ホロホロしちゃっていいじゃない!   作:てんりょう

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※注意※

本話には重度の独自解釈、独自設定が含まれます。

「イメージが違う」「おかしい」等々感じられる方はブラウザバックをお薦めします。


第9話「星とプールと夕暮れと……」

「うぅ〜ん、今日もきつかったー!じゃあ、お先に」

 

「おつかれ〜!」

 

本日の講義も終わり、一頻り伸びをしてから席を立つ。今日は朝からずっと講義が入っていたので大変だった。

 

同じ講義を受けている友人たちに軽く挨拶をし、彼らの返事を聞きながら教室を後にする。

 

同じように講義が終わったり、もしくはこれから講義に向かう学友たちを躱しながら真っ直ぐ帰路へつく。

 

(しかし、一体どうしたものかな……)

 

アカデミー内の廊下を歩きながら、最近自身を取り巻く環境の変化に思いを馳せる。

 

特に変わったのはミオさんだろうか。思えば彼女の誕生日からだろう。前日のアレは彼女は泥酔してたからノーカンで。

 

今までは仲のいい友人レベルの距離感で接してきていたミオさんだが、あの日からフブキさんやころねさんのようなボディタッチが増えた。

 

いや、いきなり抱きついてくることはないが気軽に肩に触れてきたり、部屋に遊びにきたときはそれこそ寄り掛かってくるほどだ。

 

離れようとすると耳と尻尾がシュンと力なく垂れる。それを見て離れるやつがいれば体験してみろといいたい。

 

離れるのを止めると尻尾が千切れんばかりに振られるのだから。

 

正直それは役得だと思ってるし、嬉しいとも思う。ミオさんも含め交流のある彼女たちは皆美人だ。

 

何も感じないなんてあるわけがない。

 

普通の男なら確実に勘違いしてしまうだろう。

 

《⚫⚫⚫の⬛⬛は⬛⬛に▲▲▲▲▲▲▲▲▲》

 

だけど、どうしても頭にチラついてしまう。自分にそんな価値はあるのかと。

 

(いやいや、少なくとも悪意はないんだ)

 

軽く頭を振って、悪い考えを振り払う。

 

最近誰かと一緒にいることの方が多いからか、一人だと思考がマイナスに寄りがちだ。

 

そんなことを考えながら講義棟から出た。

 

途端に感じる熱気。若干ローテンションな僕とは違い、燦々と輝く太陽は未だ衰えを知らないらしい。

 

一気に吹き出してくる汗をポケットからミニタオルを取り出して拭きながら、正門へと歩いていく。

 

(偶にはアイスでも買って帰ろうかな)

 

ぼんやりと取り留めもないことを考えながら正門を通り過ぎる。

 

「お疲れ! トウマ君」

 

「っ?!」

 

突然後ろから肩を叩かれた。考え事をしていたから思わずビクッとなってしまう。

 

叩かれた方を振り向くと、そこにいたのは空色のウェーブの髪をサイドでまとめた女性、星街すいせい先輩だった。

 

多才な人で勉強やスポーツだけでなく家事、芸事など大半のことは人並み以上にこなしてしまうスーパーウーマン。

 

特に歌が上手く、常闇トワや角巻わためたちと一緒に音楽サークルに所属しており、学祭などでその歌声を披露している。

 

性格も明るく人当たりも良いため、交友関係も非常に広い。

 

と、ここまでは一般的な彼女のイメージ。

 

彼女と交流が深いと、若干攻撃的な一面があるのを垣間見ることができる。

 

特にさくらみこ先輩とのやり取りは割と僕らの中では有名である。

 

また、どうも自身の体型にコンプレックスがあるらしくそれをネタにイジられることを嫌うらしい。

 

(僕からすると星街先輩も十分女性らしいんだけど……)

 

確かに割と僕の知り合いにはびっくりするくらい、まあ、グラマラスな体型の女性が多いけれど。

 

彼女は所謂モデル体型というのだろうか、すらっとしている。

 

ただそれは痩せ細ってる訳でなく、健康的な細さというのだろうか。

 

男としては先輩は先輩で素敵なのだが、それはそれ。女性にはきっと女性なりに思うところがあるのだろう。

 

「ん〜? 何か変な事考えなかった?」

 

「いえ何も?」

 

先輩の視線が半目で見つめてきた。

 

勘も鋭い。いや、別に悪いことは考えてないのだけど。

 

「ま、良いけど。 ところで、これから暇?」

 

