煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】   作:空想病

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アニメ無限列車編が楽しみ!!


第拾弐話  煉獄杏寿郎、プレイヤーたちと奮戦す

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 時を少し(さかのぼ)る。

 

 

 

 ミズガルズ《最奥》の森。

 第十一開拓都市周辺の領域にて。

 

「チッ。()(たい)な場所だなぁ」

「……そうだな」

 

 そこで会話は途切れる。

 日本(ひのもと)の山々とは植生も何もかもが異なる森林。

 迷宮のように入り組み、人の手どころか獣道(けものみち)(たぐい)も見受けられない──棲息(せいそく)するモンスターは“POPする”ものであり、二人が進むのはゲーム内につくられた土地でしかない──そんな深い森の傘の下で、和服に帯刀している剣士が、二人。

 

「バカでけえ大木もありやがる。枝葉が空を覆うほどなんざ、どんなデカさだよ」

「……そうだな」

「俺らがいたところにいた巨人の女たちもデカかったが、まるで比じゃねぇよな」

「……そうだな」

「だというのに、この森の明るさはなんだ? 森の樹自体が発光でもしてんのか」

「……そうだな」

 

 再び会話が途切れる。

 一人は、顔や全身に傷痕を負った、白い短めの羽織を着込む男。

 凶悪な人相とガラの悪い口調が、粗暴(そぼう)な人物であるように印象付けられる。

 もう一人は、黒髪を長く伸ばし、左右で違う柄の羽織を纏う男。

 柔和(にゅうわ)な面立ちと物静かな雰囲気が特徴で、言葉すくなに相槌を打つのみだ。

 二人は呼吸を一糸も乱すことなく、森の中をひたすら歩き進む。

 

「この、妙な世界にあるって(もっぱ)(うわさ)の“鬼殺隊(キサツタイ)”。その、第十一なんとか都市とやらはよお、本当にこの先にあるのかぁ?」

「……そうだな」

「──ッ、前から言ってるが、ちったあヒトと会話したらどうだぁ、冨岡ァ!?」

「……すまない」

 

“風柱”不死川(しなず)実弥(さねみ)叱咤(しった)に対し、“水柱”冨岡義勇(とみおかぎゆう)は、純粋な謝辞(しゃじ)を零す。

 

 ──二人は、この森におおわれた世界と隣接する世界──プレイヤーたちが呼称するところの“ヨトゥンヘイム”から、渡り来た。

 ヨトゥンヘイムは、ユグドラシル世界の北東の端に位置する。原初より変わらぬという意味での「鉄の森」“イアールヴィズ”で、人間の土地であるミズガルズと(へだ)てられた、多くの巨人族たちが住まう極寒の世界である。

 

 主要都市としては、NPCの巨人王ウートガルザ・ロキが統治する“ウートガルズ”、同じくNPCの女巨人メングロズが統べる“ガストロープニル”、さらには、鷲の巨人スィアチが住まう巨人の城館が都市そのものとなった“スリュムヘイム”などがあり、なんらかの巨人種族を選択したプレイヤーたちが、ゲーム内にはじめて降り立つ土地に設定されている。

 

 二人は「一週間前」、鉄の森(イアールヴィズ)に降り立ち、そこでほどなく合流・再会を果たし、かの地に住まう巨人族の魔女(イアールンヴィジュル)たちを巨人族の蛮族から助けた代わりに、この世界(ユグドラシル)の知識を教え(さと)された(のち)、人間の地であるミズガルズを訪れたのだ。二人は女巨人たちに歓待を受け『おまえたちは人間だが、この森に居住してもよい』「うちのギルドに加わりませんか?」とまで言われたが、彼らと同じような強者(つわもの)の噂────数ヶ月前、ミズガルズ〈最奥〉で旗揚げされた“キサツタイ”なる集団(クラン)の情報を頼りに、巨人族の魔女や()(たけ)十尺(じゅっしゃく)*の女プレイヤーたちと別れ、この数日間を共に旅してきている、

