煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】   作:空想病

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第拾肆話  胡蝶しのぶ、“鬼”と戦う

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 胡蝶(こちょう)しのぶは「三ヶ月前」に、伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)は「一ヶ月前に」、ユグドラシルに渡り来た。

 二人が降り立ったのは、アルフヘイム──プレイヤーがいうところによると、“妖精たちの世界”と称される不思議な国だ。そこかしこに花が咲き、作物が豊富かつ栄養価の高いものばかりが実るという、豊かな土壌。まるで虫の(はね)を思わせる翼で宙を舞う小妖精(フェアリー)や、人間種である森妖精(エルフ)闇妖精(ダークエルフ)がミズガルズ以上に多く住まう土地であり、比較的気候もおだやかで、農産物や蜜酒(ミード)などを特産とする。

 その地で二人は再会をとげ、この異様な世界のことを学び、世界を超える魔法を供与され、鬼殺隊の噂の発信源である人間の世界・ミズガルズ《最奥》の地に(おもむ)くに至った。

 都市の東門で()いた情報を頼りに、キサツタイの屋敷を目指していた途上で、しのぶたちは煉獄と同時刻に、戦いの気配を察知する。

 

「着いて早々、なんの騒ぎでしょうか?」

「さあな」

 

 第十一開拓都市は、謎の存在──“鬼”によって襲撃を受けた。

 西の方角から漂う、尋常ならざる“鬼”の気配。この世界で遭遇するモンスターと呼ばれるものとは絶妙に異なる、鬼殺隊の柱ならば馴染(なじみ)みぬいた人喰(ひとく)(おに)の殺気だ。

 

「“鬼”とあっては捨て置けませんね。噂の通り、この都市にあの煉獄さんがいるというのなら、きっと放置しておくはずもありませんから、探す手間が省けると思いたいところです」

「──そう、うまく事が運べばいいが」

 

 悲観的に呟く伊黒は、広大な都市を見やる。この異様な世界──ゲームと呼ばれる異世界において、人間の街は広く大きく発展しているものが多い。人口も多く、建造される建物の数も膨大。その建物にしても、魔法やアイテムで瞬時に設置できるタイプもあれば、大工や石工、建築家や設計士などの職人が協力し、相応の材料を消費して、数時間~数日をかけ丁寧に建造していくものもある。そのようにして拡大していく都市を管轄するのもプレイヤーたちの仕事らしく、政務関係の職業を取得する者もいると聞く。まったくもって理解しがたい煩雑さだと、胡蝶らは呆れてものも言えない。が、プレイヤーたち(いわ)く「それがこのゲーム(ユグドラシル)運営の方針」であり、「そこを楽しむのも醍醐味だから」とのこと。

 二人は視線を夕暮れの方角に合わせた。

 都市の西方面──小山ほどの巨体を揺らす邪竜ファフニール、巨人フリームスルサル、巨馬スヴァジルファリを眺めやる。

 

「柱として、山ほどの鬼を斬ってきたが、さすがに、山のような図体の鬼というのは、初めて見るな」

「伝承だと、日本(ひのもと)には『でいだらぼっち』という巨大な魔物・妖怪がいたという説もききますが……」

 

 ぼっち、という単語を反芻し、一人の男を想起しかける胡蝶であったが

 

「まぁ関係ないですよね。この世界では」

 

 そう結論する。しのぶは作戦方針を提案。

 

「とりあえず。二手に分かれて都市の人々を助けましょう。この都市にいるらしい、煉獄さんを探しながら」

「承知した」

 

 頷く伊黒小芭内は、蛇のように湾曲した刀──日輪刀を鞘から取り出す。

 

「胡蝶。……言うまでもないことだが、死ぬなよ?」

「ふふ、──ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 

 無限城の戦いで、上弦の弐との戦いで先に戦死を遂げた事実。

 あのクズ野郎への復讐のため、決死の作戦を遂行した胡蝶しのぶは、再び相見(あいまみ)えた同僚に向けて微笑みを深めた。

 

「伊黒さんこそ、こちらに来ているかもしれない甘露寺(かんろじ)さんに会うまで、死んじゃだめですよ?」

「ッ、──ふん。わかっている」

 

 二人は都市の北部を一直線に抜けながらプレイヤーたちを襲う“鬼”を狩り、都市外周の隔壁にとりつく巨大な“鬼”へと立ち向かった。

 

「あの黒い羽つきトカゲは、私が請け負います」

「では、俺は巨人と馬の方を」

「お一人で大丈夫ですか?」

「心配ない。俺には“鏑丸(かぶらまる)”がいる」

 

