Re:ゼロから始めるベアトリス生活   作:初代TK

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鎖の音

 

 

 

 

ふと込み上げる衝動に負けて、スバルは大口を開けて欠伸をかました。

目尻に涙となって浮かぶ眠気を袖で乱暴に拭い、ぐっと背筋を伸ばす。

夕刻の空は沈む太陽の餞別で(だいだい)色に染まり、流れる雲がゆったりと一日の終わりを労ってくれていた。

 

 

雲を見送りながら、スバルは手足や首を回して体の調子を確認。重労働の影響は残っているが、初日の夜ほどの疲労感は感じない。

 

「体の強さは変わってねぇし、ちったぁ疲れない体の動かし方を学んだってことか」

 

「スバルくん、お待たせしました。──大丈夫ですか?」

 

「ん、ああ、大丈夫大丈夫。レムりんも、買い物終わり?」

 

「はい、(とどこお)りなく。スバルくんはずいぶんと人気でしたね」

 

 

買ってきた荷物の入った手提げを持ち、スバルを労うのは青髪の少女──レムだ。

 

着こなしたメイド服姿のレムは風に揺れる髪を押さえ、わずかに和らいで見える表情でスバルを見ている。

泥と(ほこり)、そして鼻水や涙で執事服を汚したスバルの方を。

 

 

「昔っからどうしてかガキンチョにやたらと好かれる体質でさぁ。やっぱりアレかなぁ、俺の中の抑え切れない母性的な何かが童心を惹き付けてやまないみたいな」

 

「子どもは動物と同じで人間性に順位付けをしていますから。本能的に侮っていい相手かどうかわかるんですよ」

 

「それ褒められてないよね!?」

 

 

辛辣なコメントを遠回しに言ってくるレムと、言う時は直球で罵倒してくるラム。そういうところがラムと姉妹なのだと納得させられる。

 

現在、スバルとレムがいるのは屋敷のもっとも近くにある、アーラムという村落だ。

 

あれで辺境伯、という立場にあるロズワールは、いくつかの土地を領地として保有する一端の貴族である。

屋敷の直近のアーラム村も例外ではなく、住民は当たり前のようにスバルたちを認識すると、親しげに声をかけてきてくれる。

買い出しなどで接触の機会が多い双子はもちろん、スバルも存在だけは周知されているようだ。

 

 

「とはいえ、あのガキ共の馴れ馴れしさはいったい......迂闊に触ると火傷しかねない、俺のハードボイルドな雰囲気が理解できないのか」

 

「母性って言ったり大人を気取ったり、スバルくんは一人で忙しいですね」

 

「でもまぁ、むしろ忙しい方が絡まれずに済んで平穏だった気もすんね。やっぱレムりんの買い物に付き合ってりゃよかったな......敬いの気持ちが足りねぇんだよ。だからガキンチョってのは好きになれねぇんだ」

 

「敬うに足るだけのものを、スバルくんはちゃんと子ども達に見せたんですか?」

 

「正論ごもっともだよ! かといって最初っから舐められんのもなんか違うと思うんだけど......その辺、ラムとかベアトリス辺りはうまくやりそうだよな」

 

「姉様は素敵でしょう......ベアトリス様は、ある意味馴染めるのでは?」

 

 

姉を自慢するレムの様子は鼻高々で、ベアトリスを語る姿はまるで慈愛に満ちた表情だ。

そこに含むような態度は見られないので、本心だろうと推察する。

 

 

「それってまぁ、百パーセント見た目のこと言ってますよね? あれでいて、心の内は誰も寄り付かせようとしない、とんでもねぇ一匹狼だけどな......ラムは、うん。ぶっちゃけ結構な頻度で軋轢(あつれき)生みそうな感じするけど」

 

「ベアトリス様も、普段はあんな風にそっけない態度ですけど、意外と寂しがりやなところもあるんですよ?......姉様は、凄いです。物怖じせずに接するなんて、レムにはとても、無理ですから」

 

 

付け足された言葉がどこか物悲しくて、スバルは眉を寄せるが追求できない。

 

「そういえば、スバルくんの勉強の進み具合はどうですか?」

 

 

