Re:ゼロから始めるベアトリス生活   作:初代TK

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二度目の初日は、どこか優しく──

 

意識の覚醒は水面から顔を出す感覚に似ている、と目覚めの度にスバルは思う。

 

 

 

息苦しい感覚から唐突に解放されて、開いた瞼が世界を認識するまでほんの数秒。

陽光に(ひとみ)焼かれる感触。わずかにだるさの残る体を起こし、スバルは首を横に振る。

 

 

少し頭が重い。

慣れない生活を始めたばかりだ。疲れが残っているのかもしれない。

 

 

しかし、今日はそんな弱気なことを言っている場合ではない。

寝起きのいいスバルは、昨夜のエミリアとのデートの約束をしっかり反芻(はんすう)している。

 

 

今日一日の幸せな未来を描く。

 

目覚めはバッチリ、約束された勝利の一日が始まると、スバルは幸福を噛み締めていた。

 

 

 

「そう、ナツキ・スバル──今日、飛躍の時を迎えます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来、それは左手にあった筈の。

 

 

 

水仕事で荒れた指先、慣れない刃物仕事で切った手の甲、子どもとの戯れの最中に小動物に噛まれた傷跡などの一週間の痕跡が消えているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

二度目の、ロズワール邸の一日目が始まる──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.......」

 

 

 

ぐっどもーにんぐ、なのよ。何故か昨日の記憶がスバルと手を繋いだ辺りからないのだけれど、一体何故なのかしら。

 

 

「ここをちょっとこうして......よし、ようやく出来たのよ......」

 

 

そんなことは置いといて、今は恐らく、朝起きたスバルがハイテンションでメイド姉妹に近付いて軽くあしらわれた辺りで、死に戻りしたと気付いたころかしら。一体どんな会話しているのか気になってしょうがないから、扉渡りでスバルの部屋の一つ横の部屋まで移動してきたのよ。

 

 

 

「どうして.......戻ったんだ!?」

 

 

 

ああ.......やっぱり巻き戻ってるかしら。

何でスバルが死に戻りしてしまったのかなんて、ベティーには見当もつかないのよ。

 

 

読みかけの少し埃被った本を、パタンと閉じる。

 

 

 

「まぁ、分かっているけれど......」

 

 

 

......それでも、スバルから何か起こしてくるまでは、ベティーは沈黙を決めさせてもらうかしら。来るもの拒まず、去るもの追わず......ちょっとなんか意味が違う気がするのよ。

 

 

 

そろそろ、スバルがこの禁書庫に来るはず......

 

 

 

 

「はぁ......」

 

 

 

 

 

 

ほんっと、難儀なことかしら......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひんやりとした廊下の冷たさを裸足の足裏に味わい、スバルは大きく息を吐きながら駆け出す。

 

 

猛然と、目的地も定めずにがむしゃらに。

 

 

 

逃げている。逃げ出した。なのに、自分が何から逃げているのかわからない。ただ、あの場にあのまま残り続けることだけは絶対にできなかった。

 

 

似たような扉が並ぶ廊下を駆け抜け、スバルは今にも転びそうな無様さで逃げ惑う。

そして息を切らし、導かれるように一つの扉に手をかけた。

 

 

──大量の書架が並ぶ、禁書庫が転がり込むスバルを出迎えていた。

 

 

 

 

「......はぁ、はぁ......」

 

 

扉を閉め切れば、禁書庫は外界と完全に隔絶される。

 

そうなれば外からこの部屋に踏み込むには、屋敷の全ての扉を開かなければならない。

追われる心配が消えた。肩を落として、スバルは背中を扉に預けてへたり込む。

 

 

座り込んだにも拘わらず、膝が震えている。それを止めようとした指も、同じだ。

 

 

「紙相撲でもしたら、いい線いくかもな。はは」

 

 

 

自嘲の言葉にもキレがなく、乾いた笑いは虚無感を際立たせるばかりだ。

静謐な書庫の空気は古びた紙の臭いを漂わせ、スバルの心情にわずかに穏やかなゆとりを注いでくれる。気休めと分かっていても、今のスバルはそれに(すが)るしかない。

 

 

繰り返し、繰り返し、深く大きい呼吸を繰り返す。

 

 

 

「......ノックもしないで入り込んでくるなんて、ずいぶんと無礼な奴なのよ」

 

 

 

薄暗い部屋の奥、入口正面の突き当たりに置かれた脚立。そこに腰掛けている少女から嘲りの声が届いた。

 

いつも変わらず、揺るがず、スバルと苦楽を共に味わい続けた禁書庫の番人。ベアトリスだ。

 

