外もすっかり暗くなり、いよいよ綺麗な満月が見えてくるという頃。
ベティー以外人影の見えない禁書庫で一人、大きくため息をつく。
「......ふぅ」
はぁ、疲れる......
この一週間......ほんと、ほんっと色々あったかしら......
昼食時にスバルにテーブルマナーのレクチャーを求められ、仕方なしに教えてやろうとしたのに、スバルがあんまりにもふざけるから思わず正面から陰魔法を砲撃しかけたり......
貴重な貴重な、ベティーとにーちゃの憩いの時間にやかましく扉を開けて禁書庫内にずかずかと入り込んできたり......あ、その後スバルに可愛いかわいいって抱き締められたのは、ちょ、ちょっとだけ嬉しかったかしら??
そして最後に、当たり前だけどなにも知らないスバルにこの世界の常識を叩き込んでやったり......はぁ......
「......あれっ!?」
も、もしかしてベティーって......意外とスバルと遊んだり話したりしてない!??
......こうしちゃいられないのよ!
「今は確か、この一週間最後の日......たぶん、メイド姉妹の妹とちょうど上着についての会話を終えたころのはず......」
よし、ちょっとスバルの部屋にお邪魔させて貰うかしら!
◇
「......では、そろそろ時間も時間ですから失礼します。明日も朝からお仕事ですけど、ちゃんと起きれますか?」
「正直、あんまり自信はねぇな。目覚まし時計あれば起きれる体質と自負してるけど、そんな便利な道具はたぶんなさげだし。鶏とか、朝に鳴くシステムになってたりする?」
「......厳しそうですから、朝はレムか姉様が起こしにくることにします」
「マジで? でも、先輩を目覚まし代わりに使うなんて悪い気が......」
「それで起きてこなくて、夕方まで寝過ごされてしまっても困ってしまいますから」
「俺、どんだけ寝坊助だと思われてんの!?」
「とりあえず、丸一日は目覚めないくらいでしょうか」
それがレムなりの冗談なのだと、ずいぶんと遅れてスバルは気付いた。
そんな会話を最後に、提案を受けたスバルに一礼してレムは部屋を出ていく。
扉に遮られ、見えなくなる少女に手を振りながら、スバルは思う。
「口ではなんだかんだ言うけど、やっぱり姉妹だわ、あの二人」
それでも思いやりすぎるぐらいに、思いやりがあるあたり、同僚としてどこまでも好ましい二人だとスバルは思った。
と、スバルがレムとラムについて思考を耽らせていた時、ふいにノックが静かな部屋に響き渡った。
「はいはーい、どした? さっきはレムだったから、今度はラム......」
ベッドに倒れ込ませていた体を起こし、一体誰がやってきたのかと、スバルは扉の方を向いた。
扉からやってきたのは、意外な人物だった。
「す、スバル......久しぶり、かしら?」
「おぉ! ベティー! お前ほんと久しぶりに見たわ......初日と次の日以来、禁書庫に籠りっぱなしで全く会えなかったからなあ」
この屋敷で唯一、本当の意味でスバルが打ち解けていると確信できる程の、召還されてからの付き合いの長さなら屋敷内随一の少女、ベアトリスだった。
「ま、まぁベティーにも色々やることがあるのよ......後、籠りっぱなしではないかしら」
「うーん、でも俺はお前の姿、忙しくてここ最近は見れなかったけどなぁ......お母さん、ついに俺も職に就けたよ......異世界だけど」
「イセカイ......?」
「あーいや、なんでもない。......あ、お前んとこの禁書庫の中にそういう話ありそうだな......まぁ、ざっくり言えば一般人が全く違う世界に転生、召喚、移動......みたいな?」
「なに言ってるのかは分からないけれど、とりあえずどうでもいいことなのは理解したのよ」
「真面目に話を聞けよ!?......て言うかマジか、あの大量の本、一つ残らずぜーんぶ魔法系統とかそういう感じだったりすんの?」
「そりゃそうなのよ。なんでわざわざ、そんな知識のない非現実的な話の載った本を置かなくちゃいけないのかしら」