とっさに言葉を見失ってしまったスバルに、レムが気を取り直すように話題を変える。

 

「着々と......って答えたいけど、そうそう簡単にはいかないな。やっぱ何事にも時間をかけなきゃな。愛情と一緒だね!」

 

「途中で枯れないといいですね」

 

「今のレムりんのコメントには愛が枯れてるよ!」

 

 

叫び、レムの表情にわずかな微笑が浮かぶのを見て、スバルも安堵に笑う。

 

──ラム、もといベアトリスが夜の個人レッスンを申し出て、すでに四日が経過している。

順番にスバルの教育に当たるという話だったが、まだレムには講師役が回ってきていない。

 

それだけレムが忙しかったということだが、レムにとっては逆にそれが負い目になっていたようだ。

珍しく逡巡(しゅんじゅん)するような素振りのレムに対して、スバルは笑い顔のままで手を振った。

 

 

「心配すんなって。別に放置されてるわけじゃなし、ラムにも不満ねぇよ。いや、教えてる最中にどっか行かれるとやる気が削がれるから勘弁してほしいけど」

 

「姉様はスバルくんのやる気を発奮させようと、あえてそう振る舞ってるんですよ」

 

「なにその姉への絶対的な崇拝、並大抵じゃねぇぞ。マジ鬼がかってんな」

 

 

「鬼、がかる......?」

 

 

造語に対して、最近のスバルのマイブームな言葉にレムが首を傾げる。

 

 

「神がかるの鬼バージョンだよ。鬼がかる、なんかよくね?」

 

「鬼、好きなんですか?」

 

「神より好きかも。だって神様って基本的に何にもしてくれねぇけど、鬼って未来の展望を話すと一緒に笑ってくれるらしいぜ」

 

来年の話をすると特に盛り上がるらしい。

肩を組んで赤鬼や青鬼と爆笑し合う光景を思い浮かべるスバルは、ふとレムがその表情に確かな笑みを刻んでいるのを見た。

 

 

「お......」

 

 

これまでにも何度か微笑する姿は見てきたが、こうしてきちんと笑顔を見せてくれたのは初めての事だ。

 

何がレムの心を解したのかはわからないが、スバルは指を鳴らし、

 

 

「その笑顔、百万ボルトの夜景に匹敵するね」

 

 

「エミリア様に言いつけますよ」

 

 

「そんなに怒ったの!?」

 

 

「こんなに怒ったのは、スバルくんが姉様の陰口をこっそり言ったとき以来です」

 

「わりと最近で頻繁だ!」

 

 

余計な一言を付け加えたせいで、レムのスバルを見る視線の鋭さが増した。

(おのの)きながらスバルは弁明を諦めて、口を閉じると空を見上げた。

夕闇の向こうからゆっくりと夜が迫ってくる。そのことに、手足が緊張に強張るのを感じた。

 

 

──なにせ、二回目の世界も今日でぴったり四日目を迎えているのだから。

 

 

「明日の朝を、無事に迎えられるかが勝負だな。──その前に」

 

 

 

エミリアとそもそもデートの約束ができるかどうかも、大事な勝負なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......はぁ、ようやっと二日目の四日目まで来たかしら。......自分でいっててわけわかんなくなってくるのよ」

 

 

まさしく、『書庫』と呼ぶにふさわしい部屋で、何故かドア前に置かれている脚立に座り、我が物顔で書物を読み漁っている少女。ベアトリスが、はぁ、と大きなため息をついた。

 

 

「毎度毎度、死ぬ度にあのぐにゃぐにゃっとした気味の悪い感覚を出してくるの、ほんとにやめて貰いたいかしら。......酔い止めなしで吐かずに耐えるこっちの身にもなれってんのよ! 魔女!」

 

 

むきゃー、と、■■の魔女への恨み辛みを吐き出して、自らのお気に入りの本の一ページを少し曲げてしまうのも厭わないベアトリス。

ちなみに彼女は、ここ数日は『酔い止め』なるものを作ろうと、様々な本を読みながら躍起になっている。

 

 

「......っと、今()()らはどんくらいまで話を進めたのかしら。......えーっと、ここら辺かしら?」

 