「あ、はい。あとは帰るだけなので」

 

「ならちょっと付き合ってよ。お茶くらいは奢るから」

 

そういうと先輩はさっと身を翻して歩き始めた。それに僕も慌てて付いていく。

 

少し歩いて路地を曲がると、ミルクディッパーと書かれた看板が置いてある喫茶店に着いた。

 

扉を開けるとカランカランと小気味よくベルが鳴る。

 

壁にたくさんの本や星座の意匠が施された店内に、先輩は慣れた感じで入っていく。

 

「いらっしゃ〜いって、すいちゃ〜ん! いつもの席、空いてるわよ」

 

「ありがとう、愛理さん。ほらトウマ君、こっちだよ」

 

そのまま彼女に促されるまま奥の席へと向かった。日当たりはいいが、外からも中からも目立ちにくい席だ。

 

「はい、トウマ君メニュー見ていいよ」

 

「ありがとうございます」

 

手渡されたメニューを開き一通り眺める。内容はケーキなどの軽食とコーヒーが中心のオーソードックスな喫茶店のメニューだ。

 

特にお腹は空いてないので、とりあえず定番の珈琲にするとしよう。

 

「僕は決めましたけど、先輩はどうします?」

 

「あ、私はいつも今日のオススメメニューだから大丈夫。愛理さーん」

 

「はーい、良ちゃん、お願いできる?」

 

「わかったよ、姉さん」

 

先輩が声をかけると、カウンターから良ちゃんと呼ばれた男性ウェイターが歩いてきた。

 

若い。年の頃は高校生くらいだろうか。とてつもないイケメンである。何故か7人くらい演じ分けられそうと思ってしまった。

 

「お待たせしました、ご注文をどうぞ」

 

「私は今日のオススメで。トウマ君は?」

 

「あ、僕はブレンドコーヒーで」

 

「かしこまりました。星街さん、いつもありがとうございます」

 

「こちらこそ、愛理さんにいつも美味しい珈琲ありがとうって言っておいて」

 

「はい。姉には伝えておきます」

 

どうやら先輩はウェイターや店主とも仲良くなるくらいここに通っているらしい。

 

ウェイターの彼もふんわりとした笑顔で返しながら、カウンターへと戻っていった。

 

「ここ、結構穴場なんだよね。そんなにアカデミーから離れてないし、珈琲も美味しいからよく来るんだ」

 

「そうなんですね、楽しみです」

 

「そうだよ、楽しみにしててね」

 

先輩はにこやかに微笑むとスマホを取り出して素早く操作し始めた。

 

なんとなく手持無沙汰となり、店内を見まわす。

 

よくよく見ると本も星関係のものがそろっており、カウンターにも望遠鏡が置いてあった。

 

「お待たせしました。ブレンドコーヒーと店長のおすすめです。それとこれは店長からのサービスです」

 

しばらくすると先ほどのウェイターが注文のコーヒーと、おまけでクッキーを持ってきた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「わあ、愛理さんのクッキー美味しいんだよね」

 

「それではごゆっくりどうぞ」

 

早速コーヒーに手を伸ばして一口含む。得も言われぬ香りが口いっぱいに広がっていく。

 

美味しい。当たり前だけど普段飲んでいる缶コーヒーとは比べ物にならない。

 

ふと先輩を見ると優雅にコーヒーを飲んでいた。この人は本当に何をやっても絵になる人だ。

 

さて、

 

「ところで先輩、僕に何か用事があったのでは?」

 

「え、あ、うん」

 

珍しい。いつもはきはきしている先輩が言いよどむなんて。

 

そう思っていると、先輩はコーヒーカップをソーサーに置いてこっちをまっすぐ向いた。

 

「トウマ君、明日って何か予定ある?」

 

「明日ですか? えっと……」

 

言われてざっと頭の中で予定を確認する。レポート等の提出締切なども含めて問題なさそうだ。

 

「空いてますよ」

 

「そうなんだ! それじゃあ……」

 

予定が空いていることを伝えるとぱぁっと星が瞬くような笑顔を浮かべる先輩。すぐさま持っていた鞄に手を入れるとチケットのようなものを取り出した。

 

「それは?」

 

「これはね、最近オープンした《オーシャンヒストリー》っていう屋内プールを売りにしたレジャー施設のチケット!……なんだけど」

 

「お姉ちゃんと一緒に行くつもりだったんだけど、用事が入っちゃって。でも私一人で行くと……ねぇ?」

 