 

その小さな体には大きすぎる本を音を立てて閉じた少女の姿が見えた瞬間、スバルは安堵から全身の力を抜き、少女が腰掛ける脚立のすぐ傍にある、少し埃っぽい本棚の近くに座り込んだ。

 

 

「......ベアトリス」

 

 

「どうやって『扉渡り』を破ったのかしら。......さっきといい、今といい」

 

 

「すまねぇ。少しだけでいい、いさせてくれ。頼む」

 

両手を合わせて拝み込み、少女の返事も聞かずにスバルは目をつむった。

 

 

──静かで、邪魔の入らない場所で、現実と己に向き合わなくてはならない。

 

 

自分の名前、ここがどこで、さっきの双子が誰なのか。

目の前の少女の名前、存在。

不可思議な部屋。

四日間。

 

交わした約束。

 

 

明日、誰かと、一緒に、どこかへ──

 

 

「そうだ、エミリア......」

 

 

月明かりにきらめく銀髪と、はにかむような微笑みが思い出される。

 

月光の下にあってなお、満点の星空がかすむほど輝く少女、エミリアとの約束を。

 

 

「ベティー......いや、ベアトリス」

 

 

「......何なのよ」

 

 

「お前、俺に『扉渡り』をさっきと今、破られたって言ってたよな」

 

 

突然自室同然の部屋に押し掛けられた上に、ぶしつけに質問を投げつけられてベアトリスが不機嫌な顔になる。

しかし、それでも律儀なベアトリスは辟易(へきえき)とした様子で肩をすくめて、

 

 

「つい三、四時間前に、無神経なお前をからかってやったばっかなのよ」

 

 

──三、四時間前のスバルとベアトリスの遭遇。

 

 

今の言葉が意味するのは、ロズワール邸で最初に目覚めた時のことだ。ループする廊下の突破口を、スバルが何の考えもなしに一発で当たりを引いたときの。

 

 

「つまり、今の俺がいるのは......屋敷で二度目に目覚めたとき、だよな」

 

 

「ちょい、スバル」

 

 

記憶に引っかかる箇所を拾い集めて、スバルは自分の立ち位置に当たりをつける。

双子が揃ってスバルを起こしにきたのはあの朝だけだ。その後は交代で片方ずつ。しかも、スバルが客室のベッドを利用する身分だったのも初日だけである。

 

 

 

「つまり、五日後から四日前まで戻ってきたって、そういうことか......?」

 

「何でそんな当たり前のようにベティーを抱きすくめているのかしら?」

 

 

王都のときと同じく、スバルは再び時間を溯行したのだ。今の状態をそう定義する。

 

だが、それを理解したことと、納得することとは別の話だ。

スバルは頭を抱えて、こうして戻ってきてしまった原因が何なのかを考える。

 

 

王都でスバルが時間溯行したのは、死を切っ掛けにした『死に戻り』だ。三度の死を糧にエミリアを救い、ループから抜け出したものとこれまで判断していた。

 

事実、ロズワール邸での五日間は何事もなく、極々平和に過ぎていたはずだ。

 

それがここへきて、突然の時間溯行──前触れも何もあったものではない。

 

 

 

「前回とは条件が違う、のか?──死んだら戻るって勝手に思ってたけど、実は一週間前後でオートで巻き戻るとか......いや、だとしたら」

 

 

「そうベティーの髪を引っ張るんじゃないのよ。形が崩れたらどうしてくれるのかしら」

 

 

 

こうして、このロズワール邸初日の朝に巻き戻った理由に説明がつかない。時間溯行の原理は不明だが、王都でのループにはある程度のルールが存在したはずだ。

 

 

その一つに、復活場所の問題がある。もしスバルがあのループから解放されていないなら、スバルが目覚めるのは三度見た果物屋の傷顔店主の前でなくてはならない。

 

 

「でも、現実は傷顔の中年から見た目は天使のメイド二人、後ついでに本好きのロリも一人。がらっと、変わってる」

 

 

「本好きで悪かったかしら!! 後その意味はよくわからないけれど不愉快な単語をやめろと何度言えばいいのよ!!!」

 

 

 

ぺたぺたと自分の体に触って、スバルは無事を確かめる。

 

何事もない、そう思う。

 

 

これまでの条件に従うなら、スバルが戻った理由は明確。

即ち──死んだのだ。

 

 

「ただ、死んだとしたらどうして死んだ? 寝る前まで全部普通だったぞ。眠った後だって、少なくとも『死』を感じるような状況には陥ってねぇ」

 

