そこからは、順調に事が進んだのよ。
スバルがロム爺に図々しく酒をせびったら、諦めた様子で水割りのミルクを出され、スバルがそれに微妙な味だと感想を述べて、そんな事をしている間に
ちなみにベティーは何も言ってなかったけれど、可愛いから特別サービスというなんとも適当な理由で、ちょこっとだけ水割りされたミルクが出されたのよ。
スバルが、貧民街住みだから貴族とかそうじゃなくても良いとこの出っぽそうな人は忌み嫌ってんのかと思った、なんて地雷発言をした時は一瞬
「んーでな、爺さん。かなり時間ロスしたんで、横道それる前にさっさと本題に入りたい」
「もうだーいぶ脇道走った気がしてならんが......なんじゃい」
「頼みたいのは鑑定、って感じになるかな。俺の持ってきた『ミーティア』に値段をつけて、その価値をフェルトに対して保証してもらいたい」
話が商談とわかったことで、ロム爺の灰色がかった瞳が真剣味を帯びたのよ。ベティーはそんなものどうでもいいから、隅っこの方でちびちびと水割りミルクを飲んでいるけれど。
「これが『ミーティア』。さしもの儂も見るのは初めてじゃが......」
「たぶん世界に一個しかない。あと、わりとデリケートな機械だから扱いには注意。ぶっ壊されるとマジで死ななきゃいけないレベル。やり直し的な意味で」
「ふむ、そうか。......この絵は.........」
「タイミング的にちょうどいいかと思ってな。効果のほどを見せつける意味で、フェルトちゃんの一日──を待ち受けにしてみた」
スバルによると、一番可愛く撮れたと思ったものをチョイスしたらしいのよ。
画質の良さも相まって、ロム爺はその画像とベティーの隣でミルクを飲んでいる小娘を見比べ、
「これは驚いた。こんだけ精巧な絵を描けるもんはおらんじゃろうな」
「時間を切り取って、そこに封じ込める『ミーティア』さ。人が描いた絵じゃ、到底できない綺麗さだろ? なんなら爺さんも撮影するけど」
「興味はあるが、おっかない感じもするのぅ。命とか取られんか?」
「やっぱどの時代のどの世界でも、写真見て思うのはそういう迷信なんだな......んじゃ、それなら......」
大正以前みたいなリアクションのロム爺に苦笑しているスバルが突然、何かを思い付いたかのような顔で、ベティーの方を向いてきたのよ。なんだか嫌な予感がするかしら。
「......言っておくけど、ベティーは「えいっ」にゃ!?」
パシャ、という現代チックな音が鳴り響くと共に、画面に写ったのは......
「......ちょ、ちょちょっと何をしているのかしら!? べ、ベティーはその怪しい機械を使用してもいいだなんて、一言も言っていないのよ!!」
「まぁまぁ、落ち着けってベティー。......おー、ほら見ろよ、ロム爺。めっちゃ可愛いアイツがしっかり写ってるだろ?」
「ううむ......これは確かに恐れ入ったわい。もしも儂が取り扱うなら、聖金貨で十五......いや、二十枚は下らずにさばいてみせる。それだけの価値はある」
売人としての職人魂が刺激されたのからやたらと瞳を輝かせるロム爺......じゃなくて!!!!
「ス......ス~バ~ル~!!!」
「ほれ、受け取れ!!この世で後6つぐらいしかない激レアお菓子だ!!」
「しょうがない奴なのよ!」
「アンタ、貴族の癖して結構ちっちゃい事で喜ぶんだな......」
ふん、今だけはこれに免じて許してやるかしら。小娘が何か言っているけど、そもそも貴族じゃないから無視するかしら。......あぁ、懐かしい味なのよ。流石天下の森◯製菓かしら。
「とまぁ、俺の手札はこんな感じだ。宣言通り、聖金貨で二十枚以上の品物。これでお前の徽章との物々交換を申し込みたい」
「その顔、ちょいちょい挟むけどムカつくなぁ......ま、その『ミーティア』が金になるって保証がついたのは素直に嬉しいさ。聖金貨二十枚ってのも疑わないで済みそーだし。アンタの手札は了解した」
「だろ!? んじゃ、交渉成立ってことで。うまく売るのはそっちのやりようだ。ガンバ! それじゃ話は終わりとして、これからみんなで商談成立の祝いに一杯やりにいこうぜ!」
「ちょっと待て。なんでそんなに急いでんだ? つかさ......そもそも、なんで兄ちゃんはこの徽章を欲しがんだよ?」
あ、スバルが言葉を詰まらせたのよ。これはマズいかしら。小娘の守銭奴ゲージがどんどん上がっていってるのよ。
「待て、フェルト。お前、その考えは真面目に危ないぞ......」
「兄ちゃんは、なんでそんなに貴重な『ミーティア』を売ってまで、この徽章を欲しがるんだ?.......つまり、こいつにはその『ミーティア』以上の価値があんだろ?」
「.........俺がそれを欲しがるのは......」
あ、この男、また持ち主に返すとかいう後ろ暗い盗品蔵には全くもって似合わない、とてもじゃないけど信じられないような事言おうとしてるかしら。
「......持ち主に「誰じゃ」......ん?」
「アタシの客かもしれねー。まだ早い気もするけど」
「──開けるな! 殺されるぞ!!」
「......あ」
この展開は.....
