本話には重度の独自解釈、独自設定が含まれます。
「イメージが違う」「おかしい」等々感じられる方はブラウザバックをお薦めします。
失敗した。
昨晩雨に打たれ、そのままバイトしたのが悪かったのか。
それとも二徹したのがだめだったのか。
体が重い。頭が熱いし痛い。喉が痛いし、痰もからむ。
典型的な風邪の症状だ。しかもかなり重めの。
「だけど、なんとか起きないと……」
今日は講義の関係でとある人と約束をしていた。行けないにしてもせめて連絡くらいはする必要がある。
ただ、スマートフォンは現在机の上に置いて充電しているためそこまで動かないといけない。
普段は軽々と扱える布団が今は鉛のように重い。
それ以前にどうやっていたのかわからなくなるくらい体の自由が利かない。
稲光が光るように痛む頭とそれに連動して明滅する視界に悩まされながらも、這いずるようにベッドの端へと体を寄せて起き上がろうと腕に力を入れて。
しかし、意に反してバランスを崩してそのままベッドから滑るように床へと落ちた。
その瞬間、まるでテレビの電源が落ちるように意識を失った。
side Rui Takane
鷹嶺ルイがまず思ったのは疑問だった。
今日はトウマ先輩の部屋にお邪魔する予定。
偶々先輩が昔取ったものと同じ講義を選択したので、過去に使ったレポートやテキストなどをお借りする予定だった。
そして、約束の時間に部屋に着きインターホンを鳴らしたのたが何も反応が返ってこない。
「おかしいなぁ」
先輩がいつも朝早くから起きて色々されていることは知っているし、約束もきっちり守る人なのも知っている。
もしかして、珍しく寝坊でもしたのかな、とも思ってスマホから電話してみても反応がない。
余程のことがなければ電話にすぐに出てくれる先輩が電話にも出ない。
何かに突き動かされるように普段なら進んではしない、隠し場所に入れてある合鍵を取るとドアの鍵をあけて、そ〜っと扉を開いた。
「トウマ先輩、おじゃまします」
まず視界に入ってきたのはいつも通りきれいな床。開いているリビングへの扉。
そして、その先に見える倒れている人の姿。
「トウマ先輩!?」
それがトウマ先輩だと認識するのと、弾かれるように部屋へと飛び込んだのは同時だった。
靴を脱ぐ間も惜しい。
土足のまま先輩の元へと駆け寄り、そのまま先輩の身体を揺すった。
「トウマ先輩!! 大丈夫ですか!?」
口元へと手をかざす。呼吸はある。
そのまま手を額へと持っていく。熱い。かなり熱がある。
突然の事態に頭が真っ白になる。
「ん……うぅ……」
「気が付きましたか!? 良かった……」
トウマ先輩が弱々しい声を出しながらゆっくりと目を開けた。
そのことに思わず安堵する。とりあえず最悪の事態はなさそうだ。
「あ……鷹嶺さん。そっか、もうそんな時間か。ちょっと待ってて、今準備を……」
先輩がよろめきながら身体を起こそうとする。その姿に思わず目を剥いた。
「トウマ先輩!! そんなこといいですから、兎も角ベッドで寝てください! 私に掴まれますか!!」
「でも……」
「ああ、もう!」
自分よりも私との約束を優先しようとするその姿に思わずイラッとした。
渋る先輩の体を掴んで多少無理矢理ながらもベッドへと横たわらせる。
「私のレポートなんて後でどうにでもなるんです! お願いですから、今は体のことを優先してください」
「……わかった。ごめん」
「良いですって。薬とか飲みました?朝ごはんは?」
「まだ……薬も……」
「どこにあります?」
「PC机の引き出しの中……」
言われた通り机の引き出しを開けると、市販の解熱鎮痛剤と総合感冒薬の箱が無造作に入れてあった。
それと合わせて体温計をとり、先輩の上体を起こす。
「先輩、辛いでしょうけどまずは体温を測ってください。あと、何も食べずに薬を飲むのはあまり良くないので、ちょっとキッチンお借りしますね」
そういって先輩に体温計を渡し、一旦玄関に戻って靴を脱いでからスリッパに履き替えてキッチンへと向かう。
冷蔵庫や棚をチェック。
タイミングの問題か卵と中華スープの素、だしの素、各種調味料程度しかなかった。
スポーツドリンクなどや冷却シートなどは後で買いに行くとして、まずはお湯を沸かして簡単な卵スープでも作ろう。
鍋に水を入れてコンロにかけ……ようとしたところで、何気なく先輩が横になっているリビングの方を見た。
「……トウマ先輩」
「……あ、いや、その」
そこにはふらふらと覚束ない足取りで何か探しものをしようとする姿勢のトウマ先輩の姿があった。
私に見つかったからかバツの悪そうな表情を浮かべ、固まっている。
「早く横になってください。治るものも治らなくなりますよ? それとも、こよ特製の薬を飲むのをご所望ですか?」
「はい……すみません」
「そして、私が言いたいこともわかりますよね?」
「はい。すぐに布団に戻ります……」
体調が悪いせいもあるのだろうけど、どこか小さく見える先輩がゆっくりと布団へ戻っていった。
それを見届けてからコンロに鍋をかけて火を点ける。
そして、一旦リビングへといき、椅子を運んできてベッドの横に置いて座った。
「えっと、鷹嶺さん?」
「大丈夫です。お湯が湧いたらすぐ戻りますから」
流石の先輩も弱っている自分の姿を見られるのは恥ずかしいのだろう。どこか居心地悪そうに布団にはいっている。
だけど、さっきのように動きだされてはたまらない。
ここは心を鬼にしてちゃんと寝付くまで監視するしかない。
(合法的に先輩の部屋にいられるチャンス!)
