そんなルインを心配した遊煌は、夜彼女の部屋に訪ねてルインの過去と何か関係があるのではないかと尋ねる。
ルインはそんな自分の過去を遊煌に映像として見せる…。
「じゃーねー! 遊煌君♪」
「また明日の朝来るぞ」
「あぁ、じゃあまた明日な」
あれから3日ほど経った。
あれ以来俺は浅井とアリアの3人と毎日学校に登校したり、下校したりしている。アリアの身体の調子もすっかり元に戻ったみたいで、浅井の方も徐々に学校の方にも慣れてきていた。
平和な毎日だったのだが、俺には一つ気がかりなことがあった。
3日前に体調が優れないようだったルインの様子が、3日経っても良くなっていない。本人はなんでもないと言っているのだが、日々の家事を手伝ってもらっている時にも、体調が悪いということは明らかだった。
いつだったか風邪をひいたときのように何か病気にでもかかっているんじゃないかと思い、ルインに医者に行くことを勧めたのだが、本人は断固として「大丈夫だ」と言い張っていた。
「ルインのやつ…どうしちまったんだろうなぁ…」
―――――第27話:「女神の過去・前編」―――――
夜、机に向かって宿題をしていた俺だったが、ルインのことが気がかりでまったくはかどらない。やはり今日も体調がすぐれてない様子だったし、本格的に心配になってきた…どうしたもんかなぁ。
「…お姉さまのこと、心配なの?」
ベッドに座って(俺の)漫画を読んでいるフレイヤがそんな俺の様子を感じてか、ふと呟いた。
「そりゃ心配さ、俺はルインの主なわけだし…」
「ふん、お姉さまのことをよく知りもしないくせに、よく主だなんて言えるものね」
この一言で俺はちょっとムッときたが…考えてみれば確かに俺はルインのことを何も知らない…。
そういえば前にルインが、自分はとある罪によってカードに魂を封印されていたと言っていたが…。
「…なら、教えてくれよ」
「何を?」
「ルインの…俺と会う前のことを」
フレイヤは読んでいた漫画を閉じると、急に真剣な顔になって俺の方に目線を合わせる。
「そういうのは私じゃなくて、本人に直接聞いてきなさいよ。ほら」
そう言ってフレイヤはドアの方を指さした。
今から直接ルインの部屋に出向いて話を聞いてこい…ということらしい。
「い、今からか!?」
「他にいつ聞くっていうの? 今でしょ!」
「で、でもルインもう寝ちまってるかもしれないし…」
「馬鹿ねぇ、起きてたらに決まってるじゃない。…言っとくけど…二人きりになったからってお姉さまに何かしたら…ただじゃ済まさないわよ」
と、フレイヤは脅すような鋭い眼光を俺に向けた。
「は、はい…」
半ばフレイヤから逃げるようにして、俺は自分の部屋を出てルインの部屋に向かった。
………
……
…
というわけで俺は今ルインの部屋の前に立っている。
勢いで来てしまったが…冷静に考えてみたら夜に女の部屋に男が入るっていうのは…ちょっと不味いんじゃないかなぁ。
でもここまで来ちゃったし…話を聞くだけだからそんなに緊張する必要はないと思うけど。
俺は意を決してドアをノックしてみることにした。
コンコンッ
「ルイン、まだ起きてるか?」
「主か?」
ノックをし、中からの返事を待つと、一瞬間をおいてドア越しにルインの声が聞こえてきた。どうやらまだ起きているみたいだ。
「ちょっと話があるんだけどさ…」
「わかった、入って来てくれ」
ドアを開けると、ルインはベッドの上に腰かけていた。
ルインの部屋にこうして入るのは、実は初めてだったりする。この部屋は元は俺の母親の部屋だったから、長い間空き部屋になっていた。そこにちょこっとした家具なんかを置いて、ルインが生活できるようにした。
部屋の中はベッドと、洋服箪笥と、本人の希望で小さなテレビが一つだけ。普通の部屋ではあるが、そこはやはり女神が住んでいるせいか…久しくこの部屋を見てないだけなのに何故か新鮮な感じがした。
「具合はどうだ?」
「今は何ともない、大丈夫だ」
「そうか…」
夜の部屋に男女が二人きり…フレイヤにはああ言われたが、やはりこうやってあらたまって顔を合わせるとなると少し緊張してしまうな…。
「それで…主、話とはなんだ?」
「あ、あぁ…あのな」
ぼーっとしていたせいで危うく当初の目的を忘れるところだった。
「お前が…俺と会う前のことについてちょっと聞きたいんだけど…」
「というと?」
「その…前にお前言ってたじゃんか。自分はある罪によって封印された存在だって…。俺、考えてみたらルインのこと何も知らないからさ…お前の主として、そういうのを知っておいた方がいいんじゃないかと思って…」
「…」
そう言うと、急にルインは黙り込んでしまった。そういえば、その時にルインはダルキリアに「過去のことは忘れた」と言っていたのを思い出した。
