本話には重度の独自解釈、独自設定が含まれます。
「イメージが違う」「おかしい」等々感じられる方はブラウザバックをお薦めします。
「あ~、疲れた」
バイクを駐輪場に停め、ヘルメットを脱ぎながら溜まった疲れと一緒にため息をついた。
腕時計を見ると既に時刻は21時を過ぎている。今日はいろいろ大変だった。
手早く車輪へロックを掛け、ヘルメットをそのまま片手に持つと玄関へと向かう。
僕が住んでいるのは普通の3階建てアパート。普通といってもこの街での普通であり、様々な人材が来ることが多いためかどこのマンションも防音はしっかりしている。
インターネット回線、エアコン、オール電化完備と一通りの設備はそろっているところが殆どだ。
そんな中でもここはCover Academyに徒歩5分の距離にあるため立地も最高。駅などの公共交通機関の施設から少し離れているがバイクがあるから問題ない。
借りている部屋は2階の角部屋で陽当りも良好。
ここを借りることが出来て本当に幸運だった。
唯一の難点はエレベーターがないことくらいか。それでも2階だから大した負担にはならない。
夜遅く誰ともすれ違うことのない階段を上がり、まっすぐ自分の部屋へと向かう。
歩きながら空いている手でポケットを漁り、鍵を取り出す。
ドアの鍵穴に差し込んで回すとガチャリと鍵が開いた。偶に合鍵を使って部屋に上がり込まれている場合があるため、今日は来客はいなそうだと察する。
それについてホッとするような、残念なようなモヤモヤとしたものを覚えながらドアを押し開く。
そのまま手に持ったヘルメットを靴箱の上に放ろうと顔を上げた。
「「……えっ?」」
まず目に飛び込んできたのは肌色だった。
すらっと細く、しなやかな脚。その間から白く艷やかな毛並みの尻尾が垂れている。
浴室から出てきたばかりだからか、しっとりとしている。
少し視線を上げると、大き目のバスタオルで隠れてはいるが豊かな膨らみがはっきりと分かった。
バスタオルの隙間から見えるのは若干灰色に近い、普段ツーサイドアップにまとめている長い白髪。
普段はクールというか落ち着いている表情が多い獅白さんの顔が、ポカンとしている表情は新鮮で。
2人の間に走る沈黙。
「ご、ごめん?!」
反射的に外へと飛び出すのと獅白さんの顔が真っ赤に染まるのはほぼ同時だったと思う。
力加減なんて考えずに後ろ手でドアを閉める。
この時ばかりは隣に人がいなくてよかった。玄関先でこんなにバタバタしたら怒られていただろう。
そして力なく扉に背中を付け、そのまま廊下へとへたり込んだ。
心臓の音がうるさい。対照的に頭からは血の気が引く音がする。
「……どうしよう」
そんな呟きが思わず口からこぼれて、夜の闇に溶けていった。
「すみませんでした!!」
あの後、着替え終わったのか獅白さんがドアを開けてくれたので一先ず部屋へと入る。
獅白さんに連れられていつも皆でゲームするリビングへと向かう。
その間一言も会話はなかった。彼女の顔が見えないのが怖い。
リビングについた瞬間、沈黙に耐え切れなくなりすぐさま頭を下げた。
とにかく謝らないと。
そんな強迫観念が全身を支配していた。
「ちょ、せんぱ……」
「何を言っても言い訳にしかならないし、謝って済む問題じゃないのはわかってるけど」
「いや、私のはな……」
「僕にできることなら何でもするから……」
「先輩!!!」
「っ!?」
いつになく強い口調の獅白さんに思わず顔を上げる。
むにっ
それと同時に、両頬を彼女の柔らかい指で引っ張られた。
「……ふぃふぃろふぁん?」
力は入ってないから痛くはないがしゃべるのを妨げられる。
そんな彼女の瞳は何故か潤んでいて。
数秒頬をムニムニと触られた後その手が離れ、
「先輩、ごめんなさい」
おもむろに獅白さんが頭を下げた。
予想外のことにフリーズする。
「え、ちょっと待って。何で獅白さんが謝るの?!」
「そもそも勝手に上がってシャワーを使ったのは私なんで」
「いや、でも、僕は獅白さんの……」
開こうとした口を再び引っ張られた。
「それは私が勝手に入らなければ起きなかったことです」
いつもふんわり笑っている彼女がめったに見せない真面目な顔が目の前にある。
その灰色の瞳がまっすぐこちらを射抜く。
「気にしないで、とは言えません。私も恥ずかしかったので。でも原因も私なので」
だからお相子ですと、その白い頬を少しだけ赤く染めながら。
しかし決して目線を逸らさずに伝えられた言葉。
普段冷静沈着な彼女の珍しい姿にドギマギしつつ頷く。
それに満足したのか、にこりと笑い獅白さんが口から手を離した。
あまり普段見ることのない獅白さんの姿に、思わず見惚れてしまった。
「とりあえず座りませんか?」
「そ、そうだね。あ、飲み物何か取ってくるね」
何故か落ち着かなくて、一先ずキッチンへと立つ。
冷蔵庫からミカンジュースの瓶を取り出し、コップを2つ用意してリビングへと戻る。
ビールは楽しみだったが、飲もうという気は完全に失せている。
獅白さんはいつもみんなでいるときに使っているテーブルの横に座ってスマホをチェックしていた。
いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべており、さっきまでの雰囲気は感じられない。
彼女の対面に座り、コップへジュースを注いで彼女の前に置く。
「あ、ありがとうございます」
直ぐにスマホをしまう獅白さん。そのまま両手でコップを持ち、コクコクと飲み始める。
