漫画の世界に神様転生したロリっ子が、悲劇ばかりで曇るお話   作:神の手下

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家族

 町外れの草原の中。私の家はあった。

 私には前世の記憶がある。あのいけ好かない神を名乗る男のことなんか、かなり明瞭に憶えていたりする。

 現在、四歳、遊びたい盛りだ。

 

「イジアー!! ご飯だよー!」

 

 外で遊んでいた私に、母が遠くから声をかけてくる。そう、私は外で遊んでいたのだ。

 前世とは違い、一日中ベッドの上で寝ていなくていい。これだけで幸せ者だと私は感じることができた。

 

 優しい母の待つ食卓へと駆けていく。心地よく風を切る。

 私は走ってばかりいた。いや、だって楽しいんだ。嬉しいんだ。なんでもないことなんだけど、それがたまらなく心地よいんだ。

 

 私は走ることが好きだ。将来はきっと陸上選手がいい。そういえば、陸上競技とか、スポーツとか、見たことがない。この世界にもあるのかはよくわからない。

 

 瞬く間に家に着く。毎日毎日少しずつだけど速くなってる気がする。

 その内、シュンッ、と一瞬で移動できるようになるかも。なら、それを目指そう。

 主人公の親友がよくやっていたことを思い出す。ふふ、私にもできるかもしれない。絶対にできる。

 

 母が待って座っていた。

 私も座る。対面だ。

 並んでいるご飯は、この世界でも比較的質素な方なんじゃないかと思う。

 

「さあ、召し上がれ」

 

「いただきます」

 

 母の優しい声に頷き食事に手をつける。

 一つ一つの御菜(お かず)をよく噛み締めながら味わって食べる。決して豪華な訳ではないが、母親の愛の溢れた食事だった。なによりも美味しい。

 

 この食卓には父親がいない。仕事に出ているとか、そういった事情でではない。離婚したわけでもなかった。

 母が言うよう、私が生まれる前に死んでしまったそうだ。

 

 罪悪感に押し潰されそうな顔でよく言う。何度も何度も私にごめんなさいと謝っていた。

 

 私は母のことが好きだった。大好きだった。世界一の母親だと胸を張って言えるくらいだ。いつか、恩返しもできたらいい。

 そう、母に告げたら、泣きながら「ありがとう、そう言ってくれるだけで充分よ」と言ってくれた。

 早く大きくなりたかった。父親の分も、楽にしてあげたかった。

 

「ごちそうさま」

 

「おそまつさまです」

 

「運ぶ……! 運ぶ……!」

 

 後片付けなんだけど、皿を運ぶくらいは私も手伝える。手にいっぱいお皿を持った。

 

「む、無理しないで……! が、頑張れ!」

 

 母の声援を受け、私は難なく運び切る。

 この程度では転ばないほどの筋力とバランス感覚を持っていることは、私の自慢だった。

 

「……運んだ……!」

 

 だけど、皿洗いは無理だ。流しに手が届かない。

 やむをえずに私の手伝いはそこで終わるのだった。

 身長、伸びて……。

 

「ありがとう……。あとは任せて?」

 

 撫でて、母は私の後を引き継いでくれる。

 

 こうして私はやることがなくなった。

 基本ボーッとして過ごす。何も考えない。

 勉強とか、しようかなー。と思ったんだけど教材がない。紙は高い。

 

 よく考えたら文字は前世のと一緒だし進法も十だ。病院でも、それなりに勉強していて、その記憶は覚えているから、あまり勉強はやらなくても問題はないはず。

 久しぶりに九九でも唱えてみようかな? 忘れてないかな……?

 

「にいちがにー、ににんがしー、にさんがろくー、にしがはちー、にごじゅー、にろくじゅーにー、にしちー……」

 

 あ、母が戻ってきた。にしちはじゅうしだ。言えないから誤魔化したわけじゃないからね。

 九九って、この世界にもあるのだろうか。なかったら、母からみたら私は変なこと言ってる子どもに映ってしまうだろう。

 

 この狭い家――私の声とか普通に聞こえる。どうしよう。

 

「にしちはじゅうしだよ?」

 

 母が私にそう優しく伝えてくれた。

 言えないわけじゃない。私の名誉が傷つけられた気がする。

 

「にしちじゅうしー、にはじゅうろくー、にくじゅうはちー」

 

 意地になって二ノ段を言いきった。言えなくないもん。

 

「すごいねー、イジアは」

 

 母は私のことを手放しに褒めてくれる。頭を撫でてくれる。

 褒めてて育てる方針なのか。

 私の頬は否応なく緩んでしまい、少しだけ張った意地も、どうでも良くなってしまった。

 間違いなく私は世界一の幸せ者だ。

 

「そうだ、ちょっと待ってて?」

 

 何かを思い出したように、母は小物入れの置いてある場所に行き、漁る。狭い家だ。私から見える位置でもある。

 

「あっ、これだこれだ」

 