封印されていたってことは本人にとって辛い過去だったのかもしれないし、やっぱり無暗に過去の詮索なんてしない方がよかったか…。
「その…嫌ならいいんだ、無理に話そうとしなくても! ごめんな変なこと言って、じゃ」
「ま、待ってくれ!」
踵を返して部屋を出ようとした俺を、ルインが呼び止める。
「…わかった、主には知っておいてもらいたい。だから…聞いてくれ。私と…デミスのことを」
そう言うとルインはベッドから立ちあがり、杖を手に取ると呪文を唱える。
「何をしてるんだ?」
「話すには少々難しい話となる、直接見てもらった方がわかりやすい」
やがて俺とルインを中心に囲むようにして魔法陣ができあがった。
「見るって…どうやって?」
「意識共有の魔法だ。この魔法陣の中で私と主の意識を共有させ、私の過去の記憶を主にも見させるというものだ」
へぇ、カードの精霊、それも女神ともいえる存在になるとそういう魔法も使うことができるのか。
「なるほど。で、俺はなにをすりゃいいんだ?」
「何も。ただ私と手を合わせて、額を合わせればいい」
「あ…そ、そう…手と…おでこを…ね」
「どうかしたのか主?」
「いや…なんでもない」
そ、そうか…互いの手とおでこを…。
だ、だけどそれだけだ。別にそれ以上のことをしようってわけじゃないんだし、ここは落ち着いてルインの指示通りにしよう。
「では…いくぞ」
「あぁ…」
俺とルインは魔法陣の中央に座ると、互いに手を取り合い、静かに顔を近づける。
ルインの顔が近付くにつれ、俺の顔が赤くなってくるのがわかる。耐えきれず、目をぎゅっと瞑る。それと同時に俺の額に触れる温かい感触…。そして顔のすぐ近くでルインの吐息が感じられる…。
「心を落ち着かせて、そのまま空っぽの状態にしてくれ」
「あぁ…」
言われるがまま、必死で自分の気持ちを落ち着かせる。するとまたルインが呪文を唱え始め、俺達を囲む魔法陣の光が一層輝きを増す。
瞬間、意識が遠くなったかと思うと、そのまま俺はどこかに落ちていくかのような感覚に陥った…―。
………
……
…
『…ここは?』
気がつくと、俺は見知らぬ場所に立っていた。どこかはわからないが…辺りの神聖な雰囲気的に神殿のような場所だとわかった。
『デュエルモンスターズ界の天上世界、通称天界だ。私の記憶の中のな。天使や女神、それに神聖な力を身につけた者たち住む世界だ。』
ふと隣を見ると、いつのまにかルインがそこに立っていた。
『ここがルインの暮らしていた世界か…ってか、なんか俺達身体が半透明なんだけど…』
隣に立つルインの姿を見て、今の俺達の身体がまるで幽霊のように半透明になっているということに気がついた。
『この記憶の世界での私達は言わば幻のような存在だ。したがってこの世界の者達には私達の姿が見えなければ声も聞こえない。逆に私達もこの世界の物事に干渉することはできない』
『なるほど…ん? 誰か来たぞ』
神殿の奥から中に入ってきたのは…ルインだった。今のルインとは少し雰囲気が違い、毅然として、少し近寄りがたい物々しい感じだ。そう…ちょうど俺と出会ったばかりのころのルインに似ている。
「お呼びでしょうか、シナト様」
ルイン(記憶)の見る方には、六枚の翼を纏った神々しいオーラを放つ大天使、天界王シナトがいた。シナトの前でルインは跪き、シナトの言葉に耳を傾ける。
「地上の義勇軍に援護が必要との知らせがありました。すみませんが部隊を率いてそちらに向かってはくれませんか?」
「わかりました。準備が整い次第、出撃致します」
「貴女には迷惑をかけます…しかし、魔族との戦争が終わればきっと平和な世界になります。それまでは辛抱してください」
「私などのためにもったいなきお言葉です…シナト様。私めはいつでも、この命を天界のために捧げる覚悟です」
そう言ってルインは立ちあがり、シナトの元を後にした。
『戦争…? 今は戦争中なのか?』
『あぁ、悪魔族を中心とする魔族軍が突如地上界に侵攻し始めてな、地上では戦士族を中心とした義勇軍が戦っているのだが、それだけでは足りず、私達天界の者達も義勇軍を援護しているという状況だ』
なるほど、それでルインは天界側の軍のお偉いさんってことか…。
いつもは家でテレビ見てたり、ご飯作ったり、酒癖が悪かったりしてるルインだが、彼女のこういうキリッとした姿を見るのは…やっぱり新鮮だ。
「姉上!」
と、神殿から出たルインを何者かが呼び止めた。髪は黒く、青い衣服を纏った、ルインとどこか顔つきの似た青年だった。
「また…戦場に行かれるのですか?」
「あぁ…」
「僕は…僕は心配です! 姉上にもしものことがあったら…」
「ドルフよ、気持ちは嬉しいがこれは私に課せられた使命なのだ。お前も破滅の女神たる私の弟なら、その気持ちを察してくれ」
「はい…」
え…? 今ルインはなんて言った…?
弟…? あの青年のことを…今弟と言ったのか…?
