遊戯王 ああっ破滅の女神さまっ   作:ダルクス

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ルインの過去を見る遊煌。そこでルインがデミスと接触したことにより、デミスに対して特別な感情を抱いているということを薄々感じる。
そして…場面はいよいよルインがなぜ封印されるかにまで至った過程を見ることとなる…。


第28話:「女神の過去・後編」

「姉上!」

 

「ドルフか、どうした?」

 

場面はまた天界へと戻ってきた。天界の神殿において、ルインの弟であるドルフが駆け足でルインの元に歩み寄る。

 

「あ、いえ…大したことではないのですが…まずは此度の戦で見事勝利できたことを、ぜひお祝い申し上げたく思いまして」

 

「そうか、ありがとう。だがこれは私一人で勝ち取った勝利ではない。地上の人間達と協力し、皆で勝ち取った勝利なのだ」

 

「そうですね…失念していました。時に、姉上」

 

「なんだ?」

 

ドルフの表情が急に真剣な顔に変わる。

 

「本題なのですが…実はまたも魔族軍に動きがありまして…」

 

「何故だ!? 彼奴等の司令塔である冥界の魔王ハ・デスは倒された筈! 何故今になって…」

 

「おそらく、魔族軍の生き残った残党が、浮かれた人間達にひと泡吹かせようと…そんな魂胆でしょう」

 

「こうしてはいられない、すぐに私が行ってくる」

 

「姉上が…たった一人で!? 無茶です! 残党といえども、魔族です! それに、天界からの援軍はもう必要ないとフリード将軍から仰られたのではありませんか! 姉上が行かなくとも、ここは人間の軍に…」

 

「ようやく勝ち取った平和なのだ…地上の人間達にはもうこれ以上戦わせたくはない」

 

「しかし…」

 

「案ずるな、ドルフ。たかが魔族軍の残党だ、すぐに片が付く。場所は何処だ?」

 

「…西の魔族軍砦跡です。姉上達の軍が陥落させた、あの」

 

「あの砦か…わかった。行ってくる!」

 

「姉上…!」

 

神殿から出て、そのまま転移魔法で地上に降りるルイン。ドルフは何か言いたげだったが、その見送る姿が僅かにルインの記憶に残っていたのだろう。ドルフが最後に何を言ったのか、俺にはわかった。

 

「…お気をつけて」

 

なんでもない、弟らしい姉に対する労いの言葉だった。

…だが、俺は何故かこの言葉に違和感を感じた。なぜなら、この言葉の裏に、この天界書士が普段表に見せない別の感情が垣間見えたように見えたからだ…そう、それは例えるなら…ルインに対する皮肉のようにも思えた。

 

 

 

 

 

―――――第28話:「女神の過去・後編」―――――

 

 

 

 

 

「…ここか」

 

転移魔法で地上に降り立ったのは、話の通り朽ちた砦だった。

だが、どうにも誰かがいる気配などどこにもない…本当にこんなところに魔族軍の残党が集まってるのだろうか…?

俺と同様に、記憶のルインもそう思っているらしく、不審がりながらもボロボロの門から中に入る。

中は荒れ放題だった。その荒れ様がまだ新しいことから、この砦はつい最近攻め落とされたのだということがわかる。そしてやはり、中には人っ子一人いない。

周囲を見回しながら、ルインは砦の奥へと進んでいく。だが、どれだけ進んでも、中には魔族軍の残党など一人もいなかった。

 

「…どういうことだ…?」

 

あまりにも異様なこの光景に、ルインの表情も徐々に険しくなっていく。

やがてルインは砦の最上部に登り、そこから周囲を見回す。…やはりここにも魔族軍の残党などはいなかった。ドルフの情報は間違っていたというのだろうか…? ルインはそんな怪訝の表情を浮かべ、元来た道を引き返そうとした…その時だった。

 

「…!」

 

ルインの背後に、誰かが立っている。ルインは振り向かずとも、その人物が誰なのかわかった様子だ。

 

「…生きておったのだな、そなた」

 

「…」

 

虚空を見つめ呟くルインに対し、その人物は無言でルインの背中を見つめ続ける。

 

「魔族軍が敗北した時、私は不覚にもそなたのことが気になってしまった。他の者に討たれてしまったのではないかとな…結局私とお前との決着は、つけることができなかったな…終焉の王デミスよ」

 

そう言ってルインは静かに後ろを振り向く。

ルインの背後には…その通り終焉の王デミスが立っていた。

 

「ドルフの情報は、やはり間違えてはいなかったようだな。残党の一人がここにいた」

 

「…」

 

「だが…私は今更そなたと戦おうとは思っていない」

 

「…」

 

「戦争は終わった…故に私達が戦う必要も無くなった…だからデミス、そなたさえ良ければ、私と共に…―」

 

「…甘いな、貴様は」

 

ようやく口を開いたデミスだが、その言葉の意味を俺もルインも理解することができない。

だがその意味を理解するよりも先に、デミスが右手をルインの方に向けて何かを放つ。

不意をくらったルインは防御することもできずにその攻撃を受けてしまう。

 

「がっ…あっ…!?」

 

「そなたの力、封じさせてもらったぞ」

 

見ると、デミスからの攻撃によってか、ルインの首筋あたりに不気味な髑髏のようなマークが浮かび上がる。それが怪しく赤く輝くと同時に、ルインは苦しそうな声を上げて膝を折った。

これは…『破邪の刻印』か…? 実際のカードで見たことがある。

 

「きっ、貴様…何を…!」

 

「その刻印を受けた者はいかなる力であろうとも発揮することはできない、たとえエンド・オブ・ザ・ワールドの力であってもな」

 

「っ…意識が…!」

 

刻印が一層激しく輝くと、ルインの意識を奪い、そのままルインは意識を失ってしまった…。

 

………

……

 

「…んっ…?」

 

次に目が覚めると、薄暗い神殿のような場所にいた。ルインの身体は鎖によって固定され、壁に磔にされている。

どうやらここは、あの砦の地下のようだった。

 

「気がついたか」

 

