本話には重度の独自解釈、独自設定が含まれます。
「イメージが違う」「おかしい」等々感じられる方はブラウザバックをお薦めします。
「うぅ……」
アカデミーの中庭で僕は未だ思い悩んでいた。空になった缶コーヒーを掌中で弄びつつ、あーともうーともつかない声を上げている。
理由は、先日の星街先輩と遊びに行った後の彼女からのチークキスとその後の笑顔とともに告げられた言葉だ。
あのときの衝撃は未だに頭から離れない。先輩の笑顔も含めて。
割と好意的に接してもらえていたことは察していた。でなければ二人きりで遊びに、しかもプールなどに行くことはしないだろう。
だけど、キスまでは想定外だ。いや、唇にされたわけではないが。
欧米では挨拶でとも聞く……いや、でも日本的に言うとキスは特別な意味があるし……。
そんな感じでぐるぐると思考がまとまらない。皆の前では極力隠すよう努力はしていたが。
このまま帰っても悶々とするだけなので、頭を冷やす意味も込めて中庭のベンチで時間を潰している状態だ。
「どうしたものか…………ん?」
そのまま唸っていると、がやがやとした集団が現れた。そちらに視線を向けると、テレビに出ても不思議でない青年とその周りに複数の少女たちが楽しげに話しながら歩いてきた。
「ねぇ、みんな、これから遊びに行こうか!」
「賛成〜! みんなもいいよね!」
「いいね! カラオケ行こうよ!」
中心にいる男は見覚えがあった。名前が出てこないのがあれだが、たしかテニスサークルのサークル長だったと思う。
それこそアイドルとしてもやっていけるのではと思えるほどのイケメン、爽やかな笑顔、高いトーク力とモテる要素満載の男性である。
その証拠に今も彼の周りには多数の女の子たちがキャイキャイと楽しげに集まっている。
といっても、正直接点が殆ど無いためぱっと見とたまに聞こえる噂程度しか知らないのだが。
「角巻さんも一緒に行くよね?」
(お?)
そんなときイケメン君(仮称)が聞き覚えのある名前を呼んだのでそちらへと視線を向ける。
そこにいるのは羊系獣人の特徴である小さい巻き角を持ち、クリーム色の長髪をアップにまとめて少し離れたところでキョロキョロと何かを探している女性。
角巻わためさんだ。
彼女は星街先輩と同じ音楽サークルに所属しており、常闇トワさんの同期で彼女たちとも比肩する歌声の持ち主。
彼女たち3人の合唱が学祭で発表されたときはステージに人があふれかえったほどだった。
「え、いや、私は別に……」
「いやいやそんなこと言わないでさ」
「そうそう、一緒に行こうよ」
さらっと辞退する角巻さんにイケメン君が食い下がる。それに周囲の人たちも同調する。
よく見る光景の中に自分の知り合いがいる。色んな人たちに囲まれて、なおその中でも一際際立つ彼女の姿。
さっきまでとは違うモヤモヤが生まれたので、場所を変えようと思った。
とりあえずその場から離れるべくベンチを立つ。
あの集団のいるところに背を向けて歩き出す。特に行く宛はない。
とにかくここから離れたいだけ。
(なんでこんな気分になるんだろ……)
先輩のことで悩んでいたときとは違う、重く圧し掛かってくるな陰鬱な気分。
そのことに内心首を傾げつつ、ポケットからスマホとイヤホンを取り出して耳につける。
流すのは角巻さんと常闇さん、そして天音さんの3人が昨年の学祭で歌った曲。当時3人が学祭前日にスタジオを借りて歌ったものを録音させてもらったものだ。
勿論3人に許可を取った、というか3人にスタジオまで引っ張られて特等席で聴かせてもらったもの。
聴き終わった後、3人から録音データを渡してもらった経緯がある。
非常にアップテンポな曲かつ歌詞もかっこいいため、気分が沈んだ時はよく聴いている。
普段なら周りの音をある程度把握するため音量を絞るのだが、今はなんとなく音量を大きくしていた。
「…………い」
いつもならこれで気分が晴れるのだが、どうもうまくいかない。
自分のことなのに理解できない情動で音楽に集中できない。