 

うんうんと唸りながら、『扉渡り』を駆使して絶賛勉強中のスバルの隣の部屋に移動。

隣の様子を伺うために壁に耳をぺたんとつけると、彼女の自慢の縦ロールが少し崩れてしまう。しかしこれも必要経費だと割りきり、なんとかスバル達の話の内容を聞き取る。

 

 

「......れじゃ、執事スバ......ん。 明日......らちゃんと働くこと。ご褒美は、頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです」

 

 

 

辺境伯の屋敷だけあって、壁がやたらと分厚いためか、途切れ途切れの言葉しか聞こえなかったのだが、誰かが廊下を歩いている音から察して、エミリアがもう部屋から出たのだと推察する。

 

 

「あー、そろそろ(みな)寝静まる頃なのよ。......後少しだけ本でも読むことにするかしら」

 

 

 

そうして、ベアトリスはまた一人、素朴な木製の脚立に座り込み、本を読む。

 

 

 

 

 

不思議かもしれないが、それこそがベアトリスの心が一番安らぐ時間でもあり、同時に少しだけ寂しい時間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床に座ってベッドを背もたれにして、スバルは刻々と夜が明けるのを待ち望んでいた。

 

冷たい床の感触も、二時間以上座り続けた今ではほとんど感じられない。ただ、その冷たさを必要としないほど、スバルの体は覚醒の極みにあった。理由は簡単だ。

 

 

「こんだけ心臓がバカバカ鳴ってて、寝られる奴がいるもんかよ」

 

 

心臓の鼓動は早く高く、音はまるで耳元で鳴り続けているように大きく鋭い。

全身を血が巡る感覚が鋭敏に感じ取れて、手先が痺れるような痛みを継続して訴えていた。

 

「エミリアとの約束が待ち遠しくてこの様か。おいおい、俺ってば遠足前に寝られなくなる小学生かよ。宿学旅行で寝坊したの思い出すな」

 

思い出で気を紛らわしながら、スバルは何時間も見上げた空を飽きずに睨み付ける。

 

 

──長い時間だ、とつくづく思う。

 

 

朝までは四時間ほど。眠気は欠片もないが、何が起きるのか延々と警戒し続ける状態では神経がやられる。襲撃の可能性を思えば、時間潰しで集中を乱すなどもってのほかだ。

 

故に思考を続けること、それだけがスバルにできることだった。

 

 

この四日間、即ち二度目の四日間を改めて振り替える。

出だしの失調と、いくつかの一周目との差異。だが、一方でスバルの記憶に残るイベントの大半は通過できたはずだ。

 

エミリアとの関係は良好。ラムやレムとの関係も良くなっていってる気はするが。

 

 

「あと、心残りがあるとすれば.......」

 

 

今夜、ベアトリスに遭遇することができなかった、という点だ。

 

前回の最後の夜、スバルはほんの短い時間だがベアトリスとエミリアとで、接する時間を持った。それが今回は抜けているのと、それを抜きにしてもベアトリスと接触した時間が今回は少ない。

 

シビアな時間管理に追われて、この四日間は夜の読み書きの時間以外、ほとんど言葉を交わせていなかった。

 

 

「前回も、顔見ては憎まれ口叩きあってたけど......しっくりこねぇ」

 

 

二週目でベアトリスと話したのは数少ないが、この二回目の世界の初日。

ループの事実に打ちひしがれるスバルの心を救ったのは、まぎれもなくベアトリスの存在だった。

 

何だかんだ言いつつも、最後まで見てくれる彼女の態度にこそ、スバルは安堵を得て立ち直ることができたのだ。

 

 

「礼の一つでも、言っておくべきだったかもな」

 

 

この世界のベアトリスには心当たりのないことだし、言ったら言ったで微妙そうな顔をされるのは目に見えているのだが、それでもベアトリスを思うスバルの唇はゆるんでいた。

 

ベアトリスとの代わり映えのない言い合いすらも、思い出せば笑ってしまう記憶だ。

 

 

明日を、朝を迎えることができれば、もっともっとやりたいことができる。

 

 

 