 

即死、にしても本当に『死』の瞬間を意識させないものがあるのだろうか。

 

毒やガスで眠ったまま殺された可能性も想定するが、それはつまり暗殺を意味する。そうされる理由がスバルにはないため、前提条件が成立していなかった。

 

 

「......となるとあるいは、クリア条件未達による強制ループ」

 

 

ゲームに見立ててしまえば、必要なフラグを立てなかったが故の結果(ゲームオーバー)だ。が、誰が目論んだフラグか分からない上に、トリガーすらも不明のクソゲー仕様。

 

 

「もともと、俺はすぐ諦めて攻略サイトに頼るゆとりゲーマーだってのに......」

 

「......ぶつぶつ呟いてると思ったら、くだらない雰囲気になってきたのよ。あといい加減、ベティーを膝から降ろすかしら。もう万死に値するのよ」

 

 

思索の海に沈むスバルを眺め、ベアトリスが退屈そうに言ってから、再び本に耽りはじめた。

 

 

「死ぬだの生きるだの、朝っぱらからくだらない妄言虚言はよすかしら。ベティーの気分も下がるったらないのよ」

 

 

 

スバルの言う事にまるで興味を持たず、しっしっ、と扉を指差してさっさと出ていくようにジェスチャーするベアトリス。

 

そのそっけない、けれどどこか変わらない態度に、スバルは安堵を覚えた。

 

 

未だ膝の上で律儀に座るベアトリスを降ろそうとし、少し悪戯心が芽生え、すました顔の少女の頬を両手で挟み込む。

 

 

「んみゅ!?」

 

 

「おらおらぁ!! もうちょっと俺を心配するなりなんなりしろぉ! このロリっ子がぁ!」

 

 

「い、いきなり突然何をしやがるのかしら!? ベティーが、なんでお前なんかを!」

 

 

「一応俺、屋敷内ではお前が一番付き合い長いからな!

あれだ、魂のソウルメイトみたいな感じだ。それに俺、結構お前の事好きだしな! 冷たい態度は更にメンタルやられるぜ、全く......」

 

 

「なっ......」

 

 

いつもの態度で、冗談のように少女に捲し立てたスバルが顔を上げると、顔を赤らめながらぷるぷると震えるベアトリスの姿が目に入った。

 

 

「しゃ、さっきから何かと思えば......からかいはいらないから、とっとと出ていくかしら!!」

 

 

「冗談でもねえんだけどな......ま、ちょっくら行ってくるわ」

 

 

未だに赤面してから動かないベアトリスの姿に満足したスバルは、少女の体を優しく降ろし、立ち上がって、尻を払ってから扉へ向き直る。

 

 

「......い、行くのかしら?」

 

 

「確かめたいことがあるんでな。(へこ)むのはその後にするわ。助かった」

 

 

「何もしてないのよ。......いい感じの位置に扉を移動させておくから、早く出るかしら」

 

 

 

優しさなのか、はたまた照れ隠しなのか。よく分からないが、そんな少女の態度が今のスバルには何故か心地いい。

 

ベアトリス自身にそんな意図はないだろうが、スバルはその言葉に背中を押されたような気分で、少女に手を振り踏み出す。

 

ドアノブをひねり、涼風が吹きつけてくる外へ一歩。

 

 

風に短い前髪が揺らされ、かすかに目に痛みを感じて顔を腕で覆う。

 

 

そして風が止み、裸足の足の裏には芝生の感触──その視界に、

 

 

 

「ああ、やっぱりきらきらしてるじゃねぇか」

 

 

庭先でかすかに息を弾ませる、銀髪の少女を見つけて心が躍った。

 

 

粋な計らいをしやがる、と内心で生意気な書庫の番人への悪態がこぼれる。

 

 

 

「──スバル!」

 

 

スバルに気付いた少女が紫紺の目を見開き、慌てた様子で駆け寄ってくる。その唇から自然と、銀鈴の音がこぼすのは、たった三つの音が作る最上の調べだ。

 

 

自然と、駆けてくる少女の方にスバルも足を向ける。

向かい合い、スバルの全身を眺めて少女の目尻が安堵に下がる。が、すぐに気を取り直したように姿勢と目つきを正した。

 

 

「もう、心配するじゃない。目が覚めてすぐにいなくなったって、ラムとレムが大慌てで屋敷中を走り回ってたんだから」

 

「あの二人が大慌てって逆に珍しいな。それにごめん。ちょっとベティー、あいやベアトリスに捕まってな」

 

 