 不死川はたまらず冨岡へ悪態をついた。

 

「ったく。辛気臭え顔しやがって。無惨を(たお)した後は、一緒に飯屋にも行っただろうが。その時とは別人みてえに(くれ)えぞ?」

「……ああ、そうだな」

 

 冨岡は、ふと足を止める。

 不死川の言動が(かん)(さわ)ったわけでは当然ない。

 

「正直なところを言うと、いまだに信じられないでいる。俺も、不死川(しなずがわ)も、あの戦いを、無惨との決戦を、炭治郎たちと共に生き延びた。なのに」

「──ああ」

「あの戦いで無惨を(たお)し、鬼殺隊は無事解散され、俺たちも互いの道を進み、人並みに家族に恵まれ、そうして、命を(まっと)うしたはず……なのに」

「──そうだな。信じられねえことが起こってやがるのは、確かだ」

 

 不死川も、冨岡の口が重い理由は、さすがに察しがついていた。

 

 二人の身体は生前のそれとは、微妙に、異なる。

 無限城での戦い、無惨との決戦の果てに、あまりにも重篤な戦傷を、互いに負った。

 不死川は、右手の指二本を上弦の壱との死闘で欠き、冨岡は、無惨の放った一撃によって、剣士の命ともいえる右腕を、失うまでに至った。

 なのに、今の二人の身体は壮健そのもの(・・・・・・)

 不死川の右手指は五本あり(・・・・)、冨岡の右腕も元通り(・・・)──つまり、あの決戦前の状態に戻ったような状態と言える。

 ただの生き返りや生まれ変わりとは違うと、そう判断して当然の状態。……いったい全体、何がどうなって、自分たちはここにいるのか、まったく理解不能な二人であった。

 

「だがな。俺たちのやることは、ひとつも変わらねえだろうがぁ」

「──ああ。そうだ」

 

 嵐のごとく荒れ狂う双眸(そうぼう)を向ける不死川の主張に、冨岡は音もなく頷く。

 

「人々を守り、悪しき鬼を滅殺する」

 

 ()いだ水面(みなも)のように透き通った黒い瞳で前を向く冨岡義勇。

 と同時に、不死川の小腹がきゅるると唸る。たまらず舌を打つ風柱。

 冨岡は己の懐を探ると、そこに忍ばせた食べ物を取り出した。

 

「──食べるか? おはぎ?」

「……ぶっ殺されてえのか?」

 

 などと言いつつ、冨岡が常備していた甘味をひったくるように手に取って頬張る不死川。いかに柱といえど、人間である以上は空腹と無縁ではいられない。巨人族の魔女たちによって〈保存〉の魔法とやらが効いているそれは、時間経過で(いた)むことなく、アルフヘイム産あずきをふんだんに使ったあんこのかぐわしい芳香と味をそこなうこともない。おはぎはわずか数秒で、すべて風柱の胃袋におさまった。

 冨岡は再び懐の無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)に手を伸ばした。

 

「まだあるぞ」

「テメェ、出立の時に、巨人の女どもにどんだけ作らせてやがったんだぁ?」

 

 ちなみに、不死川も弁当箱の中に五十人前分になるおはぎを詰めてもらっていたが、出立(しゅったつ)してから一日で食いつくしてしまっていた。

 握り飯一個ですら、十分な満腹感を与える不思議な調理技術(スキル)とやら──この世界の異様な法則──魔法の力とやらの恩恵にあずかりつつ、二人は歩き続ける。

 その時だった。

 

「──なにッ!」

「……これは?」

 

 尋常(じんじょう)ならざる鬼の気配が、何の前触れもなく二人を襲った。

 それは、二人が目指していた都市の方角から、十里以上の距離をものともせず、鬼殺の柱たる者たちへと存在を主張する。

 濃密で禍々(まがまが)しい、だが、二人には生涯忘れえぬ、人喰い鬼の殺気だ。

 

