
「ロズワール様の屋敷は、真ん中の本棟、そして西と東に通路で繋がる二つの棟があるわ。つまり、計三つの棟で成り立っている建物という訳ね。
食堂やロズワール様の執務室がある本棟に対し、使用人の控室があるのは西側の棟になっているのよ。流石ロズワール様、お屋敷も立派だわ」
「今ので大まかな構造を理解した俺を褒めて欲しい......あと、この素晴らしいお屋敷を褒め称えるべきは屋敷主じゃなく、最後まで造り上げた職人さんへ向けるべき言葉だと俺は思うな?」
「二階の......そうね。プレートの下がっている部屋以外ならどれでもいいわ。好きなところを私室にしなさい。そこに制服の替えも置いておくから」
「あ、俺の言い分は無視なんですね......うーい、了解。んじゃ、そうだな......」
屋敷での私室を与えられることになり、通路の端から候補を眺めるスバル。とはいえ、位置が違うだけで中身は一緒のはずだ。階段に近い方が移動に便利だろう。
「んじゃ、この部屋を......」
「にーちゃ素敵。最高の毛並みなのよ、ふわぁ......」
何の気なしにドアを開けた瞬間、書庫の中で小猫と戯れるロリを発見した。
気配に気付き、ゆっくりと縦ロールの視線がスバルを向く。
スバルは廊下に立つラムを振り返り、ラムが首を横に降るのを確認した。
それから親指を立ててサムズアップ。
「誰にも言わないから安心しろ。人はみんな、その感触の前では愚か者なのだから──」
「壮大に馬鹿なこと言ってないでとっとと閉めるかしら!!」
「ぎゃふんっ!!」
見えない力──おそらく魔法力的なものにぶっ飛ばされ、スバルは廊下の壁に激突。後頭部を打ち付けて目を回すスバルを尻目に、激しい音を立てて扉が閉じられた。
頭を振り、今の暴挙に物申そうとしたスバルだったが、開けた扉の中身が空っぽの客室になっていて肩透かしを食らう。
『扉渡り』の効果が発動したのだ。
「一度、ベアトリス様が気配を消されたらもうわからないわ。屋敷の扉を総当たりしない限り、あの方は自分からは出てきてくださらないから」
きっぱり、敗北を認めろとでもいうようにラムがそう言う。
後ろから慰めるように肩を叩かれ、その感触にスバルは己の敗北を──
「すっげぇ、ムカついた。俺が悪いみたいなあいつの態度が悪い!」
認めなかった。
ラムの手を振り切り、スバルは振り返ると廊下を全力ダッシュ。目を見張るラムの前で、廊下の一番端の扉のところまで駆け抜けると、
「ここだぁ!」
「──ひゃんっ!?」
「すごいねー、スバル」
少女の悲鳴と灰色の猫の賞賛。
再び『扉渡り』を破られたベアトリスの顔に動揺が走るのを見届け、今度は吹っ飛ばされまいと即座に書庫の中に転がり込む。
書庫の中では許されないアクティブさに、ベアトリスは眉を立てて怒りを露わにする。
「
「てめぇがちゃんと職場の掃除とかしてねぇからだろうが! そもそも書庫に猫なんか連れ込んでんじゃねぇよ! 厚手のカバーで爪とぎされるぞ!」
「ボクの手はリアに深爪されてるから平気だよー」
がなり合うスバルとベアトリスの傍ら、のんびりとパックが呟くが、口論する二人には届かない。
そのまま屋敷中に響くような声で、怒声を交換し合う二人。
遅れて禁書庫と繋がる扉に辿り着いたラムは、二人の口論を見ながら小さい声で、
「仲はともかく、相性がいいのはホントのようだわ」
「「──そんなわけない!!」」
シンクロした叫びが朝のロズワール邸を大きく揺るがした。
◇
色々揉めたり一悶着あったけれど、どうやら無事、スバルの使用人生活はそうして怒涛の勢いで火蓋を切った様子なのよ。
今は、スバルとメイド姉妹のいる衣装部屋の中を頑張って覗こうと、衣裳部屋の扉から二つ離れた部屋の扉を『扉渡り』でベティーからも見えやすい位置に書庫を移動させて、扉からこっそりとバレないように、やや身をのり出しながらスバル達を観察している最中なのよ......
「それじゃあベティー、ボクはリアの様子を見に行って来るからね~、スバルとの仲直り、きちんと頑張るんだよ~」
「うっ......わ、分かっているのよ、にーちゃ......あの時は確かに、たしかーにベティーにも非があったような気がしないこともないのよ...」
「んふふー、それでこそボクの立派な妹だよー、 ベティー!」
そう言って励ましてくれたにーちゃが、一階へ続く階段へ飛んでいく先に、ベティーの頭を小さい手でゆっくりと撫でてくれたのよ。肉球がぷにぷにしていて気持ちいいかしら、ふわあぁ.......
にーちゃが飛んでいく姿が見えなくなる最後まで手を振ったあと、改めて遠くに見えるスバルの使用人服を着こなした姿を見てみたのよ。
白のシャツに黒の上着とズボン、それらのよくイメージされる執事の格好と違和感なく合致したスバルの使用人ver.......
「.....もう、超かっこいいかしら!!」
興奮して、柄でもなくその場でクルクルと回ってしまったのよ。限界オタクこの上ないかしら......
......だ、だって!! 小説の挿絵やアニメのワンシーン等でよく見た、記憶そのままのスバルが目先で、鏡に写った執事服姿の自分を見ながらよく分からない決めポーズをしているのよ!! これぞベティーが見たかった光景!!