薄暗いロウソクの明かりで照らされ、姿を現したのは終焉の王デミスだった。

 

「どういうつもりだデミス…! お前はいつ、どのような状況であっても、私と対等に、そして正々堂々と戦いに臨んでいたではないか…! そんな貴様が…こんな不意打ちのような真似を…!」

 

「状況が違うのだ、破滅の女神よ。確かに戦争は終わった…だが、その余りある力を欲する者がまだいるのだ。我は、その者に協力しているに過ぎない」

 

「何を…!?」

 

 

 

「ご苦労だったな、デミス」

 

 

 

まだこの状況が理解できないでいるルインの元に、何者かが歩み寄る。

 

 

 

「敵とはいえ同じ力を持つ、が敵同士…だが種族を超えて芽生えた愛情…泣かせるじゃありませんか」

 

 

 

その者は一歩一歩デミスとルインの元に歩み寄り、デミスはその者に傅いて脇に退く。

 

 

 

「しかしまぁ破滅の女神といえども情を持てばただの女と相違ない…我が姉ながら嘆かわしい」

 

 

 

「お…お前は…!」

 

ルインは磔にされながらも、顔を上げて闇の中から歩み寄る人物を見据える。

そして…驚愕した。ルインだけではない。その光景を同時に見ていた俺も、同じく…いや、俺はむしろ先ほどの嫌な予感が的中してしまい、ばつの悪い気持ちの方が大きかった…。

 

「ど、ドルフ…! お前…何故こんなところに…!?」

 

そう、そこに立っていたのは…ルインの実の弟、天界書士ドルフだった。

 

「何故? さて、どうしてでしょう? 頭の良い私の姉ならば、考えればすぐにわかることだと思いますが」

 

「そんな…まさか……! お前が…お前が仕組んだのか!? 私をデミスとここで引き合わせるために…わざと嘘の情報を…!」

 

「ふふっ…それだけではありませんよ」

 

ドルフはルインから目線を逸らすと、得意げな顔で話し始める。

 

「人間や原生モンスターの住む地上界、天使や女神の住む天界、そして悪魔や魔王の住まう魔界と冥界、この三つの世界は互いに均衡を保ちながら決して他に干渉することはなかった。少なくともここ数百年はね…しかし、ある日その均衡が魔族によって突如崩された…何故だと思います?」

 

首をかしげながら、薄ら笑いを浮かべながらドルフは、またルインに目線を向けた。

 

「…ま、まさか…! お前が…! お前が魔王ハ・デスを唆し、地上界へ侵攻するよう仕組んだのか…!?」

 

「フッフフフフフ…ククク…」

 

ルインの必死の問いかけに対し、ドルフは手で顔を覆いながら静かに笑みをこぼす。

 

「ハァーッハハハハハ!! そうだよ! 全ては俺が仕組んだことさ! この戦争も! そしてあんたとデミスを幾度となく戦場に引き合わせたのもなぁ!!」

 

突如ドルフは感情が爆発したかのように、先ほどまでのように静かな態度を一変させる。

 

「苦労したんだぜぇ~? あんたをデミスに引き合わせ、そしてデミスを完璧に信用させるのはなぁ!」

 

「っ…!」

 

実の弟から明かされた衝撃の事実にルインは動揺を隠せないようだ。

 

「で…デミス…! 本当なのか…? お前は…お前は…私を……利用していたのか…?」

 

「…」

 

「答えろ! 終焉の王デミス!」

 

「…フッ、よもやこうも簡単に引っかかるとはな」

 

「っ…!」

 

何かの間違いであってほしかった…きっとここにいるデミスは本物ではなく…あるいはドルフに操られてたりしているのではないか…そうルインの絶望に歪んだ顔からは、僅かな疑惑の表情が見て取れた。

 

「全てはこの時のために。お前を信用させ、その隙を見せるこの瞬間を、我は狙っていたのだ」

 

「う…嘘だ…! 嘘だ…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

顔を伏せ、頭を振り、そして今にも泣き出しそうな表情のルインは哀しみの慟哭を爆発させた。

やっぱりそうか…ルインはデミスに少なからず好意を抱いていた。だが…デミスとドルフはおそらくあの落盤事故の前から、綿密に計画を練り、そしてあまつさえそのルインの好意の気持ちすらも利用した…。

 

『…っ』

 

そう考えると怒りがふつふつと沸き、俺の拳に力が入る…どうにも我慢できない…できることなら今すぐこの間に割って入り、この二人を思いっきりぶん殴ってやりたい…。

だが…これは幻…だけど、過去にルインが実際に体験した出来事なんだ…。

 

「…ドルフ……何故…なぜお前はこんなことを……」

 

「クククッ…あんたにはわからないだろうなぁ」

 

そう言うとドルフは邪悪な表情を浮かべ、ルインの元ににじみ寄る。

 

「同じ聖なる力の元で産まれた姉弟ながら、あんたにのみその世界を滅ぼすほどの力…エンド・オブ・ザ・ワールドが与えられ、俺にはなにもない…ただの下級天使となんら変わりない…そして与えられる仕事は天界書庫における普通の仕事…普通の力に普通の仕事に普通の扱い! そして比べられるあんたとの力の差! あんたがいるせいで…俺は今までずっと惨めな思いをしてきたんだ! わかるかこの俺の気持ち!? わからねぇよなぁ!!」

 

ドルフはルインの顔を掴み、嘲笑いながら自分の内の感情を暴露した。それを聞いたルインは刻印による痛みに耐えながら、ハッと表情を変えた。

おそらく、ルインはこの時初めて悟ったんだ、ドルフの抱えていた闇を…。そして不覚にも、自分にも責任があると感じてしまった…。

違う…違うんだ! そんなの、お前が責任に感じることじゃない…!