そんな自分にいらだって猶更気分が晴れない。
「ト……輩」
特にすることもないし、ポレポレでもいっておやっさんに話でも聞いてもらおうか。
おやっさんは聞き上手だし人生経験も豊富だからアドバイスくれそうだ。
あのなんとも言えないギャグは兎も角。
「ト、ウ、マ、先輩!!」
「うおっ?!」
そんなことを考えていると、突然こっちを呼ぶ声と合わせて左腕を思いっきり引っ張られた。
崩れそうになる姿勢を何とか保ち、そちらを見ると角巻さんに腕を引っ張られていた。慌ててイヤホンを外す。
「つ、角巻さん?! どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ! わためが何度も声をかけたのに無視して!!」
明らかに私怒ってますというように頬を膨らませている。が、怖いよりもカワイイと持ってしまうのはなんでだろうか。
「ごめんごめん、ちょっと音量高くしてたから聞こえてなかったんだ」
「なら良いんですけど……で、何してたんですか?」
「え、いや特に何も……何か僕に用事?」
「はい! 一緒にどこか遊びに行きましょう!」
「……え?」
「だ〜か〜ら〜、一緒に遊びに行きましょうよ〜」
角巻さんが腕を掴んで上下に振りながら催促してくるが、こっちとしては予想外すぎる提案に思わずフリーズしてしまう。
というか、
「さっき、そこで同期の皆に誘われてなかった?」
「え? 断りましたけど」
「断りましたけどって……」
「そんなことより早くどこかに行きましょ〜」
そういうと角巻さんがそのまま僕の腕をどんどん引っ張っていく。
ちらりとさっきまで騒いでいた方を見るとイケメン君がなんとも言えない表情でこっちを見つめていた。
角巻さんが自分ではなく僕の方にいって、しかも親しげなのがそんなにショックだったのだろうか。
「うぉ?!」
そんなことを考えていると、角巻さんに引かれる方とは逆の腕が引っ張られた。
「センパイ、アレは気にしなくて良いですよ。あんなのより、歩きながらでいいんでどこで遊ぶか決めましょう?」
「と、常闇さん?!」
「あ、トワち、ヤッホー」
「やっほ~、わため」
右腕を引きながら角巻さんと挨拶を交わすのは常闇トワさん。
角巻さんと同期であり、黒い帽子とツインテール、ギャルっぽい服装を好む彼女は悪魔……なのだが、交流のある面子の中でも随一の常識枠。
規則正しい生活習慣におかん気質なのも相まって、周りからはトワ様マジ天使とか言われることもあるそうで。
「センパイ、今変なこと考えませんでしたか?」
「いや、なにも?」
鋭い。いや、悪いことはなにも考えてはいないが。
「兎に角、早くどこか行きましょ? 細かい話は落ち着いた場所で」
そういうと常闇さんは僕の右腕に抱き着くようにしながら、真剣な表情で移動を促してきた。
同時に角巻さんの方に視線を向け、何やら目配せをしているようだ。
何か理由があるのか。
何はともあれ、彼女の意向に従った方が良さそうだ。
そう考えて歩く速度を上げる。
「トワちの言うとおりですよ、先輩! ほら早く早く!」
と思った矢先に角巻さんにまた腕を引っ張られてバランスを崩しかける。
常闇さんに抱き着かれて気づかなかったが、いつの間にか掴んでいるのが腕から手になり、指と指を組むような所謂恋人繋ぎとなっている。
ただ、その事に恥ずかしくなる間もなく角巻さんにどんどん引っ張られていった。
所変わってカラオケスタジオ「ドッグマイク ナシタ」
大手の大エコーのようなところではなく、個人経営のカラオケスタジオだ。
ちょっとメインから外れたところにあるため割と空いており、勿論フリータイムもある店。
小さい分色々融通が利き、知り合いの面子で行くときに貸し切りにもしてくれたりする。
たまのオリジナル以外のコーヒーも美味しく、歌目的でなくコーヒー目的で行ったりもする。
「で、やっぱりカラオケと」
「いいじゃないですか、トワが歌いたかったんですよ!」
「わためも!!」
角巻さん、貴女はさっき誘われてたけど断ってませんでしたか?
