本話には重度の独自解釈、独自設定が含まれます。
「イメージが違う」「おかしい」等々感じられる方はブラウザバックをお薦めします。
暗い
昏い
闇い
周りには何も見えない。何も聴こえない。
自分の掌さえ見えなくて。自分の体も視認できない。
ただ体があるのはわかる。
痛みだ。
叩かれる。刺される。圧される。
掻かれる。焼かれる。抓られる。
背中と腹部に拡がるそれらがぼくのからだがあることをおしえてくれる。
いたい
イタい
イタイ
てをのばしてもなにもつかめない。
こえをだしてもきいてもらえない。
なんで、なんで。
……
…………
そっか
キットボクガ……
そのとき、きゅうにめのまえがあかるくなった
ひかりだ
でもけっしてめをつむらなきゃいけないほどまぶしくない
それはまるでそらに輝く星が目の前に降りてきたようで。
ふわふわと浮いていたかと思うと、まるですり寄るように近づいてきた。
それが掌に触れると暖かくて。
その暖かさに感じ入っていると、いつの間にか同じような光が幾つも周りに浮かんでいた。
なぜか僕はそれらに安堵を覚え……
そして、唐突な浮遊感とともに視界が真っ白になった。
side KOYORI HAKUI
「ふぅ、ふぅ……」
今私は先輩の住むマンションの前で息を整えていた。
きっかけはルイルイから送られてきたメッセージだ。
トウマ先輩が熱を出して寝込んでいるらしい。
たまたま研究室で実験の準備をしていた私はすぐさま中止し、そのままここまで走ってきたのだ。
(も、もうちょっと普段から運動しておけばよかった)
だけど、そこまでで体力を使い果たしてしまったのは我ながらいかがなものか。
「あれ、こよ。もう着いたんだ」
後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには両手にビニール袋を持ったルイルイがいた。
袋の中には冷却シートやスポーツドリンク、野菜やお肉などが見える。
病気の旦那を甲斐甲斐しく看病する奥さんかな、と思ったのはナイショ。
ピッタリと思うと同時にイラッともしたから。
「何、そのなんとも形容しがたい目は」
「別に? それより、先輩を部屋に一人にして大丈夫なの?」
「あ、うん」
そこでルイルイが少し表情を曇らせた。
「私が出てくるときには薬のおかげか寝てた。熱も高かったしすぐに起きることはないと思うけど……」
「起きたとき多少でも回復してなかったら病院、てことね」
こくりとルイルイが頷く。
想像以上じゃないけど、予断は許さないっぽい。
「とりあえず、早く部屋に戻ろっか。何かあったら対応できるようにしておかないと」
「そうだね」
ルイルイの持つ袋を一つ預かりながら、一緒に階段を上がる。
そして先輩の部屋の扉を彼女がスペアキーで開け、
「……?……っ?! ごめん、ルイルイ!! これよろしく!!