「うわ、なんだろう、この俺より年下のはずなのに俺より知能も上で賢そうな感じのするロリは」
「その不愉快な言葉をやめるかしら!!......まぁ、ベティーがスバルより賢くてかわいいなんてことは、周知の事実かしら」
「もうちょっと俺への評価どうにかならねぇ!?」
少女とのこうした他愛のない話でも、スバルとしては気の抜ける時間の一つだ。
話が一段落着いた、と言える頃で、スバルが先程から疑問に思っていたことを口にする。
「......そういえばお前、なんで俺のとこまでやってきたの?」
「え? うー、えーっと、そそれは......」
スバルがそう口にした途端、少女はあからさまに動揺する。
もじもじと、そこから先はなにも言わない少女に向かって、スバルは思ったことを呟く。
「どしたの? あ、もしかして夜が怖いから俺と一緒に寝てほしいとか?」
「お前、ほんっとに張り倒すかしら!?」
「あー! 待って! マジで! 四日前ぐらいに貰い受けたばっかの俺の貴重な私室が!!」
スバルの失礼な言葉に頭にきたベアトリスは、付属してきたベッドを破壊しようと、スバルがいつぞやに見たような禍々しい紫紺の杭を発射させようとしてきた。
「はい、マジで冗談でした。すいませーん!!」
「......次は、ほんとにないかしら」
「へいへい、了解しましたよ......んで、実際の所なんで来たんだ?」
「......寝れなくて暇だったから、来てみただけかしら」
「ほほー、なるほどなるほど......」
そこまで深くなかった少女の来訪の理由に、いい事を考えたスバル。
「あのさ、俺、今絶賛外でなんかやってるエミリアたんの所に行こうと思うんだけど......ベティーも来るか?」
「......仕方ない、ちょうど暇してたから、ベティーも着いていってやるのよ」
「いいねいいね、実は俺、今でこそ早寝早起きをモットーにしてるけど、元々深夜に覚醒するタイプの族だったんだよね」
「はよ行くかしら」
「最後まで話聞こうぜ!?」
軽く軽口を交わしながら、いつの間にか自然に繋いでいた少女の手を見たスバルは、
「俺、こいつとも随分、打ち解けたんだなぁ......」
まるで恋愛ゲーの最初の方に落とすチョロインを相手にしている気分になった。
◇
月が空の中央に我がもの顔で居座る時刻、スバルは気合いを入れていた。
「どう? 意外に様になってるだろ?」
「前も後ろもばっちりオーケーなのよ。......使い方これであってるかしら?」
「うんうん、それでオーケーオーケー!」
袖を通した執事服の
「悪くない、悪くないぞ、俺。大丈夫、やれる。風呂上がりの自分って鏡で見ると五割増しイケメンに見える。その現象が今、きてる気がする」
「ベティーにはいつも通りの鋭い三白眼しか見えないのよ」
「そこら辺はどうしようもないから勘弁して!」
客観的に五割増ししてるかは謎だが、自己暗示も十分に大事。
雰囲気だけでもイケメンの気配をまとったまま、スバルは軽く深呼吸してからしっかりと下に見える少女の手を取り、足を踏み出す。よく見たら手を取った少女が寝かけていたので、仕方なくおんぶの形にして再び足を進める。
短く刈り揃えられた庭園の芝生を踏みしめ、向かうのは緑の一角──背の高い木々に囲まれ、一際強く月の恩恵を受けている場所だ。
そこに銀髪を月光にきらめかせ、淡い光をまとう少女が座っている。
青白い輝き──その蛍にも似た現象の正体が精霊なのだと、今のスバルは知っている。その事実を含めた上で、その幻想的な光景には見るものの心を捕えて放さない悪魔的な魅力があった。思わず足をとめ、息を呑む。
その気配に気付いたのか、ふと目を閉じて囁いていた少女の双眸が開かれた。
二つのアメジストが正面、歩み寄るスバルとベアトリスを視界に捉える。
「おふっ。こ、こんなとこで奇遇じゃね?」
「毎朝、日課に割り込んでくるくせに。それに奇遇って......同じ屋根の下よ?」