「急ぐぞ!」

 

 大森林を一挙に一直線に突き進む不死川。

 風柱の疾風(はやて)のごとき果断即行に、水柱は波立つ心を抑えるように、無言のまま速度をあげて追随する。

 ミズガルズ・第十一開拓都市に、鬼の軍勢──竈門炭治郎たちが襲来した、数分前のこと。

 太陽が西のかなたに、没しようとしていた。

 

 

 

 

 

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 宵闇にとざされようとしている第十一開拓都市は、異形なる者たちの襲撃に対し、各所で統制に乱れと伝達の不和を生じつつも、なんとか態勢を立て直しつつあった。

 敵首魁と思しき少年剣士──緑と黒の羽織を着た人間と異形の混交する敵対者への攻撃は、その前に横たわる分厚い肉の壁、少年が隷下においたプレイヤーたちの残骸(ぬけがら)の集合と集積によって、容易に突破することができない。おまけに次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)に類する高度な転移阻害も発動されているらしく、プレイヤーは誰一人として、炭治郎のもとへと速攻と近接戦をしかけられないでいる。

 

「魔法使い部隊! 広範囲を焼き尽くせ! 雑魚を一掃しろ!」

「馬鹿いってんじゃねえ! この都市ごと破壊するつもりか!」

「んなこと言ってられる状況かよ! とにかく敵が多すぎる!」

「遠距離支援! とにかく敵の親玉、あの少年に射線を集中!」

「救護スペース、確保! 効率的に回復させて、前線を維持!」

「まだ負けてねえぞ! “お嬢”の率いる部隊が来るまで粘れ!」

 

 ただ彼らが壊乱する有象無象に堕しなかった理由はいくつかある。

 これまでの襲撃事件によって警戒態勢が(げん)()かれていたこと、都市警邏(けいら)に用いた傭兵NPCの構築システムが事態の早期発見に結びついたこと、都市を運営防衛する商業ギルドの戦闘判断と処理能力が的確であったこと、そして、

 

「炎の呼吸 弐ノ型 (のぼ)炎天(えんてん)!」

 

 最前線で戦う炎柱・煉獄杏寿郎の存在も大きい。

 機械槍を振るう冥界の女騎士、銀髪褐色の女傑モーズグズと鍔迫り合い、すでに百合(ひゃくごう)以上もの剣戟(けんげき)を交わす彼の存在により、都市防衛を担うプレイヤーたちの士気は急上昇していた。

 一部界隈において、ワールドチャンピオン級と賞嘆されるほどの剣士、彼の戦闘の迫力、その怒号の本気ぶりは、否が応でも人々の胸を熱くたぎらせてくれた。

 

「しゃあ! “煉獄さん”に遅れを取るなよ! 野郎ども!」

「うちより人数の少ないクランにばっか、いいところ見せられるかっての!」

「ここは俺たちの街だ! 居候(いそうろう)さんに庭掃除なんて、させられねえからな!」

「いや、にしても……何度見ても、すげえ戦いっぷり……まじで俺らと同じプレイヤーかよ、あれが?」

 

 彼を“なりきり”のプレイヤーと信じて疑わぬ同輩たちが憧憬と慨嘆の息をついた。

 そして、彼を支えるクラン“キサツタイ”の存在も、この局面において重要な役割を務めた。

 魔法の杖めいた輝きをともす太刀を両手に構え、その武器に込められた魔法を煉獄に解放する女サムライ・シマエナガ。彼女の高い声が夕闇の都市に響き、詠唱の調べを口にする。

 

「〈上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)〉〈上位筋力増大(グレーター・ストレングス)〉〈超常直感(パラノーマル・イントゥイション)〉」

 

