ホロホロしちゃっていいじゃない!   作:てんりょう

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※注意※

本話には重度の独自解釈、独自設定が含まれます。

「イメージが違う」「おかしい」等々感じられる方はブラウザバックをお薦めします。


第8話「ミオとバースデイ・イヴ アンド ディシジョン」

「……ん?」

 

今日の講義も終わり、一服してから帰ろうとカフェテリアへ移動していると、よく見る人物を少し離れたところのベンチに見つけた。

 

白と黒のパーカー姿のミオさんだ。割とよくフブキさんと一緒にいるのを見るから、一人だけとは珍しい。

 

いつもならピンっと立ってる耳や楽しげに揺れている尻尾は力なく垂れ、スマホの画面を寂しげに見つめてため息を付いている。

 

予定変更。そのまま自販機でコーヒーと紅茶の缶を購入して彼女の元へと向かう。

 

「紅茶とコーヒー、どっちが良い?」

 

「あ……トウマ君。えっと、じゃあ紅茶で」

 

彼女に紅茶を渡すとそのまま隣に座る。プシュッとプルタブを開け、コーヒーを一口含んだ。

 

隣でもプシュッとプルタブの開く音がしたので視線をそちらへ向けると、両手で缶を持ってこくこくと飲んでいる。

 

「で、どうしたの? ため息なんかついちゃって」

 

「え、そんなことないよ?」

 

「いやいや、そんな風に耳垂れてるのに何言ってるの」

 

「え?!」

 

咄嗟に両手を頭にやって耳を抑えるミオさん。その仕草に思わずかわいいと思いながら、頷くことで答える。

 

「~~!?」

 

恥ずかしかったのか頬が急に朱に染まった。何か言おうとして、言葉にならずに口がパクパクしている。

 

「で、何かあったの? まあ、話したくないなら無理には聞かないけど……」

 

「あ、いや、そんな大したことじゃなくて。最近フブキたちと時間が合わないなって」

 

「そう、だっけ?講義の時もよく一緒にいるよね?」

 

「確かに講義のときはいつも通りなんだけどね……」

 

ミオさんはそういうとスマホの画面をこちらに見せてきた。

 

そこには普通のチャット画面。ミオさんがフブキさんに対して遊びに行こうと書いている。

 

それに対してのフブキさんの返答は可愛らしく両手を合わせて謝っているスタンプと、今日も用事があるので無理という言葉。

 

「まあ、ウチもバイトしてるから色々用事があるのもわかるけど、先週からずっとこんな感じでさ」

 

……ああ、今の情報で大体わかった。確かにフブキさんたちは今が一番忙しいかもしれない。

 

だけど……

 

「特にフブキとは昔からいつも一緒にいたから、ちょっとね」

 

寂しそうに笑うミオさんを放ってはおけない。フブキさんたちが忙しい理由を知ってはいるが、それとこれとは話は別だ。

 

「こんな感じでフブキたちとh「ミオさん!」な、何、トウマ君?」

 

「今日この後何か予定はある?」

 

「え? えっと、特にはない、けど」

 

明日のためにも、彼女には笑っていてほしい。きっとそれがみんなのためになるはずだから。

 

「ちょっとこれから付き合ってくれないか?」

 

「はい?」

 

キョトンとしたミオさんの表情がみられたことは役得だったと思うこととしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、ミオさんの承諾を無事得てから僕は一旦自室へと戻った。歩いて5分もしない距離だ。走ればすぐ着く。

 

移動しながらスマホで一部手配を並行して行っておく。

 

直ぐに余計な荷物を置くと、ヘルメットを2つ手に持って駐輪場へと向かい、すぐさまバイクを始動させる。

 

直ぐにAcademy正門前で待っているミオさんのもとへと到着した。

 

「はい、ミオさんこれを被って後ろに乗って」

 

「うん……ってこれ、獣人用のヘルメットじゃない。なんで持ってるの?」

 