まあ、角巻さんや常闇さんの同期組等は割と人見知りな感じもあるから、そこまで親しくない人たちのところで歌いたくないたけかもしれないけど。
「お〜お〜、お前いつも誰か女の子と一緒にいるな」
そんな話をしながら店内に入ると、受付カウンターで頬杖つきながら店員の万丈さんがニヤニヤ笑っていた。
「万丈さん、そんな人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。先日も一人でコーヒー飲みに来たじゃないですか」
「そのすぐ後女の子が来て二人で一緒にどっかいったじゃねーか。確か青いハーフエルフと白いライオンの子だったか?」
と余計なことを言いながら、なれた手付きでマイクなどを準備してくれる。
「……その通りですけど、あまりそういうことをこの状況で言ってほしくないんですが」
「……ふぅん」
「へぇ……」
ほら、今まさに二人からの視線が突き刺さるのを感じる。零れた一言に込められた圧が凄い。
ジト目でこちらを睨む姿がありありと想像できる。
「ははっ、悪い悪い。じゃ、いつもの部屋でな。ごゆっくり。あとでコーヒー持っていってやるからよ」
万丈さんが言いたいこといってマイクセットをこちらに手渡すとさっさと奥に引っ込んでいった。
あとに残るのは気まずい空気。
どうするの、これ。
「……はぁ、まあいいです。今更ですし」
「……そだね、それより早く歌おうよ」
そういって二人は固まっている僕の腕からマイクセットを取ると慣れた足取りで部屋へと歩いていった。
そんな二人の後を言いようのない肩身の狭さを感じながらついていく。
「じゃあ、先輩はあそこに座ってください」
部屋に入った直後に常闇さんに示されたのはモニターの対角線上にある三人掛けソファーの真ん中。
個人的には扉付近の方が色々対応しやすいので好きなんだけど、しょうがない。
言われるがまま指定された場所に座る。
そして入口側に常闇さん、反対側に角巻さんがまるで示し合わせたかのように座った。
「じゃあ、私最初に歌っていいですか?」
早速常闇さんがデンモクを操作して曲を選び始めていた。
「いいよ、トワち。次わためね!!」
「構わないよ、むしろ僕は飛ばしてもらっても」
「「それは駄目(です)」」
歌が上手い二人の後で歌うの気が引けるんだけど、それは聞いて貰えそうにないようだ。
そして、あっさり曲を決めたのかデンモクを角巻さんに手渡す常闇さん。
角巻さんもまるで予め決めていたかのように選曲していく。
と同時に曲が流れ始め、常闇さんがマイクを握ってその場で立ち上がった。
流れるのは音声合成ソフトで作曲され、人気を博した曲。
常闇さんの十八番の曲だ。
彼女の女性としては低めの声としっとりとした曲調や歌詞がマッチしている。
「〜〜っふぅ」
「……流石常闇さん。久しぶりに聞いたけど凄いね。圧倒されちゃたよ」
「や、ありがとうございます」
少し照れたように笑みを浮かべながら座る常闇さん。
ちょうどそのタイミングでドアがノックされて開かれた。そのままトレイの上にコーヒーやジュースなどを乗せた万丈さんが入ってくる。
「お~す、ドリンク持ってきたぞ」
「ありがとうございます」
「じゃ、ゆっくりしていけよな。どうせ客もすくねえし」
そう言って万丈さんが退出した時を見計らって、今度は角巻さんがマイクを持って立ち上がった。
「じゃあ、次はわための番ですね!」
流れ始める軽快な音楽は最近CMなどでよく聞く新進気鋭の歌手の曲。
途端に普段のふわふわとした感じから雰囲気が一変する角巻さん。
どことなくダークな印象を与える歌詞を凛々しく歌い上げる。
「~~っ!!」
「すごかったよ、いつ見ても歌ってる角巻さんはかっこいいね」
「いや~ありがとうございます」
歌い終わった瞬間、いつもの柔らかい雰囲気に戻る角巻さん。にこやかに笑いながら僕の隣に座り、届いたジュースを飲み始めた。
ふと反対サイドの常闇さんの方へと視線を向ける。
彼女も持ってきてもらったジュースに口を付けながら、デンモクで曲を検索している。
「……?」
気のせいだろうか。なんとなく2人の距離感がさっきより近いような。
「せ~んぱい、早く歌ってくださいよ」
「ん、ああ。ごめんごめん」
違和感を覚えながらもマイクを握って立ち上がる。立った理由は特にはない。ただ前の2人が立ち上がったのに自分が立たないのはどうかと思ったからだ。
流れるのは自分たちが小学生くらいの頃のアニメのop曲。わかりやすく盛り上がる曲をとりあえず入れてみた。
正直自分の歌唱力に自信はないが、それなりに歌いこんだ曲なだけあって聞き苦しいことにはならなくてよかった。
2人も手拍子などしてくれて気恥ずかしいけど、どこか嬉しい。
そんなことを思う自分は調子いいなと思いながら歌い上げた。
「先輩も十分うまいですよ!」
「そうそう、わためのいう通り!」
「はあ、ありがとう」