「──殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ」
......やっぱり来たのよ、あの混血の娘。
◇
「よかった、いてくれて。──今度は逃がさないから」
踏み込んできた少女──偽サテラの姿に、フェルトが声もなく後ずさる。
「ホントにしつっこい女だな、アンタ。いい加減諦めろっつーのに」
「残念だけど諦められないものだから。......大人しくすれば......」
と、突然、偽サテラの酷く冷たい声が、何かを言いかけようとした所で、止まった。
「ん?......」
スバルは、それがどうも気になってしまって、彼女の目線を追った。
その先には。
「えっ......ベア、トリス?」
「......え、ベティー?」
「......」
二人の声が、ほぼ直で重なった。偽サテラは困惑の声を、スバルはずっとベティーと呼んできた少女の意外な本名を聞いた事に困惑の声を。
「なんだ、お前ら。......そこの金髪縦ロールのヤツに、なんか見覚えでもあんのか?」
フェルトがこちらを探るかのように問いを投げ掛けてくるが、そんな事は二人の耳には入らなかった。
「......ベティーがここに居ちゃ、ダメかしら?」
「えっ、でも......えぇ、どうして?」
さっきまでの、緊迫した修羅場はなんだったのか。
サテラ(偽)のなんとも弱々しくも情けない声で、スバルもその他の盗品蔵にいる面々も、皆が緊迫した状況に息を呑んでいる事は無く、むしろ先ほどまでの穏やかなふんわりとした雰囲気が、盗品蔵内を漂わせていた。
「......成り行きって奴なのよ。少なくとも、ベティーとそこの目付きの悪い男は、徽章とは何の関係もないかしら」
「目付きはいいじゃねーかよ生まれつきなんだからよ!!......んで、この状況どうする?ベティー。......いや、ベアトリス.....?」
恐らく少女の本名であろう名前を呼び、少女にこの場を丸く納める方法を丸投げするスバル。
だが、そんな状況の中──滑るように黒い影がそっと、銀髪の少女の背後へと忍び寄っていた。
「──パック! ベティー! 防げ!」
婉然とした微笑みが影となって走り、銀色のきらめきが白いうなじへ、のたくるような動きで襲いかかる。刹那、見開くスバルの目の前で少女の首がはね飛ばされる。
──それが本来ならば、起こり得た未来だっただろう。
快音。
それは鋼が骨を断つ音ではなく、鋼がガラスを割るような響きとして鼓膜を震わせた。
わずかに身を屈める偽サテラの後頭部、そこに青白い輝きの魔方陣が展開される。
それと同時に、スバルが呼び掛けた少女──ベアトリスが実に興味の無さそうな顔で、殺人鬼の方には目も向けずに、大気が歪み穴の開いた空間に、淡い紫色の炎を纏った杭を出現させた。
魔法の輝きが刃の先端を受け止め、銀色の少女の命をかろうじて繋ぎ止めていた。
身を飛ばして振り替える偽サテラ。彼女の流れる銀髪の隙間、灰色の体毛の小動物が立っている。
ピンクの鼻を得意気にふふんと鳴らし、パックはスバルを見ると、
「なかなかどうして、紙一重のタイミングだったね。助かったよ......ん? ベティーって......」
「ナイス、パック。助かったのはむしろこっちだ。あんがとよ」
この場にいる筈のない少女に困惑しながらも、親指を立てるような子猫の仕草に対して、スバルも動揺しつつもサムズアップ。
現在は日没前──つまり、偽サテラの心強いバックアップが勤務中の時間だ。
とっさに声が出たとはいえ、予想以上のパックのパフォーマンスに彼女の身は守られた。
そして、まんまと奇襲を防がれた形になった襲撃者は、
「──精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ、お腹を割ってみたことないから」
「おい!どーいうことだよ!」
突如と叫び、前に踏み出して怒声を張り上げるのはフェルトだった。
フェルトはエルザに指を突きつけて、自分の持つ徽章を懐から取り出す。
「こいつを買い取るのがアンタの仕事だったはずだ! ここを血の海にしようってんなら、話が違うじゃねぇか!」