「ああ、たまにフブキさんとかぼたんさん、尾丸さんが乗せてほしいっていうんだけど、今まではニンゲン用のしか持ってなかったから辛そうにしてたのが気になって」

 

割と良いお値段だったのは痛かったが、こういうことがあることを思えば買っておいてよかったと思える。

 

「……フーン。そんなに女の子を後ろに乗せる機会があったんだー」

 

何故だろう、ミオさんの視線が痛い。

 

「いや、その、いろいろ買い物に行きたいとかって、言われまして……」

 

「……ま、良いけどね。……ねえ」

 

ミオさんがヘルメットをくるくる回しながら問いかけてきた。どことなくその口調が固い気がする。

 

「ウチがさ、どこか連れてってお願いしたら……今日みたいに乗せていってくれる?」

 

……何をいまさら。

 

「当たり前だよ。むしろそんなことで遠慮されちゃうと悲しいな」

 

「ほ、本当?」

 

「ホントホント。なんならこんなことじゃなくてもやってほしいことがあったら何でも言ってくれていいよ。もちろん、僕ができる範囲に限るけど」

 

普段皆に頼られることの多いミオさんだ。こんなこと程度で良いなら幾らでも、だ。

 

「なら、そのときにはお願いするね」

 

ぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべるミオさん。それに思わずほっこりする。

 

「さ、それ被って後ろに乗って。乗ったら僕にしっかりつかまってね」

 

「うん!」

 

ミオさんがヘルメットをかぶって後ろに乗る。そして、そのままこちらのお腹の方まで腕を回してしっかりと抱きついてきた。

 

「……!?!?」

 

しまった。

 

確かにしっかり掴まってといったのは僕だが、ここまでは想定していなかった。

 

彼女の柔らかい感触が背中にしっかりと感じられる。

 

「トウマ君、どうかした?」

 

「…っごめんごめん。じゃあ、出発するからしっかり掴まってて」

 

彼女の言葉に余計な思考を振り払うと、ハンドルをしっかり握りしめて発進した。勿論いつにもましての安全運転で走行する。

 

走行開始から20分程経っただろうか。

 

目的地であるショッピングモールへ到着、その駐輪場に駐車する。

 

エンジンを切ると先にミオさんに降りてもらい、それから自分もバイクから降りる。

 

ヘルメットを脱ぎ、とりあえずハンドルの上に置くとちょうど彼女も慣れない手つきながらヘルメットを脱いだところだった。

 

「ふぅ」

 

脱いだ拍子に彼女の長く艶やかな黒髪がふわりと広がる。それに陽光が差し込み、きらきらと輝いて見えた。

 

「やっぱりヘルメットを着けるのは慣れないね。耳が覆われるからかな」

 

「あ、うん、そうだね。ヘルメットをかぶった後はみんなそういうね」

 

その光景に見惚れたことを悟られぬよう努めながらヘルメットを受け取り、シートの中に収納する。

 

「それで、ここで何をするの?」

 

「ちょっと買いたいものあるんだけど、ミオさんにアドバイスほしくてさ」

 

「ウチに? できるかなぁ」

 

そんなことを話しながらモール内の目的の場所へと向かう。他愛のない会話をしながら彼女の様子を伺う。

 

会った時と違い耳は立ってるし、尻尾も機嫌よく振られている。少しは気晴らしになっているようだ。

 

そうこうしている間に、目的地へと到着した。

 

「ついた。ここに用があったんだ」

 

「ここって、眼鏡屋?」

 

棚いっぱいに飾ってある眼鏡。ここには全国有数の眼鏡屋が出店してた。

 

「トウマ君、視力そんなに悪かったっけ?でも眼鏡かけてるところ見たことないけど」

 

そう。彼女のいう通り、僕は視力に問題はない。コンタクトを付けているわけでもない。

 

ではなぜ来たかというと、

 