ベアトリスだけでなく、ラムにもレムにも、ロズワールにすら言いたいことがある。

もちろん、エミリアに万の言葉を尽くした後になるのは許してほしいが。

振り替えれば笑いが出る。前回と今回、合わせて八日間。内心のゆるみが表に出てきたのか、朝までまだ三時間以上あるというのに、瞼が少し重くなってきたのを感じる。

 

 

「ここで寝落ちとかマジで洒落にならん。ネトゲやってるときとは違ぇんだから......」

 

 

瞼を擦り、急に湧いてきた眠気を逃がす。が、睡魔は寒気まで連れてきていて、思わず身震いして苦笑してしまう。

両肩を抱き、体温を高めようと体をさする。しかし、やってもやっても寒気が引かない。それどころか、眠気がどんどんと増している。

 

 

 

──楽観的に捉えていた状況、その変化にスバルも気付いた。

 

 

見ればジャージの袖の下、肌には粟立つように鳥肌が浮かび、芯からの冷たさに体の震えが止まらない。異常だ。

 

異世界の気候は、今は元の世界の春過ぎに近い。服の袖をまくらなくては暑い日もあるくらいだ。それがどうして今、歯の根が噛み合わないのか。

 

 

 

「ヤバい、まさか、これ......っ!」

 

 

震えに寒気でなく恐怖を感じ、スバルは慌てて床に手を着く。

 

だが、震えはすでに上半身を蝕み、腕で体全体を支えられない。

もう間もなく、死ぬ──

 

 

「っ......おっらああぁ!!!」

 

 

そう直感で感じたスバルは、残り少ない力を振り絞り、まだ()()()()()()()()両足を立たせ、全力で部屋の扉を抉じ開け、廊下に出た。

 

 

普段はあまりの距離に端まで歩く気すら起きない一階の廊下を、今のスバルは全力で駆け抜ける。

ゾッとするほどの倦怠感が、身体中を駆け巡る。その恐ろしくも感じる感覚に、吐き気を催しそうにもなる。

 

だが、それでもスバルが走るのは、この屋敷の人達に。

 

今の筋書きのつかない異様な身体状態を、誰かに伝えたかった。

 

 

そうしてスバルは、走る、走る、走る──

 

 

「こ、こだぁ......っ」

 

 

──そして彼は、廊下の一番奥。

 

物を考える気力すら惜しんで、無意識にその扉内に居るであろう人物に助けを求める声を上げた。

 

 

「べ、アトリスうぅぅ......!!」

 

 

「......む、 こんな夜更けに誰かと思ったら、お前かし......」

 

 

 

そう。

 

 

スバルは倦怠感と吐き気で埋め尽くされた思考の中で、唯一今すぐに出会えそうな人物を考えていたのだ。

エミリアは上階なので、こんな状態で階段を上るのは自殺行為だ。パックも言わずもがな。

レムとラム、それにロズワールに至っては、私室としている部屋すら分からない。

 

 

故に、今一番スバルの状況を打破できる可能性がある、ベアトリスを選んだわけだ。

 

 

 

最初は、深夜に足音を立てながら突如部屋に入ってきたスバルにあからさまに嫌悪感を示すベアトリスだったが、スバルのその異常な状態に気付いた瞬間、すぐにその手を動かした。

 

 

「ちょっと痛むかしら。精々耐えるがいいのよ」

 

 

「......は?」

 

 

まだ呼吸もままならない状態でそんな事を言われても、満身創痍のスバルには反応できるはずもなく。

 

 

「あ、がっ──」

 

 

スバルの掌越しに白い光が沁み込んだかと思うと、すぐさまその眩い光が弾かれた。

 

 

「やっぱり、少しだけしか取れなかったかしら。もう少し、早く来ていれば......」

 

 

どこか沈鬱な表情を浮かべたベアトリスの手の中には、謎の黒い(もや)があった。

呼吸が安定してきたスバルが、その靄の正体を、まず何故か靄のようなものが体内にあったのかを聞く前に、ベアトリスがそれをぐしゃ、と手で握り潰した。

 

 

「そ、今のは......何だったんだ?」

 

 

「忌まわしい術式の元なのよ。なんでお前がこんな物をかけられていたのかは知らないけど、もう手遅れかしら。あと二、三時間は経ったら死ぬのよ」

 