 

「だから…貰うのさ、あんたの力を。俺の力としてなぁ。だけど、ただ貰うだけじゃつまらないからなぁ、あんたにはたっぷりと絶望に打ちひしがれて、俺の受けた苦しみの一片でも受けてもらって、それから貰うことにしたんだよ。こんな風になぁ!」

 

「ぐっ…ぁっ…!」

 

今度はルインの首を掴むとそのままぎりぎりと締めあげる。下級といっても天使は天使…それなりの力はあるようだ。おまけに今のルインは力を発揮できないでいる…ルインはさらに苦しむが、いつもの力が出せないためかされるがままになる。

それに加え、ドルフは締め上げながら左手でルインの腹を思いっきり殴る。嫌な音と、鎖のじゃらじゃらという音と、ルインの嗚咽にも似た叫びが地下内に反響する。それをドルフは実に楽しそうに…そしてデミスは何も言わず、静かに見つめている。

 

『や…やめろぉ!!』

 

思わず掴みかかりそうになるが、俺の肩を本物のルインが掴み、静かに首を振る。わかってる…これは幻で、既に過去に起きたことだというのも…そして本物のルインは今、ここに元気な姿でいるから、あのルインがどれだけ痛めつけられても今のルインには何の影響も無いということも…わかってる…でも! やっぱり我慢できない…!

 

『…主、貴方がこの時の私を助けたいという気持ちはよくわかる…私も、この光景を二度も見るのも…主に見せるのも正直躊躇った…』

 

『…っ』

 

『でも、だからこそ私は私の全てを主に見てもらいたい。それが真の意味で、私のことを知ってもらえることだと信じているから…』

 

『…わかった』

 

できることなら目を逸らしたい…でも、この光景をしっかりと見据え、ルインの過去としっかりと向き合うことこそが、きっとルインの主である俺の役目なんだ…ルインの受けた苦しみや痛みを、こういう形で少しでも共有できるならと…俺は目をそらさず、最後まで黙って見続けていた。

 

「ふぅ…我が姉ながらなかなかそそる声出してくれるねぇ」

 

「はぁっ…ぁ…っ……」

 

目を覆いたくなるような暴力の数々…その痛みがようやく終わると、ルインの姿はもうボロボロだった…。首には痣が付くほどきつく締められた跡があり、息も絶え絶えで今にも意識を失ってしまいそうだ…。

 

「力を奪う前に死なれても困るからな、これくらいで勘弁してやろうか。だが、これからの苦痛はきっと今死んだ方がマシになると思えるくらい激しいものになると思うがなぁ!」

 

ドルフはそう言って指を鳴らす。すると、ルインが磔にされている目の前にある二つの燭台に青い炎が灯される。

そして露わになる、向かいの壁…そこには、ルインと同じく鎖で磔にされた、何か繭のようなものがあった。

なんだこれは…? 何かはわからないが、この繭からは凄まじく邪悪なオーラを感じる…それはルインも感じたようで、それを悟ったドルフが説明する。

 

「これが何かわかるか? これはな、かつてこの冥界の魔王とその肩を並べる程に強大な力を誇った魔王の力の根源だ…肉体は滅びても、その内にある強大な魔力だけはこうして繭の中に閉じられ、鎖で封じられることで復活の時を待っている…そう、供物をささげることでな」

 

「…!」

 

供物、つまりは生贄…それを聞いて俺は嫌な予感がした。表情を見る限り、ルインも同じ予感がしたらしい。

 

「そんな顔をせずとも安心してくださいよぉ。言ったでしょ? 貴女に死なれては困ると」

 

すると、ドルフは繭の方へと歩み寄る。

 

「始めるぞデミス。さぁ、準備をしろ!」

 

ドルフの呼びかけに応じ、デミスはルインの元に歩み寄ると、その身体を支えて顔を上げさせる。

 

「なに…を…?」

 

「封印された魔王の力を解き放つには、器となる供物の肉体が必要だ。だが、器となった肉体の自我は魔王に支配され、それ以前の人格を保つことはできなくなる。だから、あんたの力が必要なのさ」

 

黒い繭を右手で触れながら、ドルフは呟いた。

 

「あんたの持つ破滅のエンド・オブ・ザ・ワールド…力だけなら魔王をも凌駕するものだ。その圧倒的な力を得て、俺は自我を保ったまま魔王の力をも手に入れる!」

 

「よ…よせドルフ…! 自分が何をしようとしてるのかわかっているのか…!? エンド・オブ・ザ・ワールドに加えてそのような魔王の力まで得て…貴様は一体なにを企んでいる…!」

 

「なにをだと…? 決まっている!」

 

ドルフの狂気に満ちた目が、またルインを捉えた。

 

「復讐だ!! 俺をあんたの劣化品扱いした奴らへの…そして、俺が生まれたこの世界全てへの!!」

 

そこにいたのは、最早ルインの知る優しい弟の姿ではなかった…。

 

「…っ! デミスよ…お前まで何故こんなことに協力している!」

 

「…」

 

「答えろ!!」

 

「無駄だよ、今更そんなことを問うたところで、俺の計画は止められない」

 

ルインの問いに対し、デミスは無言を貫き、ドルフはまた繭の方を向き愛おしそうにそれを撫でる。

 

「デミスは気付いたのさ、自分の力がなんのためにあるのか…そして、それをどう使うべきなのかをな。対してあんたの力は宝の持ち腐れ…だから俺達が正しく使ってやるのさ、破滅と終焉…その真の意味を示すためにな!」

 

ドルフは両手を大きく広げ、繭の前で傅くとまるで敬うように呪文を唱え始める。

 

「ぐっ…! うっ…あぁっ…!」

 

それと同時にルインの体に刻まれた破邪の刻印がまた怪しく輝きだし、同時にルインの力が青い一筋の光となってドルフの体に流れ込む。あれが…ルインの持つエンド・オブ・ザ・ワールドの力…?