「実は今度研究室の課題でARグラスを作ることになってさ。そのための眼鏡フレームを探しに来たんだ」

 

「課題って、そのためだけに買いに来たの? さすがにもったいなくない?」

 

「それに関しては教授が費用負担してくれるってことだから心配いらないよ」

 

「それなら良いんだけど……ウチを連れてきた理由は?」

 

その理由は一つ。

 

「ミオさんにフレーム選びを手伝ってほしくてさ。僕そのあたりのセンスないから。お願いできないかな?」

 

「うーん、自信ないけどウチのセンスでいいなら」

 

「よろしくお願いします」

 

ミオさんに頭を下げて改めてお願いすると、そのまま店内に入る。

 

……実はこの理由は半分だけしか本当のことを話していない。

 

ARゴーグル用の眼鏡フレームを探しに来たのもセンスに自信が無いのも本当だが、目的の半分でしかない。

 

まあ、今は関係ないことなので頭の片隅に追いやり、自分もフレームの物色を始める。

 

(とはいってもなぁ……)

 

様々な形、色のフレーム群を前にするとどれがいいのかさっぱりわからない。

 

そもそも眼鏡をかけないからどれがいいのか皆目見当もつかなかった。自分がかけたときの姿なんて想像したこともない。

 

(やれやれ、これは本当にミオさん頼りに……ん?)

 

ミオさんはどんな状態か、それを見ようと視線をむける途中、気になるフレームが2つ、目に止まった。

 

1つは銀のフレームのアンダーリム。ワンポイントとしてクリアブルーの七宝が入っている。先端に白い動物の尻尾のような意匠が施されたもの。

 

もう1つは黒のフレームのアンダーリム。左にワンポイントとして金の半月があしらわれている。これまた先端には動物の尻尾のような意匠が施されていた。

 

何故かこの2つに目を惹かれた。

 

理由はよく分からない。引き寄せられるようにそれらに手を伸ばした。

 

ちょうど同じタイミングで横から手が伸びてきた。

 

「あ、ごめんなさい……ってトウマ君!」

 

「こちらこそ、ってミオさんか」

 

「トウマ君もこれ気になったんだ」

 

「そうだね。なんか目を惹かれちゃって」

 

ミオさんが銀のアンダーリムのものを手に取って、しげしげと眺めている。僕は黒のアンダーリムを手に取って何とはなしに眺める。

 

「ミオさん……」

 

「何、トウマ君?」

 

「それ、かけてみてくれない?」

 

「え?」

 

突然の僕の言葉に、戸惑いながらも僕と手に持つ眼鏡に交互に視線を行き来させるミオさん。

 

頷いてそれに答える。

 

「まあ、良いけど……」

 

ミオさんがどことなく困ったように眼鏡をかけた。

 

思った通り銀色のフレームは彼女の黒髪に映えて、よりミオさんの理知的な感じを強めていた。

 

「どう? 似合う?」

 

「うん、ばっちり!」

 

「えへへ、なんか恥ずかしいな」

 

照れながらもまんざらでもなさそうなミオさん。

 

「トウマ君もそれ掛けてくれない?」

 

「これ?良いよ」

 

言われるがまま、眼鏡をかけてみる。流石に普段掛け慣れてないせいか違和感がすごい。

 

ただ度が入っていないためか、視界がぼやけるということはなかった。

 

「どうかな?」

 

レンズ越しに誰かを見るということに新鮮さを覚えつつミオさんを見ると、何故か目を見開いて頬を赤らめていた。

 

笑いを堪えている、という風ではないが何かあったのだろうか?

 

「ミオさん? どうかした?」

 

「あっ、ううん?何でもないよ。大丈夫、よく似合ってるよ!」

 

若干釈然とはしないが、とりあえず変な感じではなさそうだ。

 

「じゃあ、これにしようかな」

 

「えっ?!」

 

その反応ははどういうことだろうか?

