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右目に肉腫を膨らませ、鬼の牙を剥き出しにし、煉獄の訊問を
彼にあるまじき
「やはり! おまえは! “
炎柱は白い羽織を
鬼との戦いにおいて、仲間が鬼の手に落ちて操られることも珍しくはない。鬼の異能“
抜刀は、一刹那。
「炎の呼吸 壱ノ型
竈門炭治郎を称する鬼の
「む!?」
処女雪のごとく透明で
煉獄の超速度を見切り、少年を護るべく現れたのは、
凛とした
追撃を避け、仲間たちの陣まで後退する煉獄。
炭治郎は柔らかい笑みと共に、女の右手すぐそばまで歩み寄る。
「紹介します、煉獄さん。俺の、新しい仲間です」
彼の言動が真実であると告げるように、銀髪褐色の女騎士は、炭治郎の障害となりうるすべてを排除せんばかりに槍と盾を煉獄へ向けて構えた。
煉獄は直感する。
この女性、
彼の勘を肯定するように、煉獄の仲間たちが呟きを漏らした。
「あ、あれって?」
「え、え、なんで?」
「モ……、モーズグズ?」
カラスたちが当惑するのも無理はない。
彼女はここ数ヶ月、消滅の噂が
首元に見える
心臓を思わせる
一度は首断たれた後に、何らかの技法呪術で再結合されたがごとき、
それ以外は、ユグドラシルプレイヤーが
あの“ヴァルキュリアの失墜”以降に実装された新外装──機械槍と巨大盾を扱う冥府の女騎士としての姿を、見間違えるプレイヤーなどいるはずがない。
しかし。
繰り返しになるが、彼女が出現するのはニヴルヘイムとヘルヘイムを繋ぐ“黄金橋”──その番兵として立ちはだかるのが、モーズグズという処女神であったはず。
間違っても人間の世界に、どんなイベントであろうともミズガルズの新緑の大地に姿を現すはずのないものが、彼等プレイヤーたちの目の前に現れている。
ユグドラシルの歴史上にも
さらに、当惑を覚えるべきボスキャラは、
「う、嘘でしょ?」
「あれって、まさか」
「いいや、間違いない」
炭治郎なる少年剣士、および、モーズグズと肩を並べるように現れたのは、やはり、ユグドラシルの神クラスモンスターたち。
その
炭治郎の右側に現れた、血まみれの人物を見る。
「グ、グレンデル・マザー?」
「フローズガール王領、
殺された
奪われた子の片腕を取り返すべく王の館を襲い、北欧の英雄・ベイオウルフへの復讐に果てた、傷だらけの母。
ついで、モーズグズの左側に現れた人物を全員が見る。
「あいつヴァフスルーズニルじゃん!『オーディンと並び称される智者』!」
「んな、ばかな。死者として、ヘルヘイムの氷河城にいるはずだろ? このミズガルズにいるわけない!」
北欧神話の主神との知恵比べに敗れ命を落とした、純白のローブを
黒髪の男は
さらなる人影が炭治郎の背後に現れ、全員が息をのむ。
「う、──うそ」
「あ……ありえな」
「まさか──まさか?」
「フ……、フレイヤ──?」
このユグドラシルにおいて絶対的な美貌を有するヴァン神族の女神──生と死、愛と戦、豊穣と魔術を
──さらに、光景の異様さは加速する。
「え、な、な、なに?」
「地震? 地殻変動の魔法?」
「ねえ、あれ! あれ見て!」
「いや、あれって……、……?」
「そんな、なんで、こんなところに?!」
煉獄やプレイヤーたちの背後の方角──地鳴りと共に都市の西側に現れたのは、小山のようにも見える影。
その正体についても、知らぬプレイヤーは皆無であった。
腐蝕毒の瘴気と大呪詛の竜鱗を身に