「また? 起きる前にも一回、悪戯されたって聞いてたけど......」

 

 

心配そうに顔を近づけてくる美貌──エミリアの無防備な姿に、スバルは思わず手を伸ばして縋ってしまいそうになり、弱い己の心を自制した。

 

ここでそれをするのはあまりに短慮だ。それこそ、禁書庫で自分を落ち着かせる時間をあの少女から貰った意味がなくなる。濡れ衣をベアトリスに着せるのだけが目的ではないのだ。

 

 

憂い顔のエミリアに、曖昧な表情で応じるしかないスバル。スバルのらしくない態度に、しかしエミリアはどこか余所余所しく深入りしてこない。

 

 

当たり前のことだ。今のスバルが『らしくない』ことなど、出会ってほんの小一時間しか一緒の時間を過ごしていないエミリアに、わかるはずがない。あの禁書庫の少女なら、わかるかもしれないが。

 

 

スバルとエミリアの間には、埋まらない四日間の溝があるのだ。

 

 

スバルだけが知っていて、エミリアの知らない四日間が、確かにあったのだ。

 

 

「どうしたの? 私の顔、何かついてる?」

 

 

「可愛い目と鼻と耳と口がついてるよ。......その、無事でよかった」

 

 

最初の口説き文句にエミリアが赤面しかけ、すぐに続いた言葉の内容に頷いてくれる。

 

 

「うん、私の方は大丈夫。スバルが守ってくれたもの。スバルの方こそ、体の調子は?」

 

 

「ああ、快調快調。ちょっと血が足りなくて、ごっそりマナ持ってかれてて、寝起きの衝撃で体力削られて、縦ロールロリにメンタルをバットでフルボッコにされた感があるけど、元気だよ!」

 

「そっか、よか......え? それって満身創痍って言うんじゃ......」

 

 

「ま、平気だよ、見ての通り」

 

 

少しずつではあるものの、調子がいつもの物へと戻りつつある。ギアの回転を上げ、唇を舌で湿らせて、ナツキ・スバルを始めなくてはならない。

 

 

 

「元気ならいいけど......えっと、お屋敷に戻る? 私はちょっと用事があるんだけど」

 

 

「お、精霊トークタイムだね。邪魔しないから、一緒にいていい? あとパック貸して」

 

 

「別にいいけど、ホントに邪魔しちゃダメだからね。遊びじゃないんだから」

 

 

首を傾け、子どもに言い聞かせるようなエミリアの言い方。

 

そんなお姉さんぶったエミリアの仕草が愛しくて──スバルの心に決意の炎が灯った。

 

 

 

「んじゃ、行こう行こう。時間は有限で世界は雄大。そして俺とエミリアたんの物語はまだまだ始まったばっかりだ!」

 

 

「そうね......え? 今、なんて言ったの? たんってどこからきたの?」

 

 

「いいからいいから」

 

 

愛称呼びに驚くエミリアの背を押しながら、庭園の定位置へ二人して移動。

この愛称も呼び続けるうちにすっかり訂正する気力をなくして、なし崩し的に認められるのは知っての通り。それすらも、失われた四日間で築き上げる(きずな)の一つだ。

 

 

 

「──取り戻すさ」

 

 

納得いかなげな顔のエミリアの後ろを歩きながら、スバルは小さくこぼす。

 

 

「どれだけ、時間が掛かってもな」

 

 

足を止めて、遠ざかる銀髪を眺め、それから空に視線を送った。

 

 

──まだ低い東の空に、太陽が憎たらしく昇っていくのが見える。

 

 

あと五回、それが繰り返され、そして約束のときが迎えられればいい。

 

 

月が似合う少女と交わした約束を、太陽が迎えにくるのを見届ければいい。

 

 

 

──時間はある。そして、答えは知っている。

 

 

 

「誰の嫌がらせか知らねぇが、全部まとめて取り返して吠え面かかせてやんよ!......あの夜の笑顔にゾッコンになった、俺の執念深さを舐めんじゃねぇ」

 

 

空に向かって拳を握りしめ、誰にともなく宣戦布告。

 

それはスバルがこの世界にきて、初めて『召喚』と『ループ』を課した存在への、明確な反逆の宣言だった。

 

 

二度目のループとの戦いが始まる。

 

 

ロズワール邸での一週間を乗り越えて、あの日々の続きを知るために。

 

 

 

 

あの夜の約束を、交わした約束を。

 

今度こそ、守るために──。

 

 

 

 

 




【とある少女の内心】

「とっとと出ていくかしら!」(好きって言われた好きって言われた好きって言われた......)

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