/
・
時を少し
ミズガルズ《最奥》の森。
第十一開拓都市周辺の領域にて。
「チッ。
「……そうだな」
そこで会話は途切れる。
迷宮のように入り組み、人の手どころか
「バカでけえ大木もありやがる。枝葉が空を覆うほどなんざ、どんなデカさだよ」
「……そうだな」
「俺らがいたところにいた巨人の女たちもデカかったが、まるで比じゃねぇよな」
「……そうだな」
「だというのに、この森の明るさはなんだ? 森の樹自体が発光でもしてんのか」
「……そうだな」
再び会話が途切れる。
一人は、顔や全身に傷痕を負った、白い短めの羽織を着込む男。
凶悪な人相とガラの悪い口調が、
もう一人は、黒髪を長く伸ばし、左右で違う柄の羽織を纏う男。
二人は呼吸を一糸も乱すことなく、森の中をひたすら歩き進む。
「この、妙な世界にあるって
「……そうだな」
「──ッ、前から言ってるが、ちったあヒトと会話したらどうだぁ、冨岡ァ!?」
「……すまない」
“風柱”
──二人は、この森におおわれた世界と隣接する世界──プレイヤーたちが呼称するところの“ヨトゥンヘイム”から、渡り来た。
ヨトゥンヘイムは、ユグドラシル世界の北東の端に位置する。原初より変わらぬという意味での「鉄の森」“イアールヴィズ”で、人間の土地であるミズガルズと
主要都市としては、NPCの巨人王ウートガルザ・ロキが統治する“ウートガルズ”、同じくNPCの女巨人メングロズが統べる“ガストロープニル”、さらには、鷲の巨人スィアチが住まう巨人の城館が都市そのものとなった“スリュムヘイム”などがあり、なんらかの巨人種族を選択したプレイヤーたちが、ゲーム内にはじめて降り立つ土地に設定されている。
二人は「一週間前」、
不死川はたまらず冨岡へ悪態をついた。
「ったく。辛気臭え顔しやがって。無惨を
「……ああ、そうだな」
冨岡は、ふと足を止める。
不死川の言動が
「正直なところを言うと、いまだに信じられないでいる。俺も、
「──ああ」
「あの戦いで無惨を
「──そうだな。信じられねえことが起こってやがるのは、確かだ」
不死川も、冨岡の口が重い理由は、さすがに察しがついていた。
二人の身体は生前のそれとは、微妙に、異なる。
無限城での戦い、無惨との決戦の果てに、あまりにも重篤な戦傷を、互いに負った。
不死川は、右手の指二本を上弦の壱との死闘で欠き、冨岡は、無惨の放った一撃によって、剣士の命ともいえる右腕を、失うまでに至った。
なのに、今の二人の身体は
不死川の右手指は
ただの生き返りや生まれ変わりとは違うと、そう判断して当然の状態。……いったい全体、何がどうなって、自分たちはここにいるのか、まったく理解不能な二人であった。
「だがな。俺たちのやることは、ひとつも変わらねえだろうがぁ」
「──ああ。そうだ」
嵐のごとく荒れ狂う
「人々を守り、悪しき鬼を滅殺する」
と同時に、不死川の小腹がきゅるると唸る。たまらず舌を打つ風柱。
冨岡は己の懐を探ると、そこに忍ばせた食べ物を取り出した。
「──食べるか? おはぎ?」
「……ぶっ殺されてえのか?」
などと言いつつ、冨岡が常備していた甘味をひったくるように手に取って頬張る不死川。いかに柱といえど、人間である以上は空腹と無縁ではいられない。巨人族の魔女たちによって〈保存〉の魔法とやらが効いているそれは、時間経過で
冨岡は再び懐の
「まだあるぞ」
「テメェ、出立の時に、巨人の女どもにどんだけ作らせてやがったんだぁ?」
ちなみに、不死川も弁当箱の中に五十人前分になるおはぎを詰めてもらっていたが、
握り飯一個ですら、十分な満腹感を与える不思議な調理
その時だった。
「──なにッ!」
「……これは?」
それは、二人が目指していた都市の方角から、十里以上の距離をものともせず、鬼殺の柱たる者たちへと存在を主張する。
濃密で
「急ぐぞ!」
大森林を一挙に一直線に突き進む不死川。
風柱の
ミズガルズ・第十一開拓都市に、鬼の軍勢──竈門炭治郎たちが襲来した、数分前のこと。
太陽が西のかなたに、没しようとしていた。
・