 目当てのものを見つけ出したようで、それを私に見せてくる。

 それは古い本で、算術の心得のような題名をしていた。こんな本がうちにあったとは、正直なところ意外でならない。

 

「言ってくれれば、隠れて読んでなくてもいいんだよ?」

 

 私の頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。

 そんな本、今までの読んだことなんてなかった。

 

 あ……私が九九を知ってる可能性がそれしかないのか。だから、勘違いをして、私がそれを読んだと母は思ったのだろう。

 

「……ごめん……なさい……」

 

 これは乗った方がいい。

 前世の記憶は絶対にばれたくない。私は墓まで持っていくつもりでいる。

 下手になにかを変えてしまうと、世界が滅びに向かっちゃうかもしれないし、そっちの方がいいはずだ。

 

「謝らないで……? 悪いことじゃないんだよ。他にも、本はどれでも読んでいいよ?」

 

 謝った私を、母はその必要はないとなだめる。

 少し思ったけれども、私は字を教わったりしていない。そんな私がなぜ本を読めたのだとか頭が回らないあたり、母は少し抜けてる人なんだと思う。

 それとも、気づかないふりをしているだけなのか。

 

 まあいいや。どうせ藪蛇(やぶへび)なんだ。考えないようにしよう。

 なんにせよ、私が母のことを好きだと言うのは変わりない。

 

 そして私は本を受け取ろうとした。

 

「あっ、でも。今日はもう暗いんだからだめだよ?」

 

 スッと、母は本を持った手を上にあげる。

 身長が足りない!

 

「むぅー」

 

 駄目だったみたいだ。

 むくれた私は布団へと連れて行かれた。明日にならないといけないのか。明日が待ちどうしいじゃないか。

 もう私は寝ることにする。それくらいしかやることがない。早寝早起き、いい生活だ。

 

 ちなみに今の時期は原作開始の三十年ほど前だということがわかってる。

 少し前すぎないかとも思ったが、別に原作のキャラクターには関わらなくていいとも開き直っている。

 私はあの物語が好きだった。無粋なことはしたくない。そしてできればその後をハタから見てみたい。

 

 ちなみに魔術についてだが、全く鍛えていない。

 よく考えたら変化(ミューテーション)系の鍛え方とかよくわかんないし。

 剣術なら……いや、あれは主人公だからできたことか。

 

 あの物語――私の記憶に大切にしまってある物語の当初の目標。

 主人公の剣の修行の旅だった。もっと言えば、それぞれの流派を道場破りしていく感じだ。

 だいたい主人公は何回か見たら、技を真似でき、さらに自分に合わせて戦闘中にアレンジしていくという離れ業までできるという、まさしく剣の天才だった。

 あれはきっと参考にできない。そもそも家には剣がない。

 

 私にできるものといえば、主人公の親友ポジションの不憫キャラがやってた汎用技くらいかな?

 ヒロインは支配(ディレクション)系の魔術師だったし。変化(ミューテーション)系の私には無理だろう。

 

 いや、親友も一応は支配(ディレクション)系だったかな。

 まあ、器用貧乏だったからね。あのキャラは。

 

 支配(ディレクション)系というのはこの世界で一番多い魔術師の系統。というかこれが、三系統の中で一番魔術師()()()

 

 支配(ディレクション)系は体系化され、幾つかの属性に分けられて、そのどれかを使えるということだったはずだ。だが、才能というものは理不尽で、幾つもの属性を使える人もいた。人によって出力の制限が違ったりもした。

 定義があやふやだから突然にとんでもないのが飛んできたりしていたこともある。

 

 ただ、二つ以上の系統を持っている魔術師はいない。私が支配(ディレクション)の系統を使うことは不可能だ。

 天は二物を与えない。それだけの話だった。

 

 とりあえず、私の魔術。今の私に出来ることは身体を影に変えるくらい。やると見た目、人の形をした黒い塊になるだけだ。

 

 それから影になったまま動こうとするんだけど、これがまるでビクともしない。ちょっと動いただけで魔力がきれて解除される。

 影になっているのだけでも消費されるんだけど、その比にならないくらいの勢いで減っていくんだ。底の抜けた桶みたいに。

 

 もうどうすればいいかわからないので私は鍛えるのをやめた。

 魔力切れつらい。疲労が溜まって頭が痛くなる。いつかなんて息が上がって死ぬかと思った。

 私の母との生活には必要のないことだ。大して鍛えなくとも、物理的な攻撃が効かずに便利なのだから、別にいい。

 

 あの物語に登場した変化(ミューテーション)系の人を思い出してみるんだけど、二分される。

 

 たいていが才能にあぐらをかくかませ。主人公に斬られて斬られてやられる役だ。

 

 ああだが例外はいる。それが世界を滅ぼしうる力を持った災害にも等しい魔術師……『五大魔術師(ファイブエクス・シンクション)』だ。

 戦えば、圧倒的すぎてどうしようもない。今の私が相手なら比喩じゃなく一瞬で塵になる。

 

 まあ、寝よう。

 私が何かに巻き込まれるなんてそんな劇的なことはおきやしないさ。毎日毎日が平和。そんな日々を過ごせる。

 