声をかける前に見つかった動揺が一言目に溢れていて、エミリアはすでに珍しくない吐息から入る会話の流れだ。掴みでしくじりつつも、スバルはめげずにエミリアに笑いかけ、
「一つ屋根の下って、改めて言葉にするとなんかムズムズするね」
「そのムズムズって言葉、すごーく背中がぞわぞわってして、なんか嫌」
じと目で見上げてくるエミリアに頬を掻き、スバルは当たり前のように彼女の隣に腰を下ろす。距離は拳三つ分、その間にもう瞼を閉じてしまったベアトリスを入れ、スバルにもたれ掛からせる。微妙な距離感がヘタレの証である。
スバルが隣に座ることにも慣れ切ってしまい、エミリアも今さら指摘したりしない。毎朝の日課と、食事のたびに隣にこられればそれも当然のことだろう。だが、
「......珍しく、ベアトリスも一緒なのね。ほんとスバルって、すごーく不思議」
「......ん? 俺なんか変なことしたっけ?」
「スバルは知らないのかもしれないけど、実はベアトリスがこんなに人に懐いたりすることって、てんでないのよ」
「てんでってきょうび聞かねぇな......え、マジで?」
一旦精霊との会話を中断したエミリアの突然のカミングアウトに、スバルは耳を疑いながら動揺する。
「確かにこいつが俺以外と仲良くしてる所とか、パック以外だと全くなかった気がすんな......強いていうなら、ロズっちとか?」
「ロズワールはどっちかと言うと嫌悪されてるかも。でも、名前で呼ばれてるだけまだいいのかもね。わたしなんて、名前で呼ばれたことすらないんだから」
同じ屋敷内なのにこの扱いの差はなんなのか。スバルとエミリアは、間ですやすやと眠っているベアトリスについて思考を巡らせる。
「......全く分からん。コミュ障とか?」
「ちょっと何言ってるのかわかんない。けど、ベアトリスも悪い子ではないのは確かなのよ」
「んー、まぁ確かにな。.......俺、屋敷内ではこいつとエミリアたんだけが唯一の癒しと言ってもいいぐらいだし」
「ふふっ、こうして見るとただの子どもみたいで、すごーく可愛い......」
「すぅ......」
普段あまり関わらないからなのか。エミリアは眠っているベアトリスの体を抱えて、所謂だっこ状態にして優しく少女の頬をつまんだり、つついたり、頭を撫でたりして愛でていた。
「お、おぉ......」
目の前で繰り広げられる少女同士の触れ合いに、スバルは、一瞬自分がここにいる意味を忘れかけた。
「で、で、エミリアたんはさっき、何してたの?」
「んー? 朝の日課の延長をしていたの。大体の子とは朝の内に会えるんだけど、冥日にしか会えない子たちもいるから」
エミリアの答えにスバルは納得、と頷きで応じる。
陽日や冥日、といったこの世界独特の表現にもようやく慣れが生じてきた。
ちなみに一日の時間はほぼ二十四時間で、人間の活動時間もおおよそ一緒。ご都合主義と思いつつも、体内時計が狂わずに済んで一安心せざるを得ない。
そういったこの世界の常識も、四日間の執事研修の中で一緒に進められている。もっとも、勉学よりは使用人業務の習得が優先で、そちらはかなりスパルタを受けているが。
「土日休みのゆとり教育世代としては、もっと長期的な目で見てほしいというか......」
四日間のスパルタ指導官への愚痴が漏れる。が、スバルがそうしてひとりごちる間にも、再開されたエミリアの冥日限定のお友達との会話は進行中だ。
「見てても楽しいものじゃないでしょ?」
無言のスバルが珍しかったのか、ふいにそうこぼしたのはエミリアだ。
どこか申し訳なさそうなエミリアに、スバルは体を起こして「いや」と首を振った。
「エミリアたんと一緒にいて、退屈と思うこととかねぇよ?」
「なっ」
あまりにストレートな物言いに、思わず息を詰まらせてエミリアが赤面する。不意打ちを食らったエミリアが顔を赤くするのを見ながら、実はスバルも耳まで赤い。
狙って出た言葉ならまだしも、今のは完全に
「あ、あー、ほら、それにここ何日かはゆっくり話す機会もなかったじゃん?」