 彼女の紡ぐ強化魔法が、煉獄の体躯に注がれ、彼の能力値(ステータス)を上昇させる。

 シマエナガは白い甲冑を身に帯びる女サムライの風体だが、そのレベル構成の大部分は純粋な魔法職のそれである。これはいわゆるガチビルドといわれるものではなく、魔法剣士職のような器用貧乏と言わざるを得ないものであり、彼女いわく「サムライの格好で魔法が使えるの、カッコよくね?」という独自の理念のもと、シマは武士と魔法使いの掛け合わせビルドを構築したプレイヤーであった。そんな彼女の振るう五尺大太刀もまた、彼女の魔法を供与するために錬成された遺産(レガシー)級アイテムである。

 

「ツーク!」

「はいはい」

 

 クランの副代表の掛け声に呼応する最後衛の金髪童女──クラン:キサツタイに属する悪の科学者(マッドサイエンティスト)が、白衣の両裾を前方に(ひるがえ)した。

 

「第一格納庫(ハンガー)、開放」

 

 童女の号令と共に、彼女のアイテムボックス、その大規模増設版といえる“格納庫(ハンガー)”から、大量の傀儡(かいらい)が放出される。無機質な顔立ちに、無機的な白磁の手足。メイド服とおぼしきゴシックな装いの少女ら──自動人形(オートマトン)が、隊列を組んで現出。

 通常、プレイヤーが持ち運べるアイテム容量・重量は制限が設けられているのだが、彼女の希少な職業レベルのひとつ“次元操作師(ディメンジョナラー)”は、そういった制限を大幅に超えた収納量を保持できる。さらに〈転移〉系統の魔法にも長じ、大規模かつ超長距離の人員輸送などにも重宝されるものだ。ただ、この職種の惜しいところは、職業レベル自体にそこまでのステータス増強の恩恵は期待できず、レベルアップに必要な条件獲得も難行を極めるため、プレイヤーではあまり使いこなせるものはいないのが実情といえた。

 最低限の人型と球場関節が目立つ人形たちを操る“人形師(ドールマスター)”は、まったく逡巡(しゅんじゅん)することなく少女人形群を飛空させ、モーズグズへと突貫──文字通り「特攻」させる。

 ツークフォーゲルは臆面もなく、人形たちの運命を決裁した。

 

「コード〈自爆装置(セルフ・イジェクション)〉、〈起動〉!」

 

 そのキーワードによって、人形師(ドールマスター)の操る傀儡たち数十体は、敵である女騎士(モーズグズ)に組み付き、天敵を熱殺する蜂球(ほうきゅう)のごとく厚みを増していく。そうしてから、人形の躯体(くたい)内部にたっぷり満載していた爆薬を炸裂させ、見事な自爆攻撃を敢行。

 通常、あれだけの数──100体にも届きそうな爆裂の連鎖に巻き込まれたら、よほどしっかりと防御や対策を整えたプレイヤーでなければ、即死は免れないダメージ量だ。キサツタイにおいて貴重な回復役もこなす彼女だが、煉獄杏寿郎をはじめ優秀な仲間たちが収集する素材アイテムの豊富さと、鍛冶師グルーと共にアイテム製造や武器鍛造にたずさわる地位に就く彼女だからこそ、これだけの人形群を製造保有しうる。

 もっとも、その代償として、彼女自身の防御ステータスは貧弱を極める。攻撃ステータスだけに極振りし、防御に関しては他者に依存するレベルビルドだ。盾となる前衛プレイヤー・仲間たちの存在を必要とすることを、彼女は自らに課して久しい。

 そんな彼女の自慢の人形たちによる自爆特攻劇の結果は、

 

「やっぱり無傷か」

 

 ツークが意外という風でもなく確認した通り、モーズグズの防御を突破するには及ばなかった。

 彼女は、ユグドラシルの冥府にかかるギョッル川、その橋の通行を管轄する番兵、神クラスのボスキャラとして不足ないステータスを誇っている。

 それでも、仲間たちの支援という目的としては、上首尾の結果だ。

 的確な支援のタイミング、増強された炎柱の筋力、超常的な直感力の啓示、敵の視界と戦況判断を奪う絨毯(じゅうたん)爆撃の援護を受けて、煉獄は己の進撃を阻む盾を一挙に圧壊する。

