思えば
「えーっと......君、名前はなんて言うんだ?......見たところ、実はかなり良いとこのお貴族様の屋敷で、なんか値の張ってそうな高級な紅茶とかを飲みながら、日々を優雅に過ごしている世間知らずのお嬢様、だったり......?」
「......ふ、ふん! 人を、見た目と偏見とお前のモノサシだけで決めつけるのはやめて欲しいかしら。ベティーがわざわざ、お前に名前を教えてやるなんてこと、する必要が全く感じられないのよ......あれ、そもそもベティーって...」
「これは......少し早めの反抗期って奴か?やけに辛辣な所が地味に傷付くぜ......見たところ、年は11、12そこらなんだが......てか君、自分で『ベティー』って言ってね?今度からはその一人称直しといた方が良いと思うぜー?俺は。何てったって、即名前バレるからな!..........やっぱ君、世間知らずのお嬢様......」
「むきゃー!!!!なのよ!!!!」
「.....怒っても全然怖くねぇな......むしろ、可愛げ?」
近くに衛兵が居たら、真っ先に飛んで来るであろう。
三白眼の目付きの悪い男と、恐らくどこかの世間知らずのお嬢様(仮定)による、日の当たらない路地裏での一連のやり取りを、スバルはさっきまでの異世界に来た時の興奮も忘れて楽しんでいた。
「そもそもベティーは、いいとこのお嬢様でも無ければ、世間知らずの少女でもなんでもないのよ。......全く、本当どうしてどいつもこいつもこんな感じの......」
「ほらほら、落ち着けって!ベティーちゃん。......あ、ついさっき、ここにはない現代チックなお店で、多分この世界では一つしかない美味しいお菓子買ってきたんだけど、いる?」
「余計なお世話かしら?!ベティーは、そんなちょーっと変わったお菓子程度で釣られる子じゃ......」
そんな会話をしながら、何故か人の多い道の中心に向かわず、薄暗い裏路地の方へどんどんと歩いて行くスバルと少女。
だが、この中世風の異世界で、そんな平和な時間は、長くは続かなかった。
「でも子供って、お菓子に釣られるとかなんとか....「おい!!そこのてめぇら!!!」......はい?」
そう、誰かから怒声にも近い声で呼ばれたスバルは、ほぼ反射的に、視線をその少女から前に移した。
「.....ええっと......いったいなんのおつもりなのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「立場わかってるみたいじゃねぇか。まあ、出すもん出しゃあ痛ぇ思いはしねえよ」
侮蔑と嘲弄まじりの視線。男たちの年代は二十代そこそこで、内面の卑しさや汚さが、薄汚い身なりと顔にそのまま表れている。完全な悪人というわけではなさそうだが、善人でもありえない。
「あー、やっぱりそんな感じっすか......まぁ、そーッスよね。はは、こりゃ参ったな......」
わりとこの手の展開でありがちな日常的な脅威、チンピラとの遭遇。
つまり。
「やべぇ、強制イベント発生だ」
◇
薄笑いを浮かべる男たちに、愛想笑いで場を持たせてはいるが。
この男、実は結構焦っていた。
(やべぇな.....実は俺に、古来より異世界に招かれた人間特有の、超人的な力が眠っていたりするのなら別だが...)
何がそんなにスバルを困らせているかと言うと、一番の原因はもちろんこの男達だが───
「......なぁ、ベティー。......ちょっと、俺の後ろに隠れてろ。......なぁに、お前に痛い思いは、絶対させねぇよ」
そう。原因は、現在スバルの後ろで待機している、このか弱い少女にあった。
「うん、うんうん。なんか重力が元の世界の十分の一とかそんな気がしてきた。いける、いけるぜ! バッタバッタなぎ倒して、俺の輝かしい未来の糧にしてやる! 経験値共め」
「なーんかぶつぶつ言ってるぜ、こいつ」
「なに言ってんのかわかんねえけど、俺らを馬鹿にしてんのはわかった。てめぇら二人ともぶち殺す」
スバルの後ろにいる少女は、何も喋らない。
年端も行かない子供だ。恐らく、このろくでもない男達に怯え、恐怖で何も言えないのであろう。
「......なら、俺がこいつらをぶちのめす他ねぇじゃねぇか。......お前ら、そりゃこっちのセリフだ......後悔させてやる、ぜ!」
言い切って、スバルは先頭の大柄な男に渾身の右ストレートを放った。拳は鼻面を見事に直撃。
だが、相手の前歯が当たった拳から血が出る。
(初めて人を殴った。思ったよりもこっちも痛い......が、こっちにも、負けられない理由があるんだよ───!)