 早く明日にならないかなぁ……。

 

 

 ***

 

 

「ごめんね……。ごめんね……」

 

 涙を流すような声が私の耳に入ってくる。

 意識がはっきりしない中で、どんな状況かはよくわからない。

 

「気づいてあげられなくて、こんな私みたいな母親で……」

 

 私の頭が撫でられるのがわかる。私が謝ったとき、謝ってほしいわけではないと言ったのは母だった。だから私も謝らないでほしい。私は謝って欲しくない。

 

 それがわかっているのだろう。この母は私が寝ているこの時にこんなことをしているに違いない。

 だからこれは、自己満足の懺悔にも似た……。

 

「やっぱり、私には母親なんて無理だったのかな? 不自由ばかりかけさせて、苦労させて……」

 

 そんなことはない。立派な母親だ。

 私はこの生活で幸せだった。これ以上ないと思えるくらい。だからそんなこと、言わないでほしい。思わないでほしい。

 私は必死に聞いていないふりをする。

 

「イジア、ありがとう。もう少しでお別れだよ? 私のこと、忘れないでね?」

 

 消え入りそうな声で――私の母はそう言った。

 それはあまりにも私にとって予想外で、咄嗟に目を開けてその言葉の意味を問いただそうとする。

 

 そうしたら、私は母と目が合った。目を合わせてしまった。

 私は急激な眠気に襲われて、でも、眠ったら母が遠いところに行ってしまうんじゃないかと思う。だから必死に抗って、でも、母が背中をさすって来るもんだから安心して。

 ついには身を委ねてしまう。深い、深い底に。

 

 

 

 ***

 

 

 

「気をつけてねー!」

 

 母が大声を出しながら私を見送る。

 

「いってきまーすー!!」

 

 そうそうに本を読むのに飽きた……いや、読み終えた私は外に出る。

 やっぱり私は外で遊んでる方が似合ってる。

 外で遊ぶっていっても、走るだけ。遊び道具とかないし、草とかいじるのもいいけど、虫とか嫌いだ。触りたくない。

 

 今日も私の身体は快調。快調すぎてとても楽しい。

 それで私は思い出す。相手がいないことにはどうにもならないかもしれないが、消える練習をしよう。

 

 消えると言っても本当に消えるわけじゃない。ただ消えたように見せかけるだけだ。できる人はそれなりにいた。主人公もやってた。

 シュン、って一瞬で動く技よりは簡単なんじゃないかと思う。

 

 死角に入る。上手く動かないといけない。敵はイメージでいこう。

 えっと、こう、体勢を低くして……急激な加速と音を立てない歩法みたいな説明だった気がする。

 

 私は必死に練習をした。

 漫画に憧れた子どもの遊びに過ぎないのかもしれないけれど、魔術を練習するよりもよっぽど楽しいよ。やればやるほど身になっていくような気がした。

 魔術は、成果が上がらないのがよくわかるから。

 

 音を立てないようにと、急激な加速はなんとか少しはできるようになった。そんな気がする。

 音のしない地面の蹴り方を、試行錯誤の末に見つけ出したのだ。急激な加速は、まだきっと筋肉が足りないのだろう。

 死角に入るのは、わからん。相手がいなきゃなんとも言えない。

 

 夢中になってて気がつかなかったけど、日がもう少しで落ちそうだ。

 空は青から黄へと変わり始めている。

 

「……え?」

 

 この状況に、どうしようもない違和感を覚えてしまう。

 何かがおかしい。こんな時間まで外にいたのは、なかったから。

 考えれば、理由はすぐにわかった。

 

 ――なんでお母さんは私を呼びに来ないの?

 

 嫌な予感がする。

 少なくとも、いつもなら日が暮れる前に迎えに来てくれるはずだ。それなのに、習慣となっているはずなのに、今日はなんで。

 

 なにかが起こったに違いない。

 もしかしたら、病気か。倒れているのかもしれない。

 

 私は走り出した。

 もう居ても立っても居られない。母に何かあれば私は……。

 

 必死に風をきる。

 足を全力で動かす。長い時間遊んでいて、もう疲れている。けれど、無理やりにでも酷使してでも、前に進む。

 

 肌に当たる風に、少しの気持ち良さも感じられない。

 いつも、どこまでも飛んでいけそうと思えた一歩が、いまこの瞬間はもどかしい。

 

「……っ!」

 

「危ないな……」

 

 男性だった。どこかで見たときのある出立ちだった。向こう側から歩いて来ていた。

 

「なんで……?」

 

「子ども……? 街は向こうだ。もう日が暮れる。こんなところに一人は危ないな……。親はどうした?」

 

「……え……! じゃあね……っ!」

 

 向こう側には、私の家しかない。

 この男は、確かあの物語にも登場していた……。恐ろしさに、足早に私は家へと向かった。

 

「嫌われてしまったか……」

 

 それほど距離はないはずなのに、家までの道のりは、とても長く感じられてしまった。

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