 しゃーと鳴いて応える白蛇に頷いて、蛇柱と別れた。

 毒使いたる蟲柱は、邪竜退治のため屋根を蹴った。

 一足で隔壁の上に舞い上がり、周囲を見下ろす見張り櫓の尖塔の頂に降り立つと──阿鼻叫喚じみた地獄絵図が展開されているのが見て取れた。

 思わず鼻と口を(そで)で覆う。

 

「……これは、私が言うのも、あれですが」

 

 むごい。

 あまりにも(ひど)い。

 (むご)たらしいにもほどがある。

 この都市を守る傭兵NPCたち──防衛任務によって都市西部に集積された彼らであったが、その大半は、凄惨な(かばね)を夕空の下にさらしていた。

 毒に侵されるというよりも、もはや腐食によって朽ち果てている、残骸の“河”。肌と血と臓物の色が溶け合った、人肉の汁物(スープ)といった具合。プレイヤーたちも二桁は、その河の構成粒子となって、流れてあふれているありさまである。

 原因は、ひとつ──巨竜の纏う呪詛と屍毒。

 あまりにも濃密なそれは、触れる大気そのものを毒化させている。

 職務上、毒に対して抵抗可能なしのぶであったが、そんな彼女でも胸やけが酷くて吐き気を催してしまう。

 

『──うん? 今の()が毒で絶命しない人間がいるのか?』

 

 その声の主は、意外でもなんでもなく、胡蝶の目前にそびえる巨竜の口から吐きこぼれていた。

 全長百間(ひゃっけん)は優に超える見た目だが、意外にも鈴を転がすような高音。理知的で玲瓏(れいろう)な響き。

 この化け物、見た目からは想像もつかなかったが「女性」だったようだ。

 しのぶは一応の確認を試みる。

 

「……随分と、ひどいことをしますね? おねえさん?」

 

 しのぶの舌鋒に、邪竜は長い舌をちらつかせ応じた。

 

『ひどい? はて、なんのことやらサッパリだな? ()は、以前から()が領域を踏み荒らす害虫どもを、その巣ごと蹴散らしに参っただけのこと。この吾──邪竜ファフニールを凌辱せし者どもへの、これは正当なる復讐戦であると心得るが?』

「あら? そうですか? それにしても随分と無分別というか、節操がないというか、加減というものを知らないんですか?」

 

 彼女は我知らず額に青筋を刻みながら、能面のような微笑みだけは冷徹に被り続ける。

 女竜は興味深げに目を細め、胡蝶の瘦身を眺め回した。

 

『ふむ。なるほど。ただの有象無象とは違うな、お(ぬし)。しかし、プレイヤー共とも異なる異様なる気配──ああ、なるほど。貴様が炭治郎(たんじろう)殿が言っていた“柱”とやらか』

「────炭治郎?!」

 

 さすがの胡蝶も驚愕を禁じ得ず、色を失う。

 女の邪竜は『おっといかん』という風に唇を、もとい、巨大な嘴状の口を舌先で舐めた。

 しのぶは(うめ)くように問いただす。問いたださずにはいられない。

 

「炭治郎、とは──まさか、竈門くんのことですか!? いったいどういう!!」

 

 質疑応答を拒絶するように、巨竜は大口から猛毒のブレスを一息で吐き飛ばした。

 だが、胡蝶の身のこなしの軽捷さをとらえるには遠く及ばない。息を吹く前の吸息、一瞬のタメの隙があれば、それだけで柱は敵の攻撃を感知しうる。

 しかし、 

 

「く!」

 

 豪毒は、毒に耐性を有する胡蝶をしても、驚嘆して然るべき威を発揮した。

 目が瞬く間に霞み、喉が焼けるように熱せられ、思わず咳き込む蟲柱。無論、柱である彼女以外の人間種では、余波を受けただけで肌と肉が崩れ融ける竜の息吹(ドラゴン・ブレス)だ。そんな状況下でも、しのぶは自分の呼吸が乱れかけるのをかろうじて抑えるのに成功する。

 次の瞬間、蟲柱は迅速かつ緻密な動作──薬品調合を手元で行い、強力な毒を編成、即刻、彼女専用の刃のない日輪刀に流し込んだ。

 この世界、ユグドラシルのモンスターをも容易(たやす)く打倒しうるよう、妖精(フェアリー)たちの部族からの英知を借りた一滴。

 その一刀を、毒竜の攻撃の隙を突くように、その左頬と左眼と左角へと連突してみせた。

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞 (たわむ)れ」

 

 三連撃の手応えは確実。

 だが、

 

『人間ごときの毒で、この()(どく)せるとは思わんことだ』

「っ!」

 

