20000UA、ありがとうございます。
今回、色々とごちゃごちゃしております......すみません.....
昇る太陽へ啖呵を切り、二度目のロズワール初日が幕を開けた。
たったの五日間、スバルは太陽が昇って沈むのを見届ければいい。
その間の過ごし方は『できるだけ前回の流れをなぞる』というのがスバルの方針だ。
庭園での決意の通り、最終的なスバルの目的は最終日にエミリアと交わした約束を果たすこと。そのためにはあの月夜を越えて、もう一度約束を交わさなくてはならない。
その方針の通り、スバルは前回と同じような動きをして、そのまま六日目の朝を迎えようと計画し──
「だったのに、なんでだか、まずった」
湯気立つ浴場で大の字に浮かびながら、スバルは水泡を吹いて一日目を振り返った。決意の朝から始まった、破竹の大失敗劇を。
まずエミリアとの朝の日課を終え、ロズワールの帰宅を待って食堂での会話に臨んだ。
正直、勢いで喋った細部までトレースできた自信はないが、大まかな話の流れは前回を踏襲したはずだ。
養われる立場への魅力を振り切り、スバルは前回と同じ使用人見習いとして屋敷の一員に加えられた。その後は教育係としてついたラムに同行し、屋敷の案内から始まる初日の勤労奉仕へと移ったのだが、ここからがおかしかった。
「なんでか前回と全然違ったもんな。ばっちりカンニングペーパー用意してきたのに、いざ問題用紙見たら科目が違ったぐらいの徒労感......何のためのやり直しだよ」
湯船から顔だけ出したスバルは、顎を浴槽の縁に乗せながら憮然と呟く。
方針通りに前回の流れを踏襲したはずのスバルだったが、教育係に着任したラムの課す仕事内容が、以前と様変わりしていたのだ。雑用レベル1から、レベル4くらいに。
「しかも、前回では屋敷の案内はラムに押し付けられたベティーがやってくれたはずなんだがなぁ......」
純粋に、任せられる仕事の質と量が増したのだが、それとは別にスバルを案内してくれた人物も変わっていた。前回とは違い、スバルを追い出した後、素直にベアトリスが謝りに来る事はなく、そのままラムがスバルに屋敷を案内したのだ。
「前回も前回でへとへとだったのに、今回は今回でハードだった......クソ、しかもベティーともあれ以来会ってないから、癒し枠もからっきしと来たもんだ......」
予想と違う過酷さに愚痴が出るが、その一方でスバルは今の状況があまり良くない状況であると判断していた。
前回の時間をなぞろうと努力した上で結果がこれだ。初日からこれほど内容が変わってしまえば、二日目以降も前回とのすり合わせなどできようはずもない。
小さな差異を無視したことで、やがてくる大きな問題がずれる可能性が恐ろしかった。
「こんだけ違っちまうと、もう記憶は当てにならねぇのか......?」
屋敷内の風呂は中々適温で、考えに耽るのにも最適だった。だが、これだけ長時間入っているといつかはのぼせてしまうだろう。
そう判断したスバルは、すぐさま死に戻りのことで一杯だった頭の隅に追いやっていた、健全な男子高校生なら考えるであろう、最高に馬鹿なことを考えていた。
「......このお湯、もしかしてエミリアたんが入ったんじゃ」
そう。
なんと
「......いやいや、流石にお湯は入れ換えられてるに決まってるぞナツキスバル、落ち着け......」
しかし、一度
頭の中ではあり得ないと分かっていても、スバルの思い込みは止まらなかった。
「一縷の望みにかけるか......?」
のぼせかけた回らない頭でスバルは一縷の望みにかけて、自らが浸かるお湯に手を出そうと──
「こ、こんこん......誰かいるのかしら?」
「ふわぁぉぉう!!」
「誰かと思ったら
──しなかった。
◇
広いロズワール邸の屋敷の浴室で二人。
金髪の縦ロールが特徴的な可愛らしい少女、ベアトリスと三白眼の鋭い目付きがコンプレックスな少年、ナツキスバルの端から見たら完全に事案な、タオル一枚しか見に纏っていない同士の怪しい会話が繰り広げられていた。
「聞けば聞くほど、お前、いやニンゲンの考えることはよく分からないかしら......」
「いやいやよく考えろ、ベティー。健全な男子高校生の気持ちをしっかりと想像し、汲み取るんだ......ほら、な?」
「なにが ほら、な......なのよ!! もうベティーはお風呂に入るから、さっさと出ていくのよ!!」