「えっ?ちょっ……?!」
手に持った荷物を床へ放り出すと靴のまま中へと飛び込んだ。
獣人である私の耳は良い。
だから聴こえたのだ。
先輩の苦しそうな声が。
リビングへ転がるように駆け込む。
「う、あ……いたい……やめて……」
彼の閉じられた双眸から涙が溢れて枕を濡らす。
その表情は険しい。
相当魘されているのか、当初額にあったであろう濡れタオルが枕元に転がっていた。
初めて聴くどこか幼く、しかし悲痛な叫びが弱々しく漏れている。
「先輩!! 大丈夫ですか!!」
普段見ることのないその姿に、咄嗟に肩に触れて揺さぶった。
起こすことが良いのかわからない、けどこのままにはしておけなかった。
「っ?! 先輩!! しっかり!!」
すぐにルイルイが後ろから入ってきた。私の様子に何か察したのだろう。
直ぐに私の横に来ると同じように先輩に触れる。
そのとき、先輩の手が動いた。
まるで何かを求めるように伸ばされる手。
その伸ばされた手を私と、そしてルイルイが同時に掴んだ。
きっと、お互いに無意識だったと思う。少なくとも私は何か考えていたわけじゃなかった。
直感的に先輩に安心してほしくて。
すると、先輩の表情が和らいだ。どこか安心したように。
そして、
「ん……う、あ……鷹嶺さんに、博衣さん」
「「先輩!!」」
「なんで……あぁ、そっか。あの後僕はそのまま寝てたのか」
そう呟くと、先輩はのそりと体を起こした。
「大丈夫なんですか? 熱は?」
「たぶん大丈夫。体感的にはさっきよりはマシかな」
「ならいいですけど……無理はしないでくださいね」
ルイルイが不安そうに声をかける。
私はとりあえずポケットから非接触型体温計を取り出すと先輩へと向けた。
Piっと小さく電子音がなり、体温が表示される。
「38.0。高いですけど、とりあえず薬が効いてるんですかね。ひとまず様子をみましょうか」
とりあえず今すぐ病院に行くほどではなさそうで、少し安心した。
「ああ、博衣さんもゴメンね。確か今日大事な研究が、とか言ってなかったっけ?」
「気にしないでください。あの程度の研究、チョチョいとやっちゃいますから! なんたって私はCGACの頭脳! ですから!!」
胸を張りながら、先輩を安心させるように私の定番のセリフを告げる。
実はあまりよろしくはないのだけれど、先輩の前だからかつい見栄をはってしまった。
それに気づいているのか、ルイルイの方からジトっとした視線を感じるけど無視。
「なら、良いんだけど。……ごめん、二人とも。ちょっと部屋から出てもらっても良いかな?」
「え、どうしてですか?」
「いや、寝汗がすごいから着替えたくてさ」
「私は気にしないのでどうぞ!!」
むしろご褒美です! これは脳内CPUに鮮明に焼き付けておかないと!
「フン!!」
「あだっ?!」
鼻息荒くしていると、横からルイルイの鋭いチョップが脳天に叩き込まれた。
痛い。
「何するの!!」
「この頭ピンクコヨーテが!! 先輩だって着替え見られるの恥ずかしいだろうから、馬鹿なこと言わないの!! こよだって恥ずかしいでしょ!」
「先輩ならバッチ……なんでもないです」
思わず欲望が口から出かけたが、ルイルイが再び構えたのでお口にチャックした。
「すみません、先輩。着替えたら教えて下さいね。そのまま洗濯しちゃいますから。この頭ピンクは連れていきますね?」
「あ、うん……ありがとう」
先輩の言葉を待たずにルイルイに襟を掴まれてキッチンの方に引っ張られる。
そのままキッチンまで連れて行かれると扉を閉められた。
「むう、いいじゃんルイルイ。先輩の裸だよ? こんな機会もうないよ?」
「黙りなさい、ピンク。そんなことしないの」
「は~い」
私は大人しくルイルイの言葉に従う。そして彼女が買ってきたものを片付け始めるのを横目で見やる。
(……なんて、大人しくするかと思ったか!)
音を立てないようにそっと扉へ近づく。
そこにはさっきこっそりと挟んでおいた白衣の裾で閉まりきってないドアの隙間がある。
すいせい先輩と一緒にプールにいったらしいけど、そのときもラッシュガードを着用していて裸は見えなかったらしい。
よって、先輩の裸を見た初めての女になる!
そう内心意気込みながら、そっと中の様子を覗き見る。
(っ………?!)