 

「あ、ごめん、似合ってるんだよ?でも、えっと…」

 

ミオさんはどこか恥ずかしそうにしながらも、しかし肝心の理由を口にすることはない。

 

大事なことははっきり口にする彼女にしては珍しい。

 

「なんか引っかかることがあるみたいだけど、そんなに重大な買い物じゃないから気にしなくても良いよ?」

 

「あ、うん」

 

ちょっと引っかかるけど、とりあえず会計を済ませるとしよう。

 

 

 

 

 

side:Mio Ookami

 

 

 

 

(うう、恥ずかしい……)

 

トウマ君が会計に行ったのを見送りながら、ウチは一人で悶えていた。

 

あの感じだときっとトウマ君は気づいてなさそうだけど……

 

(あの眼鏡フレーム見るとうちをイメージしちゃう)

 

あの先セルの形とか、ウチの尻尾の形にそっくりだった。

 

それを言えば、ウチが持ってた銀のフレームはフブキのイメージに近いだろうか。

 

尻尾形状の先セルもそうだが、色合いのバランスがフブキに近い気がする。

 

(そう考えると、フブキに近いのじゃなくてウチに似てるの買ってくれたんだ……)

 

思わず頬が緩むのを感じて、慌てて両手で抑える。

 

別に告白されたわけでもないのに、嬉しいと感じてしまうのはなんでだろうか。

 

でも、ウチのイメージに近いARグラスが彼の頭にかかるわけで……

 

(って違う違う、ウチは何を考えてるの?!)

 

思わず頭を振って浮かんだ想像を振り払う。

 

「ミオさん、どうしたの?」

 

「っ?! え、あ、トウマ君!? だ、大丈夫、何でもないよ!」

 

「なら良いけど」

 

いつの間にか近くに来ていたトウマ君にまったく気づかなかった。

 

「さて、用事も済んだんだけど……ミオさん、まだ大丈夫?」

 

「え? うん、大丈夫だけど」

 

ちらりと腕時計を見るといつの間にか17時を回っていた。

 

珍しい。

 

トウマ君はあまり遅い時間、それこそ夕飯時まで自分の用事で誰かを拘束することはほぼない。彼が誰かの用事に付き合うことはよくあるが。

 

「なら、もう少し僕に付き合ってくれないかな」

 

「良いけど、何するの?」

 

「最近、良いお肉とお酒が入ったからウチで食事にしない? ローストビーフ仕込んでるんだ」

 

「え、うん、良いよ」

 

今日何かあったっけ?

 

そんなことを考えながらも彼の提案を承諾するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

side out ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的のものを購入したので、再びミオさんを乗せて部屋へと戻る。

 

時計を見ると概ね想定通りの時間となっていた。

 

とりあえず、彼女からヘルメットを受け取ってそのまま部屋へと向かう。

 

普段からいつ誰が来るかもわからないので部屋は綺麗にしてあるので問題はない。

 

「とりあえず、先にリビング行っててもらっていいかな。すぐ準備済ませるから」

 

部屋についたと同時にスマホが振動したことで目的のものが届いたのも確認できたので、先にミオさんに上がってもらっておく。

 

ミオさんも不思議そうにしながらも特に問題なくリビングへと向かってくれた。

 

それを確認してから一旦部屋を出てアパートの1階に向かう。

 

そこに来ていたのは〇verEATS、所謂宅配サービスだ。ただし、ここのは外界とは違い、ドローンで配達してくれる。

 

そして注文したのはマカロニサラダとサーモンのカルパッチョだ。SNSでも話題となっている店のやつで、注文できたのは僥倖だった。

 

ドローンにスマホをかざして入金を済ませると、料理の入ったケースを持って再び部屋へと戻る。

 

そして、鍵は開けたままサラダとサーモンのカルパッチョをリビングへと持っていく。

 

「あ、トウマ君。それ、SNSで取り上げられてた店のやつじゃない?」

 