宵闇にとざされようとしている第十一開拓都市は、異形なる者たちの襲撃に対し、各所で統制に乱れと伝達の不和を生じつつも、なんとか態勢を立て直しつつあった。
敵首魁と思しき少年剣士──緑と黒の羽織を着た人間と異形の混交する敵対者への攻撃は、その前に横たわる分厚い肉の壁、少年が隷下においたプレイヤーたちの
「魔法使い部隊! 広範囲を焼き尽くせ! 雑魚を一掃しろ!」
「馬鹿いってんじゃねえ! この都市ごと破壊するつもりか!」
「んなこと言ってられる状況かよ! とにかく敵が多すぎる!」
「遠距離支援! とにかく敵の親玉、あの少年に射線を集中!」
「救護スペース、確保! 効率的に回復させて、前線を維持!」
「まだ負けてねえぞ! “お嬢”の率いる部隊が来るまで粘れ!」
ただ彼らが壊乱する有象無象に堕しなかった理由はいくつかある。
これまでの襲撃事件によって警戒態勢が
「炎の呼吸 弐ノ型
最前線で戦う炎柱・煉獄杏寿郎の存在も大きい。
機械槍を振るう冥界の女騎士、銀髪褐色の女傑モーズグズと鍔迫り合い、すでに
一部界隈において、ワールドチャンピオン級と賞嘆されるほどの剣士、彼の戦闘の迫力、その怒号の本気ぶりは、否が応でも人々の胸を熱くたぎらせてくれた。
「しゃあ! “煉獄さん”に遅れを取るなよ! 野郎ども!」
「うちより人数の少ないクランにばっか、いいところ見せられるかっての!」
「ここは俺たちの街だ!
「いや、にしても……何度見ても、すげえ戦いっぷり……まじで俺らと同じプレイヤーかよ、あれが?」
彼を“なりきり”のプレイヤーと信じて疑わぬ同輩たちが憧憬と慨嘆の息をついた。
そして、彼を支えるクラン“キサツタイ”の存在も、この局面において重要な役割を務めた。
魔法の杖めいた輝きをともす太刀を両手に構え、その武器に込められた魔法を煉獄に解放する女サムライ・シマエナガ。彼女の高い声が夕闇の都市に響き、詠唱の調べを口にする。
「〈
彼女の紡ぐ強化魔法が、煉獄の体躯に注がれ、彼の
シマエナガは白い甲冑を身に帯びる女サムライの風体だが、そのレベル構成の大部分は純粋な魔法職のそれである。これはいわゆるガチビルドといわれるものではなく、魔法剣士職のような器用貧乏と言わざるを得ないものであり、彼女いわく「サムライの格好で魔法が使えるの、カッコよくね?」という独自の理念のもと、シマは武士と魔法使いの掛け合わせビルドを構築したプレイヤーであった。そんな彼女の振るう五尺大太刀もまた、彼女の魔法を供与するために錬成された
「ツーク!」
「はいはい」
クランの副代表の掛け声に呼応する最後衛の金髪童女──クラン:キサツタイに属する
「第一
童女の号令と共に、彼女のアイテムボックス、その大規模増設版といえる“
通常、プレイヤーが持ち運べるアイテム容量・重量は制限が設けられているのだが、彼女の希少な職業レベルのひとつ“
最低限の人型と球場関節が目立つ人形たちを操る“
ツークフォーゲルは臆面もなく、人形たちの運命を決裁した。
「コード〈
そのキーワードによって、
通常、あれだけの数──100体にも届きそうな爆裂の連鎖に巻き込まれたら、よほどしっかりと防御や対策を整えたプレイヤーでなければ、即死は免れないダメージ量だ。キサツタイにおいて貴重な回復役もこなす彼女だが、煉獄杏寿郎をはじめ優秀な仲間たちが収集する素材アイテムの豊富さと、鍛冶師グルーと共にアイテム製造や武器鍛造にたずさわる地位に就く彼女だからこそ、これだけの人形群を製造保有しうる。
もっとも、その代償として、彼女自身の防御ステータスは貧弱を極める。攻撃ステータスだけに極振りし、防御に関しては他者に依存するレベルビルドだ。盾となる前衛プレイヤー・仲間たちの存在を必要とすることを、彼女は自らに課して久しい。
そんな彼女の自慢の人形たちによる自爆特攻劇の結果は、
「やっぱり無傷か」
ツークが意外という風でもなく確認した通り、モーズグズの防御を突破するには及ばなかった。
彼女は、ユグドラシルの冥府にかかるギョッル川、その橋の通行を管轄する番兵、神クラスのボスキャラとして不足ないステータスを誇っている。
それでも、仲間たちの支援という目的としては、上首尾の結果だ。