「盗んだ徽章を買い取るのがお仕事。持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。だから予定を変更することにしたのよ──あなたは仕事をまっとうできなかった。切り捨てられても仕方がない」
「────ッ」
フェルトの表情が苦痛に歪む。ただそれは、恐怖ではない別の感情に見えた。
エルザの言葉がいかなる彼女の琴線に触れたのかはわからない。わからなかったが──
「てめぇ、ふざけんなよ──!」
実力差も忘れて怒鳴りかかるくらい、スバルを怒らせる原因にはなった。
驚いたようにスバルを見るエルザ。フェルトやロム爺、偽サテラも例外ではない。ただし、隅で紫色の炎を纏った杭を出したままの少女──ベアトリスは驚かなかった。
だが、一番驚いているのは誰でもない、スバル自身だった。
自分でも、なんでこんなに怒り狂っているのか原因がわからない。
わからないから、込み上げてくる感情に任せて、全部吐き出すことにした。
「こんな小さいガキいじめて楽しんでんじゃねぇよ! 腸大好きのサディスティック女が!! 予定狂ったからちゃぶ台ひっくり返して全部オジャンってガキかてめぇは! もっと命を大事にしろ! 腹切られるとどんだけ痛ぇのか知ってんのか!! 俺は知ってます!!」
「......何を言ってるの、あなた」
「自分の中の思わぬ正義感と義侠心に任せてこの世の理不尽を弾劾中だよ! 俺にとっての理不尽はつまりお前でこの状況でチャンネルはそのままでどうぞ!」
端から見ても意味不明なスバルの怒声に、エルザが珍しく呆れたような小さな吐息。そんなエルザの態度に微妙に傷付きつつ、スバルは唾を飛ばした勢いのままに、
「はい、時間稼ぎ終了──やっちまえ、ベティー!! パック!!」
「後世に残したい見事な無様さだったね。──ご期待に応えようか」
「にーちゃ、頑張るかしら!! 応援してるのよ!!」
「あれお前戦わないんだ!? そこはしっかりと加勢してあいつをボコボコにリンチ......いや、それはかっこ悪いか」
「他人任せにしてる時点で一番カッコ悪いのはお前なのよ」
「ごもっともな正論が耳に痛いぜ!! でも生憎、こちとらただの一般人。やれることが......」
少女からのドストレートな正論を浴びせられて、自らの無能さを改めて認識する。
しかし、そこまで言いかけて、スバルはとある事を思い出す。
『──まずは初級魔法、シャマクから打ってみるのよ』
『おお、あの黒い煙幕がどかーんって弾けるやつか! 俺にも出来んのかな?』
盗品蔵に来るまでにこの少女から教わった、異世界で初めてスバルが修得した、魔法があった事に。
「......いやでもそもそもこれ、俺の出番ないんじゃね?」
あの魔法をたった今灰色の子猫と戦う直前の殺人鬼に当てようと思ったが──杞憂だったかもしれない。
立ち尽くすエルザの周囲、全方位を囲むのは先端を尖らせた氷柱、それが二十本以上。
「まだ自己紹介もしてなかったね、お嬢さん。ボクの名前はパック。後ろでボクの愛娘と可愛い妹が待っているんだ──名前だけでも、覚えて逝ってね」
直後、全方位からの氷柱による砲撃が、エルザの全身に叩きつけられていた。
◇
「────!」
交錯する氷柱は白い霧を巻き上げ、黒い外套の影を低温の嵐の中に覆い隠す。
氷柱の速度は先程見た速度をゆうに超え、着弾をかろうじて目で追えるレベルだ。先端の鋭いそれは人体を容易く貫き、透明な弾頭を鮮血で赤く染め上げるだろう。
──なのに、
「──備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解」
白煙を切り裂くようにして、黒髪を躍らせてエルザが飛び出していた。
「まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じの展開!?」
「それも面白いのだけれど、事実はもっと単純なこと。──私の外套は一度だけ、魔を払うことのできる術式が編まれていたの。命拾いしてしまったわね」