「よく見たらタオル一枚だった!! 俺、ロリに興味はないのも加えてエミリアたん一筋だから......」
「よく見るんじゃないかしら!!」
スバルから湯飲み未遂事件の全貌を聞かされたベアトリスが軽蔑の視線をスバルに向ける中、そんな視線を無視してスバルはベアトリスに問い質した。
「って言うか、ベティーも結構遅い時間に風呂に入ったりするんだな......もうそろそろお子様は寝る時間だぜ?」
「......もう、もう突っ込まないのよ......そういうお前こそ、こんな時間まで起きていて大丈夫なのかしら? 使用人なら明日も、いやその明日も朝は早かったはずなのよ」
「あぁ、また始まるんスね、地獄の雑用日々が......おまけに筋肉痛で全身痛いし、クソ、ラムめ......今度合ったら覚えてろよ......」
「ふ、いい気味かしら......スバル、このあとも何か雑用はあるのかしら?」
「何かもクソも寝るだけだよ。ベティーの言う通り明日も早いんだから当たり前だろ、チキショウ......」
何故か反骨精神と弱音がハイブリッドしたスバルの返事に、ベアトリスは小さく頷いて瞑目。
よく見ると、薄いタオルに脇下からひざ辺りまで包まれているその姿は、幼い彼女の身に反して非常に扇情的なのだが、疲労し切っていたスバルはそんなことには気付く様子もなく。
押し黙るベアトリスが何を言いたいのかと、じれたスバルが声をかける寸前に目が開かれた。
「それじゃ、後でお前の部屋に行かせて貰うから、部屋で待っとくがいいのよ」
「──は?」
と、間の抜けたスバルの声がぽろっとこぼれた。
◇
何度でも宣言しておくが、ナツキ・スバルはエミリア一筋を標榜している。
......いや、実はベアトリスにも中々好感情を抱いているのだが、建前上では見栄を張っておきたいのだ。
話を戻すと、純粋に容姿の美しさもあるが、なんかこう、振る舞いの一つ一つがツボに入るのだ。
よって、どんな美貌が相手でもスバルの心がエミリア以外になびくことはあり得ない。
「だから、この完璧な状態のベッドも俺が安らかに眠るため以外の理由なんてないんだぜ」
鋭い勢いで指をベッドに突きつけ、気合いの入った言い訳を誰にともなく断言する。
風呂上がりに部屋に戻ったスバルの目の前には、戻ってからの時間の全てを費やして整えたベッドがある。洗濯物も放置しての仕事ぶりは、風呂上がりなのに汗をかくほどだ。
「深い意味はない、深い意味はないぞ。心頭滅却心頭滅却。落ち着け、落ち着け。エミリアたんが一人、エミリアたんが二人、エミリアたんが三人......天国か!」
「騒がしいのよ、お前。もう夜なんだから、静かにするかしら」
「おひょい!」
大きく跳ねて壁に激突。部屋の入口に、音もなく扉を開けたベアトリスが立っている。
「静かにしろと言った直後にこれは......もうダメなのよ」
「ちょい待て! 俺を失望しきるのにはまだ早いぜロリっ子!」
「失望なら湯飲み事件でもう充分かしら。それじゃ、さっさと始めるのよ」
「おう俺だってもうお前のそれには突っ込まねぇぜ! だけどな、叶うことなら無視をするのはやめて頂けませんかベティー様!! 」
「結局突っ込んでるんじゃねぇかしら......」
誤解を解こうと、最早怒鳴り散らす勢いで少女に迫るスバルに対し、ベアトリスはそんなスバルの前を見向きもせずに横切り、部屋の奥──書き物用の机へと足を向けた。
「何を惚けているのよ。早くこっちへ来るかしら」
犬でも躾けるようなぞんざいな手招きに憮然とした顔になるが、すぐさまスバルは少女の元へ足を進め、椅子へ腰掛けると、
「そんで? 今回は何をする為にわざわざ俺の部屋まで来たんだ?......まさか、また陰魔法の練習とか?」
「練習はまた今度なのよ。ベティーはただ、何も知らない無知蒙昧なお前に、読み書きを教えてやろうと思ったかしら」
突然の罵声と頼んだ覚えのない願いに、スバルは動揺を隠せない。机の上には真っ白のページが広がるノートと羽ペン、赤茶けた背表紙の本があって息を呑む。
冗談でも悪ふざけでもなく、どうやら本当に文字を教えてくれようとしているらしい。
「お、おぉ......今更ながら、結構ありがたい申し出なんだけど......でもまた急に、なんで?」
「お前が読み書きできないのは、この前ベティーの禁書庫まで無様に逃げてきた時に、床に置いた本や棚にある本の背表紙の文字とかを一切理解していなかった時点で分かったのよ......そもそも、読み書きができないと買い物も頼めないどころか、メイド姉妹の用件の書き置きすら理解できないかしら......」