まだ採寸が済んでないからちょいとぶかっとしているけれど、それでもかっこいいものはかっこいいかしら!
ふぅ......落ち着くのよ、ベティー。
「とりあえず、スバルの使用人姿は堪能したから......」
......さっきのしょうもない不完全燃焼のまま終わった喧嘩の仲直りの為に動くかしら......
◇
「レム、無様なバルスの姿を見て気付くことは?」
「肩回りがおかしいのと、足が短いことと、目つきが恐いことですか?」
「どうにもならない部分が二ヶ所入ってきたな! 顔面偏差値は、普通の偏差値と違って本人の努力じゃどうにもならない分野だよ!」
恐らくまだ幼いであろう禁書庫の少女、ベアトリスと盛大に喧嘩をしてしまったスバルは、その後案内された
スバルの訴えを余所に、姉妹は話し合いを進めている。当事者なのに蚊帳の外のスバルは、いそいそと長い裾をまくる作業に従事する。
「バルス、レムに上着を渡しなさい。明日の朝までには着れるようにしておくから」
「それは助かる、けど......いいのか? 仕事、山積みなんじゃ」
「もちろん大忙しです。ですから、変にごねないで渡してくれた方がずっと助かりますね」
「あー、わかりました。お願いします」
正論で言い付けられて、スバルは脱いだ上着をレムに手渡す。上着を受け取ると、今度は衣裳部屋を手で指し示し、中に入るよう顎をしゃくってくる。
「採寸をしないと行けませんから。自分ではできないでしょう?」
「......何から何まで、世話になりっぱなしで悪いな」
「構わないわ。この貸しはいずれ、より大きなものとして返してもらうから」
「お前が言うと筋違いだし、嘘とも冗談とも思えねぇから恐ぇよ!」
何故かこの場の誰よりも偉そうなラムを廊下に残し、スバルはレムと衣裳部屋の中へ。
中にある使用人用の制服だけではなく、屋敷主であるロズワールの趣味の悪いサーカスか何かのような衣裳ゾーンを抜けると、控えめだが華のある衣裳が並ぶエリアが見えた。
「これは......恐らく、いや絶対エミリアたんの衣裳......全部、眺めて回りたいような、着てる姿が見れるまでとっておきたいような......」
「ぶつぶつと何を言ってるんです? 奥まできてください」
いくらか険のある声で呼ばれて、さすがのスバルもそれ以上は茶化せずに指示に従う。
「そこに背筋を伸ばして立ってください。両手、肩の高さで伸ばして」
「ほいほい、了解。お願いします」
レムに背中を向けて、スバルは指示通りに両手を伸ばして立つ。背後から小さな体を伸ばし、スバルの腕と背中周りに紐をかけるレム。触れる柔らかな感触と息遣いに、ふいを突かれたスバルは「うひ」と肩を震わせた。
「あまり変な声を出さないでください、スバルくん。不愉快です」
「今のは不可抗力だろ! 色々とこそばゆくて男の子は大変なんだよ!」
心なしか冷たいレムの言葉に応じたスバルは、気を紛らわすために話題を振る。
「そういえば、ロズっちとかエミリアたんの服っぽいのはちらほらとあるけど、レム達の服とかあのロリのドレスって見当たらないな。別室?」
「ベアトリス様の卸着替えはご自分の私室の方に......」
「はぁ......わざわざベティーが謝りに来たと思ったら、誰がロリかしら?」
「うおぉ?! べ、ベアトリス!!......いやー、今はレムさんの身長とかそういう話題の時に出てきた単語でしてね......」
まだ採寸の終わってないスバルが服で話題に華を咲かせていた時、話の一番タイミングの悪い部分で縦ロールの少女、ベアトリスがスバルを睨むように、肩を落としながら衣裳部屋に入ってきた。
「ベアトリス様がわざわざ......一体、スバルくんの何に負い目を感じたのでしょうか?」
「......ちょっとした事なのよ。でも少し、すこぉーしだけベティーが悪かったような事があったから、こうして謝りに来たのに......」
「あの、レムさん。少しばかり俺への辛辣な言葉遣い抑えられませんかね? 俺、ラムからの理不尽な言い回しの数々で既にボロボロなマイハートが破壊寸前なんですけど」
「採寸は終わりました。姉様を待たせすぎてもいけませんし、スバルくんには覚えてもらわなきゃいけないことが沢山あるんですから早く戻ってください」
「俺そろそろ泣いちゃうんだけど!?」
有無を言わせない態度でスバルの言葉を無視したレムは、背中を向けて部屋の出口へ向かう。
釈然としない思いを抱えたまま、スバルは目下で騒ぐ縦ロールの少女を押さえたまま、
「俺、なんかしたかなぁ......」
口の中だけで呟いて、一筋縄ではいかなそうな少女との付き合いに、先行き不安な吐息をこぼしたのだった。
「とりあえず、スバルは早くベティーに言うこと言ってさっさと仕事へ行くのよ!!」
「......ベティー、やっぱこの屋敷で俺の心を癒してくれる天使枠は、やっぱお前とエミリアたんだけだわ......」
「にゃ!?......そ、そんなこと言ったって、ベティーはさっきの事は許さないのよ......」
「ベアトリス様との話は後で、素早く姉様の所へ向かってください。スバルくん」
遠回しに否定したにもかかわらずブレないレムの言葉に、スバルは肩を落としながら下にいる少女の手を取って、ラムの元へ向かうのだった。
誤字報告をして下さった方、ありがとうございます。
次の投稿は、恐らく早くなると思われます。
二章、いつ終わりますかね......