スバルの懸念に丁寧に応じて、低い姿勢からエルザが刃を正面へ突き出す。
刃の先に立つのは大技を放ったばかりの偽サテラだ。
思わず声を上げそうになったスバル。
だが──
「精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、怖いんだから」
胸の前で手を合わせる偽サテラ。その正面に多重展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止めていた。
偽サテラの氷の弾幕を、バク転で後ろへ回避するエルザ。
それを追うように、パックの氷柱が地面に突き立つ。
「攻撃と防御の役割分担──実質、二対一の状況だ」
「アレが精霊使いの厄介なところじゃ。片方が軽い魔法で時間を作り、もう片方が大技をぶっ放す......『精霊使いに出会ったら、武器と財布を投げて逃げろ』ってのが戦場のお約束じゃな」
感嘆するスバルの横で、ロム爺が重々しく呟く。
「──戦い慣れしてるなぁ、女の子なのに」
エルザの神業、と表現するしかないセンスに、未だ鳴り止まない氷結の氷柱を発射している側のパックすら感嘆する。
「精霊に褒められてしまうなんて、とても畏れ多いことだわ」
賛辞を素直に喜びつつ、エルザのうなる刃が取り巻く氷塊を打ち払う。
発射された氷の数はすでに百近いはずだが、最初の先制攻撃を除いてはエルザの身に直接届いたものは一つとしてない。
「うーん......そろそろ、終わらせちゃおっか?──同じ演目も、飽きたでしょ?」
踏み出そうとした瞬間、エルザの足に降り積もった氷塊の破片が、エルザの足を絡め取る楔の役割を果たしていた。
「......してやられたってことかしら」
「年季の違いだと思って、素直に称賛してくれていいとも。それじゃあね~」
まるで必殺技でも放つかのようなポージング、両手を可愛らしく前に突き出すパックの手に、可愛らしさの欠片もない青白い氷のエネルギーが溜まっていた。
ただ純粋に盗品蔵もろとも全てを凍てつかせ破壊するような、恐ろしいまでのエネルギーの塊が、エルザに向けて放たれた。
極光の通り過ぎたあとには氷結だけが残り、盗品も家財もカウンターも、みんなまとめて根こそぎ凍土の中へと放り込まれている。
もちろん、直撃を受ければ人間すらも氷像となるのは免れない。
ただし──、
「......女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ」
直撃を受けていれば、の話だ。
「早まって切り落とすところだったのだけれど、危ういところだったわ」
氷結魔法の射線上からわずかに離れ、素足で立つ彼女の右足からはおびただしい出血が見られる。
自傷してもなお、その笑みを絶やさないエルザの狂気的なまでの戦闘狂ぶりに最早スバルは言葉も出ないが、さらに深刻なのは彼女と相対している偽サテラの方だった。
「パック、いける?」
「ごめん、正直凄い眠い。ちょっと舐めてかかってた。このままじゃマナ切れで消えちゃう......」
少女の呟きに答えるパック、その声は酷く弱々しかった。
──しかし、今にも消えそうなパックの表情に焦りは無く、寧ろ安心しきっているような、酷く余裕のある顔だった。
「君に何かあれば、ボクは契約に従う。──いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ。......まぁ.........」
パックが何かを言いかけた、その時。
「お前なんか、どうでもいいのよ。早くその身死に晒すかしら──ニンゲン」
酷く冷たく興味のない声で、エルザに向けて紫紺の杭を発射する、一人の少女が居た。
「うちの可愛い妹が、まだ残っているからね──ベティー、頑張ってね~」
「にーちゃ!!──はい! なのよ!!」
戦いは、未だ終わらない。
ドリルロリの本気が始まる!!(秒で瞬殺)
深夜3~4時ぐらいに根気で書いたので誤字あるかもしれません。優しい方が報告して下さいました...
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。