さらに、アース神族の城砦を築きながらも謀殺された、巨人の石工・フリームスルサルと、彼の相棒にして愛馬、すべての
いずれもユグドラシル内において、大量のプレイヤーによって仕留められることが前提となるレイドボス……超級の体躯と、強靭なステータス、さらには超弩級の体力ゲージを持つことで有名なイベントモンスターに他ならない。
どうやら超大型の彼らは、都市外縁……森と街を隔てる高さ20メートル程度の隔壁に取りつき、完膚なきまでに破壊の限りを尽くす算段のようだ。
「っ、これだけ鬼舞辻の鬼が近づきつつあったというのに、まったく気づくこともできなかったとは!」
穴があったらとも言っていられない──まったく
煉獄の気が
断じて
「いやぁ、すごいですよね、魔法の力。〈
情報系魔法と精神系魔法の
褒められた形になる白服の男は、まるで主人に仕える従者のごとく、少年へと
混沌を深める状況のなか、キサツタイの皆が煉獄に問いかける。
「れ、煉獄さん。鬼舞辻の、その……“鬼”って」
「ユグドラシルの鬼と、どう違うんでしたっけ?」
日本刀を抜いたカラスと、背負っていた大鎌を構えるオオルリが、
煉獄が常日頃から危険を知らせていた存在であることは周知の事実。が、まさかこのユグドラシルに実在するとは思ってもみなかったという表情だ。プレイヤーの
煉獄は改めて教えた。
「鬼舞辻の鬼は、君らの知る鬼──モンスターとは根本的に違うものだ」
煉獄は
ユグドラシルの鬼──種族としてのモンスターと、鬼舞辻の鬼は、似て非なるものだと。
「この世界の鬼──ニヴルヘイムやヘルヘイムを主な
そう口で説明する煉獄だが、果たしてプレイヤーたる者たちに、どれほど恐怖の意識を共有することができるものか。
そもそも煉獄がいた
人を喰う鬼が実在するという話を公表しようものなら、その恐慌と狂乱は、間違いなく人心を乱し、国家に大きな災いの影を落とすだろう。
だからこそ、人食いの鬼は伝説や寝物語の住人となり果て、鬼殺隊も人々の伝聞の内に語り継がれるだけのものとされた。
煉獄に、キサツタイの一人である女武士、五尺大太刀を抜き払ったシマエナガが問いを投げる。
「あの、煉獄さん。竈門少年って、確か、煉獄さんが、後を、託したって」
そうだと頷く煉獄だが、目の前の少年は明らかに違う。違い過ぎる。
「あれが竈門少年であるものか」
断言する。
いかなる経緯をたどろうと、あの少年が鬼になることを許容するとは思えないし、何より、仲間や妹をあのような言い方をするなど、まったくもって考えられなかった。
鬼になったばかりで正気を失っているというのならば、まだ納得がいく。しかし、煉獄は今、目の前の鬼と会話し、ある程度の意思疎通ができている。その事実がある以上、彼は間違いなく自我を有している。
そんな状態にありながら、
柱として鍛え上げた感覚野が告げる真実。
目の前にいるものは、長年にわたり対峙し退治してきた、宿敵の一体であること。
炭治郎……否……右目が肉腫で潰れた鬼の左目には、
(しかし、わからん)
あれの正体は間違いなく“鬼”であるが、それが炭治郎の姿を取っている理由は、何か?
高性能な擬態能力を有しているにしても、何故、竈門炭治郎の姿に化ける必要があるのか?
それこそ、煉獄の意識を読み取り、その像を形作る
しかし、何故炭治郎である必要があるのか、
煉獄の
情報が不足している。現状において、偽物の炭治郎……鬼の思惑を
なんとも
(それでも!)