『あれこそが…天界において書士を行っていた、私のたった一人の弟…ドルフだ』
あまりにも衝撃的な告白に、俺はしばらく開いた口が塞がらなかった。
いや、カードの精霊…っていうか、女神だからって家族がいないわけじゃないっていうことはわかるんだが…なんというかこう…意外だった。
『驚いたか?』
『あぁ…正直言うとな』
『まぁ確かに、女神に兄弟がいるというのも変な話だな。ドルフは私がこの天界に顕現した時に、その余りある私の力を得て、この世界に生を受けたのだ』
『余りある力って…エンド・オブ・ザ・ワールドの? じゃああいつもルイン同様に破滅の力ってやつを受け継いでるのか?』
『まぁ…そこら辺はおいおいな。少し早送りするぞ』
ルインがそう言うと、俺の目に映る情景がまるで映像の早送りのように次々と場面が変わっていく。
やがて、高い岩だらけの山がそびえる不毛の大地の場面で早送りは止まる。そこには、ルイン率いる天界軍と、主に人間の戦士族を主軸とした義勇軍が集まっている。
「これからしばらく世話になるぞ、フリード将軍」
「いやはや、破滅の女神様が来ていただけるとは心強い」
フリードと呼ばれた初老の人物はルインと握手をした。このフリードという人物…俺は知っている。『無敗将軍フリード』…それがカードでのフリードの名だ。どうやらカード同様に将軍という立ち位置にいるらしい。
「それで、魔族軍の様子は?」
「この山を越えたところでキャンプをはっています。おそらくは、この山の中を抜けてわが軍に攻め入るチャンスを伺っているのでしょう」
目の前には岩だらけの大きな山がそびえている。そこには洞窟があり、見張りが二人ほどついている。どうやらあの洞窟がこの山を抜ける唯一の通路らしい。
「山を直接降りて来るという可能性は?」
「それは無いでしょうな。山肌は脆く崩れやすくなっているため登り降りは不可能。また、空を飛んでこようものなら我が軍自慢の投石部隊の餌食です」
と、フリードは部隊の後方に控えているいくつもの投石機を指さした。
「連中もそこまで馬鹿ではない…か」
「この山はその昔、炭鉱だったらしく中は複雑に入り組んだ通路で迷路のようになっている。現在洞窟内を探索する調査隊を組織中だが…奴らよりも早くこの山を攻略し撃退せねば…」
「ならばフリード将軍、私も調査に協力させてはいただけないだろうか?」
「女神様が直接!? しかし…」
「私が言った方が兵士達の士気も上がる。それにこちらからも優秀な部下を一人連れて行く。キリア」
「はい、女神様」
ルインに名前を呼ばれると、天界軍の中からキリアが出てきた。ルインは昔からキリアと友人だったと話していたが、戦場においてもそれは変わらない様子だった。
「良い目をしている…なるほど、優秀な部下をお持ちのようだ」
「お褒めにあずかり光栄です、フリード将軍」
「それでは私の方からも優秀な部下を連れて行きましょう。おい、グレファーにウエスト」
フリードが自分の部隊の方を向き、誰かを呼ぶ。
「ちょ、ちょっとどこ触ってんのよこの変態!」
「固い事言うなって、俺とお前の中じゃな…うほっ! いい女♪」
フリードに呼ばれて出てきたのは、グレファーという名の筋骨隆々の男と、ウエストという名のへそや太股の露出した服装の帽子を被った金髪の女性だった。
あれは…『戦士ダイ・グレファー』に『荒野の女戦士』か?
「そなた達がついて来てくれるのか?」
「おう! 俺の名はダイ・グレファー、人は俺を『ドラゴン使いのグレファー』と呼ぶ!」
と、グレファーはルインの前でキラリと白い歯を見せながら意気揚々と自己紹介をする。
「な~にがドラゴン使いよ、低級ドラゴンしか扱えないくせに。それに、アンタについたあだ名は『大変態グレファー』でしょうが」
「ハッハッハッ! ハニーよ、女神様が美人だからって嫉妬はいけないなぁ。紹介しよう、彼女は俺のハニーの…ぐふぉっ!?」
「誰がアンタのハニーだこの変態! 私の名はウエストっていいます。よろしくお願いしますね、女神様」
と、グレファーを蹴り飛ばし、ウエストという名の女戦士はルインの前で自己紹介をした。
「あの…女神殿、申し上げにくいのですが…この者達で大丈夫なのでしょうか? 特にあの男…」
と、キリアは不安そうにルインに耳打ちをした。まぁ今のやりとりを見ると、その不安はわかる気がする。ウエストはともかく、グレファーは大がつくほどの変態で女たらしらしい。
「ハハッ、心配はいりませぬよヴァルキリア殿。グレファーはちょっとユーモアがありますが剣の腕は確かです。それにウエストの方も、『荒野の女戦士』の異名が付くほど荒れ地での戦闘に長けています」
「キリア、聞いた通りだ。フリード将軍の言うとおり彼らは優秀な戦士だ、心配はいらない」
「まぁ…フリード殿と女神殿がそう仰るのでしたら…」
「では私にキリア、グレファー、ウエストの四人で小隊を組んで早速この洞窟の中を調査しよう。残りの者はここで義勇軍と共に戦いに備えよ」
ルインが天界軍の兵達に指示を出すと、兵達は短く返事をしてルイン達を見送った。
………
……
…
「…暗いな」
洞窟の中は空気が湿っぽくひんやりとし、入口から少し進んだだけで光が届かなくなり、真っ暗になった。
「お任せ下さい、≪闇をかき消す光≫!」
キリアが人差し指を翳すと、そこに光が灯り、真っ暗だった洞窟内が明るく照らされる。
俺達もその後を追ってどんどん洞窟の奥へと歩を進めていく。中は話していた通り炭鉱らしく、あちこちに朽ちた掘削道具やらレールから外れたトロッコやらがそのまま放置されていた。
「既に魔族軍も我らと同じくこの洞窟内を調査しているかもしれない。皆、心して進もう」
どんどん洞窟の奥へと進んでいく。が、なにやらグレファーの様子がおかしい。
「(ぐふふ…♪ このどさくさに紛れて…♪) おっと、足が滑ってしまったー」
ふにゃん
「…っ!?」
『あっ! てめぇ!』
グレファーが足元の瓦礫に(おそらくわざと)突っかかり、ルインの尻をさりげなく触りやがった!
