名無し――転生の魔女
長――犬歯の魔女
クリムゾン――不倶戴天の魔族
あたし――核融合の魔法少女
001
桜が面影を残さず消え散り、木々が緑に染まりきった頃。
私と転生の魔女は、ここで唯一『長』と呼ばれる存在、犬歯の魔女に呼び出された。
「魔族が、現れた」
老婆の嗄れた声が、校長室(仮)の隅まで響く。
「それで、何が目的なんですの?」
二度の転生から完全復活した『転生の魔女』はソファに優雅に腰掛け尋ねた。釣られるように、私も隣に座る。
「オレ様たちを呼んだということは、話し合いで解決とはいかなかったのでしょう?」
「……奴の名は『不倶戴天の魔族』、元は『不倶の魔女』。生粋の孤独主義者にして、人類に対する不倶戴天の如き絶滅主義者だ」
「つまりぶっ殺すしかないってことですわね」
「転生の。口が汚いぞ」
「う、……即刻、尽滅してみせますわ」
この老婆は、転生の魔女の二人目の師のような人間。師にして育ての親である天聖の魔女以外で、頭の上がらない存在の一人である。
「魔の。頼んだぞ」
「えぇ、えぇ。わかりましたよ」
そして私さえ、逆らえぬ存在である。
伊達に、老婆の姿のまま、保管魔法も使わずに生き延びていない。
「出来ることなら、核融合なり理不尽なりに任せるべきことを、主らに任せること、切に詫びる」
「気にすることはありませんわ。オレ様たちに倒せぬ敵はいませんもの。でしょう?」
「いや、まあ、うん。……お任せください、長」
私は転生の魔女を連れ、校長室を後にした。
002
「やってしまいました、いえ、言ってしまいましたわ……」
「ねえ、まじどうする? 魔族だってよ、魔族」
「勝てる気がしませんわ」
「超同感。魔法少女までなら残機ゴリ押しで勝てるけど、流石に魔族はなぁ……」
「オレ様の転生をそのような言い方しないでくださいまし。貴女の魔法なら魔族相手でもどうにかなるのではありませんの?」
「無茶言わないでよ。私、魔法使いよ?」
「魔法遣いが何を言いますの」
「なんでも言うとも。そっちこそ、適当にいい感じの魔法持ってきてよ」
「魔族を相手にできるような魔法、魔女が扱えるわけないでしょう。魔法少女じゃあるまいし」
「だよねぇ。……あーあぁ、超強い魔法少女が手伝ってくれたりしないかなぁ」
「長が言ってましたでしょう。核融合も理不尽も頼れません」
「ジェーンちゃん、魔法少女に転生できたりしない?」
「魔力の絶対量が絶望的に足りませんわ。貴女こそ、魔法遣いならなんとか出来ませんの?」
「万能なんて、億兆の力の前には無力も同然」
「弱気ですわね。気持ちはわかりますが」
「だって魔族だもん。下手すれば人類絶滅だよ? 下手しなくても国か街が滅びかねないんだもん」
「……ですわよね。責任重大ですわ」
「いや、責任なんて無いようなもんよ」
「何を言っていますの?」
「魔族相手の負けなんて、死んだも同然。私たちが責任を負うことなんてできないよ」
「忘れていまして? オレ様、転生の魔女ですのよ」
「もちろん知ってるとも。私は魔の魔法使いにして魔法遣いだよ」
「仕方ありませんわね。腹を括りましょう」
「括るのは相手の首だよ。勝てずとも、せめて飼い慣らさないと」
「期待していますわ、魔法遣い」
「死んでも一緒だよ、転生の魔女」
003
某県某市。
周囲半径三百キロの住民は既に避難しており、日本全国で緊急事態宣言が発令。外出の完全禁止が命じられた。
対戦のセッティングは戦場の魔女が全て整え、私たちは不倶戴天の魔族と相対していた。
「我は不倶戴天の魔族――クリムゾンだ」
「オレ様は天聖の魔女の弟子、転生の魔女――名は捨てていますわ」
「私は魔の魔法使い――魔法遣いとでも名乗ろうか」
魔族、クリムゾンは赤髪の偉丈夫だった。膨れた筋肉の鎧は服をつっ張り、目は怒りに血走り、口端からは牙のような犬歯が覗く。
「魔法少女でも無い、力を捨てた貴様らが、何故我の前に立つ!」
「オレ様が魔女だからですわ! 人を捨てた貴方を生かすわけにはいきませんの!」
「ぶっちゃけ、人類なんて滅ぼうがどうでもいいんだけど、君ら、私たちだって見境なく殺すでしょ?」
「当然――
クリムゾンの肉体に、波打つような光が迸る。
「先手圧勝ですわ――
魔女の素手の二丁拳銃。不可視の弾丸が命中する、が――
「効かん!!」
拳を握りながら駆けるクリムゾンは何事も無いように弾丸を弾く。