戸惑うスバルの問いかけに、ベアトリスは至極真っ当な答えを返した。
驚きで魚のように口をパクパクさせるスバルに、ベアトリスは済ました顔で赤い背表紙の本を見せる。
「まずは簡単な子ども向けの童話集。これから毎晩......そう! 毎晩ベティーがお前の勉強に付き合ってやらにゃならないのよ!!」
「正直、超ありがたい......ていうか子ども向けの童話って、お前も充分子どもだろ」
「そういう余計な揚げ足取りが本当に必要ない事この上ないのよ!!」
潤った瞳で喚きながらスバルの胴体部分をぽかぽかと全力で殴るベアトリスをあしらいながらスバルは、感謝より困惑の方が大きい気持ちのままでいた。
この展開も先の風呂場と同じで、前回ではあり得なかった状況だ。
そしてスバル自身の感覚としては、前回の一週間に比べればまだ少女との親しさは足りていない。
「どうして、そんな風に親切にしてくれんだ?」
「決まっているかしら。......あのメイド姉妹の姉の方が、ベティーに交渉を持ち掛けてきたからなのよ......」
「交渉......ベア子が自らこうして動いてくれるなんて、姉様はどんな交渉持ち掛けてきたんだ?」
スバルとしてはこうして勉強に付き添ってくれるのもありがたいが、あの頑固なベアトリスがこうして寄り添い熱心に教えてくれるのも、また感謝の気持ちと同じくらいに膨れ上がった疑問だった。
そんなスバルの疑問に、ベアトリスは苦い顔を浮かべながら事を話した。
「ちょっと今何か変な名前で呼ばなかったかしら?......まぁ、聞きたいなら聞かせてやるのよ。あの姉、突然ベティーの禁書庫に押し掛けてきたと思ったら......」
◇
『と、突然何なのかしら。お前がベティーの禁書庫へ押し掛けてくるなんて、随分珍しいことなのよ』
『おはようございます、ベアトリス様。ラムも、ベアトリス様の禁書庫を当てるために、ここ最近で一番頑張りました』
『その頑張りをもっと他の事に使えかしら!!』
『そのお願いは受けかねます、ベアトリス様。』
『......それで、一体何を言いにわざわざ来たのよ?』
『それはですね......ベアトリス様は、あのバルスと比較的仲がよろしいと思われます。そこで、ベアトリス様には、是非ともバルスに読み書きを伝授してやって欲しいのです。』
話を聞きつつも、ラムの他人を思いやった行動に、内心感動するスバル。
「......お? 話を聞く限り、あのラムが俺の事を思ってそこまで動いてくれたと......!?」
「ちなみにその後『何でお前が教えてやらないのか』と聞いたら『決まっています。ラムが......いいえ、楽をするためです』って返ってきたのよ」
「俺の感動を返せ姉様!!」
精一杯ラムの真似をするベアトリスに微笑ましいものを感じるが、それと別にあまりにも酷過ぎる内容に、ラムに感謝まで伝えようとしていたスバルの純粋な心は無様にも砕け散った。
「んで、結局ベティーは何を釣り合いに俺に読み書きを教えてくれるようになったんだ? さあ吐け! 怒らないから!!」
「
「俺のこれからの人生で必要不可欠な言語と一日だけ猫と戯れられる権利が同等かよ!!」
「にーちゃを馬鹿にするんじゃないのよ!! 忙しいにーちゃを一日も好きにできるなんて、本来は贅沢過ぎるかしら!!」
「ていうか大体あいつ定時退社するんだから
「もうごちゃごちゃ喧しいかしら!! いいからさっさと勉強、するのよ!」
「おう分かったよ! ここでどう足掻いても俺には読み書きスキルが必要だからな! オッケー、じゃあお勉強、しましょうじゃないですか!!」
言いながら無理矢理話を終わらせたスバルは、勢いで机の前に腰を下ろし、乱暴に羽ペンを持って準備完了。
羽ペンは軽く、ノートの上をなかなか達筆に滑ってくれる。異世界で記念すべき最初の一筆。
羽ペンが紙の上をなぞる音は、興奮していたスバルの心に自然と安らぎを与えてくれる。
「お前の場合、会話の文法は問題ないから、そこまで難しいことはないはずなのよ。言葉選びに品がないのは今さら矯正しようがないかしら」
「フォローのふりした罵倒入ってるよな?」
異世界に来てから様々な罵詈雑言を受けたスバルは、この程度の罵倒では揺るがない。ノートの上で滑らかにペンを滑らして、
「ナツキ・スバル参上......と」
そうして、スバルがかつて住んでいた母国、日本語でそう書いた後。
