漫画の世界に神様転生したロリっ子が、悲劇ばかりで曇るお話 作:神の手下
読み終わった漫画本を閉じる。
もう何度読んだかわからないこの本たち。
ついに最終巻が訪れてしまった。
私の好きだったこの物語。主人公は剣一つで魔術はびこるファンタジーな世界を生き抜いていく。仲間たちと立ちはだかる壁を乗り越えていく。
ありがちな王道物語だった。
評判はそれほど良くないながらも、完結にまで辿り着いてみせた。
伏線がおざなりになってしまっているようにも見えなくもなく、打ち切りとまことしやかに囁かれたりもしているのが現状だった。
かくいう私も、この完結は不満だ。
いちおうのこと、巨悪を倒し世界に平和は訪れたのだろうけれど、主人公たちにはその後があるはず。
最終話、最後の戦いが終わった時点で、後日談なんてなく、まるでその部分が切り落とされてしまったかのように幕を閉じてしまった。
主人公たちのその後に思い馳せる。
葛藤を胸に抱えながらも前に進んだ主人公。その主人公の心に寄り添い支えようとするヒロイン。多芸で不憫な親友。主人公たちと相容れないながらも、己の信念を貫き続けたライバル的なキャラなど。
他にもいろいろな登場人物が織りなすストーリー。
ありふれた。それだからこそ王道。
どこかで見た展開だと評判は良くなかったけれど、あまり人生の経験の少ない私にとって見れば新鮮味のある物語だった。
正々堂々、それを征く主人公だったが、敵は悪辣で一筋縄ではいかない策謀に、噂される所業にさらには生々しい凄惨さがあった。むしろ私はその闇の部分に惹かれるものを感じてしまった。
だからこそ、消化不良のこの完結への不満は
――あぁ、だって、最後の敵の語った問題は、解決したわけじゃないから。
私はベッドの上から窓の外を見る。
そこには小さな子どもたちが元気に遊んでいた。
それを私は当てつけかと恨みがましく見つめてみるが、子どもたちがそれに気がつく様子はない。
私は今、病院の中にいる。
なんでも、小さいときから患っている難病が原因らしく、私はずっと病院に入院している。
でもそれも、もうすぐ終わる。
人は歩みを進めるから。医療技術の進歩したから。そしてなにより、私に適合するドナーが見つかったから。
今日はなにか説明を受けて大変だったりした。
手術の成功率。これはかなりのものであるらしい。百パーセントとは言えないらしいが、失敗する方が珍しいと言う。
けれども、手術だから、身体を切り開かれるわけだから、どうしても一抹の不安は残るけれども、病は気から。
ネガティブになっていたら、治るものも治らないかもしれない。ポジティブシンキングだ。
病気が治ったらしたかったこと。これはずっと前から考えてある。ずっと書き留めていたノートがある。心踊る。
私は今、他の誰よりも、この世界の誰よりも、希望に満ち溢れているんじゃないかと思う。
ふふふ。
この世界はとても明るい。
私はそんなことを考えながらこの一日を過ごしたこと。たとえこの先どうなろうとも、記憶に残り続けるだろう。
***
「ここは……?」
失った意識が、一瞬の微睡みを通して、明瞭に覚醒する。
どこ……?
知らない場所だ。
確か私は、手術を受けるために麻酔で眠らされて……。
「こんにちは」
すると、目の前にいる人間味のないほどに美しい中性的な男性が声をかけてきた。
そうして、私はようやくその存在に気がついた。
というもの、さっきまではきっと見えてはいた。見えてはいたものの、頭が背
その男性は、さっきの挨拶の一言で、私はようやくその存在を認識した。私の意識をこじ開け滑り込んできたようにも感じられる。
「臨死体験?」
頭に浮かんだのはそれだった。言葉に出して、目の前の男にはぶつけてみるべきなのだと私は思った。
手術中、主に生死を分けるものの場合、臨死体験をするということが稀にあるという。
「ああ、そうだ。臨死体験だ」
男は、それに景気良く頷いて、そう答えてくれた。その大仰な仕草に私は胡散臭さを感じてならない。
「……だれ?」
「でも、君の思い浮かべるような臨死体験とは違うところがある……」
私の言葉を無視して男は喋り始めた。饒舌な語り口調で、どこか
きな臭い。
「…………」
「…………」
勝手に喋り始めて男は、思案気な表情をして黙り込んだ。なぜかもったいぶっていた。
どうして続きを言わないのか、私は不思議に思っていた。
「なにを言いたいの……?」
その煮え切らない態度に、私はぶっきらぼうな声を出す。
私の苛立ちの混じった声に、男はやれやれといった呆れを顔に出す。そのあとで覚悟を決めたように頷
「あぁ、だって。君はもうすぐ死んでしまうんだから」
――臨死体験じゃあ、ないだろう?