照れ臭さを誤魔化すように早口になるスバル。エミリアもそれに同調して頷く。
「そう、そうよね。スバルはお屋敷の仕事を覚えるのに大変だっただろうし。うん、一生懸命やって......うん、一生懸命だったもんね」
「フォローの気持ちが嬉しくて泣きそう。でも、こんな俺でも裁縫だけは『S』判定貰ったよ」
「そっか、そうなんだ。よかった。スバルにも自信が持てることがあって」
地味に傷付いたスバルの内省も知らず、エミリアは素直にスバルが自慢した技能を賞賛する。
「それに、他の仕事もめげずにやってて偉いじゃない。ラムとレムもこっそりだけど、スバルのことを褒めたりしてたんだから」
「マジかよ、先輩方も裏で憎いシチュエーション進行してんな。俺がナイフで手ぇ切ったり、バケツひっくり返したり、洗濯失敗したりしても好感度積んでたのか!」
「それはちょっと、反省した方がいいと思うな、私......でも、毎日大変でしょ?」
「超大変マジ苦しい。エミリアたんに腕と胸と膝を借りてローテーションで癒されたい」
「はいはい。そうやって茶化せる間は大丈夫そうね」
伸びてくるエミリアの指先が、スバルの額を軽く押す。押された力は弱かったが、スバルはエミリアの指先に逆らわず、背中から芝生に盛大に寝転んだ。
ひんやりとした草の感触と、満天の星空を見上げて感嘆が漏れる。街明かりなどの光源のない世界では、夜空に浮かぶ星と月の美しさがスバルの知る空と段違いだ。
「──月が綺麗ですね」
「手が届かないところにあるもんね」
「狙って言ったわけじゃなかったのに、すごい心にくるコメントが返ってきた!?」
「え?何か悪いこと言った?」
ロマンティックの代名詞みたいな台詞がはたき落とされて、夏目漱石の通じない異世界に戦慄。胸を押さえて文豪に謝罪の意を表明するスバル。と、ふいにエミリアが驚く。
「あ......」
「おう、やべ、かっちょ悪い。努力は秘めるもんだよね」
照れ隠しに笑いながら、スバルはエミリアが見つめていた手を背中の方へ回す。
──仕事での失敗が積み重なり、結果的に絆創膏だらけになっている左手を。
舌を出して誤魔化そうとするスバルだが、エミリアは真剣な表情で瞳を伏せる。
「......治療魔法、かけてあげようか?」
「いや、いいよ。治してくれなくとも、このままで」
「どうして?」
「んー、なんか言葉にし
「それ、ロズワールに言ったらきっとカンカンよ」
「カンカンってきょうび聞かねぇな......」
話の腰を折られたことを、スバルは腰を折り曲げて表現。それからバネ仕掛けの人形のように立ち上がり、右手を額に当てて綺麗な敬礼をエミリアに向ける。
「ま、そうやって一個ずつ問題をクリアしてくのはいい。ここじゃ俺はそれをしなきゃ生きてけねぇし......どうせなら、楽しい方がいいよな」
元の世界では『楽』をして生きられればそれでよかった。だが、この世界ではそんな安穏とした生活は望めない。ならばスバルは『楽』しさぐらいは要求したい。
それは理不尽にこの世界に放り込まれた運命に対する、スバルの意地ともいえた。
スバルの決意表明に、エミリアは時間が止まったように表情を固くする。ただ瞼だけを何度も開いては閉じ、それからふいに笑みをこぼした。
「そう、よね。うん、そうだと思う。ああ、もう、スバルのバカ」
「あれあれ、リアクションおかしくね!? 惚れ直してもいいところだよ、ここ!?」
「もともと惚れてませんー。もう、バカなんだから......」
笑みを深くするエミリア。微笑には先ほどまでの重圧から解放されたような柔らかさがあり、思わずスバルを見惚れさせる魔法がかけられているようだった。
エミリアの見せるこの姿は、綺麗や可愛いといった言葉で表現できるものではない。
「E・M・M (エミリアたん・マジ・女神) 」
「感謝してるのにまたそうやって茶化す」
少しだけ怒ったように口を尖らせ、エミリアがまたしてもスバルの額を指で突く。
「それにしても......頑張ってるってのはわかってるけど、どうやったらそんなに手がボロボロになるの?」