ちょっと高めの曲だからやはりちょっときつかった。ソファーに座ると用意してもらったコーヒーを口に含む。
口の中に広がる苦みと喉を通る冷たさが心地よい。
「ねえ、先輩。これ一緒に歌いませんか?」
そういって常闇さんが見せてきたのは超時空アニメのop。しかもデュエット曲だ。
女性ボーカルだから高くて歌いにくいけどかなりカッコイイ曲。以前のカラオケで披露された星街先輩と常闇さんのデュエットはしびれるほどかっこよかったのを覚えている。
だけど、
「えっと、僕地声でしか歌えないから……」
そう。
この2人と違いそこまで音域がないため女性曲を歌おうと思ったらどうしても低い声で歌うしかない。
個人や男友達と歌うならともかく、こういう状況下でそれは躊躇われる。
なので断ろうと口を開き、
「だめ、ですか?」
常闇さんの少し悲しそうな顔に思わずその言葉を飲み込んだ。
瞳がわずかに潤み、どこか捨てられる寸前の子猫のような表情。
「……下手でも笑わないでよ?」
「っ!! そんなことする訳ないじゃないですか!! というか先輩、自分で言うほど下手じゃないですから自信持ってください」
途端に星が瞬くような笑顔に変わる常闇さん。
その笑顔にしょうがないと思ってしまう自分は案外ちょろいのかもしれない。
そんなことを考えていると曲が流れ始める。
その瞬間左腕に衝撃とともに伝わってくる柔らかい感触。ふわりと漂う香水の香り。
そしてすぐ間近に迫った常闇さんの顔。
腕に視線を落とすとしっかりと彼女の右腕と僕の左腕が組まれていた。
一気に自分の顔が熱くなるのがわかった。
「?!?! と、常闇さん?!」
「ほらほら、曲始まってますよ?」
当の常闇さんは気にした風もなく空いている手でマイクを握り、視線をモニターに表示される歌詞へと向けている。
こちらとしては気が気ではないが、本人が気にしていない以上どうしようもない。
この状況に緊張が高まるものの逃げようもないので歌へと意識を向ける。
言った通り元のキーでは歌えないので音程だけ外さないよう注意しながら歌う。
「~~!!」
しかし、彼女のパートになったときにどうしても腕から伝わる感触と、彼女の真剣な表情に意識が持っていかれてしまう。
そんな風に集中しきれないまでも何とか大きくミスをすることもなく歌いきることができた。
「上手でしたよ、先輩にトワち!」
「へへ~、でしょ~?」
パチパチと拍手をくれる角巻さん。それにピースサインで返す常闇さん。
仲のよさげな二人を見つつ、再びコーヒーを飲む。
「じゃあ、先輩。次はわためとデュエットしてください!!」
ぐいっと右腕に抱きつきながら角巻さんが一気に寄ってきた。常闇さんとはまた違った香りと感触が伝わってくる。
「わためぇはこれ歌いたいです!」
彼女はそのまま手に持ったデンモクを目の前にかざしてきた。
そこに表示されていたのは、かなり有名な男性音楽ユニットの曲。
どこか切ない恋心を激しく歌い上げるこの曲は、自分が初めて買ったCDに収録されたものでもあり思い出深いものだ。
「だけどこれ、デュエット曲じゃないよ?」
「サビだけ一緒に歌って、あとは適度に交代しながら歌えばいいですよ」
まあ、彼女が良いというなら問題はないのだけど。
そんなことを考えていると曲が始まった。
しかし、角巻さんは僕の右腕に抱きついた姿勢のまま、いや心なしか右腕に抱きつく力を強めるだけでマイクを構えようとしない。
「あの、角巻さん? マイク構えないの?」
「あ、わためはこのまま先輩のマイクで歌うので良いです!」
「え?」
「ほら、もう始まりますよ! 先輩歌って歌って!!」
彼女の言葉を理解する間もなく、促されるまま歌い始めた。
イントロを歌い、Aメロを途中まで歌って彼女に変わるべく視線を向ける。
「~!?!?」
角巻さんがいきなりマイクを握っている僕の手を掴んだ。彼女の細く柔らかい指先の感触。
そして、頬が触れそうな距離にまで近づいた彼女の横顔。
突然のことに思わず声が出そうになるのを寸でのところで抑えたのは我ながらよくやったと思う。
歌うときの真剣な姿をまさかこんな近距離で見るときが来るとは思わなかった。
その綺麗な横顔からなんとか意識を剝がしながら、何とか歌いきる。ミスしなかった自分をほめてやりたい。
「イエ~イ!! 先輩、上手じゃないですか!! やっぱりこの曲は男声で歌った方がかっこいいですね」
「あ、ありがとう。でも、そろそろはな……」
「先輩!! 次、次はこれ歌いましょ!!」
「れって、ちょっ、常闇さん!?」
にこやかに笑いながら組んでいるのとは逆の手でハイタッチを求めてくる角巻さんに応えながら、やんわりと離れてほしいと伝えようと口を開くや否や、今度は常闇さんに腕を引かれた。
しかもさっきよりもしっかりと密着するように抱きついてくる。
(これ、もしかしてエンドレスで歌い続ける流れか?)