「あー、まあ、そうですね、大変ですよね」

 

先輩は、いや先輩だけに限らず僕の知り合い達は皆そうだが、非常にモテる。ラブレターやナンパのお誘いなんてそれこそ掃いて捨てるほど受けているそうだ。

 

そんな人が一人でレジャー施設に行こうものならどうなるかは言うまでもないだろう。遊ぶどころではあるまい。

 

「そこで! 一緒に来てもらえないかな? このチケット、有効期限が明日までだから勿体なくて」

 

「はぁ、一緒に……って、僕がですか?!」

 

「そう! この通り、お願い!」

 

一瞬他の皆、それこそさくら先輩とかときの先輩とかに声をかければ……とも思ったが、何でもソツなくこなす星街先輩だ。きっと他の人に連絡が付かなかったのだろう。

 

正直役得だと、思う自分がいるのも確かだが。

 

「わかりました。僕で良ければ」

 

「本当!? ありがとう!! 場所とかは後で送るから!」

 

さっきの3割増しの笑顔を浮かべる先輩を見ると、承諾して良かったと思えた。

 

しかし、

 

(水着とかあったっけ?)

 

まずは水着を買いに行かないといけないようだ。

 

 

 

 

 

next day

 

 

 

 

 

「30分前か、ちょっと早く来すぎたかな?」

 

昨日誘われてから慌てて購入した水着の入った鞄を肩にかけながら待ち合わせ場所のオーシャンヒストリーへと向かう。

 

周囲には同じように遊ぶ目的の人たちが次々にゲートを通っていく。

 

「えっと、トライデント型オブジェクトは……って、あれ?」

 

待ち合わせ場所の目印にしていたオブジェクトを探してあたりを見回すと、それは直ぐに見つかった。

 

だがそれだけでなく、

 

「星街先輩!」

 

「あ、トウマ君。早いね、まだ30分前なのに」

 

すでにそこには星街先輩が到着していた。

 

腕時計をチラチラ見ながら、どこか所在無さげに辺りを見回している。

 

そこに小走りに駆け寄っていく。

 

「先輩こそ。……お待たせしちゃいましたか?」

 

「全然? 私も今来たばかりだから……何かこの台詞、男女が逆な気がするね」

 

「ははは、そうですね。次があれば僕が先輩を待ってられるようにします」

 

「それは楽しみだね。それじゃあ、ちょっと早いけど行こっか」

 

「はい」

 

先輩と二人並んでゲートへと向かう。

 

ゲートから中に入り、真っ直ぐ受付へと向かう。

 

ここでは受付に人は設置しておらず、IDリーダーが設置されているのみだ。

 

先輩がそこにチケットのIDをかざす。

 

『いらっしゃいませ。入場チケット2枚分確認しました』

 

ピッと電子音が鳴るとともに流暢な日本語でアナウンスが流れる。

 

『本施設内では現金及び電子機器の持ち込みは制限しております。施設内での飲食物購入に付きましてはこれから出ますIDバックルにて記録を取り、退場時に精算いただきます』

 

同時にリーダーに併設されていた取り出し口から白い無地のバックルが2つ払い出された。

 

「最後に精算するなんて珍しいですね」

 

「そうかもね。はいこれ、トウマ君の分」

 

先輩から渡されたバックルを左手首につける。

 

「じゃあ、更衣室から出て直ぐの広場で待ち合わせしようか」

 

「わかりました」

 

「じゃあ、またあとでね」

 

手を振りながら更衣室に向かう先輩を見送ってから、僕も着替えるために更衣室へ向かう。

 

中に入るとどうやらロッカーキーもバックルのバーコードが兼用しているらしい。

 

適当に手近な空きロッカーを見つけるとさっさと荷物を放り込み、ラッシュガードとサーフ型の無地の水着を着用して、更衣室からレジャースペースへと向かった。

 

「おお、これはすごい!」

 

扉を開けて眼前に広がるのは広大なプールにウォータースライダー、水上アトラクションなど多種多様な施設群。

 

かといって通路は十分な広さが確保されており、人の多さの割にそれを感じさせない。

 

(さて、先輩が出てくるまでの間に案内図でも確認しておくかな)

 

待ち合わせに指定された広場の端に設置してある案内図へと向かう。

 

スライダーだけで2種、アトラクション系で3種、通常のプールで5種、他ビーチバレーまでできる砂場まである。

 

これは色々楽しめそうだ。

 