下心がないとはいわないが。
と、そんなことを考えていると鍋の中のお湯が沸いた音が聞こえてきたのでキッチンへと向かう。
鍋に中華スープの素を適量入れ、並行して器に卵を割って軽くかき混ぜる。
スープの素が溶けたらゆっくりと卵を入れて簡単な卵スープを作る。
それを飲みやすいように大きめのマグカップに入れてお盆に載せ、一緒に薬を飲む用にコップに水を入れて準備し、先輩のところへと戻る。
さすがの先輩も今度は大人しく布団の中にいた。熱が高くて寝にくいのか起きてはいたが。
「はい先輩。簡単で申し訳ないですけどスープができましたよ。これを飲んでから薬を飲みましょう。体は起こせますか?」
「うん、ありがとう、鷹嶺さん」
何とかといった風に体を起こし、ベッドに腰掛ける先輩にマグカップを手渡す。
こくこくとスープを飲み始めた先輩から視線を外し、さっき見つけた解熱剤を手に取った。
「そういえば先輩、熱はどうでしたか?」
「ああ、39℃だったよ」
「それは……倒れているはずですね」
「ははは、面目ない」
「笑い事じゃないですよ、もう。とりあえず飲み終わったら解熱剤を飲んでひとまず寝てください」
そういって先輩に薬を渡す。
ちょうど飲み終わったのか、先輩はマグカップをお盆に置いて代わりに水の入ったコップを手に取ると薬を飲み始めた。
飲み終わったのを確認してからコップとマグカップを受け取り、シンクへと持っていく。
本当はそのまま洗いたいところだけど、それよりも優先することがあるので一旦放置。
そして洗面所にいき、ミニタオルを濡らしてしっかりと絞ってからリビングへと戻る。
「はい、先輩。とりあえずですけどこれ頭に載せてください。なにもないよりはマシだと思うので。後で私が冷却シート買ってきますから」
「ごめんね、手間かけさせちゃって」
「病気のときはお互い様ですよ。じゃあ、私はちょっと行って……」
タオルを先輩に手渡すと、冷却シートや水分補給用のスポーツドリンクなどを買いに行くために玄関へと向かおうとして、
「あっ……」
先輩の口から零れた、普段聞くことのない声に動きを止めた。
思わず先輩の顔を見る。いつも私達に見せるような柔らかなものではなく、どこか寂しげな表情。
「あ、いや、ごめん。気を付けてね」
自分の口からこぼれた言葉にはっとし、慌てて取り繕ったような笑顔を浮かべる先輩。
それをみて、私はそのまま椅子に腰を下ろした。
「鷹嶺さん?」
「いや、よく考えるとですね。先輩を放置していくと大人しく寝ないでいそうなので、いっそのこと先輩が眠ったのを確認してからにしようかなと」
「あっ……」
「なんですか、その“あっ”っていう今気づいちゃった、て表情は」
「い、いや」
「全く……先輩が寝るまでちゃんとここにいますから、ゆっくり眠ってください」
「はい……」
なんだろう、こう、なんとも言えない感情が胸中を支配する。
普段頼りになる先輩が弱っていて、こちらを申し訳なさそうに頼ってくる姿を見ると、キュンと思わずトキメイてしまった。
(これがノエル先輩やマリン先輩が言っていた母性本能を感じるってやつなのかしら)
子どもたちが和気あいあいとしている姿を見て興奮する二人の先輩の姿を思い浮かべる。
(いや、違うわ)
二人のだらしのない表情と自分を照らし合わせ、思わず頭を振ってその考えを打ち消した。
「どうしたの、急に?」
「いえ、なんでもないです」
「そう?」
不思議そうな顔をしながらももぞもぞと布団に入り込む先輩。熱のせいでいつもより赤いその顔をぼんやりと眺める。
「鷹嶺さん」
「なんですか?」
「ごめん、折角来てもらったのにこんな体たらくで」
額に濡れタオルを載せたまま、申し訳無さそうに眉をひそめた先輩。
やれやれ。先輩はやっぱりわかっていない。
「先輩、さっきも言いましたけど私のことは良いんです」
ため息をつきながら、布団の中に手を入れて先輩の手をそっと握った。
熱のせいかいつもより温かく、しかし力の入っていないそれは頼りなく、でも確かにいることを感じられる。
「私達から見て、先輩は自分をちょっと軽視しすぎです。正確には自分以外を優先しすぎ、でしょうか」
「それは……自分より誰かの都合に配慮してるだけだし」
「それが悪いとは言ってませんよ」
そう。
先輩は、決してあれもこれもと過剰な配慮をしているわけではない。
あくまでも私たちを慮っての行動であることもわかっている。
「でも、自分の体調が悪いのにというのは、ちょっとやりすぎですよね?」
「はい……すみません」
シュンとする先輩。
「先輩が私達を気遣ってくれるように、私達も先輩のことを気遣っているんですから」
キュッと少しだけ手に力を入れる。先輩の手をしっかりと、私の思いが伝わるように。
「とにかく、今は眠ってください。まずは体調を整えてからです」
「うん……そう……するよ」
先輩がそのまま目を瞑った。
薬が効いたのか、程なくして静かに寝息を立て始める。
それを確認してから、そっと握っていた手を話すと静かに部屋から出る。
とりあえず冷却シートとか水分補給用の飲み物とか買い出しに行かないといけない。
ざっとルートを考えながら、スマホで2,3件連絡を取ってから目的地へと歩いていった。
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