 

「あぁ…いい…いいぞぉ…! 感じる…これこそが…これこそが世界を破滅させるほどの力か…!」

 

自分の体に流れる破滅の力…それを自身に受けて、ドルフは恍惚にも似た表情と共に喜びにその身を震わせる。

やがて、ルインの体から全ての力が吸い出され、ルインは息を荒げながら鎖に拘束された身体を力なくだらんと垂れる。

 

「くくくっ…クッハハハハハハ!! ついに手に入れたぞ! エンド・オブ・ザ・ワールド…世界を破滅させるほどの力を!!」

 

この世界では実体を持たない俺でもわかる…今のルインから感じられるのはただの人間となんら変わらない…常人の力しか持ってない。対してドルフの体からは、常時あの青い光が溢れ、力が有り余っている感じだった。

 

「も、もう十分だろう…それ以上の力は…身を滅ぼすぞ!」

 

「この期に及んでまだ弟の身を案じるとは、お優しい姉上を持って俺ぁ涙が出てくるぜぇ…だがな、こんなもんじゃまだ足りねぇんだよ!! もっとだ…もっと破滅と恐怖と絶望をもたらす力を! この俺にぃ!!」

 

またも呪文を唱え始めると、今度は繭を封じている鎖が千切れ、封印されていた繭が宙に浮く。封印が解かれた繭は、まるで果物の皮をむいていくかのように徐々に一枚一枚繭の皮が解かれていく。

全ての外皮が解かれると、その内部には魔王の力の源と思われる膨大な魔力の塊が渦巻いていた。

 

「おお…! 素晴らしい! これが魔王の力の源! この力を得れば…俺はさらに…!」

 

その圧倒的な力を前にして、ドルフは少しずつ手を伸ばしていく。

 

「さぁ魔王よ! 我が肉体を贄としてその力を我が手に…そして、俺を新たな魔王に!!」

 

ドルフの手が繭の中心部に触れる。すると、繭はまるで食虫花のようにドルフの体を吸い込み、解かれた外皮がまた繭の形状を形作る。そして訪れる静寂…どうなってしまったのだろうか…もしやこのままドルフは死んでしまったのだろうか…? 魔王復活の儀式は失敗してしまったのではないだろうか…? そう俺は思いこみ、同時にそう信じたかった。

だが…しばらく経つと、まるで心臓の鼓動のように…繭が大きく脈動し始めた。しかも、その脈動は段々と大きくなっていき、脈動と共に青い光が内部より溢れて来る。

そして…一際大きな脈動がこの空間内に響いた…その時だった。

まるで大気を揺るがす暴風のように…大地を鳴らす地響きのように…その雄叫びは響き渡った。それと同時に溢れ出る青い光…。今一度繭が解かれ、その中より何者かが姿を現す。

殻となった繭を抜け、一歩一歩歩み寄る青い肌の悪鬼…そいつは確かめるように自分の目の前で右手を翳すと、こう呟いた。

 

「クククッ…ついに手に入れた…! エンド・オブ・ザ・ワールド…そして、魔王の力を!!」

 

間違いない、こいつはあのドルフだった。

たが…外見はもはや似ても似つかない。エンド・オブ・ザ・ワールドの力を以て、ドルフは完全に魔王と融合してしまったらしい。

 

「ド、ドルフ…! お前は…なんということを…!」

 

「クククッ…ドルフぅ~? 違うなぁ…今の俺様は魔王…そう、『破滅の魔王 ガーランドルフ』様だぁ!!」

 

ドルフ…いや、ガーランドルフは腕を大きく上に翳すとそこから青い魔力の球体を発生させる。あれは確か…ルインがいつも攻撃の時にロッドの先から出す魔力弾と同じものだ。ただしルインのものとは違い、大きさはこちらのが上だった。

 

「はぁあっ!!」

 

短く声をあげると魔力弾を発射する。撃ち出された魔力は天井を貫き、そのまま砦の内部に侵入すると、砦のほぼ中央部で炸裂する。凄まじい閃光と爆音。突然のことに俺は目と耳を塞ぎ、静かになるとおそるおそる目をあける。

 

『…っ!?』

 

そこはもう、先ほどと同じ薄暗い地下空間ではなかった。天井は大きな穴があき、薄暗い空がそこからは見えた。さらには先ほどの爆発の大きさから想像すると…どうやら砦そのものがガーランドルフの放った攻撃によって完全に消滅してしまったようだ。

ルインの力の比ではない…この恐るべき力は、魔王の力にもよるもの…!

 

「フハハハハハハ!! 凄い!! 凄いぞぉ!! これが俺の力か!!」

 

自分の放った力に満悦の様子で、ドルフが宙に浮き、空に昇っていく。デミスもその後に続いて飛ぶ。

 

「そこで見ているがいい! 俺達の力によってこの世界が滅ぶ様をなぁ!! さぁデミス! 貴様もエンド・オブ・ザ・ワールドを発動し、俺様と共にこの世界を終焉へ導け!!」

 

「…」

 

「俺の身体はまだ二つの力の均衡が保てず、大型術式は不完全にしか発動できん! その力を補うためにも、貴様の力が不可欠だ!」

 

「…」

 

「どうした! 何故黙っている!」

 

「…フフッ、姉弟揃ってお人よしなのは変わらぬな」

 

「なにっ!? …がっ!」

 

一瞬、何が起きたのかわからなかった。上空で何か揉めている二人…よく目を凝らして見ると、デミスが斧の尖った柄の先部分で、ガーランドルフの腹部を貫いている!?

 

「きっ、貴様…どういうつもりだ!?」

 

「まだわからないか? 我もまたお前をはめたのだよ、ガーランドルフ」

 

「なんっ…だとぉ…!!」

 

「魔族を統べる冥界の王が倒れた今、現時点でこの世界を脅かす脅威は二つ…破滅の女神のエンド・オブ・ザ・ワールドと、封印されし魔王の力。貴様が破滅の女神から力を奪い、魔王の力も得た今、体内の膨大な魔力を元の脆弱な天使の肉体では制御するにはそれなりに時間がかかる」

 

「貴様…最初からこの時を狙って…!」

 

「フフッ…欲張らずにエンド・オブ・ザ・ワールドの力だけを奪っておけば、自由に力が使えたものを」

 

デミスは付き刺した斧の柄部分をより強く握る。

 

「今の貴様は膨大な魔力という食事を溜めこみすぎて、満腹で動くことができない状態だ。その証拠に…この通り」

 

強く握った斧の柄をガーランドルフの腹部から引き抜くと、その部分からは血ではなく、なにか黒い霧のような物が溢れ出る。

 