 毒竜は平然と鎌首を巡らせている。

 毒を保有する個体に、毒が効かないというのは道理であるが、ここまで無力だと痛感するのは初めてのこと。

 空中を落ちるだけの蟲柱は態勢を整え、優雅ともいえる身のこなしで毒竜の爪と尾、さらには無数に垂れ下がる長髪のような触手群を回避する。さながら人の手を相手に戯れ踊る蝶のように。

 しかし、ファフニールは追撃の嵐を止めない。

 

『朽ちろ、人間の(メス)

 

 今度は長いタメを込めた息吹(ブレス)が、毒々しい色合いを喉元に輝かせている。

 そして、超濃度の毒が、一直線に胡蝶めがけ吐き出された。

 さすがに万事休すかと思われた、その時。

 

「水の呼吸 拾壱ノ型──」

「!」

『!』

 

 二つの柄の羽織が、胡蝶の目前に現れ、告げる。

 

「 (なぎ) 」

 

 すべての事象が、凪いだ水面のごとく静かに滅する──

 この型を使いえる剣士は、後にも先にも彼しかいない。

 

「と、──冨岡さん?」

 

 胡蝶は、その無表情な(かんばせ)を見やった。

 

「大丈夫か、──胡蝶」

 

 羽織半分が違う柄で覆われた男の、意外とたくましい腕と肩に抱かれて、毒息の効果範囲外へと逃れた。一本の針葉樹の幹の上に二人は降りる。

 

「すまない、来るのが遅れた」

「……いえ。正直たすかりました」

 

 胡蝶は気息を整え、ミズガルズの大森林の中で再会した僚友と肩を並べる。

 

「ひとりか?」

「はい?」

「胡蝶は、ひとりで、こちらに来たのか?」

「ええ、ああ、そう、です、ね。一応、三ヶ月前に。……そのあと伊黒さんと、合流したのですが」

 

 胡蝶は巨人と巨馬の相手に向かった旨を知らせる。

 

「そうか。あの巨人と巨馬の方には、不死川(しなずがわ)が向かっている。おそらく無事に合流しているだろう」

「ああ。それはなにより」

 

 言いつつ、胡蝶は冨岡の横顔を盗み見る。

 

「にしても。なにやら雰囲気が変わりました? 前はあ~んなに、ぶっきらぼうだったのに?」

「そうか?」

 

 冨岡は一秒半、一語を迷った。

 

「──確かに変わった。変わることができた。無惨を斃し、炭治郎たちと共に、穏やかに暮らせた……だが」

 

 自分たちは何故か、この世界に来た。来てしまった。

 それは、柱たち全員が懐き得る疑問であった、だが──

 

「いろいろとお話ししたいことはやまやまですが」

「ああ。いまは、あれをなんとかするのが先決だ」

「ですね。けど──」

 

 さすがの胡蝶も渋い顔になるというもの。

 宵闇を背負い、都市の灯りに照らされる黒竜の異様は、微塵も揺るがない。

 

『なんだ、新手か? なるほど、貴様もまた“柱”とやらのようだな? ()の邪魔をするものなど、何匹いたところで変わりはせん』

 

 納得したように鎌首を揺らし、長髪のごとく頭から垂れた触手に一息あてる女竜は、蟻が一匹から二匹に増えた程度の感慨しか持ちえないようだった。

 胡蝶はとにかく、最重要な情報を共有する。

 

「気を付けてください、冨岡さん」

 

 胡蝶は瞬きの間、迷った。

 そのうえで、隠しておくことはできない敵の情報を口の端にした。

 

「あの竜のおねえさん……どういうわけだか、“竈門くんのことを知っています”──」

 

 それを聞いた冨岡義勇は、一瞬、瞳と唇を震わせ、

 

「……そうか」

 

 とだけ、呟いた。

 しのぶは看取した。

 彼も内心、心穏やかでいられるはずがなかった。

 それを深い泉のような心のうちに秘める男の様子を、胡蝶は幾度も見てきたのだ。

 冨岡は冷静な判断を下す。

 

「胡蝶は、都市に行って、中にいる人々を助けにいけ。ここは、俺が引き受ける」

「確かに。私では文字通り、歯が立たない相手のようです。ここはお任せします」

 

 任せろと即言する冨岡を残し、しのぶは都市外周の壁を飛び越え、街の中心を目指した。

 あとに残された水柱は、激流のごとき清水をもって、竜の猛毒を洗い流さんと、挑んだ。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 そして、今。

 

「もしも~し。聞こえてますか~?」

 