一通り案内図を眺めて頭に凡その配置を入れると、今度こそ待ち合わせ場所へと向かう。

 

すると……

 

「ちょっと、どいてください!!」

 

先輩の怒声が聞こえてくる。

 

それを聞くや否や、その方へと向かって駆け出した。

 

少し走って見えてきたのは水着に着替えた先輩の後ろ姿と、にやにやと笑う2人の男の姿。

 

「良いじゃないかよ、お姉ちゃん。俺らと遊ぼうぜ?」

 

「そうそう、あっちにいって楽しもうや」

 

「嫌です。人を待ってるので、あっち行って下さい」

 

思ったより状況は悪そうだ。聞こえてくる声と雰囲気からそう判断すると駆ける速度を上げる。

 

「良いから」

 

いらだった男たちが先輩に手を伸ばすのが見えた。駆ける僕に驚く他の客を無視していく。

 

「こっちに……」

 

男たちの手が先輩へ伸びる。

 

それが彼女に触れる瞬間、男たちの横をすり抜けて先輩と彼らとの間へと割って入った。

 

先輩には悪いけどその勢いのまま肩を抱えて男たちとの距離をとる。

 

「すみません。この人は僕のツレなんで」

 

男たちの視線から先輩を隠すようにしながら、男たちの前に立つ。

 

前にもこんなことあったなあ、と思いながら。

 

「あぁ? なんだてめえ」

 

「……あ、おい。やめとけ!」

 

邪魔をされていらだった男が恫喝しようと声を上げた時、もう一人が何かに気づいたのかそれを押しとどめた。

 

「? どうしたよ」

 

「こいつ、この前テレビで出てたやつだ。あの二人を一方的にのしたやつ!」

 

「な、何?!」

 

なんだ、急に二人が動揺し始めた。何故人の顔を見てそんなに動揺するのか。

 

「突っかかっても良いことねえぞ?」

 

「そ、そうだな」

 

さっきまでの威勢はどこへやら、男二人はどこかへと歩いていった。

 

釈然としないが、とりあえずトラブルは去ったようだから良しとしよう。

 

「……ね、ねぇ、トウマ君」

 

「?……あ、すみません、先輩!?」

 

先輩の声にずっと肩を抱いたままだった気づき、慌てて離れた。

 

恥ずかしかったのか、それとも別の理由か、先輩は頬を真っ赤に染めてうつむいていた。

 

離れたことで彼女の水着姿が見えて、思わず息をのんだ。

 

身にまとっているのは星柄が可愛らしいフレアビキニで、彼女のすらっとしたスタイルと相まって綺麗と可愛いが完璧に共存している。

 

「……何か無いの?」

 

「え?……あ、いや、すごく似合ってます! 綺麗で可愛いです!」

 

「あ、ありがとう」

 

水着姿への素直な感想を口にすると、先輩は自分のサイドテールの毛先を触りながら更に顔をまるでリンゴのように真っ赤に染め上げた。

 

普段凛々しい先輩が頬を赤らめて恥ずかしがるという珍しい姿に、思わず可愛いと思ってしまうのはしょうがないと思う。

 

「さ、さあ、時間ももったいないし早速遊ぼうか!」

 

「そ、そうですね!」

 

若干の気恥ずかしさを含めながら、先輩と一緒にアトラクションへと向かった。

 

まずは二人乗りのスライダーに向かい、

 

「私前に乗る!」

 

「えっ……いや、良いんですけど」

 

「……トウマ君にもたれながら座るんだ、これ」

 

「(落ち着け、素数を数えろ……!)」

 

水上の障害物を乗り越えながらゴールを目指すタイプのアトラクションに参加する。

 

「よ、ほ、なかなかバランス取り辛い、ね……あ?」

 

「おっと! 先輩、大丈夫ですか?」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

その後、大きい浮き輪を借りてきて流れるプールへと向かい、

 

「これはこれでのんびりできて良いね」

 

「そうですね。流れるプールなんて久しぶりです」

 

「でも、一緒に乗らなくていいの?」

 

「……それはさすがに」

 

最後に臨時開催された男女ペアビーチバレー大会に参戦した。

 

「く、ら、えぇぇぇ!!!!」

 

「先輩、ナイススパイク!」

 

「トウマ君も、ナイスレシーブだったよ」

 

「「イエーイ!!」」

 

 

 

 

 

 

そうしてオーシャンヒストリーを目一杯楽しみ尽くした僕達は帰路についていた。

 