「ぐあああああっ…!!」

 

それと同時にガーランドルフが苦痛と共に絶叫をあげる。

どうやら溜めこまれた魔力が流れ出しているらしい。ガーランドルフは腹部に開けられた穴を手で押さえ、息も絶え絶えになりながらデミスに問う。

 

「き、貴様…貴様は一体何が望みだ…!」

 

「フッ…世界に復讐するなどという貴様とは違う、崇高な目的だよ」

 

ガーランドルフから斧を離した斧を右手に持ちかえながらデミスは答えた。

 

「ある日悟ったのだよ。我に与えられたこの力は、この世界の均衡を保つために力なのではないか…とな」

 

「均衡を保つだと…?」

 

「そうだ。そのためにも強大過ぎる力は封じる必要があった。いつ復活するやもしれぬ魔王の力、我と同等の力を持つ破滅の女神、そして我…どれか一つが存在したとしても世界に大きな影響を与える力だ。そのような力の持ち主はこの我、終焉の王デミスだけで事足りる」

 

「クッハハハハハハ!! 何を言い出すのかと思えば…所詮は貴様、その力で世界を支配したいだけではないか!」

 

「支配はせぬ。我はただ、陰からこの世界の行く末を見守りたいだけだ」

 

「一介の魔族風情の貴様が神を気取るというのか? 愚かな! それに、強大な力の持ち主が一人でいいというのならば、それはこの俺様ということになるだろう!」

 

ガーランドルフが一声上げると、腹部の空いた穴は瞬時に塞ぎ、傷跡も残さずに完治した。

 

「貴様の言うとおり、我の力はまだ内において二つの力がせめぎあってる状態だ。だがそれでも、俺様自身が強大な魔力の塊をとなっていることに変わりは無い! この程度の傷など瞬時に完治し、攻撃においても無尽蔵に撃ち出せるぞ!!」

 

「フッ…確かに貴様の息の根を止めるのは骨が折れそうだ。だが、我の目的は元より、貴様の命ではないのだよ」

 

「なにぃ!?」

 

デミスがそう告げると、突如砦の周辺にいくつもの光が出現する。見ると、砦の周囲に次々と転移魔法により転移してくる者達がいる。外見の装飾等から見て…天界の軍勢だろうか? その中には、キリアやフレイヤの姿も見えた。

 

 

 

「女神殿!!」

 

「お姉さま!!」

 

キリアとフレイヤは、ルインの姿を見つけると傍まで駆け寄った。

 

「き…キリア…フレイヤ…? お前達…何故ここに…?」

 

「ドルフ書士の動向について記された文献がシナト様の元に届きまして…それでそのことについて問いただそうとドルフ書士を呼んだのですが応答がなく、同時にお姉さまの姿も見えなかったので…」

 

「それで…この場所に来てくれたということか…」

 

「いささか時間がかかって申し訳ございません。何しろ素性の知れぬ物から届いた文書ですので、真偽の確かめに時間がかかってしまいまして…」

 

フレイヤとキリアが答えながらルインの身体を拘束する鎖を魔力を用いて破壊していく。自由になったルインは、キリアとフレイヤに支えながら地面に立つ。

 

 

 

「これは…どういうことだ! デミス!」

 

その光景を上空で見ながら、ガーランドルフはまたもデミスに問いただす。

 

「見ればわかるだろう、天界側の者たちが貴様を捕らえに来たのだ。本来であれば魔族である我が天界に救援を求むなど有り得ぬなことではあるが…魔族軍が壊滅的な状況である以上、仕方がないことなのでな」

 

「フッ…フハハハハハ!! いい度胸をしているなデミス! だがこの程度の軍勢、いくら来たところで俺様の首はとれんぞ!!」

 

高笑いをしながらガーランドルフは天界の軍勢に向けて右手を掲げ、魔力弾を放とうとする。

 

「言っただろう、ガーランドルフ。我の目的は貴様の命ではないと」

 

その時だった、天界の軍勢に紛れて明らかに容姿が違う人物がガーランドルフの前に姿を現す。

 

「何者だ貴様っ!」

 

「我が名は封印師メイセイ、貴公を封印するために参上束まつった」

 

メイセイと名乗る陰陽師は両手に燃え盛る二枚の札を構えてガーランドルフの前に浮遊し、立ち塞がる。

 

「封印だと…? そうか、そういうことかデミス!」

 

「フッ…左様、いかに魔力が膨張した貴様といえども、封印されてしまえばその力を封じれる。その後は生かすも殺すも我次第…」

 

「ふざけるなよ貴様ら…! せっかく手に入った力だ…みすみす封印などされてたまるか!」

 

ガーランドルフの掌から放たれた魔力弾がメイセイに迫る。しかし、メイセイは落ち着いた様子で呪文を唱えながら二枚の札を駆使し、自分の前に球状のバリアのようなものを張る。魔力弾は、そのバリアに阻まれメイセイにまで届くことはない。

 

「なにっ!?」

 

「我が魔封じの呪布の前ではそのような攻撃は無意味、今度はこちらから往くぞ!」

 

今度はメイセイが2枚の札をガーランドルフに投げる。投げられた札はガーランドルフの両腕に取りついた。

 

「フンッ、なんだこの紙きれなど……ぬおっ!?」

 

それを剥がそうとするガーランドルフだが、張り付けられた札が怪しく光ると急にガーランドルフの動きが鈍くなった。

 

「魔封じの札は防御のみにあらず、魔の物の力を封じ込めるのが本来の役割だ」

 

「ふっ、ふざけるな…貴様ぁぁぁぁぁ!!」

 

魔力とは関係なく、今度は自分の肉体的な力を使ってメイセイに掴みかかろうとする。が、その寸前でまたも別の人物がガーランドルフの背後に現れた。

 

「今だ、長殿! 封印の石板を!」

 

「心得た!」

 

メイセイが合図すると、ガーランドルフの背後に現れた墓守の長が杖を翳し、巨大な石板を出現させる。それと同時に、封印師メイセイと墓守の長、二人はそれぞれガーランドルフの前方と背後から挟み込むような形で呪文を唱えると、ガーランドルフの身体が徐々に石板の中へと吸い込まれていく。