 モモンガたちは、“煉獄”のことについて応答を求める女性の微笑と相対した。

 相対して、どうすべきなのか、数秒を迷った。

〈記憶操作〉の魔法を用いて、自分たちは味方だと誤認させるべきか。だが、相手の雰囲気からして、何か妙な挙動をしただけで、背後を取られるようなイメージしかわかない。ではそれ以外の殲滅魔法で速攻をかけるか? それも難しいと言わざるを得ない。

 

(この雰囲気、まるで)

 

 煉獄杏寿郎──彼と初めて相対した時にも感じた、“気迫”のようなものを感じる。

 モモンガたちではどうしようもない次元の領域、へたを打てば、間違いなく事態が最悪の方面に転落することが確信できる状況で、手も足も出せなくなる。

 

「もしかして──あなた方は都市を襲っている“鬼”の一味、ということでしょうか?」

 

 どうすべきか。どう答えるべきか。答えざるべきなのか。

 そんな一同の中で、先に動いたのは、

 

「あの、えと──も、もしかして、なんですけど」

「?」

「?」

 

 モモンガとペロロンチーノは、声の主を静かに振り返るしかない。

 胡蝶しのぶはにこやかに応じた。

 

「はい? なんでしょうか、薄桃色の粘体(すらいむ)さん?」

 

 ぶくぶく茶釜を見つめる女性剣士は、装備している刃のない刀を油断なく構えつつ、応答する。

 そして、

 

「もしかしてですけど。

 む、“蟲柱(むしばしら)”の、こ……“胡蝶(こちょう)しのぶ”さん、ですか?」

 

 名を当てられた胡蝶しのぶは、薄桃色──ピンク色の粘体(スライム)を意外そうな視線で眺め見る。

 はじめて、胡蝶しのぶに対し、「隙」とよべそうなものが垣間見えた。

 

「え、ええ、──そう、ですが?」

「おおおおおほおっ、やっぱり!」

 

 この場にふさわしくないほどの快哉をあげ、茶釜は胡蝶の方へと歩みだした(・・・・・)。ごく自然に“指を鳴らす”。

 

「いやいやぁ、お会いできて光栄です! データ書籍で見た無限城、あの上弦の弐との戦い! いや、もう本当に感動し」

「待て。とまりなさ!」

 

 胡蝶は切っ先を近づいてくる粘体に差し向けたが、それよりも先に茶釜の“一手”が早かった。

 ぶくぶく茶釜は両腕に主装備の白銀の盾を取り出して、特殊技術(スキル)を発動。

 

「〈騎士の挑戦(ナイト・チャレンジ)〉!」

 

 対象のヘイト上昇値を二乗する技。

 身構える胡蝶は、しかし、すでに赤い粘体の術策にはまった。

 

「〈シールドアタック〉!」

 

 彼女が両手に構えた盾の一つで、しのぶの日輪刀を盛大に弾いた。

 

「〈シールドスタン〉!」

 

 さらにもう一枚の盾がうなりを上げる。

 

「〈メガインパクト〉!」

 

 ぶくぶく茶釜が得意とするヘイトコンボが完成した。

 女騎士の特殊技術(スキル)効果によって、胡蝶しのぶのヘイト管理は、確実にぶくぶく茶釜の握るところとなった。夜闇の中で散る火花が、女剣士と粘体の肌を一瞬煌かせる。

 

「ちょ、茶釜さ」

「いけッ、弟!」

 

 制止の声を上げかけたモモンガの両肩を掴みあげ、合点承知と翼を広げたペロロンチーノは、姉の命令を厳守した。

 

「ペロロンチーノさん?!」

「ここは逃げます、モモンガさん!!」

 

 告げるや否や、ペロロンチーノの広げた巨大な翼が、モモンガの総身を一秒で空に浮かび上がらせ、二秒後には速度を上げて飛行する。

 

「いや、そんな! 茶釜さんは?!」

 

 モモンガはペロロンチーノの飛行する翼に抱え上げられながら、暗黒のおりきった都市上空へ舞い上がり、あっという間にぶくぶく茶釜の戦域から引き離される。

 ペロロンチーノは飛行しながら明言する。

 

「あの女剣士が! どこのだれで! 何者だろうと! ウチのギルド長と──モモンガさんと迂闊(うかつ)に接触させていい状況じゃあない! いま、この都市、この混乱に乗じて、とにかく脱出するしかありません! だから!」

「でも茶釜さんを、置いて、なんて──」

 