 

「せぇあ!」

 

 剛声と共にモーズグズの肢体が背後へと退けられる。

 女騎士へ追撃を浴びせようと突撃する煉獄の脳天目掛け、宙を飛行するヴァフスルーズニルが三重最強化させた〈魔法の矢〉を照準。

 総計六十本の矢弾が雨霰(あめあられ)のように炎柱の頭上に降り注いだ。しかし、

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉!」

 

 煉獄の肉体を守る不可視の壁・三枚によって、無力化。キサツタイの最後衛に位置する女魔法詠唱者、クランの魔法火力役を務めるチーウーの見事な手際のなせる業であった。彼女は特徴的な魔女の三角帽──ペンギンを思わせる意匠を施されたそれと同じ色彩の瞳で、魔法使い最強級のボスキャラと視線を合わせる。彼女たち後衛を守るように、鋼の髪に上半身裸の作務衣姿が堂に入っている鍛冶師グルーが大槌を構え、全身鎧を着た白髪の聖騎士ファルコンが星球(モーニングスター)を回転させる。

 魔法戦に応じるように、さらなる攻撃魔法を紡ごうと手指を振るう白衣黒髪の男を、キサツタイの青髪女忍者(くのいち)オオルリが音もなく追撃し、(はば)む。彼女の振るう死神のそれを思わせる大鎌の一撃を、北欧の主神オーディンと並び称されるヘルヘイム氷河城の隠しボスは、月光の狼(ムーン・ウルフ)十二体を召喚して、己の盾とする。大鎌の一撃を浴びなかった狼たち五体に雪崩(なだれ)こまれ噛みつかれるオオルリであったが、彼女の身体は〈変わり身〉の丸太にドロンと瞬変していた。直後、どこからともなく四方八方より投射される手裏剣群を、ヴァフスルーズニルは全周を覆う防御魔法〈矢守りの障壁(プロテクション・フロム・アローズ)〉で払いのける。彼は微笑と共に後退しつつ、自分と同じ空を舞う僚友──女神フレイヤと、我が子の腕を抱くグレンデル・マザーのほうを仰ぎ見た。

 彼らはNPC同士でしか通じぬ会話を堂々と交わす。

 

『あなた方、少しは加勢されてはどうです?』

『えー? 汚れるしー、メンドくさいから、やだー』

『ううう、こ、怖いです。た、戦いたくは……ない、です』

 

 やれやれという風に肩をすくめるヴァフスルーズニル。

 

『そんな物言いをして、炭治郎殿の気分を(そこな)っても?』

『私はいいのよ~。炭治郎ちゃんは~、私がこういう女だって知って傍においてくれてるわけだし?』

『うううう、わ、わたしは、炭治郎くんに、その、あの、でも……えう』

 

 怯え震えるグレンデル・マザーの頬を、フレイヤは悪戯っ子めいた表情でぷにぷにと突っつく。

 

『もう。しょうがないわね、マザーちゃんは。そんなことじゃあ、あいつを、──そう、──ベイオウルフ(・・・・・・)を、殺せないわよ?』

『……ベ、イ、オ、ウル、フ……』

 

 その人物名──英雄の名がトリガーとなったように、グレンデル・マザーの怯懦(きょうだ)の涙が雲散霧消(うんさんむしょう)する。それをくすりと微笑みながら確認した後、女神は彼女を解放した。

 マザーは一心にひとつの名をつぶやきつつ、ミズガルズの大地に降り立つ。

 

『べ、ベイオ、ウルフ、ベイ、オウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフベイオウルフ、ベイオウルフベイオウルフベイオウルフベイオウルフベイオウルフ、ベイオウルフぅううううううああああああああああああああ──!!!!』

 