その光景をしかと見た俺はグレファーに蹴りを入れようとするが…俺の脚はグレファーの体をスッと通り抜けてしまった。
『忘れたのか? 私達はこの世界の物事に干渉することはできない』
『そ、そうだったな…』
グレファーめ…もしデュエルモンスターズ界に行った時に会ったら絶対蹴り入れてやる。
「ち ょ っ と グ レ フ ァ ー ?」
「グ レ フ ァ ー 殿 ?」
ウエストとキリアがグレファーの肩を掴む。
グレファーの肩をミシミシという音がするほどまでの力で掴み、二人とも笑顔なのに目だけは冷ややかで青筋を立てて、そして拳を構えていた。
正直…見てるこっちも怖い。
「な…なんだい? ハニーにキリアちゃん…?」
「ち ょ っ と こ っ ち に 来 な さ い」
「え? ちょっ…あっ…!」
ウエストとキリアはグレファーを連れ岩場の陰まで連れていく。直後、グレファーの断末魔の叫びが洞窟内に響き渡ったのは言うまでもない…。
………
……
…
「いつつ…ハニーもキリアちゃんもやることがえげつなさすぎるぜ…」
グレファーは二人にボコボコにされた自分の顔を摩りながら呟いた。
「あんたの自業自得でしょうが! こんなときまでなにやってんのよ!」
「今は任務中ですので、そういう軽はずみな行動は控えていただかないと」
と、ウエストとキリアは厳しい言葉をグレファーに送った。
「ふふっ、しかし真面目なキリアはともかく、そなたたち二人は本当に仲が良いのだな」
背後のグレファー達の会話を聞いて、ルインはウエストとグレファーにそんな言葉を贈った。
「はぁ!? ちょっ、ちょっと止めて下さい女神様! 私は別にそんな…」
「おや、違うのか? 私はてっきり」
「はっはっはっ、ハニーは自分に素直になれないからな。本当は照れて…ぐはっ!」
「あんたは黙ってなさい! なんで私がこんな変態の事を…」
ウエストがぶつぶつ言いながらも、洞窟内の探索はかなり進んできた。
『なぁ…今更だけどこんな記憶俺に見せてどうするんだ?』
『今にわかる…もうすぐだ』
その時、洞窟の奥から何か物音が聞こえてきた。
誰かの足音と話声…それに、松明の明かりだろうか…洞窟の奥がぼやっと光っている。
「皆静かに! 奥から誰か来る…隠れろ! キリア。光を消せ!」
「は、はい!」
ルインの指示でキリアは光を消し、再び辺りが暗闇に包まれ何も見えなくなる。
先ほどの足音と声はさらに近付き、段々とその音が鮮明に聞こえる距離まで近づいてくる。
息を殺して隠れるルイン達だが、俺達はこの世界では誰の目にも映らないので、身を乗り出して洞窟の奥から歩いてくる人物を見る。
ぼんやりとした松明の明かりから、まず照らされたのは赤い体色をした一つ目の化け物…おそらく、『レッド・サイクロプス』だろう。それが4体、うなり声をあげながらこちらに歩いてくる。
そしてそのサイクロプスよりもさらに大きな人影が、前衛のサイクロプスの背後から歩いてくる。
『あいつは…!』
忘れる筈が無い…全身に纏った黒と白の巨大な甲冑。
巨大な斧を手にし、白い髑髏のような顔の悪鬼……。
終焉の王、デミスだった。
「先ほど声がしたのはこの辺りか…」
デミスが先ほどまでルイン達がいた辺りまで来ると、そこで立ち止まり、辺りを見回す。
どうやら先ほどのグレファーの叫び声が聞こえてしまっていたらしい。デミスはサイクロプス達に辺りを散策させる。サイクロプス達は松明を片手にうなり声をあげながら一つ目をぐりぐり動かしながら洞窟内を探し回る。
「先ほどから感じるこの感覚は何だ…? 我と同じ力の波動を感じる…」
一方のルイン達はというと、岩陰に隠れて必死に息を殺す。
流石に悪魔の相手は手慣れているようだけあって、皆こんな状況であっても一切動じず、いつでも反撃できるように剣の柄に手にかけている。
その時、一体のサイクロプスがルイン達の隠れる岩陰に近づいてきた。
サイクロプスのうなり声がすぐそばで感じられるほどの距離…そしてサイクロプスの一つ目が、ぐるりと岩の陰に隠れているルイン達を視界に捉えた…その時だった!