それを聞いた瞬間、私はその男に掴みかかろうとする。考えるよりも先に、反射的にそうしようとし
身体を動かした、という感覚はあった。でも動かない。いや、そもそも手や足なんかはないのかもしれない。
それだったら、この感覚も納得できる。
「落ち着くんだ。そうだね。その原因は医療ミスだ」
――医療ミス? 手遅れだったとかじゃなくて?
怒りが湧いてくるのがわかる。
「人間だれだってミスくらいするさ。そういった意味で、命を預かる医者っていうのは割に合わない仕事かもしれない。まあ、それは僕の預かり知るところでは……ないか」
私はその医者を責めたくて仕方がなかった。あぁ、けれども人はミスをする。ミスをするから、自分のことを棚に上げたくはない。
男の言葉で、同情の方が先に立った。先に立ってしまう。
「実を言うと、この医療ミス。神様である僕のミスが原因なんだ」
あっけらかんとしたその態度。
今度は掴みかかるんじゃなくて、殴りかかろうとした。でも、やっぱりできなかった。
やっぱり、今の私には腕がない。ないものは動かせない。
どうしたらいいかわからなかった。
「いやいや、ほんとに。僕がやったミスって言っても、ほんの小さなものなんだ。……そう! そうだよ! 蚊が一匹多く産まれちゃっただけだ」
蚊……?
なんで蚊が一匹多く産まれただけで私が死ななきゃいけない。意味がわからない。
「その一匹だけ多く産まれた蚊は厳しい自然を生き抜いて、君の国のある一般家屋の住居に進入したんだ。その住居の婦人はその蚊により、その年の夏の到来を知ったのだが、毎年使っている蚊取り線香が切れてしまっていたんだ」
「…………」
「まあ、その婦人がまとめ買いをする人でね。ある店にあるものを全てとは言わないが、大半を買い占めてしまったんだ。またその店が品揃えが悪かったらしく、蚊取り線香を買えずに違う店に行かなければならない人がでたんだ」
すらすらと語る男の言葉は意味がわからなかった。
男は笑い、やけに楽しそうに語って、私の神経を逆撫でする。
「そして、その人が違う店に行く途中、交通事故を起こしてしまった。幸い、死傷者はゼロ。けれど、そのぶつかった相手は医者で、彼はこの事故のせいで手術ができない身体になってしまったんだ」
あるいはそれは、詭弁のようにも聞こえてしまう。
私に本当かどうか確かめようがない以上、冗談半分、話半分にそれを聞くしかないだろう。
「…………」
「彼は医学界を背負って立つような名医でもなかったから、代わりはいくらでもいた。でもその代わりが起こしてしまったミスにより、君はここにいるというわけだ。あぁ、君の手術を執刀した医師の名誉のために言っておくが、本来の運命で手術を成功させるはずだった医師とは腕が同程度だ。まぁ、運が悪かったわけさ」
その流れが正しいとするならば、天文学的な確率だった。ほとんどあり得ないそれを私は本当だと仮定して、話に乗る。
「どのくらいのスパンで、あなたはミスをするの?」
気になった。
私がこれを気にしてどうなるかとも思うんだが、この答えによって、確率もまた変わるのだ。
「だいたい五十年ぶりくらい。いつもなら大した影響もないはずなのに……。どうせやるなら、蝶でやりたかったよ」
憔悴したように視線を落とし、項垂れる。
そこだけなら同情もできようが、最後の一言があまりにも余計だ。
「バタフライ効果を蚊でやったことを惜しむんじゃない! 不謹慎なやつ……!」
――これじゃモスキート効果だよ。
「……っ!?」
モスキートにつくのは効果じゃなくて音だろう。
意味わからないことを言わないでほしい。
「話は変わるんだけど、君を君であるままに転生させることにしたんだ」
「……生き返らせないの?」
「死んでしまった人は元には戻らない。だからせめても……次はいい人生を送ってもらおうってね」
その贖罪の仕方が正しいのかはわからない。人生をもう一度と言われても、私はどうすればいいかわからない。
次に……期待をしていいのだろうか……?