的確な支援のタイミング、増強された炎柱の筋力、超常的な直感力の啓示、敵の視界と戦況判断を奪う
「せぇあ!」
剛声と共にモーズグズの肢体が背後へと退けられる。
女騎士へ追撃を浴びせようと突撃する煉獄の脳天目掛け、宙を飛行するヴァフスルーズニルが三重最強化させた〈魔法の矢〉を照準。
総計六十本の矢弾が
「〈
煉獄の肉体を守る不可視の壁・三枚によって、無力化。キサツタイの最後衛に位置する女魔法詠唱者、クランの魔法火力役を務めるチーウーの見事な手際のなせる業であった。彼女は特徴的な魔女の三角帽──ペンギンを思わせる意匠を施されたそれと同じ色彩の瞳で、魔法使い最強級のボスキャラと視線を合わせる。彼女たち後衛を守るように、鋼の髪に上半身裸の作務衣姿が堂に入っている鍛冶師グルーが大槌を構え、全身鎧を着た白髪の聖騎士ファルコンが
魔法戦に応じるように、さらなる攻撃魔法を紡ごうと手指を振るう白衣黒髪の男を、キサツタイの青髪
彼らはNPC同士でしか通じぬ会話を堂々と交わす。
『あなた方、少しは加勢されてはどうです?』
『えー? 汚れるしー、メンドくさいから、やだー』
『ううう、こ、怖いです。た、戦いたくは……ない、です』
やれやれという風に肩をすくめるヴァフスルーズニル。
『そんな物言いをして、炭治郎殿の気分を
『私はいいのよ~。炭治郎ちゃんは~、私がこういう女だって知って傍においてくれてるわけだし?』
『うううう、わ、わたしは、炭治郎くんに、その、あの、でも……えう』
怯え震えるグレンデル・マザーの頬を、フレイヤは悪戯っ子めいた表情でぷにぷにと突っつく。
『もう。しょうがないわね、マザーちゃんは。そんなことじゃあ、あいつを、──そう、──
『……ベ、イ、オ、ウル、フ……』
その人物名──英雄の名がトリガーとなったように、グレンデル・マザーの
マザーは一心にひとつの名をつぶやきつつ、ミズガルズの大地に降り立つ。
『べ、ベイオ、ウルフ、ベイ、オウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフベイオウルフ、ベイオウルフベイオウルフベイオウルフベイオウルフベイオウルフ、ベイオウルフぅううううううああああああああああああああ──!!!!』
赤黒い
『よくも! よくもよくもよくも! よくもグレンデルを──わたしの
血の泡を吹いて喚き散らす姿に、怯え震える女の相は欠片も残っていなかった。
血涙で深紅に染まった両の目、青黒い血管が隆起した全身で天を仰ぎ、猛獣神獣も
プレイヤーたちは一様に動揺した。
「お、おいおい! マザーが覚醒しやがったぞ!!」
「んなバカな、誰もまだ攻撃してねえだろうが?!」
彼らが驚愕を覚えるのも無理はない。
グレンデル・マザーは、基本的には無害なNPCであり、攻撃を仕掛けないかぎりは戦闘をしかけない存在なのだが、彼女にはある種の“覚醒条件”によって、凶悪なボスキャラに変貌する性質がある。彼女が裏ボスを務めるフィールド、フローズガール王領付近に生息する表ボス──かの有名な『ベイオウルフ』に登場する怪物──“グレンデル”。彼女は、彼女の息子を殺した
彼らもまさか、NPC同士の会話──
『 があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!! 』
牙を剥いて
『 許さない許さない許さない、ゼッタイにユルさないッ!!!!』
黒衣の袖から覗く可憐な手足が、筋繊維の極太の束と化して盛り上がり、狂戦士らしい広範囲物理攻撃を展開。赤い髪が戦場を駆け抜けるたび、大地が砕け、建物が割れ、中には
まるで魔王の鉄槌もかくやという勢いで吹き飛ばされて
その陣列を、隊伍を、グレンデル・マザーはほんの数撃で、
『あらあら、すっご~い♪』
金髪金眼の女神フレイヤは、自分がなしたことを悪びれもせず眺めやりつつ、天使の羽根で編まれたがごとき薄絹と共に、戦場を悠々と飛翔する。
戦いは混沌の度合いを深めていった。
その直下で。
「これ以上、貴様らの好きには、させん!」
濃藍色の夜闇に覆われかける都市の中心で、炎柱たる煉獄は刀を振るい、人々と共に奮戦する。