 

「お…おのれえぇぇぇぇ!! ようやく得たこの力をおぉぉぉぉ!! 覚えていろ…覚えていろぉ!!」

 

叫び声をあげながら石板に吸収されていくガーランドルフ。やがて、その姿が消えると、石板の中にガーランドルフを模したモンスターの姿が描かれた。

 

「やったか…」

 

呪文を唱え終えた墓守の長がホッと胸をなでおろした時だった。

 

 

 

―――おのれぇ…貴様ら…! 許さん…許さんぞぉ…!―――

 

 

 

地の底から響くようなドスの利いた声が、石板の中から聞こえた。

 

「な、なんという奴だ…石版に封印されてもなお意識があるとは…」

 

「膨大に取り込んだ魔力故、このサイズの石版でも完全には力を防ぎきれぬか…」

 

デミスはガーランドルフが封印された石版へと近づく。

 

「ご覧の通りだ、終焉の王よ。そなたの依頼により彼奴を封じ込めることはできたが…完全にとはいかん」

 

「このまま石版の壊そうものなら、かろうじての封印が解かれ、再び魔王はこの地に蘇るぞ」

 

メイセイと長の言葉に、デミスは静かにその石版を撫でる。

 

「…フッ、姉弟揃って悪運の強いことだ」

 

ちょうどその時、地下で囚われていたルインがキリアとフレイヤの力を借りて脱出し、二人に肩を支えられながら地上へと姿を表した。

 

「デミス…!」

 

「破滅の女神よ、今日はここで引き上げるとしよう。だが、おそらく貴様はこれから長きに渡って苦渋を舐めることになるだろう。だがいずれ我らは必ず再び合間見えることになるだろう。その時こそ我は…お前との決着をつける」

 

「待て…デミス!」

 

ルインの叫びも虚しく、デミスの姿はその場所から消えた。あとに残されたのは、力を失ったルインとガーランドルフが封印された石版。そして、数多の天界よりの軍勢だった。なんにしても、魔王の復活は阻止された…これで一旦は危機は逃れた…俺はそう思った。

だが…どうにも様子がおかしい。ここに集められた天界よりの軍勢が、一向に引き上げる気配を見せない。そしてその軍勢は徐々に距離を縮めながらルインの方へと歩み寄ってくる。

 

「破滅の女神様、ご同行願います」

 

そのうちの一人、天空騎士パーシアスがルインにそう告げる。

 

「同行…? どういうことですか、パーシアス!」

 

キリアが突っかかるが、パーシアスは尚も落ち着いた口調でそれに答える。

 

「貴女もわかっているでしょう、ヴァルキリア。天界の住人は魔族と必要以上に接してはならない…それは天界、魔界、どちらにおいても互いにタブーとされていることだ。そして今、破滅の女神様にはその容疑がかかっている」

 

「しかし…女神殿は今力を失っていて…―!」

 

「構わない、キリア」

 

自分を必死で庇うキリアの前に出て、自らパーシアスの下に歩み寄る。

 

「女神殿…」

 

「お姉さま…」

 

「二人共、心配するな。全く、私一人のためにこんなに大勢連れてくることはないというのに」

 

と、ルインは周囲を固める軍勢を見渡す。

 

「今の私は常人の力しか持たぬ。どこへでも好きなところへ連れて行ってくれ」

 

「…ご無礼をお許し下さい。連れていけ」

 

パーシアスの指示で二人のロイヤルナイトがルインの両脇を抱え、天界へと転移していった。

ただその時、ルインの視線がわずかに背後に向いたのを、俺は見逃さなかった。その悲しそうな目線を、デミスの消えたあの場所に向けて、小さく呟いていた。

 

「さよなら…デミス」

 

………

……

 

『…なんでなんだよ』

 

『…』

 

『ルインは何も悪くない…何も悪いことなんてしちゃいない…なのに…なのになんで捕まらなきゃいけないんだよ!』

 

ここまでの光景を静かに見てきた俺だったが、流石にもう我慢の限界だった。俺は自分の震える手をきつく握りながら、自分の胸の内の想いを暴露した。

 

『…今だから言おう…主、私はデミスに恋をしていた。愛していたと言ってもいい』

 

『…っ!』

 

わかっていた…あのルインの様子を見る限り…ルインがデミスを愛していたというのは明らかだった。わかっていたはずなのに…なぜかその言葉が直接ルインの口から出ると、俺の心がズキリと痛んだ。

 

『先ほどの話でもあったように、そのようなことは天界、魔界ともにタブーとされている。そのようなことがあっただけでもその者は追放、最悪の場合は死罪に値する』

 

『でも…ルインはその想いを踏みにじられ、あまつさえ利用されていたんだぞ! それでルインが悪く言われるわけないだろう!』

 

『私の場合はそれだけではない、弟のドルフのこともある。天界の教えに背き、あまつさえ魔王の力にその身を染めてしまった私の弟…その矛先は姉である私にも向けられていた』

 

『そんな…』

 

『無論、主のように私のことを理解し、少しでも罪を軽くしようと努力する者もいてくれた。キリアにフレイヤ、それにシナト様も私のことを庇ってくれた』

 

場面はまたぐるぐると回りだし、今度は法廷のような場所で場面が止まった。その場所には、拘束されたルインを中心にし、何人もの天使や白装束の人物達が傍聴席に集まっていた。どうやらルインに対しての裁判が行われているらしい。

 

「判決ヲ言イ渡ス。被告ハ有罪、ヨッテ封印刑ニ処スル」

 

裁判長席の裁きを下す者―ボルテニスが片言の言葉でルインに判決を言い渡した。その判決に傍聴席にいる多くの者がどよめいた。

 

「有罪!? そんな…お姉さま…!」

 

有罪判決が信じられないという顔をし、傍聴席に座っていたフレイヤが思わず立ち上がる。フレイヤだけではない、ルインを慕っていた者はかなり多くいたようだ。その誰もがフレイヤと同じ表情をしていた。