ズバッ!
サイクロプスがルイン達の存在に気付いたまさにその瞬間、岩陰から躍り出たグレファーとウエスト、二人の剣によってサイクロプスは切り捨てられた。
「ここは俺達に任せろー!」
「女神様達は早く応援を!」
「すまない。行くぞ、キリア!」
「はい!」
グレファーとウエストの二人が通路の前に立ちはだかり、背後のルイン達は元来た道を戻る。
「させぬ」
デミスが手を翳し、サイクロプス達に指示を出すと、2体のサイクロプスが助走を付けて走り出し、グレファーとウエストの二人を飛び越えてルインとキリアの前に立ちはだかる。
「ほう、これはこれは。泥臭い人間の戦士族に紛れて天界の戦士達までいるとは…」
ルインとキリアを見て、デミスが呟いた。
「女神様、ここは私にお任せを…」
「いや、キリア。どうやら此の者は私が相手をせねばならないようだ」
と、ルインはデミスの元に歩み寄ろうとするが、目の前の2体のサイクロプス達がルインに飛びかかる!
「邪魔を…するな!」
一声上げ、ルインの持つロッドから何か光が放たれ、洞窟内が一瞬明るくなった。その瞬間、2体のサイクロプス達の体が灰となって崩れ落ちた。
「ほう…」
ルインの力を目の当たりにして、デミスもまたルインの元へと歩み寄る。
「すごい、あれが破滅の女神の力…きゃっ!」
その光景を見ていたウエストに一瞬の隙ができてしまい、サイクロプスから爪による攻撃を受けてしまった。
しかし次の瞬間、サイクロプスはグレファーの剣によって切り捨てられた。
「なにやってんだ、油断してる場合じゃないぞ!」
「ご、ごめんなさい…」
「…グレファー、キリア。ウエストを連れて洞窟を出ろ」
「しかし、女神殿は…!」
「私はここであいつの相手をする。私が足止めをしている間に増援を呼んできてくれ」
「なら俺もここに残って…―!」
「行けと言っている!」
自分も残ると言い張るグレファーに対しルインが声を張り上げ、グレファー達に命令する。
「わ、わかった…ほら、立てるかハニー?」
「あ、ありがとう…女神様、無茶はしないで下さいよ!」
そう言ってグレファー、ウエスト、キリアは出口の方へ戻って行った。
「そちらも部下を退かせたか」
洞窟内に残されたのは、ルインとデミスの二人だけとなった。
「どうやら、貴様も我と考えていることは同じようだな」
ルインとデミスが静かに対峙する。二人の体からは、共に不思議な青い光が溢れて、まるで共鳴するかのように同じリズムで光が点滅している。
「この洞窟に入る前から感じていた…この近くに私と似た力の持ち主がいるということを…そしてその波動はお前から感じる…」
と、ルインはデミスを指さしながら言う。どうやらこの二人の体から溢れている青白い光の正体は、二人共通の儀式魔法にして禁術…『エンド・オブ・ザ・ワールド』の力の波動らしい。
「何故だ? 何故私と同じ力が、魔族である貴様にも宿っている!」
「それはこちらのセリフだ、天界の女神よ。名を聞こうか?」
「魔界では礼儀作法も教わらないのか? 淑女に名を問うならまずは自分から名乗るのが筋ではないか? 魔界の悪鬼よ」
「フッ…これは失礼した。我が名は終焉の王デミス、≪エンド・オブ・ザ・ワールド≫の使い手だ」
「私は破滅の女神ルイン、≪エンド・オブ・ザ・ワールド≫の使い手だ」
向き合った姿勢のまま、二人は互いに簡単な自己紹介を述べた。
「やはり我と同じ力を…ならば我らがとるべき行動は一つ」
そう言うとデミスは手にする巨大な斧をルインに向ける。
「そう言うだろうと思っていたよ。私とて、同じ力の持ち主だからと魔族の悪鬼と慣れ合うつもりなど毛頭ない」
「エンド・オブ・ザ・ワールドの使い手は二人も必要ない…」
ルインも同じくロッドを構え、互いに睨みあいじりじりと距離をとる。
その直後だった。
ガキィンッ!