スバルは昔からこの手のシミュレーションに余念はなかったが、実践は初めてだ。
殴られた男は地面に倒れ込む。そのまま勢いに任せてスバルは驚いている別の男にも躍りかかった。
弧を描く足先が男の側頭部を打ち抜き、壁に叩きつけて二人目を気絶させる。
思いのほか好調な出だしに、スバルの中で『異世界無双』が確信に変わりつつあった。
「やっぱこの世界だと俺は強い設定か! アドレナリンだばだばでこれはもらった──」
が、そんな好調なスバルの嘲笑うかの様に、最後の男の手の中に見つけたのは、きらりと光るナイフ。
だがスバルは、戸惑わなかった。
どうしても退けない理由があった。
「後ろに俺よりもっと幼い子供がいる状態で......刃物程度でビビってられるか、よ!───」
この時、よく周りを見れば、先程倒した二人が呻きながらも起き上がっていたのだが、スバルはそれに気付かない。
そのまま、刃物を持った男に飛び掛かり───
「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、本当に邪魔!」
......飛び掛かる前に、切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた。
ギョッと声を上げる男たちと同じく、スバルも視線だけ持ち上げながら我に返り、クリーム色の髪をした少女の元へと一時撤退する。
スバルと男たちのすぐ目の前を、セミロングの金髪を揺らす小柄な少女が横切って行く。
意思の強そうな赤い
小生意気な印象が先立つが、微笑めば人並み以上に愛嬌のある顔立ちの気がする少女。
見計らったようなタイミングに、好調だったスバルは内心、困惑した。
しかし、スバルも実はもうほぼ限界だった為、この展開を待っていた。
流れ的にこの少女は義侠心溢れる性格で、今にもやられてしまいそうなスバルと少女の命を助けてくれる的な展開が───、
「なんかすげー現場だけどゴメンな! アタシ忙しいんだ! 強く生きてくれ!」
「って、ええ!? そこは助けてくれるとかじゃねぇの!?」
だがしかし、そんな期待も虚しく、少女はスバルに申し訳なさそうに手を上げ、超人的な身体能力でそのまま建物の上へとあがり、消えた。
少女の姿が見えなくなり、自然と場に沈黙が落ちる。
そんな事もあり冷静に戻ったスバルは、目の前にいるチンピラ男達に提案をした。
「......今ので毒気が抜かれて、気が変わったりしませんかね?」
「むしろ水差されて気分を害したぜ。楽に逝けると思うなよ」
「ですよね!!なんとなく知ってた!!」
スバル自身はもう体力の限界だった。だがしかし、男達はより一層殺意を増している。
せめてあの少女だけは助けようと、スバルが少女に逃げろと伝えようとした──
その時。
「もういいのよ、スバル」
あの少女が、まるで満身創痍のスバルを守る様に、男達の目の前に立ちはだかった。
「なっ!? おいベティー!!今すぐ後ろを振り向かずに逃げろ!!」
スバルと男達は、目の前の少女の無謀としか思えない行動に、内心困惑した。当然だ。
「おい嬢ちゃん、中々理解が早ぇじゃねぇか」
「ひひっ、さっさと売れるもんだけ置いてくれたら、お前は見逃してやらん事もないぜ」
しかし、物分かりのいい少女に男達は沸き上がり、そのまま少女の身に着いているきらびやかな装飾品や服を剥ごうとし───
「───シャマク」
直後、世界が闇に呑まれた。
◇
男達の視界が、嗅覚が、聴覚が、世界が───
全てが、無理解の世界に呑まれて行く。
「う、ぁ──」
周りにあるはずの建物の壁の感触も、地面の形も。
何もかもが、男達が何かを言う前に、黒い黒煙に包まれて行った。
それを見ていたスバルも、例外ではなく。
「───あ?」
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
半ば巻き込まれた形で受けた、初めての魔法は。スバルの感覚を──全てを奪って行くには、充分だった。
体が黒煙に犯され、足の力が抜けかける。
何故、自分はこんな事になっているのか。
何故、こんな状態に陥っているのか。
何かがあった筈だ。何か理由があった。
無理解、無理解、無理解、無理解、やがて───
目の前に、クルクルした髪の毛が特徴的な、あの美しい少女が見えた。
「ベティ───」
ようやく見えたそれに手を伸ばす前に───スバルの意識は、闇の中に包まれて消えた。
◇
......目の前に広がった惨状に、思わず絶句してしまったのよ。
「......やってしまったかしら」
ベティーのすぐ目の前──下の方には、伸びた四人の男達がいた。
とりあえず、スバルを満身創痍にしかけたチンピラ三人組を、魔法で道の中心の方へふっ飛ばしてなかったことにするのよ。
「.....この男、どうしようかしら。」
目の前には、ベティーの魔法で伸びた、スバルが転がっている。
直で見るスバルの戦闘が、思いのほかカッコよくて、思わず危害を加えられる前にシャマクを打っちゃったかしら......
「...ん?」
あれ......でもよく考えたら今のこの状態って、原作と同じ様な感じじゃないかしら?
確か、気を失った時、スバルはあの半魔の小娘に助けられた様な───
「......こっち.....ったわ!」
「ひゃ!?」
み、道の中心の方から聞こえるこの声は......
間違いなく、あの小娘なのよ!!!
「...ちょうど、いいタイミングかしら。」
あの小娘が助けてくれるなら、ベティーがわざわざ魔法でスバルを治療する必要はないのよ。
「......逃げるが勝ちっ!なのよ!!」
魔法で一旦浮いてから建物の屋根に降り立ち、スバルと小娘の様子を見る。
「......やっぱり、治してから情報を貰おうと、懸命に治療しているのよ。」
あのまま、スバルを治療していたら、間違いなく修羅場になったかしら...
......何にせよ、一時はどうなる事かとは思ったけど、これでベティーがまた何かをしない限りは、原作そのままの展開で進むはずなのよ。
「じゃ、ベティーは再び、観戦者側に回ろうかしら。」
......ふふ、あの男を観察する時間は、まだまだ始まったばっかりなのよ!!!
「......ふ、ふーん........あの男、にーちゃに膝枕されてるのよ...」
......ちょっとだけ。
いや、かなり羨ましいかしら.........
いつも感想ありがとうございます。
作者は喜びで躍り狂ってます。
今回もここまで読んで下さり、ありがとうございました。