 

「…座れフレイヤ。本来であれば極刑もあり得る判決だったのだ。命がある分、まだいい方だ」

 

「でも…封印刑なんて…! 先輩はいいんですか!? お姉さまと…これから長い間離ればなれになっても!」

 

「私とて…女神殿とは古くからの友人だったのだ。良いわけがない…良いわけが…!」

 

キリアは立ち上がりこそしなかったが、顔をうつむかせ、その拳を固く握っていた…。

 

『封印刑って…どういう刑なんだ?』

 

『その名の通り、封印されるのだ。私の肉体と魂、そして力のすべてを一つの媒体にな。要はいつ目覚めるかはわからない冬眠といったところだ』

 

『いつ目覚めるかわからないって…じゃあ刑はどうやったら完遂されるんだよ?』

 

『それを完遂させてくれたのは、他の誰でもない…主ではないか』

 

『えっ…?』

 

ルインの言った言葉に一瞬戸惑ったが、ルインは小さなほほ笑みを俺に向けると、また場面が転換する。

 

………

……

 

次の場面は蝋燭の明かりによって照らされた、薄暗い地下牢のような場所だ。その中央部に台座が置かれており、ルインがそこに腰かけている。周囲にはローブに身を包んだ魔術師のような人物達が取り囲んでいた。

そんなルインのもとに、一人の人物が歩み寄る。

 

「女神様、これより刑を執行致します」

 

「お前は、デミスの元にいた…」

 

「改めてお目にかかります、封印師メイセイと申します。本日は私の力が必要とのことで、天界まで出向いた次第でございます」

 

「魔族に使われたり天界にまで出向いたり…そなたは忙しいな」

 

「こちとら、それが商売ですので。では、刑の執行の前にひとつ女神様にお願いがございます」

 

「なんだ? 私は力も無くし、これから封印される身だ、できることは限られているぞ」

 

「構いません、その失った力を取り戻すための儀式ですから」

 

「なんだと…?」

 

「アレをこちらに」

 

メイセイは近くの魔術師二人に命じ、部屋の奥からある物を運ばせてきた。

運び込まれてきた。それは封印されても尚、心臓の脈動と荒い息遣いの聞こえる、ガーランドルフの石板だった。

 

「ガーラン…ドルフ…?」

 

「私と墓守の長とでようやく石板に封じ込めることができました。しかし、この者の膨大な魔力は完全には封じ切れませぬ故、尚も彼奴はこうして石板の中で意識がある状態です」

 

メイセイが石板に触れると、石板の中のガーランドルフが僅かに唸り声をあげる。

 

「このままではもし石板がなんらかにより破損してしまった場合、彼奴が復活してしまうやもしれず、非常に危険です。そこで女神様、貴女の身体に彼奴を封じ込めたいのです」

 

「…どういうことだ?」

 

「彼奴の持つ力の半分は女神様から奪った終世の力です。故に、彼奴の意識と力を女神様の中に封印できれば、女神様にも本来の力が戻り、彼奴の意識も完全に封印できる筈です」

 

「しかし…ガーランドルフは魔王の力も有している。私自身がその魔王の力に取り込まれてしまうという可能性は無いのか?」

 

「本来、終世の力と魔王の力は強力であるが故に決して相容れぬ力でございます。例えるなら水と油のように…彼奴はその二つを無理矢理混ぜ合わせ、己の力としていましたが、女神様の身体はもともと終世の力のみを受け入れるための身体、魔王の力に取り込まれることはありますまい」

 

「ふっ…人の身体を器呼ばわりか…まぁ良い、私はもう封印される身だ。この身体が誰かの役に立つのであれば、喜んで差し出そう」

 

「では、さっそく…」

 

メイセイはルインを取り囲む魔術師達の輪の中に入り、ルインは台座に寝そべって、ガーランドルフ封印の儀式が行われる。魔術師達が呪文を唱えると、封印の石板がボウっと青白い光に覆われる。ルインの本来持つ、エンド・オブ・ザ・ワールドの力の輝きだ。それは一筋の光となって台座に寝そべるルインの身体へと入ってくる。同時に、石板から叫び声のようなものが聞こえる。きっとガーランドルフが、己の力を渡すまいと気張っているのだろうが、その甲斐なく力の全てがガーランドルフの意識もろともルインの身体へと流れ込む。

 

「…はい、終了です」

 

魔術師達の呪文を唱える声が終わり、メイセイがルインに近づく。台座の上で目を閉じていたルインは目を覚ます。

 

「…もう終わりなのか? 意外と呆気ないものだな」

 

ルインが視線を隣の石板へと向ける。確かに、そこには先ほどまで描かれていた魔物の姿はなかった。

 

「ええ、しかし力は確かに女神様の元に戻りました」

 

試しにルインが拳を握り、少し力んでみる。すると、身体からボウっと青白い光が漏れだす。エンド・オブ・ザ・ワールドの力だ。これでルインは、本来の破滅の女神としての力を取り戻したというわけだ。

ルインのその様子を見て、周囲の魔術師達が少し身構える。おそらく、力が戻ったルインがここを脱出しようと考えているのかもしれない。

 

「力を戻してくれたことには感謝する。さぁ、今度は私を封印する番だ」

 

「その力を用いてこの場から脱出しないのですか?」

 

「私は天界の女神だ。女神は天界の法に従い、罪を償うよ。それに、そなたが前ではなにをしても無駄のような気がしてな」

 

「フッ…では、封印の儀を始めましょう」

 

それからルインは何も喋らずに、周囲の魔術師やメイセイが呪文を唱えるなか、静かにその身を封印に委ねていた。やがてルインの姿が段々と薄れていき、やがて台座の上から完全に姿を消した。それと同時に、白紙だったカードに青い縁柄と絵柄が浮かび上がった。その絵は…間違いなく、俺が持つ『破滅の女神ルイン』のカードだった。

 

………

……

 

気がつくと、俺たちはいつもの部屋に戻ってきていた。時計を見ると、さっきルインを訪ねた時間からほとんど進んではいなかった。ルインの記憶を見ている最中、何時間、いや何日も経ったような感覚だったのに…不思議なものだ。

 

「これが…私が封印されるまでの過程だ」

 

「…」

 

言葉が出なかった。

俺が思っていた以上に…ルインは過去に辛い体験をしていた。異種族間で芽生えた愛情、想っていた相手の裏切り、実の弟の暴走、そして…最後はその咎めを全て自分の身に受け、永遠に奪われてしまった自由…どれもこれもルイン自身は何も悪くないはずなのに…なんでルインが全部背負いこまなくちゃいけないんだ…!