「そう。最初に部屋に戻ったときにチェックしたら注文間に合ったんだよね。すぐローストビーフとお酒も持ってくるから待ってて」

 

そういって、すぐにキッチンへと戻ると冷蔵庫から今朝作ったローストビーフを取り出す。

 

合わせてスライス用の包丁と取り皿を持っていく。

 

「わあ! それトウマ君が作ったの!?」

 

「うん、本当は明日用だったんだけど」

 

「明日?」

 

「ああ、明日食べようかなって」

 

「いいの? そんなの出してもらって」

 

「うん」

 

ある意味目的は達成したしね、と内心つぶやく。

 

ローストビーフを机に置くと、再度キッチンへと戻り、冷蔵庫からワインを一本とワイングラスを2つ用意してリビングへと戻った。

 

「はい、これミオさんの分」

 

「あ、ありがとう」

 

ミオさんにグラスを渡すと、ワインオープナーを取り出してコルクを開ける。ふわっと甘い香りが抜いたコルクから香っていた。

 

「……ねぇ、トウマ君」

 

「うん? どうかした?」

 

「今日は何かあったっけ? なんというか準備が良いというか、妙に饗されてるというか」

 

ワインを彼女のグラスに注いでいるときに掛けられる問いかけ。

 

さて、どう答えたものか。この感じだと彼女は明日のことを覚えてなさそうだ。

 

いや、単に自覚してないだけなのかもしれない。

 

だけど、他の皆のこともあるから正直に答えるわけにもいかない。

 

「うーん。特別な日と言えば特別な日だけど、今日誘った理由は別かな」

 

「別?」

 

「いつもミオさんはどこか冷静に、というか皆を見守る立ち位置というかお世話する立ち位置にいることが多いよね。……うん、改めて考えると申し訳なくなるな、これ」

 

「あ、あはははは……ノーコメントで」

 

何かで火がつくと暴走しやすい面々が頭に浮かぶ。ミオさんも同様か苦笑いを浮かべていた。

 

「それで、中々労ってあげられる機会も無いし、折角だから色々他の人に話せない気苦労とかを発散してもらおうかなって」

 

「え……」

 

予想外のことにぽかんとしているミオさん。

 

「まあ、フブキさんとかには吐き出してるかもだけど、受け皿になれる人は多いほうが良いかなと思って。あ、僕についての愚痴なら逆に言い難いか」

 

「え、いや、トウマ君にはいつも助けてもらってるから特にこれと言ってはないんだけど……いいのかな」

 

「いいのかなって、何が?」

 

「いつも迷惑かけてるんだけど、愚痴とか、もっといえば、甘えちゃってもいいのかな」

 

手に持つワイングラスをくるくる回しながら、どこか心配そうな表情を浮かべるミオさん。

 

察するにあまり他人に自分の弱みを見せたことが少ないのだろう。どうにも不安げだ。

 

ここは安心させてあげるしかあるまい。というか僕に気を遣われても困るし。

 

「もちろん、というか僕に気を遣われる方が困るよ」

 

「そっか、そうなんだ……」

 

「さ、乾杯しよっか」

 

「うん!」

 

『乾杯!!』

 

2人のグラスが軽く当たり、チンッっと涼やかな音が鳴った。

 

そのまま口に含むと、甘い蜂蜜のような風味が広がっていく。ほんのりと甘い後味がすっと消えていった。

 

「わぁ、おいしい! まるで蜂蜜みたいなんだけどすっきり飲めるね!」

 

「そうでしょう? 手頃な値段でこの味だから結構好きなんだよね」

 

すぅっと空になった彼女のグラスに再びワインを注ぐ。

 

「さあ、ローストビーフも食べてみてよ。結構自信作なんだよね」

 

「うん! あ、おいしい! トウマ君、本当に料理上手いね!」

 

「お褒めにあずかり恐縮です」

 

「あはは! 何それ!」

 