血の気が引くとはこういうことなのだろうか。
さっきまで胸にあった熱が、まるで氷にすり替わったみたいに冷えたのを感じる。
ちょうど先輩はこっちに背中を向けて、汗に濡れたパジャマを脱ごうとしていて。
そして、そこから見えたのは夥しい数の傷跡。
打撲。切創。火傷 etc....。
小さいものから大きいものまで、種類を問わず、背中一面に広がっていた。
二の腕から肩口にかけても同様だ。
あまりに予想外な光景に息すら止まるほどの衝撃を受けた。
そうこうしている間に先輩は別の寝間着を着こみ、汗を吸って重くなったであろうパジャマを洗濯籠に入れていた。
既に私の眼にはいつもの先輩の姿しか見えない。
でも、その下に想像以上の何かがあることが分かった。わかってしまった。
後悔が心を満たす。
すると視界の中で先輩に動きがあった。
洗濯籠を持ち上げると、こちらに歩いてきたのだ。
私はあわてて立ち上がると、扉から離れる。
ルイルイが怪訝な顔をしてこっちを見てるけど気にならない。
そしてドアが開き、
「ごめん、鷹嶺さん。着替えたから持ってきたよ」
「あ、先輩。呼んでくれれば取りに行ったのに」
「いや、さすがにそこまでしてもらうのは申し訳なさ過ぎて」
「先輩、病人なんですから、もうちょっと体をいたわって……っていっても気にしますか」
「そうそう」
先輩とルイルイが楽し気に会話している中、それに入れなかった。
そして、先輩がルイルイに籠を渡し、ルイルイが先輩に冷えピタを渡して先輩はベッドへと戻っていった。
ルイルイは渡された籠を持ってそのまま洗濯機へ。
私はそんなやりとりをただ黙って聞いてるだけ。
溢れる罪悪感でどう話していいか、わからない。
「博衣さん? ちょっといいかな?」
「あ、はい」
先輩に呼ばれたので部屋へと入る。足取りは重い。
「なんでしょう?」
「いや、急に元気がなくなったみたいだったから…………もしかして、見た?」
「っ?!」
先輩の言葉に思わず肩と心臓が跳ねた。
私のその反応に確信を得たのか、困ったような顔をする先輩。
「そっか、見ちゃったか〜」
「あ、あの、先輩、その、ご……」
反射的に謝ろうと頭を下げ、
「ごめんね、キモチワルイもの見せちゃって」
先輩のその言葉に思考が停止した。
覗いていたことを咎められると思ったところに、キモチワルイもの見せちゃってとはどういうことだろう?
「ちょっと昔あってね。あ、今は一応そのあたりは解決……はしてないけどそれなりに距離が開いてるから」
「ちょ」
先輩の言葉が止まらない。
「いや、今はこれらは大丈夫。痛みとかはなにもないから」
「あの」
淡々と、真顔のまま。まるで壊れたスピーカーの様に。
「あ、この傷のことはこれ以上は聞かないでくれると助かるかな。あまり気持ちいい話でも……」
「先輩!!」
その姿にいたたまれなくなって、私は思わずベッドに跳び乗ると先輩の頬を両手で叩くようにして言葉を止めた。
頬の痛みと私の行動が予想外だったのだろう、先輩が目を白黒させている。
それを見ながら私は頭を引いて……
「ふんっ!!」
「コョ?!」
思いっきり先輩の冷却シートの貼ってある額に頭突きした。
side out……
「は……博衣……さん?」
僕は今ジンジンと痛む額を抑えながら、しかしそれ以上の驚きに支配されていた。
痛みは過去幾らでもあった。
そして、その痛みの先には醜悪な笑顔があった。
だけど……
「なんで、なんで!! 先輩はそんななんですか!!」
痛みの先に泣き顔が見えたのは初めてだった。
「辛かったんですよね!? 痛かったんですよね!? 辛いなら辛いって言っていいんですよ!!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、博衣さんが叫ぶ。
それが、心に突き刺さる。よほどこっちの方が痛かった。
「お願いですから、もっと自分を大事にしてくださいよぉ……」
ポスンと彼女の頭がこちらの胸に埋められた。その小さい肩が震えている。
それに対して、どうこたえるべきか逡巡し……