 言いかけながら、モモンガは己自身で理解し納得を得た。

 胡蝶しのぶ──彼女のつむぐ声音は友好的かつ淑女然とした響きに満ちていたが、控えめに見ても、あれが“フリ(・・)”であることはいやでもわかった。特に印象的なのは、狩り取るべき獲物を見定める宝玉の双眸(そうぼう)だ。まるで、初対面の時の煉獄を思わせる静かな殺気が、蝶の鱗粉のように月明かりの夜空を星々のように飾り照らしていると錯覚できた。

 おまけに、彼女の出現のタイミングは最悪を極めた。

 自分たちを察知・発見・接近してきた存在であれば、間違いなく、異形の存在たるモモンガたちに対し、追撃・掃討の手をとるだろう。そこへ都市の住人・人間種プレイヤーたちが加わってくるのは、完全な道理といえる。そうなれば逃げるしかない──否、そうなる前に、逃げ出さねばならないのだ。そして、モモンガたち三人──異形種状態での逃走速度は、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるモモンガが、圧倒的に後れを取る。それだけは、なんとしても避けねばならない。モモンガは、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの首魁──「1500人全滅」をなした「悪のギルド」の長であり、なにより、世界に冠たる至宝・世界級(ワールド)アイテムの保有者として有名だ。これを奪われることはあってはならない。なにがどうなっても、人間種の敵の手に落ちるわけにはいかないのだ。他の誰が犠牲になろうとも、それだけは絶対的に避けなければ。

 そして、誰か一人が殿軍(しんがり)として残れば、とにかくあの危険人物──胡蝶しのぶを引き留めることはできる。

 尚且つ、ぶくぶく茶釜のヘイト管理スキルは、そういった殿戦には、うってつけ。

 故に。

 この混沌化する都市の状況下において、姉弟は先行先手の挙に打って出たのだ。

 

「でも、待ってくださいペロロンチーノさん。多分、もしかしたら、話し合うこと、だって」

「ええ。こんな状況で、悠長に話し合ってくれる時間があれば、そうしたいところですけど」

 

 モモンガの骨の肩を掴んで離さずに飛ぶ翼人(バードマン)は、眼下の光景を──謎の敵に蹂躙される街のありさまを眺める。

 

 ……謎のバケモノの襲撃と攻囲を被った、ミズガルズの開拓都市。

 ……プレイヤーを一撃で屠り、バケモノの群れに加える異様な少年剣士。

 ……煉獄を一撃で行動不能にせしめた敵を、破孔深くに埋めた女拳士の蹴撃。

 ……都市の超上空から続々と飛来する落下傘部隊じみた商業ギルドの実戦部隊の数々。

 

 ここが潮目(しおめ)だと全員で確信した。この時こそが、脱出の好機であると。

 実戦部隊の到着と共に、都市住民の総反攻が開始され、戦場はにわかに活気づいた。

 しかし、そこへ、自分たちに敵意をむけつつ、それをひた隠す人間種の存在と、相対。

 故に、ぶくぶく茶釜は触手の指を鳴らして、実弟に命じたのだ。

 

 『私がひきつけている間に、ギルド長(モモンガさん)を逃がせ』と。

 

 煉獄と話し合った──悠長に話し合うことが可能だった時とは、状況がまったくもって、違う。違いすぎた。

 ペロロンチーノは笑って事実を告げる。

 

「心配いりませんよ。姉ちゃんなら最悪、都市の連中にボコられても、ナザリックに復活(リスポーン)するだけですみます」

「────わかりました」

 

 姉弟の心意気を受け、モモンガは翼人(バードマン)の飛行に身をゆだねつつ、急襲してくるバケモノ連中へ、適宜魔法を飛ばす。

 都市の空中戦──騎獣や魔獣や機械兵器の類が正体不明のバケモノを相手にドンパチ騒ぎの隙間を巧みにかいくぐりつつ、モモンガとペロロンチーノは都市を脱出するルートを策定。モモンガの〈全体飛行〉では、こううまくは抜けられない。翼人(バードマン)という飛行を主たる機能とするペロロンチーノだからこそ、これだけ精密な飛行技巧を発揮できるのだ。

 モモンガは、己の判断の遅れを心から悔いる。

 

「……すいません、茶釜さん」

 

 心から名残惜しそうな声を残して、都市中央から離れ、戦場となっていない都市南東方面の森を目指す。

 同時に、本日ナザリック地下大墳墓につめているメンバーに〈伝言(メッセージ)〉をとばして窮状を知らせ、ミズガルズへの救援要請を願った。

 無論、ぶくぶく茶釜が運よく都市での戦いに生き残った時のための救済措置であるわけだが、──はたして。

 

「待ってますよ、茶釜さん」

 

 モモンガたちは戦煙渦巻く都市から逃れ、暗い夜の森に降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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