 赤黒い瘴気(しょうき)が赤髪から立ち上った。胸に抱えていた我が子の腕──漆黒の巨大な怪物の腕を強く掻き抱き、傷だらけの母は、狂乱する。

 

『よくも! よくもよくもよくも! よくもグレンデルを──わたしの息子(グレンデル)をコロシたなあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!』

 

 血の泡を吹いて喚き散らす姿に、怯え震える女の相は欠片も残っていなかった。

 血涙で深紅に染まった両の目、青黒い血管が隆起した全身で天を仰ぎ、猛獣神獣も(おのの)(ふる)えるほどの怒気を吐き散らしながら、子を殺された母親が“怪物”と化す。

 プレイヤーたちは一様に動揺した。

 

「お、おいおい! マザーが覚醒しやがったぞ!!」

「んなバカな、誰もまだ攻撃してねえだろうが?!」

 

 彼らが驚愕を覚えるのも無理はない。

 グレンデル・マザーは、基本的には無害なNPCであり、攻撃を仕掛けないかぎりは戦闘をしかけない存在なのだが、彼女にはある種の“覚醒条件”によって、凶悪なボスキャラに変貌する性質がある。彼女が裏ボスを務めるフィールド、フローズガール王領付近に生息する表ボス──かの有名な『ベイオウルフ』に登場する怪物──“グレンデル”。彼女は、彼女の息子を殺した存在(ニンゲン)を追撃し、完全な復讐を遂げることで有名なモンスターであった。さらに、他の覚醒要因として、彼女に損傷を負わせること──殺された息子のことを想起させる“血”の存在を想起させる行為によって、彼女はとんでもない膂力(りょりょく)と速度を誇る狂戦士(バーサーカー)となりうる。とくに、原典である『ベイオウルフ』と同じ「赤血の沼の戦い」──水中戦になると、もはや大抵のプレイヤーでは手に負えない暴走ぶりを見せるため、彼女と戦う上では下手に刺激せず、一撃死などを狙うこと・水中に引きずり込まれないようフィールドを改変する、などの対応策をとることが大原則とされ、今回のように、プレイヤー側が誰も何も攻撃を加えていない状態での覚醒・暴走は、実に初めての事象と言えた。

 彼らもまさか、NPC同士の会話──女神(フレイヤ)(そそのか)しの一言で、最悪の狂獣が誕生したとは、夢にも思わぬ事態である。

 

『 があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!! 』

 

 牙を剥いて咆哮(ほうこう)をあげ、北欧の英雄(ベイオウルフ)から奪還した息子(グレンデル)の片腕を武器として、プレイヤーどもを──ベイオウルフの一党と見なした存在を攻撃していくグレンデル・マザー。

 

『 許さない許さない許さない、ゼッタイにユルさないッ!!!!』

 

 黒衣の袖から覗く可憐な手足が、筋繊維の極太の束と化して盛り上がり、狂戦士らしい広範囲物理攻撃を展開。赤い髪が戦場を駆け抜けるたび、大地が砕け、建物が割れ、中には致命傷(クリティカル)判定を受けて一撃死する者もいる始末だ。

 まるで魔王の鉄槌もかくやという勢いで吹き飛ばされて体力(HP)を激減されていくプレイヤーたちは、なんとか防御を固め、マザーの束縛と弱体化に徹する。

 その陣列を、隊伍を、グレンデル・マザーはほんの数撃で、(ことごと)く掃討し撃滅していく。

 

『あらあら、すっご~い♪』

 

 金髪金眼の女神フレイヤは、自分がなしたことを悪びれもせず眺めやりつつ、天使の羽根で編まれたがごとき薄絹と共に、戦場を悠々と飛翔する。

 戦いは混沌の度合いを深めていった。

 その直下で。

 

「これ以上、貴様らの好きには、させん!」

 

 濃藍色の夜闇に覆われかける都市の中心で、炎柱たる煉獄は刀を振るい、人々と共に奮戦する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*
身長3メートルくらい

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