「ところで獅白さん」
「はい?」
「何で僕の部屋に? しかもシャワーまで浴びて」
「あー……」
互いに一息ついたところで、不思議に思っていたことを確認する。
それに何故か気まずそうに視線を逸らす獅白さん。
これまた珍しい。話をはぐらかしたり茶化したりすることはあっても言いよどむとは。
「ちょっと長くなるんですけど……」
心なしか上目遣いで見つめられる。
こちらの様子を探るような彼女の仕草に黙って頷く。
「実は今日、私が取ってる講義で課外実習がありまして、そのお疲れ様会みたいな感じで飲み会があったんです」
どうも割と陽キャなメンツが中心となって段取りが進められたらしい。
店名を聞くと、割とここから距離があるところだった。近くを通ったことはあるが利用したことはない。
「で、当然飲んでテンションが上がったメンツも出てくるわけでして。参加者の中でも割とパリピ気質というかチャラいというか、そんな男が絡んできたんです」
そこで一旦区切るかのように彼女はコップに口をつける。
「……目付きは元々怪しかったんです。何か狙われてるというか狩りをするやつ特有の視線というか」
狙われる、というのはわからなくはない。
獅白さんは美人だ。
いや、それを言ったら僕の交流のある彼女たちはベクトルの違いはあれ皆美人なのだが。
獅白さんは顔立ちは勿論、スタイル抜群、そのクールな表情に面倒見の良い性格などお近づきになりたい要素には事欠かないだろう。
「多分、私をお持ち帰りしたかったんだと思います。私の隣に座って馴れ馴れしく肩とか腕とかに触れてきましたし」
「……」
僕は黙ってジュースを口に含むことで先を促した。
そのまま口の中にある苦いナニカと一緒に飲み込む。
「……? ……」
?
獅白さんの雰囲気が何か変わった気がする。真剣なものに何か違う色が混じったというか……。
怪訝に思っていると、目の前に座っていた獅白さんが急に立ち上がった。
そのまま僕の隣に座ると徐にしなだれ掛かってきた。
「?!?!?!」
「強く払い除けなかった私を与しやすいと思ったのかはわかりらないですけど、耳元でこのまま一緒に抜け出さないとか聞いてきたんです」
先程までと違い、まるで囁くような獅白さんの声。
だけどその内容は深刻だ。
ようするにそいつは彼女とそういうことをしようとしていたのだ。
「それを聞いた瞬間、私はお金だけおいて店を飛び出しました。……どうしようもなく嫌だったんです」
獅白さんが僕の肩口に顔を埋める。
僕の腕を掴む彼女の指に力が入ったのがわかった。
「知っての通り、私は獅子の獣人です。だから、鼻が利くんです。……あんなのの臭いが付いてるのが我慢なりませんでした」
「ホントなら自分の家にまっすぐ帰るべきだったんですけど、一刻も早く臭いを落としたくて。私の家より近い先輩の家に寄らせてもらったんです」
さっきよりも指に入る力が増えた。密着感が増す。
その両肩が微かに震えていた。
そんな彼女の姿に僕は…
「獅白さん、頼むから僕をからかうのは勘弁して」
彼女の頭を指先で軽く押す。頭すら動かない程度に軽く。
しかし彼女は、僕がそうするだろうとわかってたかのように体を離した。
「あ、わかりました?」
そんな彼女の顔に浮かんでいるのは、まるで悪戯が成功した子供のような笑顔。
だけど、その表情はいつもと違う、どこかぎこちないもので。
「途中からなんとなく、ね」
「おー、流石先輩。よく見てますね」
ぱちぱちと手を叩く獅白さん。
彼女の賞賛に気恥ずかしくなって視線を逸らしながら、そのままTVとゲームの電源を入れる。
「先輩? どうしたんですか?」
獅白さんの困惑した声。察しの良い彼女の意表をつけたことに若干の達成感を覚えつつ、
「何か寝る気分じゃなくなったから付き合ってよ。ちょっと徹夜しちゃうかもだけど」
本当は今のまま彼女を1人にするのを避けたくて、でもそのまま言葉にするのは恥ずかしいから。
本音を隠し、あくまでも僕の希望の形で口にする。
僕のその言葉に一瞬ポカンとした表情を浮かべる獅白さん。
だが直ぐに僕の言葉の意図を察したのか、その双眸が微かに開かれた。
「……もー、しょうがないですね。1人じゃ寂しいでしょうし、お付き合いしますよ」
獅白さんはいつも皆といるときに見せるのとはまた違う、微かに安堵の色が含まれた笑顔を浮かべながら隣に座ってくれた。
「で、何するんですか?」
「挑戦上昇。あれの最長コースをショッピングカートでクリアしようかなって」
「お、先輩数寄者ですね。あれホント難しいですよ? 朝まででクリアできないかも」
「ま、そこは経験者である獅白さんに頑張ってもらえないかなって」
「えー、どーしよっかなー」
ニマニマとこちらを見てくる獅白さん。
あ、この顔は良からぬことを考えてるときのやつだ。
「なら、そろそろ私を名前で読んでもらえません?」
「えっ……?」
「だって、何か壁があるみたいでイヤなんですよ」
意外な申し出に、思わず彼女の顔をまじまじと見つめた。
口調こそ軽いノリだがその表情は真面目で。
「えっ……っと、そんなことで良いの?」
「そんなことが、じゃなくてそれが良いんです」
「……わかった、
「……!! はい!」
満面の笑みを浮かべる獅白さん。
「さ、さあ。早速しようか。早くプレイしないと朝になっちゃうよ」
「そうですね。遊びましょう!!」
いつもより心なしか近くにいる獅白さんにドキドキしながら、起動が終わったゲーム機へと向かった。