「死ね! 魔女!」
「まずっ――
魔女の顔面を撲殺せんと迫る拳の前に、ゲル状の塊が出現する。しかしそれも――
クリムゾンの拳はものともせず、魔女を撲殺するどころか、上半身を丸ごと吹き飛ばした。
「フン、たわいない」
「なるほど、不倶戴天の魔族。不倶戴天の名に違わぬ防御と攻撃。紀利ちゃん以上にシンプルですが、しかし強力ですね」
「次は貴様だ、魔法使い!」
ギロリ、と、私を睨み付けるクリムゾン。
「あはは……、勘弁して欲しいなぁ。――
転生の魔女の魔法との反応を見るに、不倶戴天は凶悪な形での拒絶の魔法。馴れ合いを拒絶し、触れ合いを拒絶し、共存を拒絶する。その魔法の前には、他のモノは存在すらできない。
「私、見る目がないとはよく言われるけど、学習能力はある方でね」
「その魔法は接触しなければ死なないっ、っんだよね! 見ればわかるよ!」
大気をも弾きながら飛んでくる拳を、私は見えた未来に習いながら
「ならば知れ! 我にとって目視と接触は同義だ!」
「まずっ!」
クリムゾンの肉体に走っていたものと同じ、波打つ光が、壁となって私に飛んできた。
――ならば貴方も知ることですわね。オレ様にとって死と成長は同義ですわ!――不退転」
「ジェーン! 不倶戴天に接触はダメ!」
「はあ!? オレ様死に損ですの!?」
転生の魔女の魔法が蘇生ではなく転生である由縁――転生特典。この世から失われた魔法を一つ、土産に持ち帰ることができることが、ただの蘇生との大きな違いである。
「ごめんもっかい死んで! ――情報硬化!」
庇うように私の前に蘇った転生の魔女の肉体を盾として強化し、不倶戴天の壁から私は逃れる。
その強化も焼け石に水。魔女の身体は赤も残さず弾け飛んだ。
「死にましたわ!? なんてことするんですの!?」
「すぐ転生したんだからいいでしょ!」
「良いわけありませんわ!」
「何をした貴様ぁ!!」
喚く転生の魔女以上に叫ぶクリムゾン。
「……オレ様が即時復活できる回数は残り二回。それ以上の転生は全快足りえませんわ」
「なんなのだ貴様らは! 憎らしい憎らしい憎らしい! ゴキブリのごとき魔女め!」
「現状、オレ様は貴方に手も足も出せていませんのですが」
「うるさいうるさいうるさい! 発言をやめろ思考をやめろ二足をやめろ人間をやめろ! 猿に帰り野に帰り地に帰れ! 早急に絶滅しろ!」
絶叫。それは人類に向けられた怒りと憎悪。怒りを向けることすら嫌だと言わんばかりの叫びは、魔法でも、そもそも攻撃でなくとも、地を揺るがした。
「貴様らは若い魔女でも魔法使いでも無いだろう! なぜ滅ぼさぬ! なぜ憤らぬ! なぜ守る!」
「言ったでありましょう。齢二百を過ぎようとも、オレ様は魔族ではなく魔女なのですわ」
「それだけの年月を経てなぜ解らぬ! 人類は愚かで何も学ばず、知らずに滅びへ導く世界の害悪!」
クリムゾンの語ることは、歴戦の魔法少女曰く魔族の常套句。それは真実、なのだけれど……。
「そこまでわかって、なーんでわからないかな、魔族の人たちは」
「……なに?」
「人類とて世界の一部。人類によって滅びがもたらされるのなら、それもまた世界の選択。世界の理から外れた私たち魔導士がとやかく言うことじゃ無いの」
「……。」
004
あたし、核融合の魔法少女。
お仕事を終えて帰国したら……、
「え、なに、日本滅んだ?」
夜の無い不夜の国であるはずの日本が、夜闇に包まれていた。
「なんで!? 魔族!? それともテロリスト!? みんなは!? ……あ、そうだケータイケータイ」
海外に出るときはおばあちゃんに渡されるケータイで、あたしはおばあちゃんの番号に電話をかけた。
《……私だ、核融合の》
「もっしー、おばあちゃん。生きてる? それとも滅んだ? 人類絶滅?」
《……帰ってきたのか。思ったより早かったな》
「いやね、行ったんだけどさ、着いたらもう終わってたんだよねぇ」
《……詳しい報告は後で聞く。文字通り緊急事態だ。今すぐ転生と魔の元へと向かってくれ》
「ジェーンちゃんとこ? いいけど、報酬は?」
《甘やかしてやる》
「お休みも欲しい! いっぱい!」
《……報告を聞いてからだ。いいから急いで迎え》
「はーい。またねー、おばあちゃん」
《ん。》
日本から光が消えた日。対照的に、気温は上昇したという。
第二話、おわり。