目にもとまらぬ速さで二人は一気に距離を縮め、斧とロッドが交錯する。
力勝りで大ぶりなデミスの攻撃に対し、ルインは最小限の動きでそれをかわし、僅かな隙を見つけてデミスに突きを繰り出す。デミスの纏う鎧はなかなかルインの攻撃を寄せ付けないようにも見える。だがしかし、僅かにだが確実に、デミスの動きが段々鈍ってきている。一見力で劣るルインの不利にも思えるが、自身の攻撃をかわされ、少しづつだがダメージを受けるとなると、体力差的にはデミスの方が不利だった。
「なかなかやるな…だがこれならどうだ!」
武器を使った物理的な戦いにも限界が来たと判断したのか、とうとう痺れを切らしたデミスが魔力による攻撃を放った。放たれた青黒い焔は、ルインの方へと迫る。一方のルインはというと、デミスの斧による攻撃の回避後の隙を狙われてしまい、避けきることができない。
「くっ…! ならばっ!」
ルインもまた、掌から魔力弾を放ち、デミスの焔に対抗する。放たれた焔と魔力弾はぶつかり合い、洞窟内に閃光と爆音が響き渡った。ルインがこんな戦い方をするなんて…前にデミスが現れた時、デミスはルインに「昔に比べて弱くなった」と言っていた。それはあながち間違いではなかったのかもしれない…。
「ほう…では、我もそろそろ本気で応えるとしよう」
デミスが手を翳し、呪文を唱えると掌に黒い魔力が増幅し、圧縮されていく。見覚えがある…これはデミスがあの時学校で放った技、≪終焉の嘆き≫だ。
「互いに全力をぶつけるということか…いいだろう!」
ルインもまた、ロッドを構えて呪文を唱える。何度か聞き覚えのある呪文…これはルインの必殺技、≪エンド・オブ・ハルファス≫だ。デミスの黒い魔力に対し、ルインは光の魔力を増幅させていく。その輝きは光が全く入らない洞窟内をまるで昼間のように照らし、そして同時に壁や天井、地面までも激しく震わせる。
『おい…! こんな狭い所であんな技使って…大丈夫なんだろうな…!?』
記憶の中の出来事とはいえ、流石の迫力に俺は危機感を覚え、ルインの方を見る。が、ルインはただ無言で、この光景を見ていた。なんだろう…ルインの横顔が、ひどく物悲しく見える…。
「はぁあああああっ!!」
「くらえぇえええええ!!」
呪文の詠唱が終わり、互いに肥大化した魔力を雄叫びをあげながら相手にぶつける。二つの魔力はぶつかり合い、俺達は轟音と共に閃光の中に呑まれた。
『うおっ…!』
増幅・圧縮された二つの魔力の柵列に寄り、俺達の体は凄まじい爆発の中に曝される。だが、やはり衝撃は感じない。もし俺達の本物の体がここにあったなら、間違いなく巻き添えをくらっていたところだろう。
だが、当のルインとデミスの二人はどうなってしまったのだろうか…。
「ハァ…ハァ…」
「…ッ…!」
爆発による粉塵が止むと、二つの影がぼんやりと見えてくる。どうやら二人とも無事らしい。もちろん、双方共に無傷でというわけにはいかないようだが…。
ルインの方は肩で息をし、唇から血を流し、身体中のあちこちに打撲や切り傷、あるいは火傷の跡のような傷を負い、そこから血が滲んでいる。ロッドを握って魔力を制御していた右手は特に出血が酷い。
一方のデミスはルインほどスタミナが切れているわけではないようだが、身に纏う鎧のあちこちに皹が入り、右の方の角が折れてしまっている。
双方共に深刻なダメージを負っている様子だが、互いに相手がまだ倒れていないということを確認すると、再び斧とロッドを構える。
『まだやるのかよ…! …ん? 何だこの音…?』
二人が武器を構え、再び攻撃の体制をとったその瞬間、洞窟内に不穏な音が響き渡り、二人のいる洞窟内のあちこちがひび割れていく。
「これは…!」
「しまっ…―!」
デミスのあげた声と共に、二人のいる場所の地面が砕けて割れ、二人は叫び声をあげながら地下の奈落へと吸い込まれていった…。
………
……
…
「うっ……ここは…?」
俺達の見るルインの記憶が一瞬途切れ、今度は全く違う情景が浮かびあがった。おそらく、この記憶の無い区間はルインが気絶していたためなのだろう。俺達の姿は今、瓦礫の中から目を覚ましたルインの傍に立っていた。
ただでさえ怪我だらけなのに、上を見ると崩れた場所から10メートルはあるところから落とされていた。ルインの右手は力なくだらんと垂れさがり、出血も先ほどよりもかなり酷くなっているようだ。そんな痛む右手を左手で支えながら、ルインは片足を引きずって立ちあがった。
そして、その視線の先には力なく地面によこたわるデミスの姿が…。
それを見ると、ルインは一歩一歩デミスの元に歩み寄る…その時だった。
「…動くな」
不意に横たわっていたデミスが声をあげ、その右手に持つ斧の先をルインに向ける。
なんてこった…ルインはこんな状態で、しかも武器も失くしてしまった様子なのにデミスの方はまだ動ける余裕があり、なお且つ武器もある。
どちらがこの状況で有利かは…明らかだった。
デミスは斧を持ったままルインの方に歩み寄り、ルインを壁際まで追い込む。
「くっ…殺せ」
「…」