いずれにせよ。煉獄杏寿郎の内に
僅か数瞬の思考を終えた。
「鬼舞辻の鬼は、俺がすべて
その
「炎の呼吸 伍ノ型」
繰り出したのは、鬼の
「
炎刀から
盾を構える女騎士──モーズグズの防御系スキル“女巨人の盾”が発動。グレンデル・マザーは傷だらけの顔を
『〈
精神系魔法の極み──対策を講じなければ意識を操られ、場合によっては大幅なレベルダウンを余儀なくされる強力な魔法であるが、
「──ッ、効かぬわ!」
突進する煉獄は気合のみで、魔法の影響を弾き飛ばす。
『やはり』という風に微笑む男。彼は賢知に富んだ静かな声音──覚者めいた調べを保ったまま魔法の詠唱を続ける。
『では、モーズグズ
〈
モーズグズへと注がれる強化魔法の数々。炎属性への耐性強化を受け、モーズグズは突撃を敢行。
「どけぇ!」
『どかない』
叫ぶ煉獄に、長柄武器をもって立ちはだかる女騎士。
日輪刀と機械槍が激突の火花を散らした。
たった一合の
「炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり」
巨大な焔の渦を生む斬撃であったが、モーズグズの防御の硬さを突破できない。
さらに打ち込んだ二撃三撃を阻まれ、四五六撃を打ち込まれ防御に徹する炎柱。
(この女騎士殿、相当の
魔法の強化を受けていようと、最上位プレイヤー──ワールドチャンピオン級とも評される煉獄の振るう一撃に追随できるものは、極めて限られている。単純な反射速度の違いだけでも、煉獄の身体能力は超人の域に位置していた。しかし、
『あの方の邪魔は、させない』
モーズグズは
「くッ!」
「煉獄さん! 援護します!」
進撃を阻害される煉獄に、仲間たちからの支援が届いた。身体強化と防御魔法の重ね掛け。ついで、色とりどりの魔法、遠距離攻撃の
「あは」
炭治郎は腰にある日輪刀──鍔を失った刀に、手を這わせた。
抜刀は一瞬。
次の瞬間には、銃弾や魔法の弾幕が引き裂かれ、バリケードを築いていたプレイヤー十人が、宙を舞っていた。
より正確には、空中に吊り上げられるように、体の中心を貫かれている。
「ッ、なに!?」
驚愕した煉獄の瞳に映るのは、炭治郎の黒刀とは似ても似つかぬ、異形の凶器。
竜の尾の骨を思わせる太い白刃がひとつと、黒鉄の刃で織り編まれた鞭のごとき触手が四つ。
それが炭治郎の握る刀の柄から飛び出し、まるで
超々高速で行われた殺戮劇に、殺された
「え……え?」
「お、あ?」
「うそ?」
次の瞬間、炭治郎は鍔部分に骨のようなものが生えた刀を横へ振った。
と同時に、プレイヤー十人の肉体が上下に千切れた。
たった一撃。
ただそれだけの攻撃で瞬殺されたプレイヤーたちが雑魚であった──そんなわけがない。
「ば、馬鹿な!?」
「冗談きつすぎでしょ!」
「そ、即死対策貫通とか、ありえねぇ?!」
殺されたプレイヤーたちの仲間たちは、愕然となりつつ現実を否定。
この都市はミズガルズ〈最奥〉への探索を試みるための前線基地……第十一開拓都市で経験を積んだプレイヤーたちは、軒並みLv.100の実力者だ。身に帯びる装備品も、超一級の最高クラス──“
「信仰系! 早く蘇生させろ!」
「ちょ、駄目! 蘇生妨害されてる!」
「戦闘終了まで復活なしか! ヤバい相手だぜ!」
そんな彼等の前で、
「な、ま、まさか?」
「え、ゾ、ゾンビ化?」
「じゃねえぞ、これッ!」
さきほど煉獄が
十人のプレイヤー──その上下に分断されたものたちが、
奇怪で
「やっべえ、マジかよ!」
「全員、あの少年に殺されるな! 敵勢力に取り込ま、げぁ!」
「班長!」
「
注意喚起する端から、まるで
そして、肉腫と化した者たちが、仲間たちだったものたちへ
「ッッ、貴様ああああああああああああああああああああッ!」
怒りのまま
しかし、彼を阻むモーズグズの
成す術もなく蹂躙される都市のプレイヤーたち──
だが。
「待って待ってやばいっしょ、これ!」
「うわ、鳥肌たってきたし!」
「とにかくあいつを、あのガキを潰せ! ブチ殺せ! 有象無象に構うな!」
「そんなこと言ってもーっ!」
「うちの主力が来るまでねばれ!」
「フレイヤの挙動にも注意しろ! 何しでかすか分からん!」
「くそが! この街を落とさせてたまるかよ!」
「ここまで進むのに、どれだけかかったと思ってる!」
「上等だぁ、やってやんよ!!」
「いくぞぉっ!!!」
剣士が、騎士が、武士が、騎兵が、弓兵が、僧侶が、修道士が、司祭が、格闘家が、歩兵が、銃兵が、魔法詠唱者が、都市のありとあらゆるプレイヤーが、続々と戦線に加わっていく。
渦巻く喧噪に満ち満ちる戦気、混沌を極める都市の中心で、煉獄とキサツタイは戦い続ける。
そんな人間たちの奮戦に対し、炭治郎は太陽が西のかなたに沈みゆく空を背に、
────ユグドラシルに、夜が、訪れようとしている。