 

 

煩わしそうに、靄を握り潰した手をもう片方の手で払う仕草を見せるベアトリス。だが、スバルにはそんなベアトリスの行動すら頭に入らなかった。

 

 

手遅れ。

 

 

その言葉が一体何を意味するのかを理解できないほど、スバルは愚かではなかった。

自分はもう助からないのだと伝えられた瞬間、スバルは先程とは比べ物にならない程の不快感と倦怠感に苛まれた。

 

 

 

術式とは。

 

あの黒い靄の正体は。

 

この身に起こっている状態は何なのか。

 

 

 

「......っ、ぉえ」

 

 

 

体の中身がぐずぐずに溶けて、全部一緒くたに掻き混ぜられたような不快感。

込み上げる吐瀉物(としゃぶつ)が口の端から垂れ流されそうになり、スバルは思わず扉を開けて廊下に出た。

 

 

 

「──待って!!」

 

 

 

部屋の中から叫ぶような声が聞こえたが、今のスバルの脳内はそれを全く聞き入れない。

ただ、涙がスバルの顔面を汚していく。

 

 

それほどの醜態を晒しながらも、ベアトリスから状態を聞かされたスバルの脳裏にあるのはたった一人。

 

 

 

──エミリア。エミリア。エミリア。

 

 

エミリアのところに、行かなくてはならない。

 

 

 

使命感が、義務感が、言葉にできない感情がスバルを突き動かしていた。

自分の命に拘泥する、ある種当然の自己保身すらも、今のスバルにはなかった。

 

ただエミリアの居室を目指して、走る。

 

ベアトリスがスバルに何かをしてくれたのか、部屋に入る前の状態よりは遥かに良くなっているだろう。

 

 

ただ、それでも尚、今もスバルの体をあの黒い靄は蝕んでいる。その事は徹底してわかる。

全身がだるくなってくる。呼吸は荒く、キンと甲高い耳鳴りが鳴り続けている。

 

 

だから、スバルがその奇妙な音に気付いたのは、ただの偶然だった。

 

 

 

──まるで、鎖の鳴るような音だった気がした。

 

 

違和感に体の動きが止まる。なんとか立ったままの姿勢を保持しようと、壁に体を預けて音のする後ろを見やる。

 

 

 

「──う?」

 

 

次の瞬間、衝撃がスバルを弾き飛ばしていた。

 

 

大きく全身がぶれ、壁に預けていたはずだったからだが吹き飛ばされる。

何度も地面を跳ね、スバルは自分が何かとてつもない衝撃を受けたと気付いた。

 

 

痛みは、ない。

 

 

ただ、手足の末端から腹の中身まで、全てがシェイクされたような不快感がある。

 

 

「なに、が......」

 

 

あったのか、と口にして、どうにか体を起こそうと地面に手を着く。だが、震える腕は地面を掴んでも力が入らない。

おかしい。力が、バランスが取れない。右腕がこれだけ頑張っているのに、左腕は何をしている。どこへいった。

わけのわからない苛立ちに、スバルは役目を果たさない左腕を睨み付ける。

 

 

──自分の左半身が、肩から吹っ飛んでいることに気付いた。

 

 

 

「──あ」

 

 

 

傷口の存在に気付き、痛みがスバルの全身を雷のように駆け巡る。

もはや痛いとも熱いとも表現できないそれらは、スバルの喉を塞ぎ、絶叫する余裕すら与えずのた打ち回らされた。

 

 

先程の治療なのかも怪しい行為の所為で、意識だけははっきりとしていて、余計に痛みを感じ取れてしまう。

 

 

 

 

死にたい。死にたい。死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。

 

 

 

だが、鎖の音は依然近づき、確実にスバルを死に追いやろうと迫ってくる。

 

 

「誰だ、て、めぇ......!」

 

 

死の間際に、スバルは最後の力を振り絞って、鎖を鳴らしながらこちらに近付く影を、薄暗い廊下の中で睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──彼が最後に視界に捉えたのは、鎖を鳴らしながら此方を見る、どこかで見覚えのある青髪の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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