美人な2人にこんな風に密着してもらえるのは確かにうれしい。とても、いやかなり恥ずかしいけど。
だが、この調子で延々歌い続けることになるのは想定していなかった。流石に喉がつぶれてしまう。
「お~トワちナイスなチョイスだね。じゃあ、わためは~」
「わため、次の歌い終わったら3人で歌おうよ」
「い~ね!!」
だけど、こんなに楽しそうな2人を見ると流石に無理とは言えない。
まあ、2人とも歌については僕より知識があるしうまく調整してくれることを祈るしかない。
そんな願いが通じたのか、ところどころジュースなどを飲んで喉を休ませながら3人で6曲ほど歌っただろうか。
僕は2人に気になっていたことを確認することにした。
「そういえば2人とも。なんでさっき急いであの場から離れようとしたの?」
「さっき?」
「ほら、ここに来る前アカデミーで会った時。特に角巻さんは他の同期に誘われていたよね?」
「あ~あれですか」
僕の質問に常闇さんが何とも言えない表情を浮かべた。整った眉を顰め、どことなく不快感がにじんでいるように見えた。
「あれ、先輩。知らないんですか?」
対して角巻さんはキョトンとした顔だ。僕が知らないことが意外とでもいうように。
「知らないって、何を?」
「えっとですね先輩。何というか、その……」
普段ハキハキしている常闇さんが珍しい。
頬を少し赤らめ、言いにくそうにもじもじしている姿はちょっと新鮮だ。
「あの人、というかあの人が所属してるテニスサークル、いわゆるヤ……」
「わー!! わため、女の子がそんなこと言っちゃダメ!!」
「ヤ……あー、だいたいわかった」
角巻さんが口にしようとした言葉を常闇さんが顔を真っ赤にしながら大声をあげて遮った。
なんとなく常闇さんの反応で察する。
要するに”そういう”ことをしていることで有名なのだろう。イケメンだからといっても男は男だった、ということだ。
「でも、よくそういう人たちだってわかったね。普通そういう情報は入ってきにくいと思うんだけど」
「そこは、ほら、ロボ子先輩に頼んで調べてもらいまして」
「なんとなく視線が怪しかったからお願いしたんですよ」
この情報は知り合いの皆にも共有済みですと、常闇さんが続ける。
成程。
あの人ならそのあたり簡単に調べてしまえるだろう。
人のいい笑みを浮かべながらあらゆる情報を丸裸にする眼鏡の先輩を思い浮かべ、思わず納得した。
「ちなみに、どうも最近ココや風真に粉かけにいったらしいですよ。一蹴されたみたいですけど」
「風真さんはともかく桐生さんにもチャレンジするとかすごいな」
桐生さん、そういう軽薄なの思いっきり嫌ってるからな。
まあ、自業自得といえばそれまでだが。
「ともかく、そういう理由でさっさと移動したかったんです。歌いたかったのも本当ですけど、ここなら余程がない限り安心ですし」
「わためもトワちも、先輩方もみんな塩対応してるんだからあきらめればいいのにね」
「ははは、確かにね」
ここの店は万丈さんという野生の最強がいるからな。
遊びとはいえ、桐生さんに腕力で勝った時は何事かと思った。
「さ、あんなのどうでもいいですからもっと歌いましょうよ」
「そうそう!!」
「そうだね」
そこから僕たち3人は心行くまで歌い続ける。ソロ、ディオは勿論トリオでも。
歌いきって満足したころには入店してから4時間ほど経過していた。
「あ~歌った歌った!!」
「だね~、わためも久しぶりにこんなに歌ったよ!!」
「僕もだよ。しかもデュエットとかトリオの割合が高いのはさすがに初めてだ」
最後の曲を歌い終わり、ソファーに座ったまま固まった体をほぐすように伸びをする。
彼女たちのいう通り、久しぶりに思い切り歌うのも良いものだ。どこかモヤモヤとしたものもいつの間にか消え去っていた。
課題が解決したわけではないが、そこはまた別の問題だろう。
「先輩」
「何? 常闇さん」
「気は紛れました?」
「最近先輩、なんか悩んでるみたいでしたからね。わためも気になってたんですよ」
微笑む常闇さんと角巻さんの言葉に思わずドキッとした。まさか気づかれているとは思ってもみなかった。
「えっと、どうしてわかったの?」
結構頑張って隠していたつもりだったのだけど。
「先輩ってよく見てると何かに動揺してるときやメンタルブレブレのときってわかりやすいんですよね」
「あとふーたんやフブちゃん、ポルカとかも気付いてましたよ?」
それなりの人数に気づかれてる?!