「……なんか、こよに言いたいこと全部言われちゃいました」
「鷹嶺さん……」
トレイにスポーツドリンクとコップを載せて、鷹嶺さんが入って来た。
「こよのいう通りです。私は何も見てないですけど、こよの言葉でなんとなくは想像できました」
そして、スポーツドリンクが入ったコップを手渡してくれる。
「さっきも言いましたけど、先輩が自分を顧みないことをいったら悲しむ娘もいるんです。勿論、私もですよ?」
「うん……よくわかったよ。ごめん」
「良いんですよ、わかってくれれば」
そう言って鷹嶺さんは簡易テーブルをベッドの横に運び、その上にトレイを置いた。
「多分、次やったら先輩ただじゃ済まなそうですし」
「なにそれ怖いんだけど」
ぽつりとつぶやかれた鷹嶺さんの言葉に戦慄を隠せない。
いったい何をされるというのか。
「1番手でミオ先輩、2番手ちょこ先輩、3番手でいろは、ですかね。あと大穴でぼたん先輩」
「具体名挙げられると不安になるんだけど?!」
「割と僅差でこよとかフブキ先輩、すいせい先輩が追ってると私は見てますね」
「馬じゃないんだから、不穏な予想はやめてください……」
「はぁい。さて、こよ。そろそろ離れて。もう先輩の匂いは堪能したでしょ?」
「はーい」
鷹嶺さんの声に合わせて、博衣さんが胸にうずめていた顔を上げる。目元は赤くなってはいるものの、そこに先ほどまでの泣き顔はなかった。
「本当はギルティだけど、今の件で相殺ね」
「え〜」
「あら? それとも先輩達に勝手に覗いたのを説明されることをお望み?」
「いえ、結構です!!」
「よろしい」
博衣さんと鷹嶺さんのやり取りに思わずクスッと笑ってしまった。
「やっと笑ってくれましたね、先輩」
どこかホッとした様子の鷹嶺さん。
「先輩、ずっと申し訳なさそうにしてましたもんね」
「まあ、先輩的には気になりますか」
それはそうだ。
これでも一応先輩なのだから、あまり後輩の世話になるというのは気になる。
「ではこうしましょう」
ポンッと手を叩いて、鷹嶺さんが提案する。
「ドルーパーズで新作パフェが出るらしいんです。それを食べに連れて行ってください」
ドルーパーズとは有名なフルーツパーラーの一つで、洋菓子店シャルモンと負けず劣らずのパフェを提供することで有名な所だ。
お値段も手頃で、気軽に行けるところの一つでもある。
「ん、わかった。そんなことで良いなら喜んで」
「約束ですよ? だから、早く体を休めて、治してくださいね」
嬉しそうにウィンクする鷹嶺さん。
そのやり取りをみて、博衣さんが抗議の声を上げる。
「あ~!! ずるい!! 先輩、私も私も!! 甘味処たちばなで新作和菓子が出るらしいんですよ」
「大丈夫、勿論博衣さんの希望にも応えるから」
「約束ですからね!」
そういってにっこりと博衣さんも笑顔を浮かべた。
「なら先輩、早く体調回復させないとですね」
「もうすぐおかゆもできますから、それを食べて薬飲んでゆっくり休んでください」
「ありがとう、2人とも」
そうして2人に過去受けたほどがないほどの手厚い看病のおかげで翌日には熱も下がり、2日後には快復するに至った。
しかし……
快復から3日後
「はい、先輩。あ〜ん」
「た、鷹嶺さん?!」
「ほら、先輩? 早くしないとパフェが落ちちゃいますよ?」
「で、でも……」
「ほら〜あ〜ん」
ドルーパーズでは鷹嶺さんから「快復祝です!」といってあ〜んをされるという嬉しくもかなり恥ずかしいことをされることになり(拒否すると涙目で「駄目……ですか?」と囁かれた)、
更にその2日後
「先輩、はいあ~ん」
「あの、博衣さん。これ、本当にしないとだめ、かな」
「ダメです。ほら、早くしてくださいよぉ」
「うぅ……あ、あ~ん」
「あ~むっ!! う~ん、おいし~!!」
甘味処たちばなでは遅れた実験が無事完了したお疲れ様も兼ねて、博衣さんから「この新作団子、先輩に食べさせてほしいなぁ」というおねだりを受け入れることになる。
そして、どこからかその情報が他の面々にも漏れ、何人かから同じことを求められることになったのだった。