ミオさんの笑顔を見ながらとりあえずリラックスしてくれていると感じ、一先ず安心した。

 

一先ずこちらも食事とお酒を楽しみつつ、彼女を饗応するとしよう。

 

そう思ったのが数十分前……。

 

「えへへへへへ〜トウマく〜ん」

 

ミオさんが右腕に抱きついてきて、肩口に頬ずりしてきていた。

 

正直反省している。まさかミオさんが酔うとこんな感じになるとは……。

 

最初の方は特に問題なかった。ここ何日間の出来事から始まり、最近のテレビの話など色々と話が切り替わる。

 

しかし、ミオさんのお酒が進んで行くに連れて彼女の目元がとろけ始めた。

 

最初は気付かなかったが、次第に距離を詰められて。

 

そして、ごらんの有様だよ。

 

「まさか、酔うと甘え上戸になるとは……」

 

「ん〜〜?どうかしたの〜〜?」

 

「なんでもないよ。でもミオさんはこんなに僕にくっついて暑くない?」

 

正直嬉しいんだけど、嬉しいんだけど辛いです。

 

彼女の香りとか柔らかい感触とか、彼女の指先が腕を擽るむず痒さとか!

 

こっそり左手でスマホを操作して応援を要請はしたが、いつ来るかわからない。

 

それほど自分の理性を信頼していない。どこまで耐えられるか不安しかない。

 

彼女がふと首元に顔を埋めたかと思うと匂いを嗅ぎ始めた。彼女の吐息がくすぐったい。

 

「ウチは平気〜。……トウマ君、いい匂いするね、何か安心する」

 

「そう? 臭くない?」

 

「全然〜、それよりトウマ君……ん」

 

彼女はおもむろにこちらに顔を向けて口を開いた。まるでそれは雛鳥が親鳥に食事を求めるような仕草で。

 

「え」

 

「ん」

 

「いや、ミオさんじぶ「ん!!」はい、わかりました」

 

強くなる語気と涙目に負けた。いや、これはこれで役得だが。

 

促されるままローストビーフを取ると、そのまま口へ運ぶ。

 

「あ〜むっ! う〜ん、おいし〜い!」

 

「ははは……喜んで貰えて何よりだよ」

 

やばい。普段のミオさんの数倍蕩けている笑顔が可愛らしくてしょうがない。

 

こんな表情を向けてもらえるなんて、思わず勘違いしそうになるくらいだ。

 

「ねぇ、トウマ君……」

 

「なに、ミオさ、ん?!」

 

ローストビーフを飲み込んだミオさんに名前をよばれたと思った瞬間、体を支えていた腕を払われた。

 

そのままクッションの上に頭が落ちる。

 

それと同時に下腹部に重みと視界に影がさした。

 

それを持ってミオさんに上に乗られたことを察する。

 

「あの、ミオ、さん?」

 

「トウマ君……」

 

そのまま両肩を抑えられ、徐々に彼女がこちらへと体を近づけてくる。

 

「ウチ、ウチね……」

 

「ちょ、え、まっ?!」

 

彼女の酔って赤くなり、蕩けた瞳が次第に近づいてきて……

 

ぽふんと音を立てて、耳元にそのまま突っ伏した。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……はぁ」

 

まるで漫画のようなオチだけど、一先ず窮地は脱したようだ。ちょっと、いや大分残念な気もするが酔っ払った状態でそんなことになろうものなら合わせる顔がない。

 

さて、あとは助っ人が来るまでにミオさんを上からどか……

 

「こんばんき〜つね、白上だ……よ?」

 

「あ」

 

助っ人要請をしていたフブキさんが到着した。してしまった。

 

時が止まる。

 

フブキさんはおもむろに自身のスマホを取り出す。

 

「えっと、1、1、……」

 

「待ったー!!誤解!誤解だから!!」

 

まずは彼女の誤解を解かないといけないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side:Mio Ookami

 

私達獣人には聴覚に優れた者が多い。

 

私もその例に漏れず、例え少し酔っていたとしても聴覚に自信はあった。

 

それが、部屋のドアが開いた音をはっきりとキャッチする。

 

そして、今の自分の状況を鑑みて顔が火照るのと血の気が引くのを同時に感じるという稀有な経験をすることとなった。

 

(どうしようどうしよう!?!?)