ルインが覚悟を決めた表情で小さく呟いた。が、デミスはそんなルインの姿をじっと見つめたまま動こうとはしない。
「何故殺さない!?」
「…お前が逆の立場だったらどうする?」
「決まっている…とっくに殺しているさ!」
「…どうかな」
デミスのその言葉を皮切りに、二人の間に沈黙が流れる。
互いに何を考えているのか…俺にはなんとなくわかる。ルインはデミスが何故自分を殺さないのかを考え、デミスはそんなルインを見て殺すべきか否かを考えている…そんなところだろう。
五分程互いに無言だったが、この静寂を破ったのはルインだった。
「…武器の無い相手は殺せないというのか? 私がお前の立場だったら容赦はしない!」
尚も強気な姿勢を崩すことのないルインに対して、デミスは周囲を見回す。
「完全に閉じ込められたな…互いに魔力は残り少ない。怪我もしている。お前には武器が無いが我にはある。それでも続けるのか?」
「我々は同じ力を持つ者同士として、必ず決着をつけなくてはならない! 今の貴様には…それができる筈だ!」
「…」
デミスはまた無言になり、何か考えるかのような素振りを見せる。
と次の瞬間、何をするのかと思いきや、デミスは自分の握る斧をルインに軽く放る。ルインはその斧を左手でキャッチした。
「…?」
わけがわからないという表情のルインをよそに、デミスが口を開く。
「さぁ逆の立場になったぞ。お前ならどうする?」
「…ど、どういうつもりだ!?」
あまりにも予想外なデミスの行動に、俺もルインも思わず動揺してしまう。
「貴様の望み通りになったのだから、それで我をさっさと殺したらどうだ?」
「…っ…馬鹿な…!」
苦虫を噛み潰したような表情をし、ルインはデミスの斧を地面に突き立て、膝を折った。
天界に仕える女神として、その使命を果たさなくてはならないという葛藤が胸中にあるのだろうが…それにしてもこのような一方的な状況は、ルイン自身も納得できていない筈だ。
「天界に仕える女神としてのプライドが許さないか?」
「…」
「俺はここから抜けだそうと思う。殺したければ殺せ。ただし一人で出口を探すよりも、二人で探したほうが賢明だと思うがな」
そう言ってデミスは斧を握って茫然とするルインをよそに、自分達が今いる空間をいろいろと調べ始める。
『…』
『どうした? 主』
『いや…なんかデジャヴでな』
自然と俺は、この状況のルインとデミスを、あの時の俺と浅井の状況に見立てていた。
「…いつまでそうやっているつもりだ? 手伝うのか殺すのか、はっきり決めたらどうだ」
尚も斧を握ったままそこから動こうとはしないルインに対し、デミスは崩れた岩壁に手をかけて登り降りをし、その場所の強度を確かめながら聞いた。
「あくまで敵と割り振るつもりなのであればそれもまた良し、だが敵と共にこんな場所で朽ち果てるのは、貴様とて本望ではあるまい?」
デミスの問いかけの後、また少し考えて、そしてようやくルインが動いた。
「…お前のためではない…私の誇りのためだ」
握った斧を地面に突き立てたまま、ルインはデミスの反対方向に歩いていき、その岩壁を調べ始める。
「ふっ…だろうな」
表情は変わらないが、デミスは少し笑っているようだった。
その後の二人は終始無言となり、互いに逆の方向を向いて閉じ込められた空間にどこか抜け穴が無いか、または上に登ることができるかどうか、瓦礫に足をかけたりして調べる。
「ここならば…!」
どうやらルインが上に登れそうな場所を見つけたらしく、そこに左手と足をかけて登って行く。それを見てデミスが呟いた。
「登るのはやめておけ、上の方が先ほどの戦いで脆くなっている。途中までしか登りようがないぞ」
「うるさい! いつまでも魔族と同じ空気を吸っていられるか…!」
デミスの忠告を無視し、ルインはどんどん登っていく。そうしている間にもルインの力なく垂れ下がった右手からはとめどなく血が流れ、先ほどよりも怪我が酷くなっているのは目に見えて明らかだった。本人もそれが辛いのか、そのあまりの痛さが顔に出ているが、それでもなお、上へと登り進めていく。
「よし、あと少しで…!」
ルインが出口まであともう一歩というところまで迫った。あとはもう1、2回ほど岩壁に手をかけて登れば出られるというほどにだ。
…が。
バキッ
「…っ!?」
ルインが岩壁の出っ張りに手をかけたとたん、その出っ張りはルインの体重を支えきれず折れてしまい、バランスを崩したルインは再び穴の底に真っ逆さまに落ちる。
その高さは約8メートル…手負いのルインでは、間違いなくその高さから落ちて無事で済む保証は無い。
『危ない!』
思わず飛びだし、落ちて来るルインを受け止められるよう身構えるが、俺はこの世界の物には触れられないということを思い出した。
ガシッ
その時だった。俺の代わりにデミスが飛び出したかと思うと、その大きな手を広げて落ちてくるルインを無言で受け止めたのだった。
「うっ…? あっ…―」
ルインの意識は、そこでまた途切れてしまい、再び俺達の見ている情景が途切れてしまった。
………
……
…
「っ…!」