それに気になることがあっ
「私以外にもそういうの人はいる?」
声に出して問いかける。
ただの興味。
本当なら関係のないことなのかもしれない。
「いない。他は誤差が、決まっている寿命と大差なかったかったからね。まあ、ちょっと運命が歪んだところもあるけど、君が死にかけているおかげで気がつけたし、修正なら十分効くさ。悪いけど君はもう手遅れなんだ」
私がこうなるまで気がつかなかったのか。
ああそうか、五十年もミスしてなかったんだからそれは調子に乗る。
思い至る。私より早くに誰かがその蚊のせいで、死ぬという運命に変えられていたら私
不毛でしかない。それに、私で良かったと考えるべきだ。だってそれが一
「……ごめん。いつもなら、もう少し早く気がつくんだけど……。本当に……すまなかった」
今までとは違う真摯な態度だ。深々と頭が下げられる。
これまでに感じていた軽薄さは消え去っていた。ここまでされたらもう許すしかないと思えるほどの誠意が、なぜか私には感じられた。
過ぎてしまったものは仕方ない。失ったものは、どんなに大切なもので
それに私は、これがなんでもないただの夢という可能性を捨てていないんだ。
「わかったから。それで、転生ってどんなお家?」
話を進める。
漠然と理想を考える。
なによりも、風邪もひかない頑丈な身体が欲しい。
どうせならお金持ちの家で、優しくも厳しい思いやりのある親であればいいなあ。
あとそれと、仲の良い兄弟姉妹も欲しい。仲の良いの部分は私の努力次第か……。
「ああ、そうだね」
改めてこの男が向き直ると、上から本がポトリと音を立てて落ちてきた。
それはまごうことなき、私が昨日最終巻を読み切った漫画だった。
「この世界に転生してもらうことになる」
ちょっと意味がわからない。
いやだよ。あんな危険な世界。
「すぐに死ねと言うとるのか!?」
私は全力で声を張り上げた。だって、一般人は策謀の犠牲になってるイメージしかない。
またすぐに死ぬのは嫌だった。
「大丈夫、大丈夫。魔術の才能を持ってれば死なないだろう? 君には『
ニヤッと、この男は悪そうな笑みを浮かべてそんなことを言う。
『
作中で、歴史上存在する五人の、世界を壊し得る力を持った災害にも等しい魔術師。
原作開始時点では、この内二人はすでに死去。
一人が、最後の敵として主人公の前に立ちはだかり、果てていった。
残りの二人も、風の噂でその最後の敵に殺されたと伝えられ、原作終了時には一人として生き残ることはなかった。
「やっぱり私に死んで欲しいのだろう?」
主人公たちは天災的にこのうちの一人に出会ってしまったことがある。
その時の魔術が衝撃的だったことを覚えているがやはり、死亡フラグしかないじゃないか。
「才能があるってだけだ。いい
そういうもんなのだろうか。
でも、納得しておこう。
やっぱり、強い力を持てるとなると心が疼く。楽しくなってきてしまう。
「ちなみにどんな才能を持って生まれるの?」
魔術というのは生まれながらの才能がなければ使えない。
魔術とは、誰しもに宿る魔力を扱う術のことで、それらを総称だった。
そしてその魔術の中には分類があり、細分化される。細分化されたどれを使えるか、それは生まれ持った資質のみで決められていた。
つまりこの世界での強さは、産まれたときに決まると言っても過言じゃない。
基本的には血統で、だが突然に強力な魔術を持って産まれることもあるのだとか。
そんな中、主人公には魔術の才能がない。
その代わり、剣術を武器に戦うのだ。ストーリーが進むにつれてその剣術も、敵の強さに負けじと天元突破していったりもする。
それはともかく、私の
とても気になってしまう。
「きみの使える魔術は、
魔術には主に三つの系統がある。
それ故に、魔力の尽きるまで変化させ攻撃を受け流せる。戦闘においては他の追随を許さない強力な力だった。
ほかの二つよりも差は圧倒的。
だが、作中での扱いはあんまりだった。
そうやって主人公には倒されていた。
主人公の仲間にはこの系統がいない。いたら強くて仲間たちの出る幕がなかったから、仕方ないことなのかもしれない。
「私は『影』になれるの?」
「そうさ……『影』だよ」
影というのは曖昧だろう。けれど
少なくとも、主人公がやったみたいな倒し方をするような人には、滅多に会わないはずだろうだし。
「さあ、時間がない。あと少しで君は死んでしまう」
寝耳に水だった。
楽しい空想に浸っていたら、現実に戻されてしまったような、そんな気分になってしまう。
「どうして……?」
「言っただろう? これは臨死体験……お試しはもう終わりということだよ」
優しく、男は言う。
どうやら、ここにいられるのは、私が生きているうちだけのようだ。
まさに臨死体験か。死んでしまえば、そうではなくなるのは当然のことだろう。
目の前の男は、私に対して改まって――、
「では祈ろう、念じよう、
そう大仰に言ったあとに――、
「君の人生に幸あらんことを」
――そんな決まりきったような文句を言うんだ。
そうして、私の意識はこの場から離れ去った。