 

酔で多少鈍った頭をフル回転させる。こんな状況を見られるのはまずい、けど回避できない。

 

なら、できることは一つ。

 

寝たフリをすることだけだった。酔ってて覚えてません。これで押し通すしかない。

 

トウマ君に寄せかけていた頭をそのまま彼の横のクッションへと落下させる。

 

後は目を瞑ってネタフリすれば大抵の人は誤魔化しが聞くはず!

 

「こんばんき〜つね、白上だ……よ?」

 

(フブキ〜?!?!)

 

これはマズイ。非常にマズイ。

 

フブキは私のお酒の強さをよく知っている。

 

机の上にあるワインの瓶も2本だから、酔ってはいても酔い潰れることはないのもわかるはず。

 

「えっと、1、1、……」

 

「待ったー!!誤解!誤解だから!!」

 

フブキの動きにウチの下でトウマ君が慌てている。

 

そういえば、ウチ今彼の上に抱きつくようになってるんだっけ。

 

それにこのクッションも彼がよく使っているもので。

 

(あ、これは失敗したかも)

 

少し冷静になると彼の匂いと体温がはっきりと感じ取れた。

 

心臓が壊れるんじゃないかと思うほどに高鳴り始める。

 

「いや、これはミオさんが酔っ払ってバランス崩したのを受け止めただけだから! 疚しいことは何もないから!」

 

トウマ君がちょっと事実をぼかしてくれてる。

 

申し訳ないと思うと共に何か嬉しい。

 

「へ〜ミオが酔っ払って。ふ〜ん……」

 

あ、フブキは疑ってる。これはトウマ君の言葉じゃなくてウチが起きてるのバレてる?

 

「いやいや、フブキさん、信じてよ!? 僕は何もしてないって」

 

「でも、ミオと一緒にお酒飲んでたんでしょ?しかもふたりきりで」

 

「う」

 

「普通、ふたりきりでお酒飲み始めたら、何もなかったっていうのは無理だよねぇ」

 

「うぅ」

 

トウマ君の困ったような声。

 

なんか今日のフブキ、ちょっと意地悪かも。

 

でも、もしウチが同じ立場なら……どうするかな。

 

「なんてね」

 

「へ?」

 

「あ、びっくりしました?ちょっとからかっただけですよ」

 

フブキのコロコロとおかしそうに笑う声。うう、原因がウチなだけにトウマ君への申し訳なさが。

 

「そもそも、トウマ君がそんなことできる度胸があるならとっくに私たちの誰かとどうにかなってますしね」

 

「うう、ヘタレと言われてるようで男としては反論したいけど、できないこのもどかしさが……」

 

ごめん、トウマ君。ウチもそれについてはフブキと同意見です。

 

「さて、どうします?ミオを起こします?」

 

「いや、しょうがないからとりあえず僕のベッドに寝かせるよ」

 

へあ?!

 

そうトウマ君がいったかと思うと、急に体が持ち上がった。

 

(あ、トウマ君、思ったより力あるんだ)

 

そのままちょうど抱っこされるような格好で抱えられると、柔らかい何かの上に横にされる。

 

「じゃあ、僕はちょっと外出てくるよ」

 

「あれ? 一緒にいればいいじゃないですか」

 

「起きたとき用の水とかあった方がいいでしょ? 少し離れてるけどコンビニまで行ってくるだけだから直ぐに戻ってくるよ」

 

「は〜い、いってらっしゃ~い」

 

トウマ君が立ち上がり、外へと出ていく。

 

さて、どうしようかな……

 

「……ミオ、起きてるんでしょ? もうトウマ君行ったから起きても平気だよ?」

 

うぇ?!やっぱりバレてる?

