『腸狩り』エルザとの死闘を繰り広げてからこの屋敷に移動して来て最早三週目にもなるスバルは、未だ自らに降り掛かる様々な驚異や問題に、頬杖を付きながら天井を見やり、大きなため息を付いた。
もう何度目になるかも分からない、禁書庫に来て読めない字で記された本を解読する時間。スバルは何かと暇な時間でも、少しでも安全な場所に居ようと
「はぁ.......もうなんか、このまま何も考えずにただエミリアたんとこう、良い感じのイチャイチャ生活を送りてぇんだけどなぁ......」
「一体何を言っているのかは分からないけど、わざわざ
「仕方ねぇじゃん。だって俺、今回......いや、使用人じゃなくて客人扱いで居るんだもんな。ぶっちゃけ、やることがない」
「だからってここに来ていいとは言った覚えがないかしら!!」
今までは使用人として屋敷の人々と交流を深めていたスバルだったが、今回はそれすらも止め、客人としてもてなされる日々を送るスバル。以前と違い仕事もないと言うのに、その顔にはあまり覇気がない。
ただ、ぽろっとこぼれ落ちたスバルの思い。当たり前の様に日々を過ごすことすらも危ぶまれる異世界の残酷さに、改めて前世の
そんなスバルの妄言を嘲笑うかの様に、自らの背の倍近くある本棚に置かれている本を取る為に四苦八苦している少女の言葉。
健気にぴょんぴょんと跳ねている姿があまりにも可愛らしくて、このままこの少女がどうやって本を手に取るのかを暖かい目でずっと見守っていたくなったが、少女が失敗する度に、スバルの方をちらっと見てくる。
ついに耐えきれなくなって、慣れた手付きでベアトリスを優しく抱え上げると、ちゃんと本を手に取ることが出来たらしい。
キラキラとした目を浮かべてこちらを見やる少女と、二人して顔を合わせてハイタッチである。
「って違うのよ!!!!......くうぅ~......どうしてこうも、ベティーの背はっ、憩いの時間を邪魔してくるのかしらっ!」
「いやもう自分の体恨むのは迷走し過ぎだろ.....というか、何でそんなわざわざ高い所によく読む本を置いたんだ?」
「別にベティーも置きたくて置いた訳じゃないかしら。......ちょっと前にあのメイド姉妹の妹の方が、急にベティーの部屋を掃除しに来た時に......」
「あぁなるほど、もう大丈夫だ。確かに
「まだここに運ばれてきてたったの二日しか過ごしてないお前が、どうしてそんな分かりきった風にするかしら......」
「んまぁ、お前らが
「ああぁあ!!!! ちょっとやめるかしら!! そんなことない、なかったのよ!!」
少し、目線を下にやる。
顔を赤潮させながら、手を丸めてぽかぽか叩いてくる、神に愛されたかの様な可憐な少女。
喋りかけているのに返事が帰ってこないのが気になったのか、心配そうに自然に上目遣いで覗き込んでくるベアトリス。そんなどこかあどけない様子がおかしくて、思わず笑みが溢れて、少女の頭を撫でてしまう。
「んぅ?......そんなに撫でても、ベティーがそう簡単にスバルになびくかと思ったら、大間違いかしら!」
今はただ可愛らしいが、これから何十年と経つと美しい美少女に成長するんだろうな、と少し下拙なことが思い浮かぶ。
思えば、この屋敷で一番関わりの深い少女。
決して一度もスバルを裏切ることもなく、ずっと味方でいてくれた少女。
ああ、このまま
「......バル、スバル!」
「うおぉっ!? き、急になんだよ......」
たった今考えていた事なのに、ベアトリスからの呼び掛けですぐにその思いが離散して消え去った。
「急にと言うか、ずっと呼んでたのよ......もう一日の半分ぐらいをここ、禁書庫で過ごしてて......あのメイドの二人や銀髪の小娘がだいぶ心配してるみたいかしら。ちょっとは顔見せてやったらどうなのよ?」
「......あ」
何故だろうか。
スバル自身はつい先ほど、昼頃に
日が沈むと、また夜が来る。
この世界へ来てからスバルは、いつしか夜と言う時間が嫌いになっていた。
何故なら、夜は何が起きるか、起きてしまうのかが全く予想出来ないからだ。
スバルがこの世界で安心して眠れた夜は、あまりない。
──起きたら今まで築き上げた物が全てが元通りになっている。そんな事は、もう何度も経験した。