既に陽は落ち始め、街並みは朱色に染まり始めていた。

 

そんな中、僕は先輩と肩を並べて歩く。

 

「あー、楽しかった! また行きたいね!」

 

「そうですね、また行きたいですね!」

 

先輩はうーんと伸びをしながらも疲れなど欠片も見せないしっかりとした足取りで歩いていく。

 

そんな先輩を見ながら僕は当初から気になっていた疑問を口にした。

 

「先輩、なんで僕を誘ってくれたんですか?」

 

ずっとそれが気になっていた。先輩の交友関係からいうと無理に僕を誘う理由はないと思っていた。

 

まあ、今日みたいに変な男たちの相手は面倒だった可能性もなくはないが、仲の良いココさん等尋常でないメンバーもいることを考えると、そう重要ではないと考えている。

 

誰とも連絡がつかなかった、とも最初は考えたがよく考えればそれも不自然だ。

 

だからこそ、その理由が知りたかった。

 

「ん〜なんで、か」

 

先輩が手を後ろで組んで、数歩僕の前に出た。

 

そのままくるりと体を翻し、こちらへと向き直った。

 

その瞬間飛び込んできた光景に思わず息をのむ。

 

まだ少し水分を含みしっとりとした髪。それが先輩の動きに合わせて夕陽を浴びてキラキラと輝く。

 

「なーいしょ」

 

人差し指を唇に当てながら、どこかイタズラが成功した子供のように笑いながらウインクする先輩。

 

その得も言われぬ光景に見惚れている僕に満足したのか、クスクスと笑ったかと思うと再びくるりと振り返るとまた歩き始めた。

 

「あ、ちょっ、待ってください先輩!」

 

先輩が動き出したことではっと我に返ると慌てて追いかけた。

 

そこから妙に上機嫌な先輩と、今日のアトラクションのことや最近の出来事など他愛も無いことを話しながら先輩の住むマンションの近くへと到着する。

 

いつの間にか陽は落ちかけ、辺りは暗くなり始めていた。

 

もうすぐそこにマンションの入り口が見える場所までたどり着いたとき、先輩が急に立ち止まった。

 

僕もやや先輩を追い抜いた形で立ち止まる。

 

「今日はありがとう。付き合ってくれて」

 

「いえ、こちらこそ」

 

しかし、何か考えるようにうつむいたまま先輩はそこから進もうとしなかった。

 

何かあったのだろうか。

 

「先輩? 何かありましたか?」

 

「……」

 

不思議に思い声をかけると、先輩は顔を上げてこちらを見つめてきた。

 

街灯に照らされているせいだろうか。

 

一瞬だけ、ドキっとするほど真剣な表情が浮かんでいるように見えた。

 

「ううん、なんでもないよ?」

 

かと思えばいつものようににこやかな笑みを浮かべる彼女に、それ以上何か言うことがあるわけもなく。

 

「トウマ君、肩に何かついてるよ? 取ってあげる」

 

どことなくさっきまでと雰囲気の違う先輩に戸惑っていると、いつの間にか距離を詰めて僕の肩へと手を伸ばしていた。

 

その動きに合わせて先輩が付けている香水がふわりと香る。

 

そして数度肩を何か払うように2,3度触れられた。

 

しかし、先輩は一向に離れようとしない。そのまま僕の肩に手を置いたまま動かない。

 

「あの、先輩?」

 

「……」

 

むしろ一層こちらへと体を寄せてきた。息遣いすら聞こえてきそうなほど近距離に先輩の顔がある。

 

更に右手が僕の左頬に添えられる。

 

「これは今日のお礼と、これからの宿題」

 

そのプルンと艶やかな唇が動いたかと思った瞬間、ほんの一瞬右頬に感じる柔らかな感触。

 

それが先輩からのチークキスだと気づいたのは、彼女がするっと僕の横を通り過ぎたとき。

 

予想外すぎる行動と霞のように目の前から消えたことで一瞬幻かと思い、しかし頬に残る感触と残り香が現実であることを訴えていた。

 

慌てて先輩の方へと振り向く。

 

「なんで私がこんなことしたのか、ちゃんと考えてみてね?」

 

そこにいたのは、片目を瞑って艶やかに微笑みながらこちらに投げキッスを送る先輩の姿。

 

彼女は直ぐに体を翻すと今度こそマンションの入り口へと小走りで駆けていった。

 

僕はそんな彼女の姿を半ば呆然と見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

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