 

「…っ!」

 

また怒りが込みあがる…だがそれと同時に、己の無力さもこみ上げてきた。ルインは、おそらく俺なんかよりもずっとはるか高みにいるべき人物のはずだ。それが、ただの人間である俺に下僕として仕えている…そう、俺たちは相棒だ。パートナーだ。けど…俺はルインが受けた苦しみの一欠片すら、俺には背負えることができない…それが無念で無念で…!

 

「…! ルイン…?」

 

ルインが、固く握りしめる俺の手を優しく握ってきた。

 

「今の私には、主の考えていることがよくわかる」

 

「俺のこと…?」

 

「大方、私の痛みを自分も共有できたら…と思っているのだろう?」

 

どうやら、俺の思っていることはこの女神には全てお見通しだったようだ。

 

「ありがとう、私の受けた痛みを少しでも和らげようとしてくれているのだな…」

 

「俺は…俺はお前があんなに苦しんでいるとは知らなかった…なのに、今までのほほんとお前と一緒に暮らしていた…それが許せないんだ…!」

 

自然と涙が溢れてきた。

あの時と同じだ…学校でデミスと対決した時、己の無力さを思い知ったあの時と…。今も俺は、己の無力さが嘆かわしい…!

 

「大丈夫だ」

 

しかし、そんな俺を…ルインは優しく抱擁してくれた。

 

「私ならもう大丈夫、もう昔の話だ。涙も枯れ果てて、痛みも忘れたよ」

 

「でも…!」

 

「もしそれでも、主が真に私のことを想ってくれるというのなら、私はこれからも貴方のそばに居る」

 

「えっ…?」

 

「それで私たち二人で痛みも、悲しみも、全てを背負っていこう。主の痛みは私に、私の痛みは…」

 

「…俺が背負う」

 

ルインが言おうとしていたセリフの続きを、俺が呟いた。

俺は自然とルインの手を取り、彼女の前で言った。

 

「俺とお前、これからは二人で同じ痛みを共有していこう。それできっと、俺たちは本当の意味でのパートナーになれる気がするんだ」

 

「本当の…意味で…?」

 

ルインがなぜかその部分だけを疑問に思っている顔で繰り返したので俺も不思議に思った。一瞬考えた後、その意味を理解した。

 

「あっ…! い、いや本当の意味でって別にそういう意味で言ったわけじゃなくて! その…!」

 

「…ふふっ」

 

慌てた俺の表情が面白かったのか、ルインが笑みを零した。

 

「あぁわかっているよ、主の言いたいことは。ちょっと意地悪してみたくなっただけさ」

 

「こ、こんなときにからかうなよ…」

 

こちとらは結構本気でいい事言ったつもりだったので、それだけになんか自分が残念な感じになってしまった。

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ。私も主とそうしたいと思っていたから…遊煌」

 

「な、なんだ?」

 

突然ルインが俺のことを名前で呼んだので、俺は少し戸惑う。

 

「もう一度、真の意味で貴方に仕えるために…これからもよろしく頼む」

 

と、ルインは俺の前で膝を折り、傅いた。

きっとこれが、今まで以上に俺と共に居たいというルインの覚悟の表現なのだろう。

 

「…顔をあげてくれ」

 

だけど俺は、そんなことをする必要はないと考えていた。なぜなら、俺たちは…。

 

「ルイン、お前は俺を主と呼び慕うが、俺はお前のことを下僕だと思ったことは一度もない。それは、お前を本当の意味で“家族”だと思ってるからだ」

 

「主…!」

 

「ルインだけじゃない。そのドアの外で聞いてるウェムコもキリアもフレイヤも、みんな俺にとって大切な家族だ」

 

と、俺はわざとらしくちょっと声をあげ、視線をドアの方に向ける。

すると、ギクリとしたのだろうか僅かに空いているドアの隙間から物音が聞こえ、ウェムコ、キリア、フレイヤの3人が顔を出した。

 

「お、お気づきになられていたのですね…」

 

「気配がしたからな。…っていうか、みんな泣いてるのか?」

 

3人の顔をよく見ると、3人とも目に涙を浮かべていた。こいつらのことだ、俺がルインの記憶の中を見ている間に自分たちもその記憶の中に割り込む術かなにかで見てたんだろう。

 

「わ、私は乗り気ではなかったのですがフレイヤが無理やり…あぁっ、また思い出して…グスッ」

 

「ルインさんに…ルインさんにあんな悲しい過去があったなんて…」

 

「お姉さま…やっぱりこの出来事はいつ見てもお姉さまが可哀想で可哀想で…」

 

「皆、私のことを想ってくれてるのだな…ありがとう」

 

泣きじゃくる3人をルインは優しく諭した。

 

「わかったろルイン、俺だけじゃない。ここにいるみんながお前のことを大切に想ってるんだ。だからお前も今までどおりでいい。ずっと俺たちのそばにいてくれ」

 

「うむ…わかった」

 

そういうとルインの目にも僅かに涙が浮かんでいたが、それをこらえて笑顔を俺たちの方に向けてこう言った。

 

「これからもよろしく頼む、みんな」

 

俺はルインの過去を知った。しかし、だからといってルインに対して特別な感情を抱くことはなかった。

ただ今まで通り、いやそれ以上に共にいる時間を大切にしよう…そう決意を新たにした。




過去編なのであまり長くしたくないなと思っていたのですが、思っていたよりも長くなってしまったので前編後編と分ける形となりました。
今回は自分なりにガーランドルフとルインの関係について書いてみました。
次回からは新展開!…の予定。
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