ただ、死ぬのが怖い。
一人で眠る、夜が怖い。
「......は」
悲しくもない、どこか痛い訳でもないのに、何故か涙が溢れ落ちて止まない。
スバルの心は、もうとっくに崩壊を始めていた。
「な、ななな、何で泣くのかしら!? こんな事いままで.....いや、寂しいのかしら? あぁもうどうしてやればいいのか分かんないのよ!」
あたふたと手を動かし、自身の服でスバルの涙をそっと拭うベアトリス。
スバルは今の自分が、どんなに惨めな姿を晒しているのかも分からない。けれど、たった今ようやく解った事があった。
「ほ、ほら泣き止むのよ。......一緒にお風呂入ってやるから、りらっくす? するかしら。よし、行くのよ!」
「......あぁ」
この少女ならきっと、何があってもスバルを裏切らないだろうと言う、陰謀渦巻くこの屋敷では有難い確信だった。
◇
「よし、まぁベティーの手に掛かればこんなもんかしら。ほら、背中流したげるのよ」
「......お前、ほんと良いお嫁さんになれるよな......」
「よ、嫁っ......!?」
普段はツンツンしているが気も配れて、お風呂でのケアも完璧なベアトリス。少し洗い方を変えるだけで、スバルの髪がサラサラとした手触りに変わった。
何気なく、そう呟いてみたが、スバルがお嫁さんになれると言った途端、両手を頬に着けて顔を赤らめ、体を左右に揺らし始めた。
誰のことを思っているのかは分からないが、この年頃だ。きっと、好きな男の子の一人や二人ぐらい居るのだろう、とスバルは適当な解釈をし、熱いお湯へと体を浸からせる。
と、ここでようやく、スバルはある一つの事実に気付いた。
(......あれ!? これってもしかして、女子との混浴的なあれじゃねぇの!?)
入ってから気付くのまでが、大分遅い。と言うか、混浴自体なら二週目の時にもしていたのだが、こき使われて疲弊し切っていたあの頃とは違い、頭もしっかり冴えている状態だ。
「俺はエミリアたん一筋俺はエミリアたん一筋俺はエミリアたん一筋...........」
「うるっさいかしら!!! 告白練習なら上がってからやってろなのよ!!!」
「これは煩悩退散的なそういう儀式だから仕方ねぇだろ!!」
意識してからはあまり見ないようにしていた少女の水浴び姿をちら、と少し盗み見する。
普段とは違い、くるくるロールの髪じゃなく綺麗なロングのクリーム色の髪。
幼い筈なのにその姿は一周の絵画の様に思えるほど美しく、スバルの鼓動も鳴り止まない。
「......っぶねぇ、エミリアたんと言う俺の天使が居なかったら、マジで完全に心奪われる所だった」
独り言のつもりで言ったのだったが、どうやら体を洗っていた少女にもしっかりと聴こえていたらしい。少女にしては珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべながら、スバルの方へ向き合うと、
「ふふ、このままベティーに惚れてみても、だなんて......」
「~っあぁー!!! もうマジでのぼせるわこれ!! そんじゃベティー! 今日はありがとな!! じゃまた!!」
「まぁ元気になったようなら良かったかしら。次もそのぐらいの調子で来るなら、ぞんざいな扱いは少しは緩めてやろうとするのよ!」
「やっぱお前ツンデレだよな!!」
スバルの決意は固まった。
──さあ、物語を動かそう。
大切な人たちと、同じ朝日を迎えるために。
ストーリーの進まなさ。
もうすぐ投稿してから一年が経つと言うのに、まだ二章です。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
ベアトリスと逃走√(短編)は
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いる(鋼の意思)
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いらない(超拒絶)
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作者の好きな様に
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そんな事より本編進めろ