 

「起きないなら、実は起きてたってトウマ君にバラしちゃおっかなー」

 

「起きる!起きるからそれは止めて!」

 

フブキの脅しにガバっと起き上がる。目の前にはニヨニヨとした笑みを浮かべる彼女の姿。

 

「はい、よくできました」

 

「くぅぅ」

 

さっきまでとは違う恥ずかしさで顔が熱くなる。完全にフブキに手玉に取られてる感じがしてる。

 

「で、今日は何があったの?」

 

「何がって……」

 

「あんな風にミオがトウマ君を押し倒すなんて思ってもなかったし」

 

「う、うう……」

 

あきらめて今日あったことをフブキに語ることとなった。しかし改めて自分の行動、特に飲み始めてからのをことを語るととても恥ずかしい。

 

幾ら酔ってるとはいえ、トウマ君の匂いを嗅いだり押し倒したりするとは自分でもびっくりだよ。

 

聞いているフブキも最初はワクワクしながら聞いていたのに、次第に真顔になっていくのが怖かった。

 

「ミオ……」

 

「いわないで……」

 

ウチも恥ずかしいんです。本当に火が出るほど恥ずかしいんです。

 

思わず顔を隠してしまう。

 

「ま、そんなこともあるよね。それにしてはと思うけど」

 

「もういじめないでよ~」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

ふと、フブキが壁にかかってる時計を見上げた。

 

「あ……本当は明日いうつもりだったんだけど」

 

「?」

 

「ミオ、お誕生日おめでとう!」

 

「え? あ!!」

 

フブキに言われてカレンダーを見ると、日付が20日に変わっていた。

 

そっか、いつの間にか私の誕生日になってたんだ。

 

「今日、夜に私の部屋で誕生日パーティーするからね! ちゃんと予定空けててよ?」

 

「うん!」

 

そこまで答えて、ふと疑問に思った。

 

「ねえ、フブキ。トウマ君も来てくれるのかな?」

 

「え、トウマ君? えっと……」

 

何故かフブキが言葉を濁した。

 

あれ?

 

「えっとね、トウマ君もパーティーに誘ったんだけど『せっかくの誕生日だから男の僕は参加は遠慮しておくよ。料理とプレゼント持って挨拶だけしに行くね』だって」

 

「……え?」

 

彼は何を言っているのか。いまさらそんなことを言うなんて。

 

思わず眉間にしわが寄ってしまった。

 

それと同時に、気づいた。

 

「あ。トウマ君が今日出してくれたローストビーフってもしかして……」

 

「たぶん、今日持ってくる予定のやつだと思うよ?」

 

そっか。だからあの時あっさりうんっていったのか。

 

「でさ、ミオ。そんな自分を軽視するトウマ君には一回自分の状況を理解させるべきだと思うんですよ」

 

「そうだねフブキ。あの勘違い君には一度わからせないとね」

 

「「フフフ……」」

 

そういって、久しぶりに二人で笑いあう。

 

「そっか、最近時間が合わなかったのは今日のためだったんだね」

 

「そうなの。今日までごめんね?」

 

「ううん。私のために準備してくれてありがとう」

 

フブキたちとの距離が離れたわけじゃないことがわかって安心した。

 

そのとき、部屋の扉が開く音がした。

 

「あ、帰って来たね」

 

「そうだね」

 

フブキと互いの顔を見あって、ふふっと笑いあう。

 

とりあえずは、彼を今日のパーティーにどうやって引っ張り出そうか。

 

(もう遠慮しないからね、トウマ君)

 

だんだんと近づいてくる足音に、そう内心つぶやいた。

 

きっとライバルは多いけれど。

 

(狼は一度狙った相手は逃がさないんだから!)

 

 

 

 

 

 

……END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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