次に見えてきた情景は、ルインが平らな瓦礫の上に仰向けに寝かされ、その左手には応急処置だろうか…添え木と簡単な止血が施されていた。
「気が付いたか。まだしばらく痛むだろうが、我慢していろ」
向かいの方でデミスが瓦礫に腰をおろしてルインの方をじっと見ていた。
「いろいろと周囲を調べてみたが、やはりここから出られる方法は無いようだ。そなたが先ほど呼んだ増援がまだ来ないところを見ると、地上の方でも通路が埋まってしまっていると見える」
「…何故なんだ? 何故貴様はここまで敵である私に入れこもうとする…?」
手当てされた右手を見て、ルインが呟いた。
「勘違いするなよ破滅の女神よ。そのまま野垂れ死にされてしまっては我とて目覚めが悪い。体力が戻り、再び我と武器を交える時が来れば、その時こそそなたの命を貰い受ける」
「それはこちらの…いつっ! セリフだ…」
ルインが起きあがり、デミスの方を見据える。だが、その瞳は先ほどのように敵意に満ち満ちたものではなく、何故か少し安心を与えるような…優しい眼になっていた。
そしてルインは、なんと自らデミスの元へと歩み寄る。
「…なんだ?」
「傷を見せてみろ…今度は私がお前の手当てをしてやる」
「なにを…貴様、敵と慣れ合うつもりは無いのではなかったのか?」
「私からも言わせてもらうが、勘違いするな。私はただ、魔族に貸しを作ったままにしておきたくはないだけだ」
そう言うと、ルインは破けた自分の手袋やスカートの一部を細く千切り、それを傷ついたデミスの腕や足、角に巻いた。
「むっ…こんなものか?」
しかし、デミスの折れた角にきつく巻いたと思った布片はルインが手を離した瞬間、でろんとだらしなく垂れ下がってしまった。
「あっ…」
「クククッ…ハハハッ。そなた、女神のくせに魔族よりも手当の仕方が下手ではないか?」
「わ、笑うな! 仕方ないだろう! 片手しか使えぬのだから…もう一度!」
ルインがそう言い、デミスの頭に手を伸ばした。同時に、デミスも自分の顔にかかった布片をどかそうとしたのだろう…。
ピタッ
「「…!」」
二人の手が、触れあった。
ズキッ…
『…っ』
その光景を見て、何故か俺の胸の動悸が一瞬激しくなり、同時に締め付けられるように少し苦しくなる。
ルインと…デミスが…? いやでも…そんな馬鹿な…!
困惑する俺をよそに、目の前の二人は慌てて触れあった手を引っ込める。
「…」
「…」
それを機に、二人は目線を合わすことも言葉をかわすこともなくなった。
ただ…互いに自分が相手に触れた方の手を…もう一方の手で擦っているのが…気になった。
ガコッ…
その時だった。上の方から瓦礫を崩す音と共に人の声が聞こえてきた。
「女神殿! ご無事ですかー!?」
キリアの声が聞こえた。瓦礫で塞がった出口を崩して、ようやく助けが来たらしい。
「助けが来たようだ…そなたも共に…!」
「生憎だが、我は捕虜になるつもりはない」
「しかし…!」
「もうじきこちら側の助けも来る筈だ。我のことは気にせず、往け」
「女神殿! 聞こえますかー!?」
「…キリア、私はここだ!」
「女神殿!? よかった、ご無事でしたか!」
「あぁ、すまないがなにか掴まれるものを垂らして引き揚げてくれ」
「わかりました!」
キリアの声が一瞬止み、上の方から縄梯子が垂らされる。
ルインはそれに足と左手をかけ、もう一度デミスの方を見る。
「では…お互いの居場所に戻るとしよう」
「あぁ…だがおそらく、そなたとはこの先、数多の戦場で相まみえることになるだろう。その時は…―」
「わかっている、その時には私達はまた敵同士。また互いに死力を尽くす戦いをすることになるだろう」
「ふふっ…わかっているのであればよい。では、さらばだ」
ルインの掴まった縄梯子は引き上げられ、無事地上のキリアや戦士族達と再開することができた。
引き上げられていく最中、ルインの視線はデミスから、またデミスもルインから視線を離すことはなかった…。
………
……
…
『その後も、私達二人は幾度となく戦場で顔を合わせた。もちろん敵として…。同じ力を持つ者同士、引き寄せられるものがあったのだろう…』
場面は次々と変わり、今度はルインが軍を率いてデミス率いる魔族軍と激突する場面となった。その次は城の防衛…逆に敵城への侵攻…またある時は大空を駆けながらの空中戦…そのどれもにルインとデミスのぶつかり合う姿が見えた。
『だが数多繰り返されたその戦いに、決着がつくことはなかった。そして…長きに渡った戦は、魔族軍の敗北という形で終戦を迎えた』
場面は人間の軍達が戦いに勝利し、歓喜に沸き踊る様で一旦止まった。
『じゃあ、ルイン達や人間の軍は勝ったんだな?』
『あぁ、だがそれは…深い深い悲しみの始まりでしかなかった…』
ルインの表情が急に暗くなり、哀しそうな顔で俯く。そして、場面はまた新たに切り替わる。
ずいぶん久々な更新となりました…申し訳ない!
オマケに今回と次回は続けて過去編です…デュエルしろよって感じですねw
とりあえず自分なりにこの過去編でルインとデミスの関係を解釈してみようと思います。
後編はもう書きあがってるので次話の投稿はすぐになるかと思います。