「で、すいちゃんと何かあったんですか?」
「なんでそれを!?」
星街先輩の名前が出たことで思わず反応した、してしまった。
「……大穴の予想だったんですけど、まさか当たるとは」
カマかけられた!!
気付いた時には時すでに遅し。
「で、先輩。何があったんです? わためたちに聞かせてくださいよ」
「ちなみに黙秘するようなら更に他の人を呼び出します。主にミオ先輩とかころね先輩を」
「「さあ、どうします?」」
「……じ、実は」
そうして僕はあの日の星街先輩とのデートのことを語らされることになった。
流石に最後のチークキスの部分は隠し通したが、それ以外の部分は全部話す。
「……道理で。すいちゃん最近機嫌が良いわけだ」ヒソヒソ
「サークル活動中でも歌声すごいもんね、オーラがあるっていうか」ヒソヒソ
2人が僕の目の前でこそこそ話している。
何を話しているかは聞こえないが、何か納得できることがあったのかうんうん頷きあっている。
「でも先輩。まだ話してないことありますよね? 今の話の内容からすると違和感というか、抜けてる箇所がある気がします」
流石常闇さん。するどい。
だけどあのことを話すわけにはいかない。
「ある。だけど、これは流石に話せない」
「……まあ、いいです。で、すいちゃんからの宿題が何かってところで悩んでると?」
常闇さんからの問いに頷くことで答える。
「わためが聞くに、たぶん別の何かが直接な原因な気がしますけどね」
「わためのいうこともわかるけど、大体予想つくしそれは置いといてあげよ?」
なんだろう、何故か浮気している男の気分に。いや、まあ、多数の美女美少女と交流持っておいて何言ってんだという気もするけど。
2人のしょうがないなあ的な視線が痛い。
「わため、すいちゃんの行動の答えわかっちゃいました」
「私もですね」
「え?!」
結構重要な行動部分を外して説明した気がするんだけど。今の部分で何かキーとなる部分があったのだろうか?
「でも、たぶん私たちが教えて良いものではないですね」
「そうだね、すいちゃんも先輩に考えて答えを出してもらいたいと思ってますよ」
「まあ、そうだろうね」
流石に誰かに教えてもらうようなものではないことはわかる。
「でも、先輩がその答えを出すためにやらなきゃダメなことがあります」
「やらなきゃいけないこと、それは……?」
「それは……」
普段あまり見ることがない角巻さんの真剣な表情。
その真剣さに思わず息をのむ。
次の瞬間、
「今日みたいに私やわため、そら先輩とかいろんな人と遊ぶことです!」
「そしたらいつかわかる日がくると思いますよ!!」
2人が満面の笑みで同時に腕に抱きついてきた。さっきまでずっと感じていた両腕に伝わる柔らかい感触。
「遊ぶ、こと? 何か、こう、僕の悪い部分を直すんじゃなくて?」
正直予想外な言葉だった。自分には足りないものが多すぎて、いろいろ感じ取れていないんだと。
だからそれを探して、直さなきゃと思っていたのだけど。
「たぶん、そういうのじゃないと思います」
「でも、先輩には必要なことだと思うんです」
「……そっか」
僕に見えていない何かが2人、いやきっと他の娘にも見えていて、それに気づかない限り先輩の問いへの答えにならないんだろう。
「「だから、私(わため)たちと一緒にもっともっと遊びましょう!!」」
今日1番の笑顔を浮かべる2人を見て、先行きはわからないけどきっと何とかなる、何故かそう思った。