天を翔ける、されどその翼は黒く   作:紅小豆

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VII

「さて……それじゃあ今年の予定を建てていきましょうか」

 

「そうですわね」

 

風通しの良くなった部室に北風が流れ込む1月の午後、僕はコーヒーを、マックイーンさんは紅茶を飲みながらテーブルに向かい合って話していました。

 

「とりあえず、マックイーンさんが出たいレースとか何かありますか?」

 

「来年はクラシックに挑戦できる年でもありますから、ステイヤーとしては菊花賞やその前哨戦となる神戸新聞杯は確実に勝利したいですわね」

 

「ふむ、菊花賞ですか……それはそれは……」

 

「あ、あの……もしかして、何か別のプランを?」

 

「ええ、結論から言うと、今年はG1レースには出ない方針でいこうかと思っておりまして──」

 

そう言いながらマックイーンさんの顔色を伺うと真顔でこちらをじっと見据えています。半ば予想通りの反応ではありますが。

 

「ええと、その、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

「もちろんですとも、理由は二つあります。一つはスタミナトレーニングに割く時間を増やしたいから、です。あなたの目標は春の天皇賞。3200mをしっかり走り切らなければいけない。その上で終盤でラストスパートをかけて相手をちぎるとなると3500……いえ、少し多めに見積りましょう、3700mは走り続けられるレベルのスタミナ、それプラスある程度のスピードが早めに欲しいところです。そのため、レースの駆け引きなどの技術を磨くのは一旦後回しにしようってことです。そんな技術、一ヶ月ほどあれば完璧にモノにできますからね」

 

 

それでもまだマックイーンさんには納得していただけないようでして。まだ難しい顔をしています。

 

 

「し、しかし、菊花賞は3000mの長距離レースです。ここで得た経験は、来年の天皇賞にも繋げられるはずです!」

 

 

「ならば、二つ目の理由も話しておきましょう。まあ、世間一般的にはまともな理由とは言えないのでしょうけど……あまりライバルにマークされたくないんです」

 

 

正直、これが一番怖かったりします。恐らく一人や二人程度のブロックなら、難なくかわせるでしょう。ただ、六人七人が同じことを考えていた場合、話は別です。実際、過去のレースでは一番人気になっていながら何人ものウマ娘にブロックされ、結果6着という悲しい結果になってしまったような事例もあったみたいです。確かにG2やG3を連勝するだけでもそりゃあ話題にはなるでしょう。ですがこの段階でG1、特にクラシック三冠レースで勝ってしまうと良い意味でも悪い意味でもとてつもない注目を浴びてしまうわけです。

 

 

それでもやっぱり納得されないようで(笑)

二時間くらいかけ何とか説得することができました。

 

「……分かりましたわ。今回はあなたの言う通りにいたします」

 

「やっと分かってくれた……ありがとうございます。さて、今日も遅くなってしまいましたから、今日は終わりにしましょう」

 

「そうですわね。それでは失礼いたします」

 

そう言って部屋を出ていこうとした時、彼女突然こちらへ振り返って満面の笑みでこう言いました。

 

「それでは”約束”通り、よろしくお願いいたしますわ」

 

「……分かってますよ」

 

大丈夫。これくらいの覚悟はできていました。”レースで勝つ度に結構良いスイーツを一つ奢る”なんて、僕のお財布にはちっとも響きませんからね!ええ!断じて!これっぽっちも!

 

 

 

 

トレーナー寮に帰る途中、そろそろ日が落ちるであろう時間帯にグラウンドで自主トレをしているウマ娘を見かけました。

「あれは……」

その姿を一目見ただけでそれが誰なのかすぐに分かりました。以前から何度もここで遅くまで走っているのを見かけていましたので。

 

 

トウカイテイオー。マックイーンさんの同期でありクラシック三冠を目指しているウマ娘です。ちなみに担当トレーナーは僕と同時期に入った同僚の方だったりします。聞くところによるとデビュー戦では大差で圧勝したとのこと。たぶん今年のクラシックは彼女が取るでしょうねぇ……。それと、これは個人的な感想なんですが、ああやって走っている彼女を見てるとなんだか不思議な感覚がします。なんというか、懐かしさと苛立ちが混在してるような感じです。ほら、見てくださいよあの表情、よくある小説の主人公っぽい目をしてたりしませんか?あれがどこかの誰かさんと被るんですよ。そう、まるで──

 

 

 

「おーい!」

 

突然声をかけられてそちらの方を見るとトウカイテイオーさんが手を振りながら近づいてきました。

 

「キミってマックイーンのトレーナーだよね?」

 

「はい、そうですが……。確か、トウカイテイオーさんでお間違えないですよね?」

 