「ナツキ・スバル参上......」
小さな声だが、ベアトリスがスバルの書いた文字を読むのを、確かにスバルは認識した。
「......え? ベアトリス、お前今......これ、読んだよな?」
「えっ?あ、あれ......いや、うん......読んだのよ」
どちらかと言えば困惑の声色が読み取れるのだが、日本語が通じると思ったスバルは、冷や汗をかくベアトリスに捲し立てた。
「ベティー、お前もしかして......」
「ああああれかしら!! そう、ベティーがお母様から譲り受けた本の中に、一定の人達が話す別言語が載っていたのよ!!」
「いやまぁこれ俺の母国語なんだけど......じゃあベティーって、日本語使えたりすんの?」
「あ、いや、ちょ、ちょっとだけ噛った程度だから、完璧には分かってないかしら?」
「あー、やっぱレム達には伝わらねぇよな......異世界人、やっぱり俺以外にも先人がいたんだな......」
会話の成立から、ひょっとしたら文字も書いてみれば翻訳されるのを期待したのだが、そう都合よい展開には恵まれない。スバルにこちらの字が読めないのと、同じことだ。
「ご、誤魔化せたかしら......ま、まずは基本のイ文字から。ロ文字とハ文字は、イ文字が完璧になってからかしら」
「三種類もあんのか。聞くだに折れるな」
新たな言語取得を前に、早くも挫かれそうな心が辛い。
平仮名、カタカナ、漢字が揃った日本語を学ぶ、外国人の気持ちと壁の高さを思い知った気分だ。
「イ文字を把握してから童話に入るのよ。時間は
「最後に本音がチラリズムするそういうとこ、嫌いじゃねぇな、ベティー先輩」
「ベティーもベティーの素直なところは美点だと思ってるかしら」
躊躇いのない切り返しだから本音か冗談かわからない。かなり高確率で本音の雰囲気を感じながら、スバルの文字取得レッスンが始まった。
新しい言語の取得の基本は、文字の把握とひたすら書き取りを反復することだ。
ベアトリスが書き出してくれた基本の文字を、ページ一枚がびっしりと埋まるように真似ていく。
ゲシュタルト崩壊を起こしそうな地道さこそが、必要な苦労だと割り切るのが肝要だ。
疲労と眠気に瞼の重さを感じながら、付き合ってくれるベアトリスのためにも船をこぐことは許されない。
そもそも、こうして二回目の初日から友好的に接してくれていることが貴重な機会だ。チャンス、と言い換えてもいい。
「なんつーか、パックのためとか言ってるけど、俺はそれでも嬉しかったよ」
照れ臭い気持ちを堪えながら、素直な気持ちを後ろの少女に伝える。
羽ペンをノートに走らせるかすかな音。繰り返し同じ文字を書き連ねる作業の合間を縫って、スバルは前回の一週間を瞑想する。
思えば、時間さえあればエミリアを追いかけていた日々だったが、その間をもっとも長く一緒に過ごしたのはベアトリスだったろう。
「正直、そこまでするほど好かれてるとは思ってなかったし」
改めて思うと、あらゆる仕事で素人同然だったスバルを通常業務と兼務しながら、せわしなく教育してくれたのはラムとレムだ。
スバルの教育に時間をかけていたラムの分の仕事の一部を、レムが肩代わりしてくれていたと聞いて、間接的に負担をかけたことはスバルの負い目にもなっていた。
ただでさえ忙しい日々の中、スバルのように使えない新人の教育など苦痛で当然だ。相手にそう思われることだって、スバルにとっては慣れ親しんだ感覚だった。
何も分からないまま、突然異世界へと放り出された所に、手を差しのべてくれたのはベアトリスで。
その後、自らが動くきっかけとなった、美しい紫紺の瞳の少女、エミリア。
そして、屋敷に来てからスバルを迎え入れてくれたロズワールに、忙しくもスバルを教育してくれたラムとレム。
こうした、異世界で出会った色々な人達から否定されずに支えられてきた現在が、スバルにとっては嬉しかった。
「これからも、迷惑かけるとは思うんだけど、なるたけ早く戦力になるから、頼むよ」
椅子を軋ませて首だけを後ろに向け、スバルは無言で見守るベアトリスに告げる。
スバルの心からの感謝と今後の意気込み。それに対してベアトリスは静かに、
「すぅ」
綺麗にベッドメイキングされた寝台の中で、可愛らしく寝息を立てていた。
ぱき、と音を立てて羽ペンが折れた。
アンケート機能、初めて使ってみましたけれど、存外に便利ですね。これからも気になることがあったら使ってみます。