「ああ、これは簡単。今日の夕方、屋敷の近くの村までレムの買い物に付き合ったときに、子ども達が戯れていた犬みたいな小動物にガブられた」
「努力の成果じゃなかったの!?」
「いや、努力の痕跡はより大きなケガで見えなくなった的な......俺、あんなに動物に嫌われるようなタイプじゃなかったと思うんだけどなぁ」
元の世界では、子どもと小動物に好かれる、あるいは舐められる体質だったはずなのだが。今日の結果ではそれも怪しい。
「そろそろ私は部屋に戻るけど、スバルは?」
「俺もエミリアたんに添い寝しなきゃだから戻るよ」
「そのお仕事はもっと今のお仕事の実力に磨きをかけてからね」
「言ったな。見てろよ、ここから始まる俺の使用人レジェンドぶりを......ッ!」
エミリアの言葉を真に受けて、スバルはやる気をメラメラと燃やす。と、苦笑を浮かべるエミリアにスバルは振り替えって、一つ指を立てた。
「そだ。よかったら明日とか、俺と一緒に村のガキどもにリベンジ......もといラブラブデート......もとい、可愛い小動物見学に行かね?」
「何で何回も言い直したの?......それに、うん、私は」
口ごもり、躊躇の色を覗かせながらエミリアは目を伏せた。
「スバルと一緒に行くのは嫌じゃないし、そのちっちゃな動物も気になるけど......」
「じゃ、行こうぜ!」
「でも、私が一緒だとスバルの迷惑になるかもしれなくて......」
「よしわかった、行こうぜ!」
「......ちゃんと聞いてくれてる?」
「聞いてるよ! 俺がエミリアたんの一言一句聞き逃すわけないじゃん!」
「スバルなんて大っ嫌い」
「あー! あー! 急になんだー!? 何もきーこーえーなーいー!!」
空いてる方の手で耳を塞いで即座に前言撤回するスバルの思いきりの良さに、エミリアは毒気を抜かれたように笑顔を弾けさせる。
それから瞳に浮かんだ涙の雫を指ですくってスバルを見た。
「もう......。私の勉強が一段落して、ちゃんとスバルのお仕事が終わってからだからね」
「よっしゃ! ラジャった! 超やっぱで終わらせてやんよ!」
デートの言質を取り、スバルはぐっと片手ガッツポーズを決めようとして、
「うー......うるさいのよー......」
もう片方の手で支えていた眠っているベアトリスに、二人して怒られた。
「.......ふふっ」
「あははは......」
怒られた二人は、互いの眼前で人差し指を立てて静かにすると、手を振りその場から別れた。
最後に、そんなやり取りがあったことを、ここに記しておく。
◇
その後帰り際にレムと鉢合わせしたスバルは、明日の夜に髪をとき、毛先を揃える約束を取り付けた後、扉渡りを一発で破り、ベアトリスを禁書庫内にあるベッドに優しく降ろしたあと、自室に帰って明日の予定を思っていた。
「明日のデートは村まで行って、適当に理由作ってガキどもまかなきゃな。おっと、その前に見晴らしのいい場所とか、花畑の位置とかリサーチしとかねぇと......」
鼻の穴をふくらませわ明日への期待に胸を膨らませて部屋の中へ。着ていた執事服を脱ぎ捨てて、ジャージへモデルチェンジするとスバルはベッドへと飛び込んだ。
そのまま布団をかぶって明日へと思いを馳せるが、目が冴えて眠気が一向にこない。
心が体を裏切る事態を前に、しかしスバルは即座に頭を切り替えて裏技に頼る。それは、
「パックが一匹、パックが二匹......」
脳内を灰色の猫が駆け回る牧歌的な光景を思い浮かべて、それが数を数えるたびに増えていく妄想。仮想パックが次第に現実を侵し始め、ふわふわの感触の記憶がスバルを忘却の境地へと導いていく。
ゆっくりと、沈むように、意識は夢の中へ吸い込まれる。
「パックが......百匹......ぐう」
桃源郷を描いたまま、意識は温かなものへ包まれて──
やがて、消えた。
ようやくここまで......
文章量ってどのくらいがいい?
-
今くらい
-
もっと増やせ
-
もっと減らせ
-
好きなようにしろ