「そうだよー!ところでさ、マックイーンは菊花賞に出るの?」

 

「いえ、そのつもりはないですよ」

 

その言葉を聞くと彼女は目に見えてがっかりしたようです。

 

「なーんだ、つまんないの……まぁいいや、どうせ来年戦えるんだし!天皇賞には出るんでしょ?絶対負けないからね!」

 

そう言って僕を見上げるその顔は本当に自信に満ちているようで。実力的にマックイーンさんの同期の中で互角に渡り合えるのは目の前の彼女だけ。マックイーンさん本人もライバル視しているみたいです。恐らく全力で勝ちにくるでしょう。まあ、勝てないでしょうけど。

 

「おーい、何してるの?」

 

と、そこへテイオーさんのトレーナーさんがやってきました。

 

「ん?ああ、旧多君がいたのか。すまない、テイオーが迷惑をかけた」

 

「いえいえ、気にしないでください……」

 

「んもーっ!迷惑なんてかけてないのにー!」

 

そう言って僕の同僚は腹をポカポカ叩くテイオーさんの頭を撫でながら『いつもこんな感じなんだよ』、と苦笑いを向けてきました。

 

「それじゃ、僕らはこの辺で」

 

「ええ、お疲れ様です」

 

そう言って適当に手を振る同僚と元気いっぱいに手を振るテイオーさんを見送りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自主トレを終えてそろそろ寮に戻ろうとした時、グラウンドの外で一人のトレーナーがこっちを見てるのに気がついた。確かマックイーンのトレーナーだったっけ。初めて見た時はなんというか、掴みどころがなさそうな人だと思った。いつも顔に仮面を被ってる。ボクが見た限りじゃ絶対に本心を見せたことがない。それでもマックイーンは心の底から信頼してるみたい。マックイーンの前でしか本心を見せてないのかな……。ただ、今日はいつもと違う。ボクを見るあの人の顔は穏やかに笑ってた。なんだか懐かしいものを見るように、本心から微笑んでた。それで、思わず声をかけたんだ。

 

「おーい!」

 

手を振りながら彼に駆け寄る。だけど駆け寄って彼の前で立ち止まった時、ボクは何も聞くことがないのに声をかけたことに気づいた。急いで何か話題を考える。ええと……何か聞きたいこと聞きたいこと……そうだ!

 

「キミってマックイーンのトレーナーだよね?」

 

「はい、そうですが……。確か、トウカイテイオーさんでお間違えないですよね?」

 

ボクが話しかけるとすぐいつもの愛想笑いに戻っちゃった。それでもこれだけは聞いておかなくちゃ。前から気になってたことだし。

 

「そうだよー!ところでさ、マックイーンは菊花賞に出るの?」

 

「いえ、そのつもりはないですよ」

 

ええー?出ないのー?ガッカリだよ……

 

「なーんだ、つまんないの……まぁいいや、どうせ来年戦えるんだし!天皇賞には出るんでしょ?絶対負けないからね!」

 

その時、トレーナーがこっちに歩いて来るのが見えた。

 

「おーい、何してるの?」

 

トレーナーはやってくるとすぐマックイーンのトレーナーに気がついた。

 

「ん?ああ、旧多君がいたのか。すまない、テイオーが迷惑をかけた」

 

「いえいえ、気にしないでください……」

 

むむー!なんでボクが悪いことしたみたいになってるのさ!

 

「んもーっ!迷惑なんてかけてないのにー!」

 

そう言ってトレーナーのお腹を叩いてると軽く頭を撫でてくれた。

 

「それじゃ、僕らはこの辺で」

 

「ええ、お疲れ様です」

 

マックイーンのトレーナーに手を振りながらボクのトレーナーについて寮に向かって歩き出した。それにしてもなんでだろう……ボク、あの人をここじゃないどこかで見た気がする。それを思い出そうとするのに必死でもう寮のすぐ近くに来ていたのに気が付かなかった。

 

「テイオー?どうしたの?」

 

「……ッ!な、なんでもないよ!」

 

「そう?ほら、もう寮に着いたよ」

 

「う、うん。それじゃあ、また明日ね、トレーナー」

 

そう言ってボクは寮に入っていった。結局、マックイーンのトレーナーをどこで見たのかはどれだけ考えても分からなかった。




更新が遅れてしまい申し訳ありません。自分勝手な理由になってしまうのですが、リアルの都合が忙しくなってしまい、これから投稿頻度がかなり落ちると思われます。ですが、どれだけ時間がかかっても必ず完結させたいと思っておりますので、気長にお待ち頂けると嬉しいです。これからも引き続きよろしくお願いいたします。
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